ロロノア家の人々
     
雛の祭りに…  “Tea time”より



 暦の上での"春"を迎えてから約一ヶ月後。梅に続いてほころび始める花を桃だとするのは、暦そのものが中国から引き継いだものなせいだろうか。日本では桜だもんな。それからだぞ、桃は………という、筆者のいらん感慨はさておいて。
 桃の節句は同時に女の子たちの健やかな生育を祝う雛の祭り。年の初めの春先に、子供に降りかかるかも知れない病や災いを、人形に託して川に流した故事を起源とするものであるというのは、皆様も既にご存知のことだろう。ご他聞に漏れず、この、極めて和風な佇まいと生活習慣を営む小さな田舎の村でも、皆から宝珠のように大切に育まれている小さな姫たちの、無事に健やかに育った幸いを祝ってのお祭りが、氏神様の祠られている神社や各家庭にて催されるらしくって。
「お父さん、お母さん。」
 柔らかな黒髪に飾った羽根のついた大きな絹のおリボン。とたとたという小走りな足運びに揺れて、淡い桃色の髪飾りに光る小さな金鈴の音がしゃらしゃらと涼やかな音を立てる。小さな小さな短冊が一列に並んだようなキラキラもついている、可憐だが豪奢な代物で、
「どした、お…着せてもらったか。」
 茶の間で作務服姿の夫と何やら他愛のないことを話していた母が、障子の陰からぴょいっと飛び出して来た娘の晴れ姿を見て"おっ"という顔になる。桃色や赤のグラデーションを利かせたその上へ、クリーム色や緋色の芍薬の花が大小様々に散りばめられた、子供向けには過ぎるほど華やかな図柄のお振り袖を着せてもらっている娘御で。帯は真珠色の地にとりどりの扇と吹き流しが泳ぐ図柄で、鮮やかな若草色の帯上げと帯締めがアクセントになっている。七五三の最初、三歳になった年に、気の早い父御が大町の呉服屋で反物だけ先に買って来てしまったという曰くのついた品だったりするのだが、もう少し大きいお姉さん向きなのでは?と、こういうことには疎い筈の奥方までが危ぶんだものの、仕立ててみるとこれがなかなか、大人しやかだが愛くるしい面差しの長女には、よくよく映える色柄だった。お振り袖に仕立てたのは昨年のひな祭りだったのだが、それ以降の桜のお祭りやお正月、その他のお祭り毎に、ツタさんにせがんでせがんで着せてもらっているお嬢ちゃんなのである。
「…えと。」
 母はねだらなくとも、すぐさま褒めてくれたり寸評をくれたりするのだが、父はなかなか。口が重いという性分でもない筈なのだが、可愛いとか綺麗だとか、そういったことをあからさまには言ってくれない人だから、それでももじもじとコメントを待ってじっと見つめていると、
「…くるっと回ってみ。」
 母が横からそんなことを言う。
「?」
 小首を傾げながらも、小さな白足袋をはいた足を爪先立たせて"とととっ"と、その場でくるっと回って見せると、父はやっと口を開いた。

  「大きくなったな。」

 ………おいおい、と。普通の人なら斜めに傾きながらそう思うようなリアクションだが、途端に娘御は"ぱぁっ"と頬を輝かせて極上の笑みを浮かべた。というのが。ちょこっと小柄な彼女は、去年のひな祭りに初めてこのお振り袖を着た時、今のようにくるっと回って見せようとして、帯の重さや長い袖に逆に振り回されてしまい、へちょんとその場へ座り込んでしまったのだ。だが、今年は余裕で回れたから、大きくなったね良かったねと、父から褒めてもらえたことになる。…奥の深い父娘だこと。
「ホントだよな。髪も伸びたから、ちゃんと結えてるし。」
 つややかな髪も今年は一応小さなお団子に結ってもらっていて、手絡
てがらの紅絹が黒々とした髪によく映えて愛らしい。髪を上げたことで、すっきりと頬の線があらわになっている白いお顔に、ぽあぽあの後れ毛が可憐な、うなじを見せた細っこい首条。小さな肩も何とも愛らしくて、そのまま丁度両親の間へと進んで来て、ちょこんと座った可愛い姫に、かける言葉は極端に少ないくせして視線は外せないらしい父御が、やさしい眼差しを注いでやまないでいる。
「神社へはもう行ったのか?」
「えと、ううん。あのね、今日はひよこちゃんチでお祝いがあるの。だからお呼ばれしてから行くのよ?」
 幼い言いように"?"と小首を傾げる夫へ、
「ほら、ひよこちゃんチは女の子ばかりのお家だから、そりゃあ大きなお雛様飾りがあるんだよ。一人一人へ"その子用"ってお内裏様だけ買い足したんだって。だから広間にそれを全部飾ってのお祝いをなさるんだって。で、そこへのご招待を受けてるんだよ。」
 ルフィが説明する。家の中に勤め先があるようなものではあるが、それでも奥向きのあれやこれやにはさほど精通している訳ではないご主人で、
「なんだ。出掛けてしまうのか。」
 このまま等身大のお雛様として傍らに居てくれるのではないのかと、少々残念そうな声を出す彼だが、(おいおい、お父さんたら/笑)
「神社さんには夕方に行くの。…お父さん、あのね? 一緒に行ってくれる?」
 髪飾りをひらひらと揺らしつつ、少しばかり顔を傾けて、そぉっと見上げてくるつぶらな瞳に見つめられては、優しく微笑んで頷くしかない。
「ああ、判った。」
 さしもの"大剣豪"も、愛娘にあってはもうもう形無しでございます。
(笑)



 しばらくするとお友達が迎えに来た。ツタさんが丁寧に煎って作ってくれたひなあられを手土産にと出掛けた娘と同行するのは、
「…あれ? 見ない子たちだな。」
 それぞれに桃と橘の小枝を手にした、やはり振り袖姿の女の子たちだが、娘御のお友達には詳しい父上の知らない顔であったらしい。門口まで出て見送ったルフィが頷いて、
「ちかちゃんの方は前から来てたんだけど、ゾロがいない時が多かったかな。神社の傍の仕出し屋さんの末のお子さんだよ? もう一人の方は、よしこちゃんて言うんだ。ご兄弟が少しばかり気管支が弱くって、その療養のためにって、つい最近ご家族で大町から越して来たんだって。」
 そうと教えてやる。さすがに奥向きの事情に関しては奥方の方が上というところか。
「それよか。暇なんだったら『えるど』さんに行って白酒買って来てくんないかな。今日はお忙しいだろからって、配達頼んでないんだよ。」
 何たって一番のご近所ですからね。それだのにお手間をおかけしては申し訳ない。(いや、ホントに。女将さん、お元気?/笑)
「ああ、判ったよ。」
 尻に敷かれている訳ではないが、今日はこの行事のために村の中も祝日モードになっていて、自然と道場の剣術の練習も"通いの部"はお休みとなっている。暇には違いないからと、上がって来たルフィと入れ替わるように三和土
たたきへ降りたゾロだったが、
「…お前は? 何か仕事でもあるのか?」
 そういえば、今朝方からずっと自分の視野の中に居続けている彼であるような。今頃ふっとその辺りに気がつくところが…相変わらずでございます。
(笑) とはいえ、
「んん。これでもやることは一杯あるんだ。」
 ルフィは"むんっ"と大威張りでロゴ入りトレーナーを着た胸を張る。
「ゾロの話相手とか、坊主がお使いから帰って来たら遊んでやんなきゃなんないしさ。あと、えっとえっと………あれ?」
「…判った。忙しそうだな、頑張れよ。」
 吹き出しそうになって、慌てて背中を向けて玄関から出るゾロへ、
「寄り道すんなよ? 真っ直ぐ帰って来いよ?」
 いかにも母親らしいお声が掛けられて、
「………☆」
 これは堪
たまらんと、必死で笑いをこらえつつ、玉砂利を蹴立てるようにして駆け出したご主人だったのは言うまでもないことであった。


            ◇


 この屋敷には、ツタさんとお手伝いさんは例外として、女の子は姫一人しかいない。そんなせいで、この"女の子のお祭り"は彼女のためだけに結構趣きあるお祝いをする。ひよこちゃんのおウチほどではないが、立派な道具立ての付いたお雛様飾りも揃えているし、御馳走もお菓子も沢山用意され、長男坊なぞは主役でない分、気が楽だと言わんばかり、台所に顔を出してはお団子をつまみ食いしたり、雛人形のお道具にちょっかいを出したりして、気ままに過ごしている様子。
「けど、お前の男の子のお祭りだって、同じようにいたずらしてないか?」
 これ以上の"おいた"をしないようにと、とうとう母御に捕まった息子は、そうと問われて、
「だって、五月のはオレだけのお祝いじゃないじゃん。」
 縁側で大好きな母上のジーパンのお膝の上での"虜囚"となったまま、どこか嬉しそうな坊やは、いけしゃあしゃあとしたもの。確かに、村中の男の子たちが多く通う場所柄なため、門弟さんたちが総出で餅をついたりお祝いの御馳走を振る舞ったりと、この家では、端午の節句と言えば、沢山の子らのためのお祝いをする日となっている。自分だけのお祝いじゃないから不満なのかと言えばさにあらん、だからこそ、一緒くたに祝う道場の幼年クラスのお兄ちゃんたちと同じ扱いを…道着を着せてもらって神社でお祓いしてもらったり、お神酒をちょこっとだけ舐めさせてもらったりするのが、大人の真似ごとのようで嬉しくてしようがないらしいから、素直というか可愛いというか。それだけでなく、
「それに、お母さんのお誕生日だもんな。」
 男の子の健やかな成長を祝う端午の節句は、丁度当家の母御の誕生日と重なる。昼間は端午の節句のお祝いに沸くこの家は、宵になると転じて母御の生誕祝い一色に塗り潰される。ツタさんやお手伝いさん、それから『えるど』の女将さんまでが母御のために珍しくも洋風の料理なぞに挑戦し、フライやサラダやハンバーグやグラタンといった特別なメニューが並び、
「みんなにおめでとうって言われて、お母さん、凄っごく嬉しそうな顔するじゃん。オレ、それ見るの好きだな。」
 にっこにこと笑って屈託がない長男に、ルフィはふふと小さく笑い、
「一丁前に〜♪」
「わっ、お母さん、くすぐるのなしっ!」
 隙があった脇腹をまさぐられ、周囲の空気を蹴立てるように"きゃはは…"と笑い出す坊やを、今度はきゅううと愛しげに抱き締めて。ルフィはこぼれてやまない極上の幸せな微笑みに、どうしたもんかと困り気味になって…やはり笑っていた。



 しばらくは、他愛のないお喋りをしたりお手玉や折り紙などで手遊びをしたりと、暖かな陽溜まりの中、二人でひとしきりじゃれ合っていた親子だったが。おやつの揚げ餅を食べてからは、さすがにお腹がくちくなったのか、ややあって坊やはくうくうと寝息を立て始めた。抱っこされたそのまま、母上の胸元に頬をくっつけての無心な寝顔は何とも可愛くて。お使いから帰ってすぐに
(ぷぷぷ☆)道場で門弟さんたちの稽古を見ていたらしく、それにキリをつけていつもの紬に着替えて"さて"と奥向きへ戻って来た夫が、じっとそれでは重かろうと見かねて、そぉっと抱えて膝枕になるように態勢をずらしてやったが、それでも目を覚まさない。手のかかる坊主だなと小さく笑ったゾロに、ついつい笑い返したルフィだったが、
「もしかしたら寂しいのかもしれないな。」
「んん?」
 隣りの間の押し入れから昼寝用の掛け布団を出して来てくれた夫が首を傾げるのへ、
「だってさ、あの娘だけの日はあるのに、この子だけを祝う日ってないじゃん。」
 受け取った掛け布を広げて、奥方はどこか感慨深げな声になる。
「お誕生日もあの娘と一緒だし、男の子の節句はみんなと一緒で、しかも…。」
「お前の誕生日だしってか?」
「うん。」
 でも、お母さんの飛びきりの笑顔が見られるからと嬉しそうに言ってた、やんちゃだけれど優しい子。愚図るような、拗ねるような、そんなことを言い出したらルフィたちが困るだろうからと、ちょっとしたいたずらをするだけで我慢しているのかも知れなくて。
「両方ともかわいい子で大切で、どっちかだけなんて考えたことないけどな。」
 それでも、もしかして。一緒くたにして扱われるのはそろそろ嫌だと感じるお年頃なのかも知れない。そうでないならないで、構われ方や扱いに区別があったりすれば、それはそのまま"不公平"になってしまうに違いなくて。大人からすれば些細なことでも、子供たち当人たちにしてみれば、親から注がれる仕草や言動は全てが愛情の詰まった掛け替えのないもの。その大小にはついつい過敏になりもする筈だし、物によっては一生“傷
トラウマ”になって残るやも知れないことだのに。
「こんな風に判んないトコでやさしいトコなんか、ゾロにそっくりだよな。」
 夫のそれに似た緑の髪を梳くようにして、坊やの頭をそっとそぉっと撫でてやりながら、しみじみとした声になる母上だ。
「…おいおい、判んないトコだけか?」
 不服そうな声を出す夫へくつくつと笑って見せる、その声がふと途切れて、

  「……………。」

 こらこら、子供の傍で何をするやら。唇が離れてすぐ"もうっ"と怒った振りをして見せたものの、坊やが起きるからとそうそう非難も出来ないことに気がついた奥方で。…ご主人、知恵がついて来ましたな。おいおい それはともかく。
「………あ。」
 そこへ玄関の方からの小さな足音とリズミカルな鈴の音が聞こえて来た。どうやら姫の方が帰って来たらしい。
「ただいま。お母さ…。」
 茶の間へ顔を出したそのまま、だが、嬉しそうだった顔が一瞬にしてふっと強ばってしまう。
「? どした?」
 あまりにも判りやすい変貌ぶりを不審に思って問うと、

「お兄ちゃん、ずるい。」

 …はい?
「お母さんとお父さんと、独り占めして。お兄ちゃん、ずるいっ。」
 お土産だろう、何故だか2つも下げていたかわいいお花の模様の小さな巾着袋の包みを足元に落とし、ばたばたと足踏みしだして、
「わたしだけ、仲間外れなの? ずっと、お兄ちゃんとお母さんたち、一緒だったの?」
 すぐ間近に寄り添い合うように並んで座っている両親と、その間で、母御のお膝でぬくぬくと眠る兄と。どうやらこの光景だけを見て、自分が家にいなかった間中こうして過ごしていた彼らなのかと怒っているらしいのだ。帰り着くまでそれは楽しい時間を過ごして来たのだろうに、それらが一遍に吹っ飛んだと言わんばかりの様子であって、
「…おいおい。」
 苦笑交じりにいなそうとしかかったルフィだったが、
「違うぞ。」
 それに先んじて声を上げたのが…なんと長男坊本人だったから、
"………☆"
 内心、うわっと驚いた両親であったのはさておいて。むくっといきなり起き上がり、そんなことを言い出す彼で、
「だって、お兄ちゃん、お母さんのお膝…。」
「だからさ、お前が早く帰って来ないかなって、みんなで待ってたんじゃないか。」
 うう…と小さく睨みつける妹の髪を、わざわざ立って行ってちょいちょいっと撫でてやり、
「お父さんと神社さん、行くんだろ? そいでみんなでずっと、お前んこと、待ってたんだぞ? オレはちょこっと眠くなって寝ちゃったけど…そんだけだ。」
「…ホントぉ?」
 まだ少ぉし、上目使いの疑わしげな表情なままだが、
「ホントだ。お母さんやお父さんがお前に嘘ついたことあるか?」
 兄から重ねて言われ、見やった両親がにこにこ笑って頷くと、
「う…ん、ない。」
 まだどこか不承不承という感じではあったが、爆発仕掛かるほどのお怒りは何とか収まったらしい。足元に落としてしまったかわいらしい袋を拾って、
「あのね、ひよこちゃんのお母さんがね、お兄ちゃんにもおすそ分けって。」
 1つを"はい"と差し出されたから、
「あ、ああ。」
 兄は素直に受け取った。紐で絞られた口を開くと、中には赤や橙、ピンクに水色とそれは華やかな色合いのあめ玉が一杯詰まっている。他にも、1つ1つセロファンで包まれた小さなチョコレートやクッキーなどが入っていて、
「ご飯前に食べちゃいけませんよって。」
「ああ、うん。そうだよな。ありがとな」
 妹の大人びた言いように、だが、兄もまた"ここは逆らうまい"と構えているのがありありと判る。そんなような本音が傍からはまる見えなところがまた可愛い"一丁前なやりとり"に、ルフィもゾロも必死で笑いをかみ殺し、
「じゃ、じゃあ出掛けようか? それとも少し休んでからにするか?」
 見事に執り成してくれたお兄ちゃんに敬意を表しつつ、やっと大人が場の舵取りを引き受けることにした。


            ***


 大好きなお父さんに手を引かれ、娘御は再び出掛けて行った。そろそろ夕餉の仕上げ段階なのだろう。お勝手の方から、それはそれはいい匂いが漂ってくる。そんな中、
「さては。寝た振りしてたな。」
 あまりにもタイミングよく起き出した長男坊であり、しゃきしゃきとした口調といい、寝起きとは到底思えぬ様子だったことを指してルフィが言い放つ。ゾロによく似た額の真ん中、人差し指の先でちょいっと突々くと、
「だってさ。お話の途中だったから、起きにくかったんだもの。」
 こちらも再び母御のお膝に上がっていて、ぱふっと胸元へ頬擦りしながら甘えかかっている坊やであり、
"………えっとぉ。"
 確か、お話だけでもなかったような…と、ワンテンポほど遅れて気づいたルフィがたちまち真っ赤になった。本当によく出来た子であること。ラブラブも良いけどしっかりしないとね? 親御さんたち
(笑)



  〜Fine〜  02.2.23.〜2.26.


  *二月は28日しかないんですよね…。
   何で月末にこんなバタバタさせられるかなぁ。
   まま、一番悪いのは
   ちょっとサボってたクセにあれもこれも書きたくなった
   我儘な Morlin.本人なんですがね。
(笑)
   とりあえず"お雛様企画"の成れの果てでございます。
   ホントは"船上もの"の方でも女の子のお話を書きたかったんですが、
   もうもう間に合いません。(第一、ネタが浮かんで来ないし/涙)

  *ロロノアさんチの坊ちゃんのお話に手間取っていて、
   上記のごとく愚痴っておりましたが、
   なんと"お雛様企画"間に合ってしまいました。(笑)
   宜しかったら、そちらもどうぞ。

蜜月まで何マイル?“お姫様も大変”へ→***


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