蜜月まで何マイル?“月への忘れもの”
                  〜船長生誕記念DLF作品
 



          




 身も心も縮こませた極寒の海域からようやっと抜け出して。うららかな春から初夏へ、気持ちのいい気候へと随分と駆け足で移りゆくのが、誰にも嬉しくてたまらなくって。やっとのこと、心ゆくまで伸び伸びと、いつもの奔放さで過ごせるようになったわねぇと、肩から力を抜いた途端に。どういう訳だか険悪な空気を帯びてしまった間柄が…約一組。

  「…何が原因なんだかね。」

 日頃だったら、距離を取って少々離れていようが鬱陶しいほどくっついていようが、はたまた、それぞれがそれぞれに相手ではなく全然別のことへとその意識を向けて集中していようが。視線がひょいと向き合えば、どちらからともなくの笑みが“にゃはは”とか“ふふん”とか、自然な会釈以上の親密さで…言わずもがななことを無言のまま眼差しだけで確かめ合っているような。そんな彼らであった筈なのにね。

  『なあなあ、ゾロ。』
  『何だよ。』
  『また寝てるんだ。』
  『まだ寝てねぇよ。』
  『じゃあ寝るな。』
  『なんで。』
  『いいから。起きてて俺ンこと構え。』
  『ガキみたいなこと言って、何、胸張ってるかな。』
  『いーじゃんか。まだ寝てないんだろ?』
  『今から寝る。』
  『だ〜〜〜っ。やだっ、遊ぼうよう。』
  『隠れんぼなら チョッパーとの方が楽しいだろうがよ。』
  『チョッパーは今から仕事だ。』
  『俺だって仕事だ。』
  『寝るのが仕事か?』
  『ああ、そうだよ。』
  『赤ん坊みたいだな。』
  『うっせぇよ。』
  『なあなあって。』
  『ぐうぐう。』
  『なあ、ぞろぉ〜〜〜。』

 両腕を肘から上げての手枕に、輪郭の判りやすい短髪頭を預け、胡座をかいて座ったまんまの悠然とした転寝態勢。そんな剣豪さんのお膝へ傍若無人にも馬乗りになり、がっつりと分厚くて頼もしい両の肩に手をかけ、にゃあにゃあと揺さぶって構え構えとじゃれてる船長…の図とあっては。本人たちには ほのぼのしたそれかもしれないが、周囲には“単なる”以上の傍迷惑なバカップルぶり。ただただ砂を吐くしかないやら、一体どの間合いでダッシュしてって蹴りを入れて突っ込んでやろうかしらと思う者がいるやら。そんな甘甘っぷりを、いつもいつも呈して来た彼らであったのに。ほんの昨日までのそういう関係へきっぱりと距離を置いたのがゾロならば、彼がそう構えて“冷却期間”を置いたほどに何にか怒っているのがルフィであるらしく。臆面もなく べったりべたべたされるのも鬱陶しいが、こんな風に一触即発っぽく棘々されるのもまた…妙に落ち着かないコトこの上なくって。
「俺、やっぱ話してくる。」
 どうせただの“痴話ゲンカ”だ、自然修復するから放っておけ、関わったって馬鹿を見るだけだぞと、これもまたいつものように制されたものの。群れで強さを発揮する種族の本能が黙っていられないのか、正義の仲裁仮面が立ち上がる。
「こらこら。」
 それはどういう言い回しだとクルーたちが筆者に突っ込みを入れている隙に、ぱたた…とチョッパーが駆け寄ってったのは、彼にとっては与
くみし易いルフィの方で。決して“ゾロが怖い”という訳ではないのだけれど、こういう空気の時に、しかも“ルフィとのこと”を口数が少ない不器用な剣士さんに気安く訊けるほど、まだまだ逞しくはないトナカイドクターさんであるらしく。
“それを“怖がってる”と言うのではないの?”
 さあ どうでましょ。
(苦笑) それはともかく。一応の制止はしたものの、実を言えば…それぞれに大なり小なり気になってはいた他の面々が見守る中、剣豪さんが後甲板で鍛練中で一番遠のいているという絶好のタイミングに、心持ち丸くなってる小さな背中へ駆け寄った船医さん。なあなあと根気よく話しかけてる稚いお顔へ、ややあって…羊頭の上からは降りないままながらも、ようやっと顔を向けた船長さんは、時々両手を振り回してはその想いの切実さを懇々と訴えているらしくって。
「何をあんなにも熱弁奮っているのかしら。」
「思えば奴も、マリモ頭に負けず劣らず、口下手というか…あんまり言葉を知りませんからねぇ。」
 お互いに母国語以外はたどたどしい英語が何とか使えるというのだけが接点の、異国人同士の会話みたいなもんでしょうか?
(おいおい)

  「それでも一番に判り合ってたっていうんだから、大したものよね。」

 だからこその“バカップル”なんだろか? さぁあ、あんな人外のコミュニケーションなんて、一般レベルの人間に判る筈ないわ。きっと色々な言葉を使わなきゃ伝わらないような、繊細で複雑な高度な会話は交わしちゃあいないんですよ。皆さん、てんでに勝手なことを言うとりますが、

  「まったくだぜ。」

 おおうっ。筆者と同様、びくうっと跳ね上がりそうになった面々へ、相変わらずの仏頂面を振り向けているのは、渦中の人物、当事者の片割れさん。…今日のメニューは終わったのね。
「い、いきなり気配もないまま背後に現れないでよねっ。」
 別にあたしたちは あんたたちを心配なんかしちゃあいないんですからね、ただ、空気が重いってゆうか居心地が悪いもんだから、それでチョッパーがルフィに話を聞きに行ったってだけのことで、仲裁とかしてやろうなんてこれっぽっちも思ってないんだからね、聞いてるの?
“一体、何をそんなにムキになってやがるんだか。”
 日頃ならば、あんまりつけつけと好き勝手を言われれば、売り言葉に買い言葉でナミへだって結構威勢よく反駁することも多い剣豪さん。それが今日は何とも言い返さないまま、ゆっくりと前方の甲板へ降りてゆく。鬱陶しいからと逃げるような風情ではない、むしろ余裕ある態度にも受け取れて、
「な、何よ何よ、あの態度。」
 あたしたちが気にかけてやってたのまで小馬鹿にしてるみたいに…っと。言葉という形になったことで、気がつくものもあるもんで。

  “あ…。”

 ………心配してたわよ、ええ。あんたじゃなくルフィをね。いつも暢気な子がああまで膨れているなんて よくせきのことだから、言葉の足りないあんたが余程の考えなしをやらかして傷つけたんじゃないかってね。それに、あんたしか機嫌を取り結べる奴もいないってのも判っているから。だからジリジリして口惜しかったんじゃないのよ…と。苛立ってた想いのその曖昧な輪郭が不意にくっきりと浮き上がったものの。でも、そこまで全部はぶちまけずに胸の中。舳先へと向かう憎たらしいほど太々しい背中を見下ろして、こっそりあっかんべをすると、

  「あ〜あ、馬っ鹿みたい。」

 適切に翻訳するなら“これで一件落着らしいわよ”と。察しの良さからそう見切り、大きく背伸びして回れ右をする航海士さん。サンジくん、あたし美味しいお茶が飲みたいな、淹れてくれる? はいっ、喜んでっvv エンドロールを待つことなく席を立ったお客たち。こちらさんには一足早く、幕が引かれた模様でございます。






            ◇



 月から来たというお姫様が、しばらくだけ地上で生活をし、お迎えの使者に連れられて月へと帰っていったという御伽話。竹の節の中にいたなんていう、摩呵不思議な現れ方をした時点で何かある存在だとは誰も思わなかったほどに。だって そういうもんだから…と容認しちゃう、いかにもフィクションなお話なのにね。だったら“月から来た”と言うのならそこへ帰るのも道理…とはならず、親代わりだった老夫婦の“愛する者を守りたい、連れ去られたくはない”とする気持ちや、求婚者の帝が“迎えを追い返そうぞ”と軍勢まで差し向けた必死の戦いは、妙にリアルに展開されていて。故に読み手も混乱する。どうして故郷の月を見てさめざめと泣いていた姫だったの? 月からのお迎えが来るって判ってたのなら、自分がなんで地上にやられたのかも知ってたんじゃないの? お爺さんやお婆さんとのお別れが悲しかったのなら、部分的にそういう記憶は抑制されていたのかな?


 ………だからサ、かぐや姫までが皆のことをあっさり忘れたのは何でだろって訊いたらさ、ゾロってばあっさり言ったんだ。その方が後腐れがないからだろって。どうせもう戻っては来られないんだし、お爺さんともお婆さんとも二度と逢えないんだし。そんな人のことを覚えていたってしょうがないって。いくら敵わない相手だからってもさ、自分の気持ちくらいは頑張って守り抜いて、持って帰れば良いじゃんか。

  「それは、お前なら思い出して泣くばっかじゃないから言えることだぞ。」

 相変わらずに足音をさせない困った人なので、さしもの耳の良いチョッパーでさえ気がつけず、こんなお言葉を唐突に浴びせられてから“どひゃーっ”と飛び上がってしまったくらい。振り返れば、視線の先には。いつものように肘を腰に差した刀の柄へと引っ掛けて、飄然と立っている剣豪さん。
「ゾ、ゾロ…。」
 余計な口を挟んだこと、叱られやしないかと思ってか。あわわと慌て始めたチョッパーへは、くすんと眸を細めて笑って見せてから。陽に暖められた毛並みをぽふぽふと撫でてやると。彼をばかり見下ろして、口を開いた彼であり。
「俺は別に間違ったことは言ってねぇぞ。」
 機嫌を取るために…ってルフィへおもねるつもりはないと、意見は曲げないぞと、やっぱりはっきり言ったゾロに、
「…うう。」
 ルフィがたちまち頬を膨らませる。でもね、


  「俺が言ったのは、その何とかって女のことじゃあない。
   そいつを迎えに来た奴らのことだ。」

   ……………………はい?


 姫を迎えに来た使者が、向こうの世界の衣を着せかけると…あら不思議。姫は地上の世界のことをすっかりと忘れ去り、自分から喜々として輿に乗り込んでしまったではありませんか。………そこの下りを言ったゾロであり、
「覚えていたって辛いだけだと、そう思って。忘れた方がいいんだと、そいつらが勝手に運んだことなんだろうよ。」
 求婚者たちに無理難題を並べたり、月を見ては泣き伏したり。いつか迎えが来れば自分は遠い月の世界へ帰らなきゃいけないと判っていたから、そうなれば別れがさぞかし辛かろうと思ってそんなしてたお姫さんで。
「自分以外はどうだって良いような薄情者なら、そんな気配りは最初からすまいよ。」
「…うん。」
 見下ろしていたチョッパーが頷いたのへ。ああ、すまんすまんと苦笑をし、ちらりと見やった舳先の上。こっちを向いてた筈のルフィが、再び体を前方へと向けていて…でも。落とされた肩の力のなさが何となく、さっきまでの“お怒りモード”での拗ね方ではなくなっているような。それへとくすすと笑って、そして、
「俺もその方が良いって思ったしな。」
「え?」
 虚を突かれたみたいで、思わず船長さんが肩越しに振り返れば。緑頭の剣豪さんは、その大きな手で…トナカイドクターの宝物でもある緋色の山高帽をごしごしと撫でてやっており。
「人の気持ちを弄
いじるなんて、それ以上はない勝手なことかもしれないが。」
 誰もが俺らみたいに…壮絶な過去を抱えていてもそれを苦笑混じりに思い出せるような、そんな太々しくも逞しい奴ばっかとは限らない。その娘がナミが言ってたみたいな“深窓のお姫様”なら、心の傷ってのに耐えられるのかどうかは怪しいもんだから。それで、周囲が勝手にそんな風な処理をしたのだろう。
「だから俺は“筋の通った話だな”って思って聞いてたんだがな。」
「…うん。」
 噛んで含めるような説明を付け足されて、それでやっとのこと、船長さんのご機嫌も緩んだらしき気配。ずぼら同士の以心伝心やツーカーにも限界はあって。ましてや今回は、こんなにも繊細微妙な機微に関する話題だったのだからして。怠けることなく言葉を選んで、ちゃんと言わなきゃ通じないという種のことだった…という顛末らしくて。


  ――― けど、言葉が足りなかったところは、やっぱゾロが悪い。
       何だよそれ。
       だってサ、チョッパーもそう思うよな?
       へ? あ、えと…どどど、どうだろか。


 甲板へすとんと降りて来たルフィが真っ先に手を伸ばした先もまた、緋色の帽子のトナカイドクター。脇に両手を伸べて“ひょい”と懐ろへ抱きかかえ、縫いぐるみを抱いた幼子よろしく、上目遣いになって上背のあるゾロを見上げて来る。今度は“怒って”いるのではなく“拗ねて”いるだけ。そうと区別が判る自分へと、しょっぱそうに笑った剣豪。何だよ、何が可笑しいんだよと、またぞろルフィの機嫌が傾く前に、

  「お前だって、結構薄情なところがあるじゃないかよ。」
  「何だよ、それ。」

 面白い冒険へってだけでなく、手強い奴へも一番乗りでまっしぐらしやがってよ。海賊王になろうって奴だから、いちいち心配なんかしちゃあいないが。ほら…あれだ。お前、すぐに迷子になるだろが。俺らに行き先も言わねぇで飛び出してくのって、あれ、結構勝手だぞ。
「うう…。」
 ルフィ自身は素直に手痛いご指摘だと思って、殊勝な態度で聞いてたみたいだったけど。チョッパーは、ちょっぴり“おやや?”って思ったの。
“…ゾロ?”
 途中で、あのね、言い淀んでから。何か、論旨を擦り替えてない? どんな強敵が相手の時でも、いつだって“奴の喧嘩だ、手ぇ出すな”って皆の加勢を制するゾロ。それって、あのね、自分にこそ言ってない? そんな風に感じちゃう正念場の時と同んなじ感触がした語勢だったのに、途中ではたと気がついて、誤魔化したゾロだったように思えたチョッパーだったのだけれども。

  “………しょうがねぇなぁ、このヤロがっ♪”

 ルフィには黙っておいてやるよ、うんvv だってあのね、ルフィも同んなじよな声出して、手出しするのを我慢してる時がたまにあるから。一刻を争う事態だからって、何人がかりででも薙ぎ倒して良い場合と、それじゃあ意味がないからいけない場合があるんだってこと、ちゃんと覚えてた船医さんであるらしい。






            ◇



 辻褄合わせに無理やりな強引さが多いもんだから、謎がいっぱいな構成になり果ててしまった昔々の物語には、
『お別れが悲しいって泣いてたのに薄情だよな。』
 素直に感情移入する者がある一方で、
『そもそも、何で月からなんて送り込まれてたんだ?』
 構成の方へと関心を持つ者もいたりして。同じ一つのお話でも、人によって感じ入るところや解釈はばらばら。現実世界で起こったことにしたってそう。事実は1つの筈なのに。ただ人づてに話を聞いた程度の人たちでさえ、その見解は千差万別。実際に直接かかわった人もまた、立場や年齢、今いる環境、経験して来たことの蓄積度合いによって、星の数ほども解釈があり把握がある。そんな中から“全く同じ”を探すのは、はっきり言って不可能だろう。

  ――― でもね。

 互いを理解し合うことは出来るでしょ? ああ、そういう考え方もあるんだなとか、自分はそうは思わないが こいつならそうと考えるんだろうなと、思考パターンを把握しちゃえる相手とか、しょうがない奴だなって苦笑しながら自分を把握してくれる人ってのは、存外と居るでしょう?

  『俺は海賊王になる男だっ!』

 よっぽど相性が良かったか、いきなり出逢ったそのまま あっさりと馬が合うって場合もあれば、しばらく付き合ってから面白い奴だなって分かり合うって場合もあって。人によって結び付き方や出逢い方は様々に違うけれど。類似嫌悪ってのか、理解出来るのさえ胸糞悪いっていう真逆な相性だったりして、すんなりとは向かい合えない場合もあろうけど、でもね。あなたを(あなたが)理解出来る人って、思わぬところに結構居るから。

  『世界一の剣豪?
   いいねぇ。海賊王の仲間だったら、そんくらいでいてくれなきゃ困る。』

 途轍もなく法外な“野望”を迷うことなく信じてやれる、その決意の後押しをしてやれる、見守っててやれる。野放図さでは群を抜くというお互い様なレベルの相棒を、星の数ほども人がいる中から見つけた彼らだったから尚更に、それほどの至福は他には無いっていう満足の度合いも、そりゃあ大きかったんじゃないのかな。

   ――― ただ。

 さすがに“何から何まで”なんてトコまでは把握出来はしなくって。だからね、たまには齟齬も生じる。言葉が足りない間柄、それでも通じるんだって快感は大きくて、でも、それがたまに通じなくなると、反動が大きくてか一気に不安を連れても来る。それでも。


   ――― お互いが自分の“一番”っていう間柄なんだから。


“そういう時くらいは、ズボラしないで ちゃんと気が済むまで話し合うべきだよな。”
 感にたえてか目を伏せて、腕組みまでして“うんうん”と感慨深げに頷いているトナカイドクターを懐ろに抱えたまんま。仲違
たがいしてからは背中を向けあってでもいたらしく、そのせいでちょっぴり寝不足だった船長さんが、今は“定位置”に収まって。暖かな陽光の下でくうくうとお昼寝中。チョッパーを抱えているのも苦にならず、二人一遍にお膝へと抱えた剣豪さんも。ここからでは背中しか見えないが、どうやらいつもの午睡に入ったらしく。あとは…単調な潮騒の声がするばかり。さても長閑な船上に、そろそろ陸地が近い証しか、小ぶりの海鳥が一羽、幻のような陰の一閃を過よぎらせて、駆け抜けていったのでありました。








  〜Fine〜  05.5.5.〜5.10.


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  *先の『真実の壺』といい、
   今年の拙宅の“春の船上ゾロル“は更年期なのか倦怠期なのか、
   妙に喧嘩腰になってるようですが。
(笑)
   去年までは“転寝ブーム”でしたのにね。
   極端なもんです、はい。
   そして今回の一番の問題は、
   これの何処が“お誕生日おめでとうvv”なお話かということで。
   季節が初夏だってことで、どうかご容赦を…。(おいこら)

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