蜜月まで何マイル?“月への忘れもの”
                  〜船長生誕記念DLF作品
 



          




 毎日の一日中聴いていて、あまりに当たり前のBGMだったから。既に“環境音”になっていた筈の“さあさあ…”という潮騒の音が戻って来たのが、懐かしいまでに嬉しい。帆を叩くのは風の太鼓。張りと濃度を増した陽射しは溌剌と海上を照らし、どこまでも続く海原に青から藍へのグラデーションを織り成して見せる。スマートなフォルムのグラスの中では、不格好に砕かれた大きめの氷塊がゆるゆると溶けだし。重さに耐え兼ねて“かららん”と躍ってから、ノンシュガーのアールグレイの中でぷかりと泳ぐ様がそれは涼しげ。見えるもの触れるもの、どれもこれもがすっかりと初夏の趣きに染まっていて、何とも躍動的で心地よく。ほんの一カ月前までは、ストーブを焚いた船室にいても毛布にくるまらなきゃあ眠れないほどの極寒だったなんて、まるで嘘のよう。
「選りにも選って“冬島海域”のしかも真冬だったんですものね。」
 あまりに暑いのもそれなりにかなわないけれど、ああまでの極寒は生きているという手ごたえまで凍らせるようで、何ともかんとも不自由でしようがなかった。こちらは単なる通りすがりで、そこにずっと留まってる人々の苦労を思えば たかだか一時のことじゃんかと、お気楽船長は言ってたけれど、
『でも永住している人たちには、寒さをしのぐ工夫とか豪雪の中でのそれなりの楽しみ方なんていう、様々な知恵があるわ。』
 美しき考古学者さんがそうと付け足したのを聞くと、
『え? え? それって何だ? 面白い事なんか?』
 そんなのがあるなら知りたいよなぁ。チョッパーも知ってんのか? 雪で家を造ったり? 家自体も壁や窓が厚くて中は暖かいから、火の回りに皆で集まって、手仕事をしたりおとぎ話を聞いたりする? 冬島の大変な生活ぶりに、ある意味“敬意”を表しておきながら、そんな極寒生活の中のささやかな幸せを羨ましがる、ちょっぴり困ったお調子者。

  “ま、子供だから仕方がないか。”

 キッチン前のデッキの柵へ、腕を乗っけて海原を眺める。気持ちのいい風に髪をなぶられながら、極寒の海から解放された幸福をしみじみと堪能していた、麗しき航海士さんだったが、
「………?」
 その細い眉が怪訝そうに ひくりと震え、そして、

  「…もしかして、ま〜だ拗ねてんの? あいつ。」
  「こんな離れてて判るのか? ナミ。」

 通りすがりのトナカイドクターが、結構遠いしルフィは相変わらず背中向けてんのに凄いなぁと。心からの素直さに満ちた、一種“感動”の面持ちで見上げて来たが、
「だって、あの猫背じゃあねぇ。」
 小さいけれど、いつだって向かい風に胸を張ってる筈の偉そうな背中が、今日はやけに小さく見えるもんだから、
「アホ剣士でなくたって判るってもんよ。」
 ちょっとばかり声を張り、聞こえよがしに言い放つ。すると…今日は主甲板でメインマストに凭れてた、そりゃあ大きな背中が敏感にも ひくりと震えたのは狙い通りだったけど、
「ナミさん、アホマリモがどうかしたんですかっ!」
 フライ返しを片手にシェフ殿がキッチンから飛び出して来たのは、さすがに“想定外”だったらしかったりする。

  ――― 今日もお空は青いのに、海はこんなに広いのに。

「何でまた こうもごちゃごちゃと、三日と空けず何か起こる船なのかしらね。」
 まったくですね、ナミさん。
(苦笑)







            ◇



 コトの発端は とある御伽話だっていうのが、何ともかんとも彼ららしい。海域が変わって気候がよくなったのに沿うように、こちらは暦の関係で陽も長くなって来たからと、夕涼みがてら甲板にテーブルを出して過ごしていた とある宵のこと。お子様組の二人にせがまれて、上ったばかりの月を見上げた考古学者のお姉様が、

  『月から来たお姫様のお話でもしましょうか。』

 イーストブルーの和国生まれで結構メジャーな、古い古い御伽話をしてくれた。

『随分と昔、竹細工を作ってはそれを売って、細々と暮らしていた老夫婦がいたの。ある日、竹細工の材料にする竹を採りにって林へ踏み込んだお爺さんは、節が金色に光る竹を見つけてね。これは不思議だと、そこで切ってみたところが…。』

 竹から生まれた小さな小さな女の子。子供がいなかった老夫婦は彼女を手元で育てることにしたのだが、彼女はあっと言う間に年頃の娘さんへと成長し、また、竹林からは時々金銀財宝が節に詰まった竹が見つかり続けたもんだから、竹細工師の夫婦は裕福な生活と自慢の娘を授かって、それは幸せな日々を送った。

  『それは素敵な拾いものよねぇvv
  『…オマケのお宝の方が、だろーに。』
  『なぁ〜んか言ったかしらぁ? ウソップ。』
  『すびばせん…。』

 かぐや姫と名付けられた娘の照り輝くような美しさは人々の噂にも上り、高名な貴族の御曹司たちが是非とも妻にと申し出て来たが、娘は何故だかロクに話も聞かずに断り続けた。どうしてもと引かない何人かには、難関をクリアした末に手に入るという伝説の秘宝をそれぞれ持って来れたらという条件を出す。実在するのかも怪しい品々は揃えることも叶うことなく、酷い目に遭ってしまった求婚者たちは“これはたまらん”と渋々諦めたのだが、そうまで取り沙汰されている美姫ということで、なんとその国を統治する帝が自分の妻にしたいと言い出して。

  『お、権力を笠に着てってのは許し難いなぁ。』
  『サンジは女の人には優しいからなっvv
  『チョッパー、そういう偏った言いようは…。』
  『あら、とっても公正な見識だと思うけど。』
  『ナミしゃんまで…。』
(笑)

 女性としてこれほどの誉れはないというのに、それでも姫は浮かぬ顔。しかも月を見上げてさめざめと泣いていたりするものだから、どうしたことかと老夫婦が問いただすと、自分は実は月から来た人間で、近いうちに月から迎えがくると言う。だから、誰かの妻になぞなれなかったのだし、お爺さんやお婆さんと引き離されるのも辛いと泣いていた彼女であり。そんな事情を帝に話すと、あい判ったと頼もしきお返事。精鋭揃いの朝廷軍を彼らの屋敷の周囲に配備し、どんな使者が来ようとも決して姫を渡しはしないと一大決戦の構えを取って下さって。

  『和国ってそんな凄い世界とも交流があった国だったのか? ゾロ。』
  『交流というか。立派な敵対関係じゃねぇのか、そりゃ。』
  『フフフ、そうかもねvv
  『自分が生まれる前に何があったかなんて、そうそう知らねぇよ。』
  『…ゾロ、それはちょっとリアクションが違うぞ。』

 いよいよ迎えが来るという満月の晩。帝直属で朝廷が自慢とする屈強な兵士たちの軍勢は、姫と老夫婦の屋敷の周辺や屋根の上などに油断なく構えていたのだけれど。煌々と輝く月の光がいきなり強く輝くと、それを浴びた兵たちは身動きが出来なくなってしまった。何とか動ける者が矢を射ようとしても、あまりの眩しさから照準が合わせられない。そんな中へ、豪奢な輿を引いて降りて来た使いの一団があって、使いの者が姫に月の衣を着せかけた。すると…姫はそれまでの暮らしの記憶をすっかりと掻き消され、自分から喜んで輿へと乗り込み、あれよあれよと言う間にも空へと駆け上がって、そのまま月へと帰ってしまったんですって。

  『……………で?』
  『これで終しまい。』

 何と申しましょうか。世界一古いとされてるほどの物語だからか、意味不明な所やら忘れっ放しの伏線やらが多いことでも有名なお話なもんだから、素直なお子様にはどうにも消化に悪い終わり方。教訓もなければ笑えるところも少ないし、せめて“めでたし、めでたし”だったならともかくも、

  『結局のところ、その姫とやらはあっさり帰っちゃったのね。』
  『お別れが悲しいって泣いてたのにか? 薄情だよな。』
  『そもそも、何で月からなんて送り込まれてたんだ?』
  『お迎えが来るのが判ってたみたいだしな。』
  『それも立派な輿で、だろ?』
  『あれじゃない? 内乱とかがあって、
   非力な姫はとりあえず無事な世界へ避難をってことで、逃がされたのよ。』
  『後追いで養育費も振り込めるとは、なかなか余裕の内乱だよな。』

 おいおい、誰ですか、このご意見は…と。御伽話だってのに結構あれこれとご意見が交わされて、月を眺めての夕涼みの場は なかなか高尚な話題に
(?)盛り上がったのだけれども。


  ――― そんな和気藹々
わきあいあいとした夜が明けた…翌日のこと。


 やっぱり朝から気持ちのいい、おろしたての“ぱきーっ”とした爽やかな空気の中に、何だか妙な空気が感じられたゴーイングメリー号であり。朝食にと入ったキッチンキャビンで特に…妙に重たい雰囲気が侵食していて、
「???」
 これって一体何なのよと、勇敢にも航海士さんが視線を巡らせたところが………。
「……………。」
 時折皿から顔を上げては。いかにも不機嫌でございますという表情になり、頬をぷっくりと膨らませて見せる船長さんと、
「……………。」
 そんな彼から恨めしげに睨まれているのが重々判っていように、意に介せずと知らん顔のまま黙々と食事をしている、緑頭の精悍なお兄さん。

  「何よ、あれ。」
  「さあ。朝飯だぞと呼び入れた時からああでしたよ?」
  「俺には普通に笑ってくれたぞ? ルフィもゾロも。」
  「ってか、ルフィが一方的に拗ねてるパターンじゃねぇの?」

 残りの面子が額を寄せ合ってこそこそと、それぞれにマチマチだった情報の耳を揃えてみたものの、何かしら思い当たるものはなく。

  「ということは、いつもの如く、奴ら同士の痴話ゲンカか。」

 らしいっすねとばかり周囲の理解も早いのが、考古学者さんの苦笑を誘ったほどに、実は結構“よくあること”だそうで。

  「今度は何をネタに揉めてるやら。」
  「寝相の加減で寝てる間に蹴ったとか叩いたとか、そんな程度のことですよ。」
  「そうかな。ルフィは叩かれたくらいじゃ効かないぞ?」
  「そか。機嫌が悪いのはルフィの方だしな。」
  「ゾロが何かデリカシーのない物言いをしたとか?」
  「でも、ルフィだって相当に鈍感だから、そんなもんで堪えるのかしら。」
  「第一、口下手なゾロに人の臓腑を抉るよな言い回しが出来ますかね。」
  「だからよ。中途半端なことを言って怒らせた。」

 ほんのすぐ傍らで こしょこしょと、自分たちのことを囁き合ってる妙な円陣が組まれているのに、気づいているやらいないやら。当事者の二人は最初と変わらない態勢のままであり、
“船長さんの方は周りになんか気づいてないわね。”
 相変わらず無邪気で屈託がないことと、微笑ましげに小さく笑ったロビンさんだが…今回は十分に“屈託”してると思うんですけど。むむうと膨れたまんまの船長さんは、お皿にスクランブルエッグがなくなってもなお、スプーンをお口へと運ぶ一連の動作を繰り返し続けていたほどであり。一方の剣士さんは、伏し目がちになったまま、一度も船長さんの方を見ないまま。きっちりと食べ終わったお皿を、それでも今朝は珍しく、洗い場の流しへと運んでからキャビンを後にしたのであった。


  ――― はてさて、一体何でまた唐突にも喧嘩なんかになってる彼らなんでしょか?







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  *ああう、当日に間に合わなかったです。
   頑張って続きもすぐに書きますので、しばしお待ちを。