規格外的恋愛に於ける etc.
                  
 『蜜月まで何マイル?』より


          


 全くもって迂闊な話だが、今現在のウチの陣営には"生きたお宝"がいるのだというのを、俺様とあろうものが時々失念してしまう。それが自分自身のことである本人がまったく意識しないのにも問題があって、そんなだから周囲もついついうっかり失念するというもので。船長に戦闘隊長、それから新顔の美人歴史学者(仮)の3人が、今のところ世界政府から正規の(それもかなりの高額)賞金を懸けられている顔触れなのだが、ならば彼らだけが用心すれば良いというものじゃあない。これまでに対峙し、打ち倒して来た海賊どもからも密かに賞金が懸けられている可能性はあるから、笑えるだろう? レイディたち。それもだ、復讐心に燃えていて、行動や現在地を通報しろという、意気盛んな"リベンジ組"が大半かと思いきや、中にはもう二度とかち合いたくはないからって、同じ海域に同座しないために情報がほしいという輩もいるらしいんだから、どこが海賊なんだかな。まったく笑っちまうよな。そういうクチからのお声掛かりとなると、団員全員が対象なのだから真剣
マジに油断は禁物だったのに………。


   よお、久し振りだな、元気してたか? 好き嫌いなく飯喰ってるか?


 俺たちが航海中のグランドラインは、ただ航行するだけでも至難と言われている"魔海"であって、なればこそ、情報の伝播もある意味遅い。だってそうだろ? レイディ。鳥だの電伝虫だのと、直に手渡しせずとも遠い場所の出来事や事件を伝える伝達手段がない訳じゃあない昨今だが、それにしたって"こんなことが起こったぞ"と情報を拾って発信する奴がいなきゃあ始まらない。誰もいないところで焦がしたヘレ肉は"なかったこと"とこっそり埋められても誰も気がつかねぇ。最初から"無かった"って言われても仕方ないってもんだ。…ちょっと違うか?(筆者/全然違うぞ。)それに加えて、海賊や賞金首を駆逐する立場の海軍関係者やマメで働き者な賞金稼ぎ、ある程度の組織立った連中なんかは例外だが、およそ自堕落でいいかげんなのが海賊ってもんだぜなんて嘯
うそぶいてやがる三流海賊共には、ただその日その日を生きるのが精一杯で、先の指針や崇高な野望、でっかい展望ビジョンなぞ欠片ほども持ち合わせてはいないものだから、情報収集もどこかいいかげんであり、向こうから大声で聞こえて来るものをチェックする程度。実際の話、俺らが海軍本部直々の中枢部署から追い回されてる大層な賞金首だの有名な海賊団だのって"事実"を、まるきり知らねぇまま、偉そうに絡んできやがる馬鹿どもも後を絶たないほどでね。よって、最新の情報はまだ出回ってはいなかろうという油断を、ついつい抱いてしまったこちらも悪いっちゃ悪かった。
『ここだけの話、とんでもねぇ額の賞金が懸かってるんだと。』
『へぇ〜、そんなガキにかよ。』
『ああ。何でも"悪魔の実"の能力者ならしくてな、あのバロックワークスを壊滅に追い込んだのも、実は海軍の働きなんかじゃねぇ、そのガキの率いる船団の活躍のお陰だって話だぜ?』
 補給にと上陸した港町の裏路地の小さな酒場。耳に入ったそんな会話に、あまりにも思い当たる節があり過ぎて。その場で脱力しそうになった自分の隣りで、せっかちにも刀の鯉口を切りかかった連れを"まあ待てや"と溜息混じりに引き留めた。確かにウチの破天荒船長に当てはまることだらけな話だが、その船長は宵の口にとっくに沈没して寝室のベッドの真ん中ですやすやと寝入っていた筈なんだろ? それをちょっとばかり詰まらんと見やりつつ、全然眠くならない身を持て余し、こうして夜更けの町へと繰り出したお前なのではなかったか? 目顔でそんなこんなを言い聞かせ、安物の密造酒は悪酔いするからな。もうこの辺で切り上げて帰った方が良いのかもなと、所謂"気の迷い"として片付けられたらいいなという悪あがきをしてみたが、
『けどよ、そんな…とんでもねぇ額の賞金が懸かってるともなると、凄腕なんじゃねぇのか? そう簡単に取っ捕まえられるものなんか?』
『そこよ。ウチのガキがいつもやってる"迷子の振り"して客引きをやっててよ。それをわざわざ送ってくれたお人よしがその坊主だ。最初は、何だガキかって、まま飴玉の一つも買えるだけの駄賃を握らせて追い返そうと思ってたんだ。そしたら、アニキが"待て待て、そいつ、もしかして…"ってなもんよ。手配書の束、一気にめくって見っかったその坊主の、一番新しいのが何と1億。こんな目っけもん、そうはねぇぜってんで、手早く取っ捕まえたって訳だ。見てくれ通りの馬鹿な小僧でよ。店で出してる料理を並べてやったら、造作もなかったって。』
『…へぇ〜〜〜。』
 悪あがきしてる場合じゃねぇらしいや、こりゃあ。


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 途中からそっちのテーブルへと割り込んで、どんどん酒を勧めて盛り上げる。話の舵を取って上手いこと乗せて、訊きたいだけのことは全て聞き出した上で、上機嫌だった能天気野郎のグラスへこっそりとあるエッセンスを垂らして気持ちよ〜く酔い潰し、
「…という訳だそうだぜ。」
 長めの金髪を揺らして背後のテーブルへ肩越しに振り返れば、
「お前な。」
 すぐ背後から、ついつい苦虫を噛み潰したような顔を示す男が一人。荒事にはせず時間をかけて、酔っ払いたちから微に入り細に入り話を聞きほじっていたのを、そっちのテーブルでじりじり我慢しつつ黙って聞いていたのだろう彼こそ誰あろう、
"我らがGM号所属の戦闘隊長、むっつりスケベ剣士だよ。"
 サ、サンジさん、そういう言い方は…。
「…ったく、てめえがちゃんと見張っとらんから、こういうややこしい事になるんだろうが。」
 まだ半分も吸ってはいない煙草を安っぽい灰皿へねじ込み、目許にかぶさる金の髪を手櫛で梳き上げたシェフ殿が、
「日頃要らんほどベタベタくっついてやがるクセして肝心な時に何してやがる、何のための保護者なんだよ。」
と、容赦なく追及すれば、そちらも安っぽい椅子の背もたれに片肘かけて振り返った姿勢のまま、
「奴は間違いなく寝てたんだよ、ぐっすりとな。」
 くうくうとそれは穏やかな寝息を聞きつつ、苦笑混じりに寝室まで運んでやった本人だからこそ間違いないと断言出来る事実だと、それはそれは自信たっぷりに言い返す、剣豪ロロノア=ゾロ殿で。
「それもこれも、誰かさんが晩飯にワインなんぞをたっぷり入れてくれたおかげさんでだ。」
「言っとくが、ルフィとチョッパーの分にはいつだってアルコールは入れないか控えてんだよ、ちゃ〜んとな。誰かさんがロクに食べもせず、自分の分をルフィに皿ごと譲ったりするからだろうがよ。」
 ついついいつもの伝で歯軋りしながら睨み合ってしまったが、おいおい、お二人さんてば。
「…こんなことをしてる場合じゃねぇ。」
「ああ。行くぜ。」
 席から立ち上がり、カウンターへ適当にコインを置いて釣りも待たずに足早に店から出る。
"…ったく、手のかかる船長だぜ。いつもいつもよ。"
 ホントなら、こんな時間帯に、それも一人で船から降りてたなんてこと自体が信じられない話。あの船長は夜の闇や不確かな陰が揺らめくだけでも怯えるほどに"幽霊"が苦手で。だから、陽が落ちた後は一人で甲板に出て来ることさえ珍しく、ましてや…港から離れた地点に係留した船から夜陰を抜けなければ辿り着けない町中まで、一人でやって来れる筈はないのだが。繁華街の雑踏を足早に進みながらゾロがそう言うと、
「ああ、それは判ってるさ。」
 サンジも彼の油断ばかりを責めたのには少々愚があったと認めて、
「けどな、ルフィの奴が本当に心から苦手なのは"船幽霊"だけだぜ? だから船の上での暗いとこが怖いんだ。そこいらの町中やお化け屋敷や、月さえ出てねぇ森ん中なんざは、真っ暗でも平気で歩いてやがるじゃねぇか。」
 そういやそうだったかな?というゾロの顔が、やに詳しいな、こいつはよ…という渋面へと塗り変わる。
あはは だが、それにしたって。船から降りるには、その、怖いはずの闇に染まった甲板に出なければならない。そう思って言葉を重ねようとするより早く、
「アレじゃねぇのか? 恋しいラバーが綺麗な姐ちゃんに奪られたらどうしようってな。それを思うと怖いなんて言ってらんなくてって、お前を追って来たってやつ。」
 澄ました顔のまま、調子づいて言いたいことを並べるシェフ殿へ、ああ"?と睨みつけると、向こうも怯まないキツイ眼差しを返して来た。…とはいえど、
「もめてる場合じゃねぇだろが。早く行こうぜ。」
 咬み付き合いにはさっさとキリをつける辺り、彼とてやはり、ルフィの身が心配なのだ。あいつのことだから大丈夫だと、そう構えたい気持ちは山々なれど…本当に"思わぬ大ボケ"をかまして下さる船長だから始末に負えない。
「行くぜ。」「ああ。」
 目配せし合って"この町一番のカジノ"を目指す、麦ワラ海賊団の攻撃の要の"双璧"たちであった。………が。
「だから、そっちじゃねぇって。一応は見えてるだろうが、カジノの看板はよ。」
 あはは…。


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