赤ずきんちゃん、ご用心?
               
   
 『蜜月まで何マイル?』より


『お熱いのがお好き』という映画がある。舞台は禁酒法時代のアメリカはシカゴで、密造酒の売買で私腹を肥やすマフィアたちが闊歩していた、言わば"暗黒街"の一角。そんな街で、たまたまギャングの犯罪現場を目撃してしまった二人の男が、殺し屋の追跡から逃れるために女性だけのバンドへ女装してもぐり込む…というもので、トニー=カーチス、ジャック=レモン、マリリン=モンローという黄金のキャスティングが目映い、なかなか楽しい作品であるのだが…その中にこういう"くだり"がある。女装した内の一人にとある富豪が恋をする。何せ正体がばれれば命が危ないから適当にいなしていたのだが、とうとうプロポーズされるに至って、俺は男なんだよと正体を暴露すると、富豪は平然と一言、こう言った。


  「誰にだって欠点はあるさ。」
おいおい






        




 偉大なる航路・グランドラインの旅は、外海で恐怖と共に畏敬をもって語られていた…いかにも緊張感に満ちたそれとは時々趣きを異にする。確かに、超大型海王類が闊歩する凪の海域・カームベルトに挟まれていて、その入り口は半分ほどは運に任せなければ侵入さえ拒まれるような特殊な水路、リバースマウンテンを駆け登るゲートのみ。入れば入ったで、気候も風向きも海流も不安定で、おまけに独特の磁場が強すぎて指針はログポースにしか頼れない。居並ぶ島々はそんな環境のせいでかそれぞれに個性が強くて、一旦踏み込んだが最後、出発出来ぬままその島に呑まれてしまうような苛酷な土地も少なくはない。制覇した人間があまりに少なすぎるため、情報は皆無に等しく、先に何が待っているやら、まったくの不明。そんな航路の航海を破綻なく続けるには、船の装備や航行技術のみならず、クルーたちそれぞれにも、よほどの肝っ玉とチームワークが必要とされるというところ。

  ……………だが。

 何も地獄のような凄まじいまでの海域ばかりでもなくて。穏やかな日和の続く静かな海だってあれば、航路の制覇こそ諦めたがしぶとく生き続けた人々が構築した、歴史ある王国や数々の個性的な港町も健在。牧歌的な風景の広がる風土も、エキゾチックな砂漠の国も、機能的な文化の発達した先進国もあって、どんなに獰猛で大きな生き物よりも人間こそ逞しいとつくづくと思い知らされる繁殖力の凄まじさである。
こらこら




「ゴムゴムのガトリングっ!」
 今回彼らが寄港したのは、割と文化的な落ち着きのある町だった。支配機構の成り立ちが安定しているらしくて、町中も清潔だし、人々は明るく、子供たちは街路を元気に駆け回り、治安もさほどには悪くない。港寄りの町の方には、商業取引などによる発達のせいでか商店も住居も新しめの建物が多かったが、丘の上には空の蒼と海の藍によく映える白っぽい石作りの家々が、草原の中になお映えるバランスで並んでいるのが望めて、風光明媚な観光地にもなっている様子。とはいえ、
「ちっ、畜生っ。」
「覚えてろっ!」
 どんな町にも"裏"はある。表通りの整備された石畳を辿り損ねた麦ワラ帽子の少年がひょこっと入り込んでしまったのは、どこかうらぶれた印象に満ちた裏路地で。煤けた石壁にはお尋ね者の手配書が新旧入り混じって貼られており、そのうちの一つがこの少年のあっけらかんとした笑顔のそれだ。

  ―――モンキィ=D=ルフィ。

 まだ十七歳、加えて随分と童顔な少年で、どこでどうやって撮ったやら、それは屈託のない笑顔を、3000万ベリーという高額の懸賞金と"DEAD OR ALIVE"生死を問わずというお決まりの文句の上に掲げられている。
「ナミが言ってた通りだな。」
 ふうと息をつき、黒い髪の上へと載っけた、トレードマークの帽子のてっぺんを軽く押さえた。こんなややこしい所に入り込んだのも、元はと言えば風に飛ばされたこの帽子を追っかけたのが発端だ。その弾みで一緒にいた剣豪ともはぐれてしまった揚げ句、賞金稼ぎだろう、見知らぬ連中からの襲撃を受け、たった今追い払ったところ。
「………。」
 ゾロの顔を思い出した途端に、別なやりとりまで思い出した。
『一人になるなよ? ナミの言いようは極端だったかも知れんが、どんな奴がそういう手を使ってくるか。』
 ちょっとでも目を離すとすぐに迷子になってしまう"これまで"という蓄積があっての、彼からの案じを乗せた言葉だったのだろうが、
『へーきだっ!』
 ろくに聞きもせず振り払ったことを少々反省しないでもない。これでまた"ほら見ろ"と迷子になったことを叱られるのは間違いない。幸いにしてか擦り傷1つ負ってはいないが、これで怪我でもしていようものなら、もうもう何を言われるか。
「…ま、いっか。」
 入り込めたということは出て行けるということだ。とりあえず、先程"賞金首、貰ったっ!"と襲い掛かって来た連中が撤退して行った方向へと進むことにする、未来の海賊王候補である。
"…あ〜あ、腹へったなぁ。"


            ◇


 この港に立ち寄る前に、ルフィはいつもと同様な注意をナミから受けていた。曰く、
「い〜い? あんた、自分が賞金首だっていう自覚をちゃんと持ちなさいよね。いきなり賞金稼ぎに襲い掛かられても文句言えない立場なんだからね。」
「判ってるって。」
「本当に判ってるのかしら。いいこと? あんたの顔がで〜んと刷られたあの手配書には"DEAD OR ALIVE"って書いてあったでしょ? 小者ではない証しであると同時に、生死を問わず、どんな手を使って捕らえても良いって政府や海軍が認めたって事でもあるのよ?」
 何しろ、能天気な少年である。よほど気まぐれな巡り合わせの星の下に生まれたらしくて、何もしなくてもトラブルを呼び込む資質はもはや仲間内でも折り紙付き。彼の余計な言動が発端となって、途轍もない事態に引きずり込まれ、散々な巻き添えを食った事件は数知れず。しかも、
「それでなくたって、あんたが悪魔の実の能力者だってこと、知れ渡って来つつあるのよ? 判る? いくらあんたが腕っ節が強いったって、何らかの手管で騙されでもして、縛り上げられた上で海へ放り込まれでもしたら、もうもう一巻の終わりなのよ?」
「…怖ぇーこと言うんだな、ナミ。」
「そのっくらいの用心を常からしときなさいと言ってるの。」
 一から十まで、手取り足取り、例を掲げて説明しないと理解出来ない単細胞。それでも一緒にこの危険な旅へと同行してくれるのだから、本当にありがたいというか物好きというか…な、お仲間たちで。その中でも一番最初に仲間となった、堺一…じゃなくって(面白い打ち間違いなので残してみました/笑)世界一の剣豪を目指す青年は、ひょんなことから同行する運びとなった他の面子たちと違い、ルフィの側からわざわざ足を運んでスカウトした逸材だ。それのみならず、
「まあ、本人が覚束無い分、ゾロが何とかフォローしてくれれば良いか。」
 メンバーたちが何だかんだ言いつつも船長に甘いのは相変わらずで。そして、こういったあれやこれやの帳尻が、無骨者な剣豪さんへと集まるのもまた、いつもの事だ。何故なら、
「なんでお鉢がこっちに回って来んだよ。」
 恐持てのする三白眼に鋭角的な面差し。胸板や肩に隆々と頼もしく張った肉置きも見事な体格と来て、正確な肩書きを知らずとも、どんな荒くれ共からでも、充分一目置かれるだろう男からの一瞥を向けられても、
「あらあら、ま〜だそんな白々しいことを。」
「それって年端の行かねぇガキが冷やかされてムキになってるのと一緒だっての。」
 天下無敵の元海賊狩り、三刀流のロロノア=ゾロを恐れもしない仲間たちなのは今更な話。仲間内だから怖くないのではなくて、彼の本質を読み切っていて怖がらないナミと、自身の腕に自負のあるサンジだからと来ているから始末が悪い。ただでさえ剣豪には相性が良ろしくない小器用で頭も舌もよく回るな彼らが、それへ加えて何かにつけてからかうように突々くところこそ…この"蜜月"シリーズを他と大きく分ける、彼らのちょっと特殊な"間柄"だったりするのである。
うぷぷ☆


 このシリーズも随分と長くて、先頃『月夜見』から独立したその上に、どこやら家の家庭の事情なんてのまで立ち上がって。
(笑)Morlin.の本能のまま書き殴られた、当サイトに於いて最も煩悩あふれた執筆物だというのに、こうまでの発展を見ましたのは、これもひとえに皆様の支持を得た結果でございます。あんたも好きねぇ。(こらこら失礼な/汗)そんなバタバタの中、最初のコンセプトをご紹介するのをなおざりにしている節がありますので、今回久々に"お浚い"するなら。


  ――― 第一話にあたります『舞台裏〜back stage』をお読み下さいませ。
こらこら
       *いや、恥ずかしいんですって。昔のお話を振り返るのは。











        




「…ルフィ?」
 気がつけば姿がない。目的がある道行きでなし、さほど大股に速足で歩いていた訳ではないし、ほんのつい先程まで屈託のない会話が調子よく続いていたのだが、
"あんの野郎、どこ行きやがった。"
 くるりと周りを見回して、よく晴れ渡った青い空の下、からりとした陽射しに晒された、白っぽい石作りの家並みと石畳の街路のそのどこにも麦ワラ帽子と赤いシャツが見えないのへ、はあ…とため息をつきつつ逞しい肩をがっくり落とした剣豪殿である。鼻先にひらひらと何かがたなびけば、何も言い残さずそっちへすっ飛んでくのはいつものことで、
"あの集中力のなさは何とかせんとなぁ。"
 こっちが注意をするといっても限度というものがある。まさか首に縄をつけとく訳にもいかないし、それに、
"そんなにどうでもいい相手なんだろか。"
 ふいっと注意が逸れてしまうような。何かが割り込めばすぐさま二の次にされてしまうような、彼にとっての自分はそんな対象なのだろうかと、ふと思った。傍らに居てくれるのが当たり前、凭れ切り頼り切ってのことだと言えば聞こえは良いが、放っぽっといても良いとまで思われているとしたなら、それはちょっと情けないのではなかろうかと、それこそちょこっと心配になった、かわらしい剣豪さんである。
「………(ちゃきっ☆)」
 ふ〜んだ。いくら鯉口切って見せても、届かないから怖くないよ〜だ。
こらこら



 その存在を特別だと思っていたのは、最初はどこか形式上のことだった。これからの航海において"船長
キャプテン"と認め、仲間となること。それを他でもない自分自身に言い聞かせるために、という観が強かった。なぜならば。それまで"一匹狼の海賊狩り"だった自分が誰かとつるむというのは初めてなことだったからだ。どういう奴なのかを完全に把握した訳ではなかったが、とりあえず…銃口の前に敢然として立ちはだかることが出来、権力にも威圧にも怖じけない、図太いまでの男前な心意気は目の当たりにしたのだし、恐ろしい場所だとだけしか判っていなかった"グランドライン"へどうしても行くんだという破天荒な目標も悪くはない。
『仲間にはなってやるが、俺が野望を断念するようなことがあったら、腹を切って俺に詫びろっ。』
 一応の"契約"を交わした上で、同行することにした"始まり"から、もうどのくらい経ったのだろうか。
"………。"
 子供にだって判る簡単な理屈じゃないか容易
たやすいことだとばかり、実は…そうではない現実にあって本人が最も傷つくだろう"正道主義"というものを、それでもまじろぎもせず貫こうとする。騙される方が悪いのではなく、騙した方が悪い。勝てば官軍なら、正しい自分たちが勝てば文句はなかろう。…そう。正義のためだなんて言わない。自分の主義が、ポリシーが、たまたま"こう"だったまでの話さと、お日様のように笑って見せるところに、爽快なまでの共感を覚えた。決して怯まず粘って粘って立ち向かい、決して怖じけず何度でも何度でも立ち上がって。喰らいついた敵を叩きのめすまで諦めない、一種馬鹿なまでに頑迷なところへ、いつもいつも心地良い同調を感じた。
『ったく、あの馬鹿が。』
 やれやれという顔をしつつ、船長である彼が選んだことだからだと口では言いながら、意に添わないことはやらない自分が軽快に立ち回れるのは何故だろうか。世間知らずで無垢な部分をまだ随分持っている彼が、無知なことを危ぶみながらも…手痛く傷つかないようにと願ってしまうのは? 誰ぞのためになんて真っ平で、自分の野望完遂のためにと海へ飛び出した筈が、彼の夢のために幾らでも助力するとまで思うようになったのは、いつ頃からだったろうか。図太いが拙くて、強いからやさしくて。そうまでの許容を持つ大きな人物であればこそ、すっかり凭れてくれることへの優越感は格別で。温かな笑みと無邪気さに、ついついこちらまで目を細めてしまうような安らぎを与えてくれた存在。それまで属していた…明日をも知れぬぎりぎりの世界で、ピリピリと殺気立ってばかりいた自分がいかに余裕のない卑少な代物だったか。悔しい話だが、能天気なルフィのペースに交わることで、それらをそうと断じることが出来るほどに、余裕が出来た自分だと思う。そして………。
"………。"
 そんな豊かな想いに馴染むにつれて、だが…気がつけば、彼が欲しくてたまらない自分にも気がついた。具体的に言って、彼を抱きたいと、そう思った。触れることの出来るあらゆる全てを手に入れたいと、そう思った。彼のココロの最も近くへ寄り添いたくて、一番深いところまで入り込んで、叶うことであるのなら一つにだってなりたいと、そう思った。
"・・・。"
 おや、どうしました? えらい意識した沈黙の気配を送って来られましたが。
"…ちょっとクドかねぇか?"
 ああら、そうですか? むしろ、こんなもんじゃ足りないんじゃないんでしょうか。深い深い想いの丈とあらまほし。
(笑)そうまで思い詰めつつも、こんな我欲にまみれた感情は汚いと必死で封じ込め、真っ直ぐに向けられる無邪気な眼差しと、そこに乗っているのだろう手放しの信頼とを裏切るまいと頑張ってはみたのだが、やりつけない"装い"は却って不自然で。もうもう限界、船を降りるしかなかろうと踏ん切りをつけかけたその時に、


 『俺との約束はもう気にしなくて良いから。』


 選りにも選って"ルフィの側から注がれる懸想を振り切れなくて我慢しているのだ"と誤解されていることが明らかになったのが、『舞台裏〜back stage』の次の『虹のあとさき』だった筈。
おいおい、ずぼらな。
"………。"
 不器用な者同士の小さな恋は、ささやかにつたなく始まり、屈託のない少年の初々しさと朴訥な青年の照れとが…時々不安げに互いを伺い合うこともなくはなかったが、大した支障もないままに、今や周囲さえ薄々?感づいているほど大っぴらなそれへと育っていて。根本の部分では、彼のおおらかな侠気
おとこぎにこそ惹かれていることに変わりはない。悪辣非道が大手を振って闊歩していれば、そりゃ訝おかしいだろと声も低めもせずに言い放ち、非情な暴力が辺り一面を恐怖に染め上げていれば"弱い者にはどれだけ痛い思いなのかを教えといてやんなきゃな"と、胸を張って真っ向から挑みかかる。この広大な海という世界の、海賊たちの高みに駆け上がることが目標で、誇りも矜持も半端ではないほどに雄々しくて目映い、それがモンキィ=D=ルフィだ。

  ………ただ。

例えば後先を考えない一直線なところとか。例えばやるだけやってみてそれでもダメだったらしょうがねぇよなと、いつだってその命を惜しげもなく晒している、見様によっては危なっかしいところだとか。彼のものには違いないが、彼の意思に任せるしかないと判ってはいるのだが、この手で補えるものであるのなら、フォローしたいと守りたいと思うようになった。キャプテンだからというのより深い気持ちで、仲間だからというのより切ない想いで。
『そんなつもりで仲間に引っ張り込んだんじゃない。』
 自分の野望こそ優先しろよなと、時々頬を膨らませて怒る彼だが、思うより先に体が動くものは仕方がない。第一、こんな風に危なっかしくて放っておけない彼なのだから。
"さぁて、どこへ行ったのやら…。"
 とっとと見つけないと、そろそろ腹の虫が騒ぎ出す時刻でもある。ひもじいよぉとあからさまに情けない顔をする小さな船長の顔を思い出し、くっと笑って石畳の続く町並みを歩き出す剣豪殿だった。






←TOP / NEXT→***