赤ずきんちゃん、ご用心?
A
            『蜜月まで何マイル?』より


        



「………あれ?」
 ぱちっと目が覚めた。ということは、今の今まで意識がなかったということで、
「ここって…?」
 起き上がろうとして、体が何だか重いことに気がついた。
「…何だ、こりゃ。」
 大儀そうにむっくりと起き上がった自分の視野の、下方辺りを縁取っていたものに気がついて。あらためて見下ろした自分の胸元。赤い服という色彩は変わらないながら、さっきまで確かに着ていたノースリーブのいつものシャツのそれではなく、ふわふわとしたフリルの波が幾重にも華やかにのたくったシルクの海が見下ろせるのへギョッとした。もっとよく見回すと、きっちり手首まで袖のある服を着ている自分であり、下は…たっぷりと布を使った、どう見てもスカートであるような。
"どっかで見た覚えがある服だよな、これ。"
 さあ、みんなも一緒に考えようっ!
おいおい 袖もスカートも同じ赤。手首を取り巻くカフスの部分と、先しか見えない襟元とが純白で。そしてそして、俯いていて気がついたが、
「あ、帽子じゃねぇっ!」
 頭を覆っていたのは麦ワラ帽子ではなく、亜麻色のロングヘアのかつらだった。むんずと掴んで脱ごうとしたが、リボンでしっかと固定されているため、慣れのないルフィにはどうにも歯が立たない。
「これって…。」
 はい、もう気がつかれましたね? 当サイトの『Albatross on the figurehead』所蔵"アリスSOS?"にて、ルフィがナミやビビから着せられたアリスちゃんの仮装とそっくりなのである。と、そこへ、
「おや。気がついたようだな。」
 唐突にそんな声がしてびっくりした。呆然としていた上に、何だかやはり感覚がおかしい。半分寝たままなような気がして、頭も重い。
"…なんで、俺、こんなとこに。"
 周りを見回すと、大した部屋である。ベッドが主役な、恐らくは寝室だろうが、それにしては随分広い。清潔で落ち着いた壁紙に高い天井。華美ではないがそれでも高価だろう、凝ったシャンデリアが下がっていて。ルフィが横になっていたベッドは、ふかふかの羽布団と枕が大小5つほど並んだゴージャスな代物で、レースの縁取りがあるオーガンディーのカーテンと天蓋付きだ。他の家具も逸品揃いで、ここにナミがいたらば、それらが全てビクトリア様式の調度品で、1つ1つが中流家庭の一財産ほどもの価値があるとすぐさま判った筈である。
「???」
 どうも自分がおかれている状況というものが判らなくて、怪訝そうな顔のまま、馴れ馴れしい笑みを浮かべた登場人物へと目をやる。
「ほらほら、そんな顔をしないで。せっかくの可愛い装いが台なしになる。」
 どう考えても見覚えのない顔だ。名前を覚えるのは不得手だが、顔や形は結構覚えていられるルフィで。だのに、全然覚えがない。ひょろりとした顔色の悪い男で、きちんとした身なりをしてはいるし、そこそこ教養とやらもありそうなかっちりした顔付きでもあるが、どこか…掴みどころのない印象が拭えない。良い奴なのか悪い奴なのか、直感で判らない奴にロクな相手がいた試しはないのだが…。
「お前、誰だ? それに、此処はどこだ?」
 得体の知れない魔法に捕まったような、そんな気分だ。…捕まった? 魔法?
「あ…。」
 思い出した。お腹が空いたなと、ふと見やった道の先。壁に添わせて置かれてあった小さなテーブルに、何故だか…ドーム型の蓋付きのトレイが載せてあって。良い匂いがするものだからパカっと開くと、そこには今オーブンから出したばかりですと言わんばかりの骨付き肉のローストが。………って、食ったんかい、そんな怪しいもんをっ!!
"そか。あれからの記憶がないから、あの肉に何か…。"
 睡眠薬だかしびれ薬だかを仕込んであったんでしょうな、うんうん。やっとこの状況に至った経緯への合点が行って、成程な〜という納得顔になっているアリスちゃんへ、
「ボクを覚えていませんか?」
 男はそんな言葉を続けた。
「ヴァルファランドであなたに熱い視線を送り続けたこのボクを。」
「ヴァルファランド?」
 キョトンとし続けるルフィであり…。だから、その恰好をして賞金稼ぎたちに追い回された島のことでしょうが。
「あ、そかそか。…じゃあお前、あの時の賞金稼ぎなのか?」
「ボクはそんな下賎な人種ではありませんよ。」
 こほっと小さく咳払い。
「むむ〜。」
 何だか。そう、何だかコイツいけ好かないと思った。気取った奴はもともと大嫌いだし、その気取り方が滑稽だと思えるならいっそ面白いものを、どこか…人を見下したり区別していたりする態度をあからさまにしているところが、何だかとっても気に入らない。
「俺、帰る。俺の服、返してくれ。」
 ベッドから降りようとして、億劫そうにもそもそと動き出すルフィに気づくと、
「帰しませんよ。」
 すたすたと傍らにまでやって来て、そんなことを言い放つ。どこか命令口調であり、
「何言ってんだ。お前、賞金稼ぎじゃねぇんだろ? それとも海軍の人間なのか?」
「いいえ、そんな埃っぽい野蛮な家系とは縁がありません。」
 いちいち癇に障る奴だと、ますますむかついた。海軍の肩を持つつもりは毛頭ないが、こんないけ好かない気障野郎に比べたら、働き者な彼らの方がよほど気のいい奴らばかりかも…とさえ思えてくる。
「だったら何だよっ! 賞金が目当てで俺んこと捕まえたんじゃないのか?」
「賞金?」
 またまた鼻先で笑う。
「いくら懸かっているんでしたっけねぇ。3000万ベリーでしたか? それがたとえ何億でも、こちらから支払える立場ですからね。要りませんよ、そんな金。」
「だったら…。」
 言いかけた言葉が途切れる。
"こいつ…俺のこと、どこまで知ってるんだ?"
 3000万ベリーという賞金の懸かった海賊であるということ。仲間の面子の名前。公的に明らかにされている情報はせいぜいそれくらいな筈だ。そんな自分の…食べ物からの誘惑に弱いことや
(笑)このグランドラインでの行動を、どうやってここまで把握しているのだろうかと、そう思ったら何だか気味が悪くなった。海軍でさえ掴んではいないものをどうして? やっとそんな不審に気づいて息を呑んだルフィの様子を、どうと解釈したのか、
「おやおや。大人しくなりましたね。」
 男はにやりと笑い、
「ボクにはお抱えの探偵が五万といましてね。このグランドラインのどこの情報でも易々と手に入る。それであなた方の選んだ航路を調べ、足回りの早い蒸気船で先回りして、この屋敷を買い取り、待ってたって訳ですよ。」
 …お喋りな奴で助かりましたわい。ここにビビ皇女がいれば、もしかしてバロックワークスの情報を買ってもいるのかもと、そこまで探って考えたことだろう。蛇の道はへび。腹黒い奴には、同じ輩の存在や欲している物があっさりと手に取るように判るものだ。
「さあ、判ったでしょう? ここに居れば何の心配も要りません。海軍だって手は出せない。可愛いお洋服も、山のような御馳走もお望みのままに何でも取り寄せて差し上げますよ? だから…。」
 にじ…っと、どこかぬめりを帯びた雰囲気がその男から発したような気がして、思わずながら身を竦ませる。
「な、何だよ。」
 どうも、核心的なところというのが一向に見えて来ず、それもまた気味が悪い感触の一因であった。一体、この男は何が目的だというのだろうかと、まるきり訳が分からないルフィであるらしく、
「そんな怖がらないで下さいよ。」
 ベッドの端に腰掛けて来て、にやりと笑う顔が何とも…悍
おぞましい。幽霊やお化けと一緒で、得体の知れないものは嫌いだ。悪い奴とか強い奴とか、はっきりとしない内は手も出せない。だが、この男からは良い奴の雰囲気はしないから…。
"暴れても…良いのかな?"
 思えばこういう躊躇自体が普段のルフィらしくないことで、身体のみならず、頭の芯がぼうっとしている余波が出てのことなのだろう。ぼんやりと見返しているばかりな彼に笑って見せて、男はおもむろに二の腕を掴んだ。
「な…何だよ。離せって。」
 こんな風にまで馴れ馴れしくされる覚えはない。一体何が目的なのか、依然として判らないルフィへ、

  「恥ずかしがることはないでしょう? 知ってますよ?
   今日も一緒だったあのむくつけき男。
   お気に入りなんでしょう?
   海の男にはよくある嗜好です。
   あんな無骨で野暮な奴より………。」

  「……………っっ!!」

 一気に霧が晴れたような。そんな気がした。にまにまと、いやらしく笑いながら口にされたのが、例えようもなく屈辱でもあった。ただ抱き合って快楽を満足し合うだけな、そういう間柄ではないのに。揺るぎない信頼とやわらかな温かさと。不器用同士が少しずつ積み上げて来て培って来て、やっと今ほどの確たるものに育てて来た大切なものを、そこいらの同衾と一緒くたにされたくはない。崇高とまではおこがましくて言えないけれど、命に匹敵するほど、この身の半分なくらいに、それはそれは大切で掛け替えのない存在とその繋がりを、こんな奴に貶められたのが猛烈に腹立たしい。だが、
「やめろよっ! 離せよっ!」
 もがくくらいで全く力が出ないのが何とも歯痒い。ゴムゴムの力まで出ないのは、後から思えば"海楼石"を寝台のどこかに仕込んであったのかもしれない。ふかふかとどこまでも沈む柔らかなマットに引き倒されて、
「痛いことをする訳じゃあありませんよ。大人しくして下さいなvv」
 にまにまと笑っている顔が近づいて来て…ぞっとした。この青年が言うように、どうやら殴ったり切ったりされる訳ではないらしいのだが、むしろそっと大切に扱われようとしているらしいのだが、
「ヤダったらヤダっ! 離せよ、この野郎っ!」
 全身に鳥肌が立っていると判る。怖いというのとは次元が違う切迫感。殴られるのなら、まだ我慢も利く。切りつけられるのも、まあ治る怪我だったら我慢する。だが………。
"嫌だ、イヤだっ! こんな奴に触られたくないようっ!"
 服越しに掴まれている手の感触さえ気味が悪い。幽霊や化け物より得体が知れない物への何とも言えない恐怖に、今にも目が眩みそうだ。体が動かないため逃れようがなく、それが途轍もなく悲しくて。抵抗さえ出来ないのが悔しくて悔しくて堪らない。いつもいつも大好きな温もりと匂いの中で、そっとそっと触れてくれるその相手にしか、絶対に許してはいけないこと。その、とっても大切で、ルフィにとっては神聖な部分を、無理から壊そうとしているのだ、この男は。何となくながら意味が判り、そして、それへと為す術もない自分が何よりも不甲斐なくて、
"…………ゾロ、ごめん。"
 胸の中で名前を呟いたら無性に哀しくなって、眸の奥が熱くなって来た。いつもいつも大切に、まるで宝物のように扱ってくれるのに。あの不器用そうな男が、困ったような顔をして駄々を聞いてくれるのが、頼もしい胸元に包み込んでくれるのが、もう二度と自分には向けられない、遠いものになってしまうのだろうか。このままもう二度と会えなくなってしまうのかなと、そこまで思ったら、もう歯止めは利かなくて。


  「ゾロ―――っ!!」


 叫んで来てくれるなら世話はない。平気だなんて言ったから、探してくれてもいないかも知れないけれど。それでも、想いを込めて名前を呼んだ。自分はあの男だけの物だからと主張するように。ホントだったら、ぼっこぼこに殴ってるんだからな、自由が戻ったら覚えてろよ、真っ先に手とか腕とかに噛みついて、それから顔の形が変わるくらいバコバコに殴って、部屋中暴れ回って全部壊しまくって飛び出してやるんだからな、今だけなんだからな、そうやって、そうやってへらへら笑って勝手なこと出来んのは………。流れるように取り留めなく、悪態の限りを言いつのろうとした、まさにその時だ。


  ――― っ!!(ざかどか、ばきがらら、がつごつべきへき、ごどがたどすん…)


 凄まじい音と地響きがして、
「…なっ!」
 その方へと目をやった失礼な青年が、次の瞬間"げぇっ"と喉の奥から妙な声を上げた。そして、
「………?」
 追い詰められた混乱から、何が起こったのかもまるきり判らず。ただただ堅くなっていたルフィの上へと、傍若無人にものしかかかって来ていた重みがふっと消えた。そぉっと眸を開けると、


  「………あ。」


 頭に黒バンダナをきゅうっと巻きつけた、完全臨戦態勢の三刀流の剣豪が、片手で軽々と胸倉を掴んで、この部屋の主を足の先が宙に浮くほどまで、容赦なく高々と吊るし上げている。底冷えの来そうな鋭い眸で睨みつけ、


  「人のもんに気安く触ってんじゃねぇよ。」


 こらこら。そんなノロケ半分な啖呵切ってる場合かい。一方で、強く強く思ったことで現れた幻ではなかろうかと、
「ぞ、ろ。」
 呼びながらのろのろと上体を起こすルフィだ。ままならない身体がいとわしい。あまりに小さな声だったから聞こえなかったか、それとも…こんな無様な羽目に陥っていた自分にほとほと愛想が尽きたのか。返事をしてくれないのが哀しくなって、
「ゾロぉ…。」
 振り絞るような声を出すと、はっとしたようにこちらを向き、ぶんっと腕を振って男を床へと叩きつけた。忌ま忌ましいと思う価値さえないという扱いである。大股にベッドまで近寄って、懸命に伸ばして来た手を、腕を取り、深く懐ろの奥へと体ごと引き寄せて抱き締めてやりながら、
「ルフィ………なんてカッコだ、それ。」
 あらためて…奇天烈なコスプレに気づいて、呆れて見せる。そうと訊かれて、
「知らない。起きたらこんななってた。身体も言うこと利かないし。」
 よほど怖かった反動だろう。この、幽霊以外は怖い物なしな筈の少年が、ぎゅうっとしがみついて来て、えぐえぐと啜り泣きながら訴えるから、
「…それって、お前。」
 こちらはさすがに、それが"どういう意味なのか"が判るのだろう。大切な愛しい者になんてことをしてくれたのだという、怨念にも似た一念を込めた鋭い視線を、肩越しの後方へちろんと向ける。途端に、床に這いつくばっていた男がびくうっと縮み上がった。
「い、いえっ、ボクは何にも。着替えはメイドに任せましたから。」
「身体が動かんのは何でだ。」
「そ、それは…。」
「薬でも盛ったか。」
「は、はあ、えと。」
 しどもどと言葉を詰まらせて一向に埒が明かない。
「ああ"?」
 剣豪殿がちょいと凄んで見せると、
「あ、えと。すぐに代謝される薬ですから、害はないです、ホントですっ!」
 慌てて白状する始末。薬を盛って自由が利かない相手にしか威張れないなんて、
"サイテーだよなっ!"
 もうもう、何か言って評してやるのさえ勿体ないと、そんな気がしたルフィである。そんな情けない奴の顔なんか見てたってしょうがないとばかり、先程から頬をすりすりと擦りつけていた懐かしくて頼もしい胸板の持ち主の顔を見上げると、
「何で、判ったんだ?」
 此処にいると、一体どうして。ただでさえ初めて来た土地で、しかも互いにはぐれていたのに。不思議そうに小首を傾げる可愛いアリスへ、何というやら…複雑そうな苦笑を見せながら、涙で汚れた頬を指の腹で拭ってやりつつゾロは応じた。
「ん、簡単だったさ。麦ワラ帽子の赤いシャツを着た男の子を見なかったかって聞いたら、意識のない様子なままでこの屋敷の中へ明けっ広げにかつぎ込まれたって、そこいらの誰もが答えてくれたからな。」
 …げ、芸のない。連れがいると知ってたくせに、捜し回るだろうとは思わなかったんだろうか。
「屋敷ん中には簡単に入れたが、あんまり広くてな。」
 さては迷子になっとったな、あんた。
「近道作んのにあちこち壊しちまったが、そん時に声が聞こえたんだよ。」
 そうと言って、腰を抜かしたらしく座り込んだまま震え上がっている男を再び見やったゾロだ。
「ちーっとばかり"おいた"がすぎたな、坊っちゃんよ。」
 胸板へ軽く添わせる格好で片腕で楽々とアリスを…もとえ、ルフィを抱え上げながら立ち上がり、
「俺たちが温厚な海賊で良かったよなぁ? 何せ船長の誘拐だ。下手をすりゃあ、一族全員、この世に居られなくなるほどのことをしでかしたんだからな。」
 睨み据える視線は、そのまま…剣の切っ先のように質量を伴って感じられて、
「ひいぃぃっっっ!」
 男はただただ四ツ這いになって竦み上がっているばかり。
「懲りて今後は大人しくすりゃあ良し。さもなきゃあ、同盟結んだ幾百もの船団率いて、サヴァヤ島にあるっていう本家まで略奪と強襲に押しかけてやるから、覚悟しやがれっっ!!」
「わ、わかりましたっっ!」


  ―――サヴァヤ島云々というのは、
     このいかれたマニアな富豪青年の実家がある島の名前だそうで、
     乗り込んだゾロがやはり吊るし上げた執事から
     さっき聞いておいたのだ…とのこと。
     …そんな余裕があったのね、剣豪。


            ◇


 腰を抜かしてとうとう泣きじゃくる坊っちゃんでは埒が明かないからと、後のことは執事に重々言い置いた。今後こういうことをしでかさないように、何なら檻にでもぶち込んどきなと啖呵を切って。その間にメイドたちに探させた麦ワラ帽子は膝に乗せてもらって、頼もしい腕の中へ抱えられたまま、やっとのことで門構えの外へ出る。さして時間は経っていなかったらしくて、
「まだこんな明るいのか。」
 ルフィは辺りを見回してそんな声を上げた。そういえばあの部屋には窓がなかったから、時間の感覚もどこかズレていたような気がする。随分と長いこと、この剣豪と離れ離れでいたようなそんな気が…。服は処分されたのか見つからなくって。面倒だからこのままで良いと言ったのは自分なくせに、
「こんな恰好のまま連れ帰ったら、また何か言われるんだろうな。」
 そんなことを言うゾロで。もう頭のバンダナは解いているし、愉快そうに笑っているから冗談半分な言いようなのだろう。ルフィもくつくつと笑うと、
「良いじゃん、言わしとけば。」
 そんな風に応じて、だが、
「…ごめんな? ゾロ。」
 いやに神妙な声を出す。
「?」
 怪訝そうな顔になって腕の中を見下ろせば、
「…ちゃんとゾロは一人になるなよって言ってたのに。どんな奴がどんな手を使うか、判んねぇからって言ってくれたのに、俺、へーきだなんて言ってさ。」
 しゅんと萎
しぼんでいて、すっかり反省しているらしい構えだ。まだ引き摺っているとは、よほど怖かったのだろうと偲ばれて、だが、
「そうだ。ただの迷子なだけならともかく、連れてかれたって聞いてからは、気が気じゃなかったんだからな。」
 ついつい言わずにはおれないゾロでもある。この少年を昏倒させて運んだ者がいたという一点だけで、既に"かぁっ"と頭に血が昇っていた。そう簡単には倒れない彼のこと、どんな卑怯な手を使って自由を奪ったのだろうかと気が気でなかった。海軍に引き渡されれば間違いなく処刑される。自分がついていながらと、贓物
はらわたが煮え繰り返りそうになった。
「けどまあ、あんなマニアな奴だったってのは、ある意味、物凄い予想外だったよな。」
 そのお陰で傷つけまいと丁寧な扱いをしてくれたらしく、実質的には大した害は受けなかったのが、考えようによっては拾いものではある。ゆっくりとした歩調で歩き始めた剣豪に、
「…ん。」
 すっかり安心してのことだろう。見るからに甘えの滲んだ眸を向けてくる小さな船長さんであり、人通りのないことを幸いに、
「…しようがねぇな。」
 抱き上げている腕の輪を心持ち縮めるようにして。顔を高めに引き寄せると、そのままこっそりキスをする。触れるだけのついばむような口づけだったのへ、
「ん、や…。」
 まだ感覚が覚束無いのだろうに、腕を回して来て首っ玉にしがみついたルフィで、
「こらこら。」
「もっかい。な?」
 取っときの甘い声でねだられては、聞かずにおれない情けなさよ。
「ん、ん…ふぅ。」
 今度は少しばかり深く噛み合うような接吻になったから、こらこら往来で"さかる"んじゃないってば。
(笑)
「さ、帰るぞ。」
 ぽうっと浮いた顔になった船長殿の答えも待たず、剣豪殿は颯爽と歩き始める。とんでもないエネルギー補充があったもんだ。
あはは
「…なあ。」
「んん?」
 しばらく行くと、小さな小さな声がして。見下ろすと、
「この服、やっぱりやだ。」
「罰だ。我慢しな。」
「だってさぁ…。」
 先程までの薄ら寒さを思い出していたたまれないのだろう。今にも泣き出しそうな、何とも情けない顔を向けてくるが、
「元から着てた服は取り返して来なかったからな。出来るだけ急いで戻るから我慢だ。」
 こればっかりは"無い袖は振れない"というやつで、聞いてやりたくてもしようがない。下手に服屋を探していたらば、迷子になる事、請け合いだしね。
(笑)仕方がないという理屈が判ったのか、頼もしい胸元へぽふっと顔を伏せたアリスちゃんだったが、
「うう…。ゾロ、そっち行くと高台に上がっちまうぞ?」
「そか?」
 おいおい、大丈夫かいな。


          ***


 ………果たして、彼らが無事に愛船に戻れたのはその日の夕刻遅くのこと。どこだか判らない公園で途方に暮れていたところを、通りかかった港へ向かう荷馬車に拾われ、やっとのことで帰還出来た。その頃には投薬によるしびれもすっかり取れていたルフィは、あることないことで仲間たちから冷やかされている剣豪をうっちゃって、シェフ殿特製の美味しい夕食をぱくつくのに忙しい身となったのであった。


  〜Fine〜   02.2.24.


  *カウンター17171(いないない)HIT ゴロ番リクエスト
    岸本礼二サマ『"蜜月まで〜"設定で、
              ルフィに執拗に言い寄るナンパ男に、ゾロマジ切れ』


  *副題『"アリスSOS?"後日談』なんつって。
   ちょ〜っとわざとらしい段取りだったかも知れませんね。
   けどでも、初心に帰れて何だか楽しゅうございましたvv
   夫婦もの話も、勿論気に入って書いておりますが、
   こういう基本?のラブラブものの甘いのもまた格別でございます。
   夫婦ものが豆大福ならば、
   こちらはさしずめショートケーキというところでしょうか?
おいおい
   ………それにつけても。
   本文中で触れております初期の"蜜月"は、
   裏とは別な意味から隠しページにしたいくらい、
   恥ずかしいですね、今となっては。
   あの程度で"注意して下さい"という警告ゲイト設けてますし。
   初心者でしたからねぇ。(もう外そうかな、あれ。/笑)

  *このような出来となりましたが、岸本サマ、いかがでしたか?

  *後日になりまして、
   岸本サマからとってもお素敵なイラストを頂戴してしまいましたvv
   Morlin.の言葉足らずから、ご迷惑をお掛けしたというのに。
   なんてお優しい方なんだろう…。
   コスプレ船長さんと剣豪の、甘い甘いツーショットですvv
   岸本サマ、本当にどうもありがとうございましたvv

素晴らしくキュートなイラストへvv→***


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