蜜月まで何マイル?
     “………何かいる?”
 



          




 世界で一番苛酷な航路、魔の海とまで呼ばれているのが、ここ“グランドライン”なのだそうで。磁気の強い岩盤からなる島々が集まっているがため、海流も天候・気候もランダムだったり不安定だったりし、何より方位を見定めることが出来ないので、特別な指針“ログポース”を使ってでしか航行は不可能なのだそうで。………星を見てもダメなのかな。昼なら昼で、太陽の位置とアナログ時計の針とで方位が分かるっていうお話を、どっかのお子様名探偵くんから聞いたこともあるんですが。どうやら“赤道直下”らしいから、だからその手は使えないのかな?
(う〜ん) 今更な揚げ足取りはともかくも。確かに“苛酷な環境”には違いなく、外の海域とは比べものにならないような奇天烈な怪現象が、当たり前のように数々起こるわ、凶暴だったり人懐っこかったりと気性は様々ながら、どっちにしたって寄って来られると大迷惑な、巨大な海王類が随分と多数 闊歩しているわ。気象の変化も不規則で、極寒の冬島海域の次に灼熱の夏島海域がやって来たりなんてのもザラな話。そんな“自然環境”の桁外れな凄まじさに輪をかけて、この航路を生活の場にしている人間にも、一筋縄では行かないような顔触れが集まっているものだから大変で。そういう環境に身を置くことに耐え得る人たちだってだけでも物凄いその上、航行して来る…大概は“海賊”を相手に、そういう荒くれ共を“カモ”にして生き延びているという手合いが大半だから始末に負えない。此処は強いものが“正義”であるという順番な、正に“弱肉強食”の世界であるのだ。


  「そうね、大変よねvv
  「…ロビン。ちっとも大変そうに聞こえないんだけど。」

   ………まったくです。
(苦笑)







            ◇



 さも大層につらつらと、難儀なところだというあれやこれやを並べ立てはしましたが。海賊団で一番 理知的なお姉様があっさりと払拭して下さった そのまんま、そういう途轍もない航路なのだという事実をついつい忘れてしまうような。楽しかったり安寧だったり、微笑ましいほど間が抜けていたり、やたら突っ込みが飛びまくる天然の大ボケ様が多数いたりするような。そんな奇跡のような世界が展開されているのが、只今 売り出し中の高額な賞金首が数名乗ってる小さなお船。モンキィ=D=ルフィが率いる“麦ワラ海賊団”のキャラベル、ゴーイングメリー号でございまして。規模も装備も大航海には到底向かない、遊覧船のような愛らしさだが、それでも…一応は砲台も搭載しているし、操作性と機動力は抜群という素晴らしき名船だし。操るクルーたちも、それぞれの得意分野での超一流というレベルの高いのばかりが集まってはいるので、たった1桁という信じられない頭数にて、魔の海“グランドライン”をさして恙
つつがないままに航海して来れた彼らなのであり。


  「さして恙無いままにィ…?」
  「…まあ、一応は最初の頭数から減ってないですし。」
  「ビビとカルーが降りたけど、あれはそこが目的地だったからだもんなっ。」
  「おうよ♪ 元気にしてっかなぁ、二人とも。」
  「………暢気なもんよねぇ。」


 陰謀渦巻く砂漠の王国での大クーデターに巻き込まれ、悪魔の実の能力者たちと銘々で一騎打ちもしたし、空の国でも…間違いなく“人外”だったのだろう、自称“神官”とか、自称“神”とかいう とんでもない輩たちと戦う羽目になったりし。自分たちの命まで懸けるほどの、正に“国取り合戦”という大掛かりな修羅場を幾つもくぐり抜けたお陰様で…単なる海賊団同士の戦いなんて、もはや、頻度のみならずレベルまでもが“日常茶飯事”に等しくて。セコい相手にチマチマとした揚げ足を取られて苦戦するというよなことも、まま、全くないではないのだが。
(笑)  結句、基礎基盤の力量差から、どんな大船団でもあっさりと平らげてしまうほどの凄腕海賊団としての勇名が、日に日に上がっている彼らだったりし。目指すは ひとつなぎの秘宝“ワンピース”と、それぞれが胸に掲げた野望の達成。立ち塞がる奴には容赦はしないと、強かに嗤わらって見せる、雄々しき海の野郎ども…である筈なんですけれども………ねぇ? (苦笑)




 間断無く聞こえてくる波の音や風の音も、もうすっかりと耳に馴染んで意識さえしないほどの環境音。魔の海と言っても そうそうのべつまくなしに荒れてばかりいる訳でなし、この何日かは擦れ違う悪しき賊の影さえ見えぬままなせいで、船内の空気もほわほわと静やかなもの。音もなく降りそそぐ温かでやわらかな陽射しが、船端や帆を穏やかに撫でている、それはそれは和やかな昼下がり。そんな静寂を一気に断ち切るように、ばたーーーんっと勢いよく開かれたはキッチンのドアであり、

  「? ルフィ?」

 キャビンには…ランチの後の食休みということで、クルーたちが全員顔を揃えていて、たった今、音高くドアを開けたキャプテンが顔を揃えたことで、完全な全員集合の図となったのだが、
「あったの?」
 真っ先にナミが待ち構えていたような声を掛けたのさえ、聞いてはいないというのがありありしている…はっきり言って挙動不審。もっと判りやすく言って、何だか様子がおかしい彼であり、真顔のまま、ただでさえ大きな琥珀の眸を更に見開いて、室内全部を忙
せわしげに視線でザッと撫でたかと思うや、
「ゾロっっ!」
 奥まった所に据えられた冷蔵庫前で、長い脚を投げ出して床に座っていた…ここが彼の定位置だからだが…剣豪に、勢いよく飛びついている。あまりに切羽詰まったお顔だったのと、疾風怒涛、一気呵成な行動とへ、
「何だ、なんだっ?!」
 草食動物の性
さがで少々臆病なトナカイドクターのチョッパーが、煽られたように…状況がよく判らないまま、だというのに飛び上がって驚いて見せ。そんな彼が飛びついた先では、
「おっとォ…。」
 自分の懐ろへと飛びついて来た彼の丸ぁるい角が、丁度両手で拭いていた皿にぶつからぬようにと、サンジが思わずのバンザイをしたほど。角は無事でもそれが直結している頭の方へ、結構な衝撃が及びますものね。そんな余波まで招いたほどに、突然吹抜けた疾風よろしく。あまりに突発的な…三段跳びのアスリートかと思わせるような、そりゃあ見事な跳躍を披露してくれた張本人はといえば、

  「ル…。」
  「何か居るんだっ!」

 呼びかけようとした声を遮らんという語勢にて、懐ろの中から先にそうと言ってのけられて。あらためて…頭を回しつつ室内をゆっくりと見回したゾロは、
「…居るなぁ。」
 自分たちを足しても、少なくとも7人も居る。…じゃなくって。
「“何か”って何よ。」
 お呑気に漫才をしていてどうするか。掛けた声を無視されたその上、二人掛かりで“何か”という物扱いされてムッとしたナミが、
「ルフィ、石鹸は? 取って来てって頼んだでしょ?」
 やや突っ慳貪に…それでも詳細を足して、あらためて訊き直したのだが、
「〜〜〜〜〜。」
 剣豪さんの懐ろに飛び込んで、コアラか抱っこちゃん状態になったままな小さな背中は、頑として振り向きもしない様相であり、お返事もなく。
「ルフィ?」
 重ねて呼ぶと、
「行ったんだ、倉庫っ。」
 やっとのお答え。とはいえ、態勢にはあまり変化もなく。飛び込んだ先の頼もしい剣士さんのお膝へ馬乗りになり、怖いよ怖いよと全身で示してしがみついたまま。
「そしたら、何か居たんだってばッ!」
 奥の方でゴトッゴトト…って音が引っ切りなしにしててよ、後ずさりしたら何かフワッとしたもんが首の後ろ撫でてっ。見回したけど、誰もいないし何にも見えなくてっっ! ゾロの逞しい胸板にしっかとしがみついたまま、矢継ぎ早にそう訴える。その様子に、
“…ルフィ?”
 これ以上はないくらい
(まったくだ) すぐ間近にいるゾロが、そしてロビンが。少しばかり目許を眇め、おやおやという怪訝そうな顔になった。
“信じ難いことだけれど…。”
 何かしらに心底怯えている彼ではなかろうか? 何かが自分を追って来るのが怖い、何かが迫って来るのが怖い。そんな想いを振り絞っている彼だと察しての表情を見せた、ゾロでありロビンであったのだけれども。
「………。」
 何故だろうか黙して語らず、口を開かないでいる剣豪さんであり。片やの他の仲間たちはというと、ルフィの怯えぶりへさえ気がつかないのか、

  「ネズミか何かじゃねぇのか?」
  「あら、それだとしたって放っておけないじゃないよ。」
  「そうだぜ。隣りは貯蔵庫だ。芋や何や齧られちゃあ堪らねぇ。」

 てんでに思うところを言い合っているばかり。日頃の怖いもの知らずな彼にしては度の過ぎた感さえする、この怯えようさえ眼中にないかのような。いかにも“大したことではない”という扱い・振る舞いであり、
“…この温度差は 一体?”
 いつもであれば“仲が良い”なんてものじゃあない、この小さな船長さんへはそれはそれは過保護だった筈なクルーたちが。何でまた…こうまで目に見えて怯えているにも関わらず、揃いも揃って全く心配しないのか?
“剣士さんまで黙りこくってしまったし。”
 まま、この人は日頃からあまり口が回る人でなし、黙って“いい子いい子”と宥めてやっている方が、むしろ“彼らしい”というものなのかも知れないが。それにしたって何だか異様な光景には違いなく。こんな扱いには、さすがに…当のご本人様も焦れたらしく、

  「“舟幽霊”かもしんねぇじゃねぇかっ!」

 何でそれを一番に心配しねぇんだよっと、苛立たしげに怒鳴ったものの。
「うう…。」
 だったら怖いよう…と言いたげに、いかにも怖々と、上げたお顔を素早く伏せたルフィだったもんだから。

  「…どういうこと?」

 確かにねぇ。掛け合いコントをやっとる場合かい。
(笑) ただ一人、何が何やら理解が追いつかないとばかり、冗談抜きにキョトンとして見せたロビンだったが、
「あのな、あのな?」
 こちらさんは逆に…状況がやっと飲み込め、シェフ殿の長い脚からやっとこ離れたチョッパーがトコトコと歩み寄って来て、シャツの裾を引っ張ると“屈んでよ”と可愛く おねだり。それへと従って上体を軽く倒したお姉様へ、小さな蹄を覆いの代わりにし、船医さんがこそりと耳打ちをする。

  「ルフィは幽霊が苦手なんだ。特に、航海中に出るっていう“舟幽霊”が。」
  「…まあ。」

 いやもう、皆様にはこんな回りくどいことをしなくとも、とっくの昔に通じていたことでしょうけれど。
(笑) この世に怖いものなんかあるのだろうかと、あったとしても果たして ちゃんと覚えていてそれへの用心をしているのだろうかと思わせるほど、そりゃあもう余裕綽々しゃくしゃく、どんな窮地も粘って踏ん張って必ず凌駕して来た、信念と心意気の男。それがこの、小さいけれど、無鉄砲だけど、偉大な“海賊王”候補くんではなかったか? あまりに意外なことを聞かされてだろう、日頃の冷静ささえ吹っ飛ばすほどの驚きの表情を隠し切れないでいる考古学者のお姉様へ、
「シャンクスとかいう人に、小さい頃に刷り込まれたらしいんだな。」
 くすすと、ちょっぴり微笑ましげに付け足したチョッパーの後ろから、
「怖い物なんて無いと思ってたんだがなぁ。」
 ウソップが細っこい肩を竦め、
「何が出て来たって面白がりそうな奴だってのにな。」
 サンジがしょっぱそうなお顔で苦笑する。そう。当然のことながら、他の面々だってそんなことは先刻承知。ナミがそんな彼を暗い船倉への“お使い”に一人で行かせたのだって、
「いつまでも“怖いよ〜”じゃ先々で困るでしょうが。」
 明かり取りの窓や甲板への扉をわざとに閉めてのお膳立てをしたのだって、少しずつ慣れさせようと思ってのことだったのに………結果はこれですもんねぇ。
(苦笑)
「昼間だってのに、何が出るってのよっ。」
「そだぞ。」
 大体なぁ、この船はカヤに貰った、言わば“新品”なんだから。遭難や事故どころか、こんな航海にって乗り出したのも俺たちがお初。だってのに何が取り憑いてるって言うんだよッと。事と次第によっちゃあ本気で怒るぞと目許を眇めたウソップへ、
「だって、幽霊だぞ? 殴っても叩いても効かねぇんだぞ?
 あっと言う間に手の届かないとこに行ったかと思ったら、すぐそばまで飛んで来たりするんだぞ?」
 それって…。
「…あんたと一緒よねぇ。あ、斬っても効かない分、手ごわいか。」
「ナミさん…。」
 相変わらず斟酌のない言いようには、さすがにサンジが執り成しの声をかけたほど。無鉄砲で怖いもの知らずだとずっとずっと思われていたこの無敵船長、どうも“正体の分からないもの”とか“実体が無いもの”は怖いらしい。怖いもんを怖えぇと正直に言ってるのへ何で怒るんだようと、大きな眸をうるうると思い切り潤ませている彼だとあって、
「う…。」
 さしものナミでさえ、少々怯んだこの立ち合い
(?)に、

  「判った判った。」

 睨み合いに入りかかった双方を引き分けたのが、剣豪さんの溜息混じりのお声である。しょうがねぇなと、思い切り抱きついて来た船長さんも物ともせぬまま、面倒そうに“よっこらせ”と立ち上がった剣豪さんで、
「な、なんだよゾロ、どこ行くんだ?」
 その腰へ、3本の刀をわざわざ据え直しているのを見て、ちょいと慌てたように訊いたルイフィだったのは、何かしらの予感があったのだろう。それへの答えがまた簡潔で、
「倉庫だよ。」
「ヤダっ!」
「ヤダじゃねぇよ。ちゃんと正体確かめといた方が良いだろうが。」
「ゾロだけで行けよ。」
「それじゃあ意味がなかろうが。」
「ヤ〜ダ〜っ。」
「だったら離れな。」
「それもヤダっ!」
 ごちゃごちゃ揉めつつ、それでも離れないものだから。まんま運ばれてく格好にて、キャビンから出て行った彼らであり。さっきルフィが飛び出して来たのだろう主甲板の真ん中の、一番の近道を通って潜って行った模様。遠ざかるやり取りを見送りながら、キャビンに残された面々が…何とも言えない脱力気味の溜息をついたのがまた、ロビンお姉様には苦笑を誘ったのだが、
「どうでもいいけど、何で一番奥にいるゾロにしがみつくかねぇ。」
 手前にはウソップがいたし、サンジも丁度調理を終えてナミと話をしていたのだから、火の前に立っていた訳ではない。ドアから一番遠い、しかもテーブルを越えた位置にいたゾロを、明らかに探して飛びついたような“間”があった。
「やっぱ頼り
アテになるからじゃないの?」
 ほぼ本能で動いてる奴なんでしょうから、遠回りだとか何だとかは二の次なのよ、きっと。そうと言い返して肩を竦めたナミが、そのままテーブルの上へと肘をつく。
「あの“暗いとこ怖い”だって、一体どういう理屈なんだか。」
 だって、地上ではどんなに暗がりでも怪しくても、全っ然怖がらないじゃないのよ。そういやそうだな、洞窟も廃墟廃屋も、止める間もあらばこそってノリで飛び込んでくし。でしょう? 空島では選りにも選って蛇のお腹の中にいたのよ? 体が溶けちゃったガイコツがゴロゴロしてたのに、同じトコに黄金があったの覚えてたほどだったんだから、もうもう信じられないったら。
「何が腹立たしいって、あたしが苛めたみたいなのが一番ムカつくッ。」
 ダンッとテーブルを叩いたほどのお怒りだが、それって…、
“船長さんからの嫌われ役になっちゃったからっていうお怒りよね。”
 可愛らしいことと、目許を細めたロビンさんの視野の中、
「ままままま。ナミさん、落ち着いてvv
「そだぞ、怒ると体が酸化して老けるのが早まるぞ?」
「…おいおい、チョッパー。」
 それでは止められんだろうがと突っ込みかけたウソップが、
「おおお、怒ってなんかないわよ、イヤぁねぇ〜〜〜vv
 豹変したナミの言いようへ見事にコケたのは言うまでもなかったのであった。
(笑)






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