月夜見 “虹のあとさき”B
4
雨音がして、まだ降っているのを思い出した。
“………。”
ほんのつい小半時前までとは打って変わって、たいそう充足した気分だった。不安がもしもあるとするなら、自分が全身で感じているものと同じくらいの至福を、果たして彼にも与えられたのだろうかということだけ。
〈俺を全部、お前にやるから、今だけお前をくれないか。〉
意味が判っていたのかどうか。それでも小さく頷いた彼の肢体を、愛しい愛しいと、出来うる限りのやさしさで満たしたつもりだ。互いの想いを差し出しあって、少しでも溶け合って一つになれるようにと、互いの身をゆだね合う。触れる指先、絡めた視線。求められることへの仄かな羞恥と、与えられるものへの限りない陶酔。いつしか肌が熱を帯び、感じた体温から染みとおり、そのまま心まで蕩け合えれば良いのにと、叶わぬ望みにもどかしげな息をつき、せめていたわりと慈しみとを分かち合う。そんな時を過ごして幾刻か。
“………。”
腕の中に見下ろした小さな温もりは、頬をくっつけた胸板へ時折切なげに甘い吐息をついていたが、視線に気づいたのか、こちらを見上げてくる。薄暗がりの中でも見通せる目をしていて良かったと思うほど、ちょっぴり恥ずかしそうな可憐な微笑い方をする。実はついさっきまで少しだけ涙ぐんでいて、
〈変だな、嬉しいのにな。辛いのは我慢出来るのに…あれ……止まんないや。〉
顔は微笑っていながら、可笑しいよなと言いながらぽろぽろと泣くものだから、ちょっとあたふたさせられた。とはいえ、ゾロの側もまた、目が合うと何だか泣き出したくなるほどに幸せなのだったが。………と、
「…お、やんだみたいだぞ。」
「ホントだ。」
雨脚が急に弱まって、洞窟の入り口にも陽射しが差した。傍らに並べてあった、刀と麦わら帽子とをそれぞれが手にとる。濡れたので脱いで絞っておいたシャツを着て、二人並んで船まで帰る。
「まだ濡れてるな。寒くないか?」
「ん〜ん、へーきだ。」
「お前の"平気"はアテにならんからなぁ。」
「何だよ、それ。」
辺りには丁寧に擦り上げた墨のような土の香りと草の匂いがし、何とも爽やかだ。道は一本だけが海岸まで伸びていて、迷いようがない。露を含んだ茂みをキラキラと照らす木洩れ陽の中を歩きながら、途中までからめ合っていた指先。すぐにも海岸が見えてくると顔を見合わせ、たいそう名残り惜しげではあったが、ルフィの方からそっと離して駆け出した。
「にしても、ウソみたいに晴れたわねぇ。」
さっきまで大きな嵐のように降りしきっていた豪雨の気配なぞ跡形もなく、一片の雲さえない雨上がりの空を見上げている女性二人が待つ船まで、迷いもせずに辿り着けて、
「ナミーっ! ただいまーっ!」
「…あら、どうしたの? あんたたちだけ?」
「うん、ちょっとな。」
先に縄ばしごを上って、ナミへの応対はゾロに任せて、ぱたぱたと上甲板まで駆けてゆく。そんな口数の少ないルフィに、
「まさか…。」
ナミがふと眉を寄せて、続いて上がって来たゾロをチロリと見やったから、
「…何だよ。」
「まさか、何か出たの?」
ああ、そっちか…とこっそり吐息をつく。おいおい
「まぁな。出たんだか感じたのか、ちょっとパニクりやがったんで先に戻って来たんだ。」
見やれば“大丈夫だったの?”といたわるビビへ頷いているルフィで、次いでカルーからの頬擦り攻撃に押されて、それは明るく笑っている。
“嘘みたいといやぁ、あいつのパニックもいやにあっさり収まったよな。”
…そりゃあねぇ。結構“朴念仁”だな、あんたも。…と、そこへ、
「くぉらっ、ゾロっ! きさま、結局戻って来んかったなぁっ!」
地上からそんな怒声が飛んで来た。見下ろせば、海にはまったんじゃないかというほど、頭からぐっしょりと濡れたサンジとウソップが工具箱を下げて立っている。
「いや、すまんすまん。道に迷ってな。」
「嘘をつけっ! 一本道で迷いようがなかろうがよっ。」
「嘘じゃねぇって。雨で道が見えなくなったんだよ。」
………嘘ではない。嘘ではないが…さすがは“一山”越えた男なだけに結構強かである。白々しい言いようをしたゾロの傍ら、
「祠はどうしたの〜?」
ナミが声を飛ばすと、
「ちゃんと修理したぞ〜。どんな神様の祠かは知らんが、文句はない筈な出来だ。」
ウソップが親指を立てて見せる。よっぽど会心の出来に仕上がったのだろう。
「それが、最後のクギを打った途端に陽が差して来やがって、これはやっぱり…。」
「あ、しーーーっ!」
ナミが慌てて人差し指を唇の前に立てる。サンジも慌てて自分の口を塞いだが、どうやらルフィには聞こえなかったらしい。麦ワラ帽子の似合う笑顔が、晴れ渡った空にそれはよく映えていた。
◇
それからすぐにも出航し、本当の目的地であった近くの港町へと辿り着き、それとなく噂話を集めてみると、
「何でもあの島には、悲恋の末に恋人が海に出たまま戻って来なかった娘さんが、傷心のまま森の奥深くへ迷い込んで亡くなったという伝説があるんだそうです。」
「げ、じゃあ祟られるのか?」
「祠は直したってば。」
「いいえ、それが反対なんだそうです。世の悲恋に悩む者たちを助けてくれる虹の神様に化身して、何かしら応援してくれるんだとか。…言い伝えだそうですけどね。」
「…ふ〜ん。」
町起こしのためにそんなハッピーな伝説に塗り替えられたっていうんじゃなかろうな。こらこら 空にはくっきりとした虹が眩しい。上甲板でいやに仲良くそれを見上げている とある二人の背中が、妙に気になるクルーたちであったりした。
〜Fine〜
◆◆ おまけ ◆◆◆
「よくよく考えてみたら、ルフィがず〜っと言うまい気づかれまいって人知れず我慢してたのは、お前が加わって“女は良いぞ〜っ”なんて発言を繰り返しとったからじゃねぇのか? それでコンプレックスを育てちまった…とか。」
「ふん。そんなルフィから先に告白してもらった棚ボタ野郎が偉そうにするんじゃねぇよ。」
「な…っ! どうしてそれをっ!」
「ふふん。こ〜んなカマかけにあっさり引っ掛かって真っ赤になっとる単純野郎に、説教される筋合いはないってな。」
「カマかけって…てめぇ〜〜っ!」
「ま〜た喧嘩してんの? あいつら。」
「そんなに仲がお悪いとも思えないんですけど。」
「相性の問題なんじゃねぇのか?」
「俺はどっちも好きだぞ。」
「だから…そういう話をしてるんじゃなくって。」
「言っとくが、あいつ泣かせたら承知しねぇからな。3枚に下ろして魚のエサだぞ、クソ剣豪。」
「お前こそ余計なことを吹き込むんじゃねぇよ、このアホコックが。」
う〜ん、過激な人たちだ。
〜今度こそ Fine〜 01.7.28.〜7.31.
*『バック・ステージ』があまりにホニャララな設定で、
どーしたもんかと未消化な思いを持て余してしまい、
ならいっそ決着をつけてやろうということで
完結編を書いてみました。
サブタイトルページにも書いてますように、
この二話のみ“パラレルもの”だと思って下さると幸いです。
(だって、るひーさんが可憐すぎて…別人かも。ううう)
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