Back Yard “お留守番U 〜蜜月まで何マイル?

 
          



 操舵室 兼 キッチンのテーブルの上へと上体を倒し、餅のように柔らかな頬をぐいぐいと押しつけて、我らが船長殿は今朝から何度目のそれだか、もう数えるのさえ馬鹿馬鹿しいほど繰り返しているところの不平の声をまたもや上げた。
「つまんねぇよぉ、退屈だよぉ。」
 今日は朝から上天気で。じりじりとした陽射しに煽られているせいだろうか、船を取り巻く磯の香りも心なしかいつもより濃いような気がする。我らがゴーイングメリー号はとある島の港近くに停泊中。それほど大きな島ではなくて、ログも半日もあれば溜まる。前の島からほんの数日後という寄港であり、物資もさして減ってはおらず、別に上陸までする必要性はないにもかかわらず、必要がないなら上陸しない派・筆頭な筈の航海士嬢が、先頭切って他のメンツの尻を叩いてまでして町へと向かってもう何時間経ったやら。ここまででも十分にいつもと違う様相な彼らであるその上に、こちらもまた珍しい段取り、そんな航海士嬢から直々に"お留守番"を言い付けられての居残りとあって、ルフィはずっとずっとむくれ続けているのである。
「暇だよなぁ。こんないい天気なのに、することがないなんてどういう訳だよ、まったくよぉ。」
 何だか訳の分からない事まで言い出す彼だが、
「いつまで拗ねてんだ? ああ?」
 ぶうぶうとぶうたれまくりの船長殿は、独り言を空しく並べていた訳ではなくって。甲板にも出ず、このキッチンにて不貞腐れていたのは、発した声を受け止めてくれる唯一の人物が此処に居たから、いやさ、此処から離れないでいたから、彼もまた同じ空間に居て"構ってくれろ"と唸っていた次第。不貞腐れ船長と一緒に居残っていたのは、テーブルに背を向ける格好でオーブンや流し台の方を向いて、何やら作業をずっと続けていた金髪のシェフ殿だ。
「よくもまあそんだけ、飽きずにぶうたれ続けられるもんだよな。」
 苦笑混じりにそう言って、火の点いていない煙草を唇の端、小さく上下させて見せる。
「だってよぉ。」
 いかにも"不満でございまする"という顔のまま、ルフィは、やっと振り返ってくれた話相手へこちらも顔を上げ、
「俺だって見たかったんだぜ? ゾロの決闘。」
「決闘って…。そんな格好の良いもんじゃねぇって言ってなかったか?」
 やや怪訝そうに、その涼しげなアイスブルーの眸を見張るサンジへ、
「けど、一対一の戦いだ。ゾロが負ける筈ねぇし、きっと見ててワクワクするよな立ち合いばっかだぜ?」
 そうと応じて、またぞろ横向きに"ぱふん"とテーブルに頬をつけ、
「つまんねぇよぉ、退屈だよぉ。」
 またまた同じ文句を繰り返す彼である。


            ◇


 何だか少し変な状況にある彼らだが、此処いらで、も少し詳しく解説をしてみよう。この港町では、何と今日のこの日に、年に一度の武闘大会が催されるという。というか、そんな噂を先んじて漏れ聞いた航海士のナミが、丁度この日に到着出来るよう、航海スケジュールを調整までしたらしく、
『だって、賞品が物凄いんですもの。これを見逃す手はないわよ。』
 珍しい宝珠、美しい絹、珍にして高価な食材の数々や燃料一年分に、手の込んだ工芸品、そして勿論、高額の賞金。ああもううっとりし過ぎてイッちゃいそうだわんと、12歳以下のお子様にはちょっと聞かせたくないよな譫言
うわごとまで飛び出す航海士嬢だったが、
『ちょっと待て。俺らの中の誰かが出るのか?』
 とんでもない雲行きに、当然のことながら男性陣が"おいおいおいおい"という顔になったのは言うまでもない。まずは無難な見解として、
『そういうものに海賊が混ざって良いんですかね。』
 サンジがすぱっと言ってのけたのへは、
『あらあら。そんなこと言って、サンジくんだってローグタウンの料理コンテストに出たじゃない。』
 しっかり覚えていたナミへ、それを一緒に見物していたウソップが、
『あの頃とは条件が違い過ぎるっての。』
 もっともな突っ込みを入れる。
『そうだぞ。それに俺やルフィは賞金首だ。この島は世界政府認可の自治区で、海軍の手配書が回ってるに違いないから、そういう公けの場に顔を出せる筈がなかろうが。』
 そんなことも判らんのかと、呆れたような声を放った剣豪殿へ、
『あら。そんなこと、言ってて良いの?』
 不意にナミの目許が眇められる。
『あんた、あたしにいくら借金があると思ってんの? しかも一向に返そうって気配もない。そのくせ、もうチャラだろうがって勝手なことを言い出したりして。』
 明るいオレンジがかった亜麻色のショートカットに大きな瞳と表情豊かな口許のキュートな面差し。昔風に言うなら"トランジスタ・グラマー"で、小柄でスレンダーなのに出るとこ締まるとこ、メリハリはっきりしたナイスバディの見栄えも良ければ、中身も強か。海と天候については勿論のこと、その他の様々な知識にも富み、度胸もあって計算も早い、しっかりちゃっかりな頼れる知将。そしてこれが一番の特徴、金銭感覚の鋭さと細かさと記憶力と執着にかけては、恐らく…グランドラインでNO.1かも知んないとあって、その点こそがこの、陰の副長とも呼ばれているナミの恐ろしきところに他ならない。
おいおい それを振りかざして見せる時の彼女には、よほど逼迫した真剣勝負の最中だとか、敵味方入り乱れての戦闘中ででもない限り、逆らえる者は今のところいないというから半端ではない。そう。我らが"麦ワラ海賊団"の誇る、恐持ての三刀流戦闘隊長であっても、決して例外ではないのだ。
『い〜い? この武闘大会はこの島の一種のお祭りイベントで、別に御前試合だとかいうお堅い正式なものじゃあないの。ただ、参加者は近隣の島々の軍隊や王宮が抱えてる軍人や兵士、お抱え剣士が殆どで、言ってみりゃあ"プロ"の凄腕たちが参加する、正々堂々とした公開方式の真剣勝負大会な訳よ。』
 何だ、そりゃ。
『広く公開されて催されてる代物だから、いくら腕に覚えがあったって賞金首が混ざってた試しはこれまでなかったらしいけど、逆に言えば、まさかそういう立場の人間が挑むとは誰も思わないって事だわ。』
『…確証もないのに言い切るか、お前はよ。』
 勝手な解釈へ歯噛みしながら言い返すゾロへ、
『あら、そんなに後込みするなんて。さては自信がないっていうの? 日頃偉そうに"剣豪"ぶってて、でも実は三流海賊相手でしか勝てない剣法だったの、ふ〜ん。』
『なんだと、このアマ。もう一遍言ってみなっ。』
『さては自信がないっていうの? 日頃偉そうに"剣豪"ぶってて、でも実は三流海賊相手でしか勝てない剣法だったの、ふ〜ん。』
『しっかりきっちり言い直してんじゃねぇよっ!』
 …どっかで聞いたようなやり取りですが。そんなこんな揉めた揚げ句、謎の覆面剣士として、刀も一振りにての参加を余儀なくされた剣豪殿であり、しかも、

   『あんたはお留守番だからね?』

 そうと言い置かれたのが、船長さんのルフィである。どういう星の下に生まれたらこうなるのやら、出先行き先で余計な騒ぎを必ず起こす船長殿であり、そんな彼が会場に来れば、やっぱり何事か巻き起こす恐れは大きく、その騒ぎで自分たちの素性までばれるような流れにだって成りかねない。そうなっては、せっかく勝ち残れてもお目当ての賞金や賞品は貰えないかもしれないからで、
『い〜い? ずえったいに会場へ来てはダメよ? 言うことが聞けないなら、あたしにも考えがあるんだからね。』
『…はい。』
 顔に奥深い陰を落としてのこの脅しは結構効いて、結果、船長殿はこうして"留守番"というお役目に勤しんでいるという訳だ。


 ………これだけの展開からだと、いかにナミが我儘放題の牛耳りをしているかということしか伝わらないかも知れないので、もう少しほど補筆をしておくならば。この海賊団は、"海賊団"という看板を掲げているにもかかわらず、結構"慈善事業"にも精を出す変わった一団で。行く先々でかち合った相手の、その非道さが気に入らないからと叩きのめした海賊や悪党一味が、だが、ほとんど素寒貧のオケラだったりすることもザラなため、没収出来るお宝もなく、結果としては"ただ働き"となってしまうことも珍しくはない。もともとが"非生産的"な海賊稼業。しかも大喰らいや大酒飲みを抱え、備品や設備もしょっちゅう破損しまくるほど力の有り余った若人たちの集まりであり、とてもではないが"ファイトマネー"だけではやりくり出来るものではないのが現状なのだ。男性陣もまた、そうそうお馬鹿揃いではない。そんなこんなを考慮出来るだけの状況判断能力はあって、その結果、大蔵省である彼女の"筋の通った"言い分の全てへ頷首せざるを得なかったという訳で。
「けどよ。なんでサンジは残ったんだ?」
 彼に限っては特にナミが指名した訳ではない。ニコ=ロビン嬢がこの島の古い史跡を見て回りたいからと別行動を取っているように、今回は何の制限も課せられずにいるのだから好きに行動して良い筈で、だのに…いつも傍らにいたがる美しき才媛たちと一緒に外出しなかったのが、ルフィの眸から見ても不可思議なことだったらしい。
「何だよ。俺が一緒じゃあ不服なのか?」
 テーブルを挟んだ向こう側。愛用のお玉を片手の腕まくり。朝方からずっと、上着を脱いだエプロン姿でいる長身な彼から、ちろりんと眇めるように見下ろされ、
「だってよ…。」
 不服ではないが納得がいかないから聞いたんじゃないかと、もぞもぞと言う。その口調がどこか喧嘩腰だったため少々気圧
けおされたらしい。ナミさんだけじゃないのか、圧倒されとるのは。しっかりせんかい、船長殿。(笑)
「大食らいのお前の食事係だとは思わんのか?」
「そんなもん、弁当作って置いてけば済むこったろ?」
 そういう点へはこちらも慣れたもの。ルフィ一人がお留守番というケースは今のところ一度もないものの、それでもそうそういつもいつも、サンジが彼のお腹を満たすべく居残るということはない。例えば、手配書が回っていそうな町なために宿に泊まれない場合などは船に居残るルフィだが、そういう場合は大概"保護者"のゾロが一緒に居残り、サンジは大量の夜食を作り置いてってくれる。そういう手筈をちゃんと飲み込んでいたルフィであるらしく、的を射たこの切り返しにあっては、サンジも下手な言い訳は通じないかと溜息一つ。そして渋々のように口を割った。
「だからさ。お前が勝手に飛び出して来ねぇようにっていう"見張り役"ってのがまず一つ。」
「うんうん。」
「それと、だ。今日の催しの主役は、けったくそ悪い話ながらあのクソマリモだからな。ナミさんも賞金や賞品のために奴に声援しまくることだろから、そういうの見てても詰まらねぇんだよ。」
 いかにも詰まらなさそうに付け足す彼へ、
「あ、なんだ。そっか。」
 言われてみれば呆気ないくらいに簡単な理屈だったが、そういう機微には殊の外に疎いルフィであり、これも成程、自分の感性のみでは思いつけはしないこと。なんだ、そっかーを繰り返したルフィは、
「今度はどっかで料理の勝負があると良いな。」
 それで慰めてるつもりだろうか、そんなことを言い出す。そんな彼の、にっかり笑ったお顔が何とも屈託がなかったものだから、
"………。っと。"
 紛れもなく自分へのみ向けられた笑顔の無邪気さに。呑まれかかってハッと我に返り、
「そう言うのがあったとして、けどやっぱり、お前は留守番ってことにされるんじゃねぇのか?」
 ついついそんな意地悪を即妙に切り返すひねくれ者。途端に、
「………うっ☆」
 料理対決なんてな折角の"美味しい"大会にそれはイヤかも…と、言葉に詰まった船長さんであり。そのいかにも子供子供して分かりやすい反応へこそ、シェフ殿は優しく笑って目許を細めて見せたのであった。



NEXT**


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