Back Yard A “お留守番U 〜蜜月まで何マイル?


          



 さて。こうなると、いつぞや経験した"お留守番"の縮小版である。(…覚えてるかなぁ?)あの時のは"一泊二日"という長い代物だったが、今回はたかだか日中の間だけ。出掛けた面々へは一応弁当を持たせたが、何となればお祭り騒ぎの只中なのだから、出店もあろうし、掻き入れ時だとばかり、常駐店だって席を増やしての営業に余念がなかろうから、まあ食べ物・飲み物に困ってはいまい。そちらへはするだけ無駄な心配なのですっぱりと見切って、さて。


 ただでさえ食べ盛り、ましてや…一応の納得はしているものの、やはり不満がない訳ではないお留守番へぶうたれ続けていた船長殿への昼食&おやつは、そういった鬱憤を出来るだけ晴らしてやろうと、シェフ殿も随分と頑張った。

  *突然ながら、ここで余談。
   おやつという言葉の語源は昔の時間から来ている。
   昼食後の中休みを取る3時頃というのは、
   昔の時間で"八ツ時"にあたるのでその時間に食べるから"おやつ"。
   軽食という意味合いのある言葉は"茶の子"で、
   食事にもあたらない軽い食べ物ということから、
   簡単な仕事や役目の例えに"お茶の子"と使われている。
   朝飯前というのも"腹ごしらえの要らないこと"という意味で、
   逆に言やぁ"ご飯"てそんだけ大切なものなんだねぇ。
おいおい

 朝10時のおやつには、小さめの丸いパンを使ったハムとチーズのラテン風サンド"パニーニ"と自家製ソーセージを使ったホットドッグ。冷たいジンジャエールと共に"召し上がれ"と甲板でたらふく食べさせて、そのままパラソルの下で朝寝をさせた。今日の段取りは昨日決まったものであり、恐らくは昨夜悔しがるあまりに眠れなかったのではと気遣ってのことだが、案の定、あっさりと寝てくれたので助かった。その間に、てきぱきと昼食と午後のデザートの仕込み。他の面子がいつ頃戻ってくるのかは大会の流れ次第だそうだが、そうそう早じまいになるとも思えない。日頃こそ無粋な取り柄のなさを小馬鹿にしてあしらっているものの、寄ると触ると凄み合っての一触即発になってしまう相性なのは、すなわち"対等"な相手だからこそ。そこはやはり我らが海賊団が誇る戦闘隊長殿だと認めてもいる。であるからして、ゾロがあっさり敗退する筈はなく、となると、彼らにはおやつよりも夕食のデザートや酒の肴に手を込んだものをと、段取りを決めての下ごしらえ。そうしている間にも、お日様が天空高く達したところで、
『なんか腹減ったぞ』
 船長殿が目許をこすりこすりキッチンへやって来るのをお迎えして、アサリ&トマトスープのボンゴレ風冷製パスタとフライドチキンにポテトサラダ。焼きたてのハチミツパンにはサワークリームをトッピングして、グレープフルーツのジュースにアプリコット・ゼリーのおまけ付き。


 そしてそして、簡単なカード遊びをして過ごした後の3時のおやつには、生クリーム一杯の大きな大きなフレッシュ・フルーツ・ケーキを1ホールという大サービスで。
「これ、全部食って良いのか?」
 大きな瞳をわくわくと輝かせ、それは判りやすくも嬉しそうな顔になるルフィであり、
「ああ。皆の分は別にしてあるし、まあ、決勝まで長引けば帰って来るのは夕食時くらいになりかねんしな。」
 段取りの心積もりをそのまま説明したところが、

   「…そか。ゾロが勝ち進めば、そんだけ帰りが遅くなんのか。」

 はっと気がついた時にはもう手遅れなのが、失言とお鍋の吹きこぼれ。
おいおい どこかに寂しげな気配を滲ませたよな声でそんな風に呟いたルフィは、それでも顔を上げると、
「いっただきま〜すっvv」
 お元気そうにフォークを構え、相変わらずの赤ちゃん握りで、大きなケーキをパクパクと食べてゆく。にこにことご機嫌そうで、屈託ない様子に見えつつも、ほら、フォークの持ち方に、握り込んだ小指の関節に、何となく物寂しそうなニュアンスが。
"…慣れねぇ無理しやがってよ。"
 今はサンジと一緒に居るのであり、寂しい訳ではないのもホント。それでも、ただちょっと。ただちょっと、物足りないかなぁという本音がちらり。隠しごとは苦手なくせに。不器用なくせに気を遣いやがってと、そういった諸々が自分のつけた失点として感じられる、こちらもまた、気を遣いたがりのシェフ殿だったりする。顎先近くまで降りていて、左の眸と頬にかぶさる長い前髪の陰で、ふむう…と唸ったのも数刻のこと。

   「退屈なら、何か作ってみるか?」

「作る?」
「ああ。料理というよか工作みたいなもんだ。ホントなら食い物で遊んじゃあいかんのだが…。」
 言いながら、実は最初からそのつもりだったらしい。テーブルの上、食べ終わった皿やグラスを片付けると、まずは大理石製の大きな調理用の板を置き、その脇へ、先程から何かをくつくつと温めていたらしい赤銅の片手ナベを置く。煮るのではない微妙な火加減をしながら湯煎で温めていたのは、サンジの自家製の"飴の素"で、
「おっと、まだ手ぇ出すんじゃねぇぞ。」
 一体何が始まるのかと、ワクワクと身を乗り出す船長殿を制しつつ。調理用の手袋をはめたサンジは、鍋を冷たい大理石の上へと傾け、とろとろと滴り落ちる、まだ液体っぽい柔らかさの飴を表面一杯に伸ばしてゆく。基本的には砂糖を煮詰めたものだから、空気に触れて冷えればどんどんと固まってくる。とはいえ、すぐさまかちこちになるほどまでに冷えたりはしないから、その時間帯を利用して捏ね上げたり形成したりして作り上げるのが、いわゆる"飴細工"である。何も動物やらアニメキャラやらのお人形を作って見せる"大道芸"っぽいものばかりを指す訳ではない。空中へサッと振り出すことで蜘蛛の糸のような綿飴を作ってみたり、あるいはおたまにやや太めの線で格子状に線を引き、ドーム状のネットを作ってケーキへの網目の笠にしてみたりというのは、皆様もどこかで見る機会があってご存知だろう。そう、パティシエの皆様もそういう"飴細工"には馴染みがあったりするのである。ジェルのような"とろとろ"だったものがだんだんと粘土のような堅さになって来た飴を、板の上で捏ねながら幾つかに分け、色粉と混ぜて、赤青黄色、色別の飴に仕立てると、
「良いか? 見てな?」
 まずはお手本。まだ熱いだろうに素手になり、適当な量を取って、台の上で押し付けるように"伸ばしては畳み"を何度か繰り返すと、飴の中に空気が含まれて、見る見る内に真珠のような奥深い光沢を含んだパールベースの飴になる。色ガラスみたいに透明なまま仄かに緋色だった飴は、ピンク色の真珠のような団子に変身。
「わぁっ、凄げぇっ!」
 すぐ目の前でのこの変化には、ルフィも無邪気に驚いて見せ、
「で、これを、だ。」
 小さく千切ったかけらを丸め、指先で少しばかり端を摘まんでおいてから、指の腹で調理台へと押し付けるようにして平らに伸ばすと、楕円っぽい涙型の、スプーンのように窪んだ形になる。そうですね、丁度イタリアのポテト料理のニョッキを作る仕草に似ているかも。
「何に見えるね。」
「んと…?」
 手のひらの真ん中になおも押しつけて、薄く薄くしてゆくと、別のかけらも同じようにして見せて。大小幾つか数が揃ってゆくうち、ルフィにもその到達物が見えて来た。
「あ、判った。花びらだ。」
「そ。」
 サンジが作っていたのは幾枚もの優美な花弁。大きいものは縁が微妙に波打つようフリンジされていて、それらを…やはり飴を器用にピンと伸ばして用意した、こちらは濃い緑の茎軸の先端部へ、これも飴のノリでそぉっとぐるりと重ねもってくっつけてゆくと、見事なフォルムのパールピンクのバラになったから、
「うわぁ〜〜〜っ! 凄げぇっ!」
 ルフィの驚きようったらない。大人の拳くらいはあるだろう、かなり大ぶりな花で、買えば…バレンタインデーの"かこつけ高値"でなくとも1本1000ベリー近くはかかりそうな上物だ。
「これって飴なんだよな。」
「ああそうだ。食うか?」
 目の前へひょいと差し出され、つい、鼻先を近づける。
「あ、飴の甘い匂いがするぞ。」
「当たり前だっての。」
 何を言い出すやらとくすくす笑って、文字通り"スウィート"なバラをちょいちょいと小さく振って見せ、
「ほら、甘いぞ。」
 舐めてみなと誘いかけるサンジだが、
「…なんか勿体ねぇからヤダ。」
 おおっと?
「おいおい。」
 これはまた、意外な台詞だ。食べ物を前にして、そうまで殊勝なことを言ったのは、もしかすると生まれて初めてなルフィなのではなかろうか。凄げぇなぁ、綺麗だなぁと散々感心して見せてから、
「なあなあ、俺も。俺も作ってみたい。」
「判ったよ。けど、いきなりこれは難しいよな。」
 あまり花弁の多い花は無理だろう。
「チューリップやマーガレットもあれで案外難しいしな。」
 それでも"早く早くvv"とつぶらな眸で催促されて。構造的に簡単そうな花ということでアネモネを作ることにしたのだが、
「…う〜ん。」
 何度やっても"蓋付きお椀を横向けた…感じ?"になってしまう。
"若しくは、縁を少しずつ噛ませて、横向きに四つ五つ伏せたティーカップとか。"
 さあ、想像してみよう。
(笑)
「うう"…。」
 なかなか・なか、上手くいかないが、決してやめたと言い出さないルフィなのは大したもの。飽きっぽいというのではないが、鼻先に新しい"何か"がはためけば、あっさりとそちらへ心奪われる少年で。これまでのクルーたちへの勧誘活動に見られるように、これというものへの執着や集中力は物凄いのに、日頃の注意力散漫さは反比例するほどこれまた格別。大好きな筈のあの剣豪でさえおっ放り出して脇道に逸れ、結果、はぐれること数え切れずだそうで。そんな彼に手を焼いて、

   『はぐれたり道に迷ったりしたら、まずは高いとこへ登れ』

 他の追従を許さないほどの"迷子の王様"であるゾロが、とうとうそんな助言を言い聞かせたというくらいだから半端ではない。
(笑) ついつい話が逸れてしまったが、そんな彼だというのに、一生懸命オレンジ色や緋色の飴を捏ねては延ばしし続ける熱心さはなかなかなもの。とはいえど。熱心さだけで物事そうそう上手くはいかない。
「サンジぃ〜〜〜。
(泣)
 どうしてもお椀になってしまう花弁であり、この不器用さにはサンジもどう指導して良いやらと困惑気味だ。
「別に花じゃなくたって良いんだぜ? ほら、お前の得意な雪だるま。あれを作ってみちゃどうだ。」
と勧めても、
「やだっ。あれは雪で作るから"雪だるさん"なんだ。」
「一度握り飯で作っとったことがあったろうが。」
「そんでもだっ。」
 何が"そんでも"なのかはよく判らないが、彼の感性とかポリシー的には、こういう細工とあの"雪だるさん"とは結びつかないものならしい。
「〜〜〜〜〜。」
 う〜んと唸って見せたサンジは、
「…よし。」
 窮余の秘策…はオーバーだったが、何か思いついたらしくて。


「この飴をこういう形にしてみな。…そうじゃねぇって、こうだ。……そうそう。あ、こらっ、大きく延ばすな。小さい方が良いんだよ。もっかいな。…そう。それと同じのをあと3つ作ってだな。………出来たな。そしたら、この軸の先に尖ってる方を寄せ合わせて…だ。ノリでくっつければ………ほら。」


   はてさて、何が出来たかと言えば………。


「わわっ、これって葉っぱじゃねぇのか?」
「ただの葉っぱじゃねぇさ。ホントはな、クローバーの葉っぱは三つしかねぇんだ。」
「四つ。これ、四つあんぞ? サンジ。間違えたのか?」
 …う"〜ん。ここまで"天然"だったとは。こちらも呆れながら、それでもやっと人心地つけた証拠のように、ベンチへと放り出してあったジャケットの懐ろから煙草を掴み出すサンジであり、
「だから。四つ葉のは珍しいってんでな、それを沢山の中から見つけちまえる奴には、幸運が他にも働くぞって、何か良いことあるぞってことの象徴だって、昔っから言われてんだよ。」
「へぇ〜〜〜。」
 本気で知らなかったルフィらしい。アネモネではあれほど失敗しまくった割に、葉っぱの中央に白い線のアクセントも可愛らしい、親指の爪ほどの小さな四つ葉のクローバーは、形もバランスもキチンと取れていてなかなかの出来だ。そして、そうだというのがルフィ自身にも感じ取れるのだろう。
「わぁ〜。そっか、四つ葉のクローバーか〜。へぇ〜。」
 しきりと感心し続けながら、顔の遠く近くにかざしては、矯
めつ眇めつと眺め回しているばかり。自分が初めて上手に作れたのも嬉しいらしくて、日頃以上に無邪気な、溢れんばかりの笑顔という奴でいる彼なものだから、
"………まじいな。"
 それを眺めている自分の口許まで、どうにも緩むのが判って、それが何だか…みっともなくて。
"煙草が上手く咥えられねぇじゃねぇかよ。"
 妙なことへと怒ってみようとするシェフ殿だ。
(笑) ………と、

   "………ん?"

 ここは港から結構離れた、岩だらけの入り江の先で。祭りで賑わう町から、わざわざこんな人気のないところへくる者もいまいと、沖合いより安全だろうからと選ばれた係留地。だのに、人の声がしたような気がして、
「………あ。」
 それほど大きなそれではないが、それでも"ワイワイ"とどこか弾んだ声が幾つか。闊達な調子でやり取りされては"あはは"と笑み崩れている会話のリズムには、重々覚えがある。それが少しずつ近づいて来ていて、そして、それはルフィの耳にもしっかり届いたらしい。

   「戻って来たっ!」

 見るからにわくわくっとした顔になって立ち上がり、キャビンから飛び出して行く。
「…現金な奴だなぁ。」
 テーブルの上には、放り出されて、だが壊れはしなかった四つ葉のクローバー。苦笑混じりにスリムなグラスを棚から降ろすと、飴細工のクローバーとバラをそこへと挿して、冷蔵庫へそっとしまった。失敗作の山は色別にナベや小鉢へ浚って、明日にでも粒飴を作ることにして。

  "……………。"

 甘い夢から勢いよく放り出されたような感じというところだろうか。強がり半分に言いたいことやら、ついつい舌打ちしたいことも幾らかはあったが、それら以上に。結構楽しくて恵まれてたお留守番だったかなと、小さな苦笑がこぼれてやまない。…と、
「サンジ、何してんだっ。早く来いっ!」
 どぴゅんと駆け戻って来た船長は、サンジの長い腕を取ると、恋人同士が腕を組むそれと同じような恰好で抱きかかえ、そのままぐいぐい引っ張る始末。
「ほら、早くっ。」
「あ、ああ。判ったって。」
 …ひたってる暇さえ与えてくれないのね。でも。

  "………。"

 子供っぽい強引さでぎゅうっと抱え込まれた腕のくすぐったさへ、シェフ殿の口許は…先程の苦笑の数倍も判りやすく、柔らかな笑みにほころんでいたけれど…。



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