来訪者 unexpectedly visiter
           お留守番U続き 〜蜜月まで何マイル?


          


 暦の上では昼が長い時節とはいえ、もうすぐ陽が傾くのだろう。寄せては帰る細波が単調に繰り返す囁きの上、海風が陸風へ変わる狭間の凪の気配は、黄昏が連れて来る"夜"の静寂を仄めかしてでもいるのか、やさしいがどこか素っ気ない。
"………。"
 とある島で催された武闘大会。そこへ素性を隠して参加した我らが戦闘隊長殿は、日頃の"三刀流"さえ封じた一本刀であったにもかかわらず、余裕の優勝をさらって凱旋。大量の賞品&賞金を引っ提げて、仲間たちと戻って来たのがつい先程。


『どしたんだよ、ゾロ。勝ったんだろ? 楽勝だったんだろ?』
『…まぁな。』
 優勝したにもかかわらず、どこかしら不機嫌そうな剣豪殿で。いつもの定位置である上甲板の縁の手摺りに凭れ、いつものように座り込んだまま、むっつりと黙りこくっているばかり。騒動を起こさぬようにと、こちらはGM号にてお留守番させられていた船長殿が擦り寄ってゆくと、やはり無言のままに抱きすくめる彼であり。何か言いたげなその行為に、
『ゾロ?』
 尚の声を掛けると、
『俺は見世物になるために刀を振って来た訳じゃあないからな。』
『…うん。そだよな。』
 その理屈はルフィにもさすがに判った。世界一の大剣豪を目指して日々真剣に精進している彼にとっては、何にも替え難いほどに神聖で大切なこと。だのに、それを"金儲けの道具"にと借りてしまった自分たちな訳で。
『ごめんな、ゾロ。これからこういうこと無いように、俺も気ィつける。』
 神妙に肩を落として謝ったルフィに、
『………。』
 ゾロは、だが、却って複雑そうな顔になる。彼を困らせたい訳ではないのにと、そう思ってますます苦々しい気分が沸いて来たらしい。不器用な自分。それにさえ腹が立つと言いたげで、
『……………悪りぃ。』
『んん? 何がだ?』
『ちょっと、な。』
 もう、これ以上、くだくだ言いたくなくて。第一、うまく言い尽くせる端的な言葉というのを思いつけなくて。何とも言わなくなったゾロに、う〜ぬと小首を傾げつつ、ルフィも更なる追及はしなかった。


          ***


  ……………で。

「けどさ。」
「んん?」
 丁度彼らの背後の真下。主甲板ではワイワイと、勝利者を讃えて授けられた、多大なる豪華賞品たちの荷揚げの真っ最中。そんな仲間たちの声を聞きながら、少しずつ黄昏へと引き継がれつつある空の色と風の香を、その眸と頬とに感じていた船長殿は、居心地良さそうに掻い込まれていた剣豪の懐ろから顔を上げ、これ以上はない間近から、だからなのか少し窮屈そうに見上げてくる。
「やっぱ、見たかったな、ゾロの闘ってるとこ。カッコよかったんだろな。」
 にひゃっと笑って見せたお顔は、帽子はお膝に、頭の天辺を胸板へと当てていたため逆さまで、そんなお道化ぶりも何だか愉快であってか、
「…あのな。」
 ゾロが苦笑する。その実力をその存在を、陣営の中の重要な主戦力として数えながらも、自分のことを庇う楯になるよりも、自身の野望のためを優先しろと、いつもいつも言い続けている変わり者の船長だ。まるで自分の腕の延長であるかのように、抜ければ露散る冷たい刃を複数本も自在に操り、敵陣の懐ろへ鋭く切り込んでは一瞬で致命傷を穿つ、的確にして容赦のない破壊力。そんなこんななゾロの闘いぶりの、切れのいい鮮やかなところだとか、揺るぎなく強くて惚れ惚れするところだとか。そういうのを間近で見られるのが何よりも嬉しいのだそうで。なればこそ…今日の催しは参加者たち了解の上で繰り広げられるがため、遺恨も残らず、何の憂いも伴われぬ戦いぶりの披露された場。そんなところで思い切り解放された力と技への、本当に本当に純粋な憧れという想いから、是が非でも観戦したかった彼に違いない。大きな手のひらでそっと肩やら髪やら撫でてくれるのへ、心地よさげに眸を細めつつ、
「ホントに斬り合ったのか?」
 せめて当人の口から、少しでも臨場感のある話を引き出そうと訊いてみれば、
「まさか。刀は本身を使ったけどよ、それこそ腕の立つ連中ばっかだったからな。寸止めっていうのか、見切りをつけて、そこで判定っていうお行儀のいい試合だったんだ。」
「???」
 相変わらず、説明の下手な男である。つまり、追い詰めて"まいった"を言わせるか、手も足も、ぐうの音も出ない状況に追い込んだことを審判が判定して"勝負あり"と宣言するか。そういう形の、無血試合形式だったらしい。下手に経験の足りない素人やら自分の実力が判っていない自惚れ野郎が混じっていたなら、諦めの悪い筋違いな粘りを見せるのへ、已無くこちらも手が深間まで及んでの大怪我…ということにもなったろうが、
「品のいい大会でな。それに"実戦経験"のある人間ってのは、こう言っちゃ悪いがあんまりいなかったみたいだし。」
 文化的にも財政的にも豊かで安定した国や自治区が多く、海軍の巡回も頻繁なのだろう。近隣国同士による戦争、内乱、海賊・野盗による急襲 etc.…。そういった"実戦"には縁のない土地柄・海域であるらしくて。そもそもそんな大会が恒例行事になってること自体、平和な証拠ではなかろうか。
「んと、じゃあスポーツみたいな戦いだったんか?」
 何とかイメージを頭の中でまとめたらしいルフィの言葉に、
「うん、そんなところかな。」
 穏やかそうな声が返って来て、
「…ふ〜ん。」
「なんだよ。」
 腑抜けた声に眉を上げると、
「だってそんなの、ゾロからすれば子供のレベルに付き合って来たみたいなもんじゃねぇのか?」
 えらくストレートに、そして常のルフィからするとなかなか穿った物言いをする。屈託の無い顔のまま、子供のような端的な理屈を振り向けられて、ゾロは"えっと…"とばかり、ちょっと困ったという顔になった。
「ゾロ?」
 どした?と声をかけると、
「…うん。そうだな。俺が混ざるのは狡
ずるいには違いなかったよな。」
 一人納得する彼なものだから、
「やっぱ、弱っちかったのか?」
「そういうんじゃなくって、…う〜ん。」
 自分の胸の中ではきっちり飲み込めていることを、だが、どういう言葉に置き換えれば良いのだろうかと、どういう言い方をすればルフィに伝わるのだろうかと、またまた考えあぐねているらしい。
「…あんなルフィ。そういう…ホントには命のやり取りをしないような次元とかそういう世界で、太刀筋や技術や何かを極めることも、大切ってのか崇高ってのか、馬鹿にしてはいけないことなんだ。ああいう世界での"求道"の方が、むしろ難しいことなのかもしれん。」
 意外かも知れないが、この剣豪殿、決して懸命な人を見下さない。確かに、誰にも譲れないほどの強い自負を持つ男ではあるが、奢
おごって鼻で嘲笑うなんて傲慢なことは滅多にやらない。彼が戦いや剣術に関して居丈高に笑ったとしたなら、それはきっと生命のやり取りをする修羅場でよっぽどの"へたれ者"に出会った時か、若しくは…からがら生き延び果おおせた上で、自分を連れてゆき損ねた"死神"に向かってのことであろう。大概の悪辣姑息な奴らをねじ伏せることが出来る、圧倒的な力量差を持つ彼でさえ、時の運だのアクシデントだのに翻弄されることはある。それに、そもそもどんな手段を持ち込もうと"勝てば官軍"なのが海賊の世界であり、
「俺たちにとっては"卑怯結構"で生き残ったもんの勝ちだろ? 何やったって良い。勝ったもんが強いし、強いもんが正しいって胸ぇ張れる。何せ命が懸かってるんだから、例えば弱いもんが金に飽かせて、必死になって、武器や用心棒を揃えるのも当たり前のことでさ。あまりに卑怯で胸糞悪くても、それは相手の勝手や都合だ。此処はそういう世界だからな。気にいらねぇなら、こっちの気の済むやり方で潰しゃあ良いんだ。」
 だからこそ…例えば報復を嫌って息の根を止めることが必要とされもする、大勢で少数を取り囲んで嬲
なぶることもある、彼の言葉を借りれば"卑怯結構"な非情な世界。だが、そうであるにも関わらず、そういう世界だと口にするにも関わらず、まるで表の世界のような"正々堂々"をゾロは自分の側にだけ強いている。自分が強ければ勝ちさえすれば一切問題はないのだからと、そんな途轍もない"ハンデキャップ"を自らに課す潔癖さを持ちながら、だがだが海賊でいるという矛盾を、勝ち続けることで不敵に笑い飛ばしている粋な男前。
「…で?」
 それは判ったと、先を促すルフィの声に、
「う〜ん。」
 眸を閉じて、しばしの間、喉の奥でうんうんと唸っていたゾロだったが、はふっと息を吐き出すと、
「…悪りぃ、上手く言えねぇや。」
 どちらの存在も認めているというところまでは言えたが、自分の中でその二つをどうやって共存させているのか。それをうまく言って表せる言葉がどうにも見つからないらしい。それに…わざわざ"自分に関する弁明"とやら、するつもりにもなれないのだろう。不器用者で上手くは言えない。いつものことではあれど、ルフィにだけはズボラをしない彼のこと。出来るだけ頑張ってはみたらしく、
「ふ〜ん。」
 恐らく…誇り高き部分の稼働する"熱"の温度が違うのだとか、そんなことを言いたいのだろうと察してか、
「…うん。」
 ムキにはならぬまま、だが、しっかりした意志の下に諭されたような、そんな気がして。これもまた"以心伝心"というものなのか、それへと頷きを返したルフィは、
「あのな?」
 仰向いていたお顔をぐるんと戻し、掻い込まれた長い腕の輪の中、頼もしい胸板へ真っ直ぐに向かい合うようにと座り直す。
「んん?」
「俺、馬鹿にしたんじゃねぇからな?」
 相手の人々の真摯さへ、そして、それらへ一応は彼なりの敬意を表して立ち会ったのだろう、ゾロであったことへ。余裕で相対したのだろうと言いはしたが、決して"手を抜いての遊び半分に相手をしたのだ"と思った訳ではないと一言。
「ああ。判ってるさ。」
 くすんと笑った剣豪へ、
「俺も上手く言えねぇけどさ。」
「うん?」
 ルフィは更なる言葉を足した。
「ゾロって偉いんだな。」
「よせやい。」
 苦笑するままの彼から、だが、その懐ろの奥へとくるみ込まれて。彼の照れる様子が何だかくすぐったくて"うくくvv"と笑った船長は、
「でもな。ホント、見たかったな。」
「何だよ、しつこいな。」
「だってさ、自慢の剣豪だしよ、それに…。」
「それに?」
「えと…だから、
コイビト だし、な。」
「あ? 聞こえなかったな。」
「うう"。だから、さ………。」
「聞こえないって。何だって?」


   ………やってなさい。

NEXT**


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