来訪者 unexpectedly visiter A
          お留守番U続き 〜蜜月まで何マイル?


          



 武闘大会に同行せず、史跡巡りという別行動を取っていたニコ=ロビン嬢もいつの間にやら戻って来ていて、それじゃあとまだ少しは明るいうちに沖へ出ておくことにした。出来ればとっととこの海域から離れたいところだが、ログポースの指し示す通りに直進すればいいというものではなくて。どこに浅瀬や急な潮流があるやら、どんな天候の変化があるやら分かったものではないのは、この"グランドライン"も外海と同じ。よって、陽の落ちた夜中にはあまり航行しない方がいい。
「順番が訝
おかしかないか、それ。」
「あら、何が?」
「何かその言い方だと、この航路は外海よか大したことないように聞こえるんだがよ。」
 ウソップがそう指摘して、あらそうかしら?と豪気な航海士嬢が小首を傾げて見せる。これもまた、彼らの持て余されている自信が齎
もたらす、所謂"余裕"というものなのだろうか。
「さて、と。」
 色んな気候の海域がデタラメに混在する"グランドライン"だが、同じ地球上という設定であるのなら
おいおい、陽の長さに海域の気候は関係ないから。今は丁度、陽が沈むにはまだ間がある時節で、
「…ゾロ?」
 出先での話、留守番していた二人の話などで随分と和んだ夕食の皿がすべて引かれて、それでもまだまだ語り尽くせぬあれこれが続きそうな気配だったにも関わらず、剣豪殿は何気に席を立った。それとすぐに気づいたルフィが"どしたんだ?"と声をかけると、
「寝る。」
 簡単な応じが返って来たものだから、
「え〜〜〜っ。」
 ルフィは自分も続いて立ち上がると、不満げに大きな背中の後を追う。
「なあ、もっと話聞きたい、なあ。」
「今日は昼ずっと起きてたんだ。」
「赤ん坊みたいなこと言うなよ。」
 …選りに選ってルフィに言われてどうしますか。同じことを思ったらしいロビンやナミがクスクスと笑い、サンジとチョッパーが顔を見合わせ、ウソップが大仰に肩をすくめた。そんな仲間たちの反応なぞ気にも留めず、ゾロは何かの動物の仔のようにまとわりつく船長殿をいなすようにしながら、キャビンを出ようと大股に歩みを進めてドアへと向かう。
「なあって、ゾロぉ。」
 ドアが開かれた瞬間。どこか"とおせんぼ"にも似た格好で、ルフィがゾロとドアの間に立っていた。仔犬のようにじゃれつかれるのはいつものこと。さして妨害にもなってはおらず、軽く胸板で押されたルフィが"あやや"と後ずさりする格好で先に戸口から外へと出かかったその刹那、


   「…っ!」


 文字通り、一瞬のこと。まとわりついていたルフィの頭を抱え込むようにして懐ろへと引き寄せながら、もう片方の手で素早く抜かれた和同一文字の切っ先が、上へと向かって躊躇なく撥ね上げられる。刀同士ががっきと咬み合う、耳障りな凌ぎの音が"ぎゃりんっ"と響いて、
「きゃっ!」
 やや甲高い悲鳴が続く。それから、どたんという甲板の板張りへ倒れる音と遠くに何かが勢いよく落ちた"ダンッ"という音。この全てが、正に刹那の澹(あわい)の中で続けざまに起こって…。それらへ的確、且つ、冷静に対処した辺り、さすがは剣豪殿というところだろうか。
「何だ何だ?」
 詳細まではよく判らないが、戸口でいきなりどたばたと何かあったらしいとだけは気配が届いて。何事だと席を立って来た皆が見たのは、薄暮の中、キャビン前のテラスに尻餅をついて座り込んでいた…小さな人物が一人。
「なんだ、お前。」
 どう見ても十かそこらの子供だろうに、浅い水色の薄絹のマントに上半身部のみの鎧とフェイスガードを跳ね上げた兜。すね当てや小手まできっちり揃えた騎士スタイルの相手は、大人数からの注視にも怖じけず、顔を上げてキッとこちらを睨みつけて来ると、高らかな声を上げたのだった。


   「覆面の腹巻き剣士っ! お前に用があって来たっ。」


「………それ。」
 もしかして…と、ルフィが抱きすくめられた懐ろから"ちょろりん"と見上げたゾロは…視線を宙へと徘徊
さまよわせつつ、何とも苦々しい顔をしていて。
「腹巻きは刀を提
げるのに要るからな。」
 どういう言い訳なんだ、そりゃ。
(笑) やはり初耳なサンジもまた、こちらは遠慮せずという勢いで吹き出しかけていたが、
「言っとくがネーミングは例によってナミだからな。」
 そんな彼にクギを刺したのは、ぼそりと呟いたゾロの一言。途端に、
「なんてセンスが良いんだ、ナミっさんっ!」
「あらありがと、サンジくん。」
 おいおい、おいおい。相変わらずな漫才は置いといて、
「…あ、思い出した。ほら、準決勝で戦った、白っぽい銀の鎧の騎士の傍にいた子だ。」
「そうだ、あん時の坊主だ。」
 ポンと手を叩いたチョッパーの指摘へと続いたウソップの言葉へ、
「失敬なっ、私は女だっ!」
 兜をぐっと引っこ抜くように脱ぎ去った彼女であり、成程、旧式ヘルメットの中から現れたのは、まだずんと幼い少女の小作りな顔と、小さな耳を覆い、細い肩にまでこぼれる鮮やかな銀の髪だった。普段は真っ白なのだろう頬に、憤然としている気色のせいでほのかに血の気が散っていて、きつく尖った眼差しやきゅうっと引き絞られた口許と相俟
あいまって、挑発的な顔立ちが何とも言えず凛々しいが、
「ちょっと待て、この船、とっくに出港してねぇか?」
「どっかに潜り込んでたのか?」
「あらあら"密航者"ね。」
 ロビンさん…あんたが言うかい。そんな背景を知る筈のない少女は、やんわりと微笑んでそんなお言葉を下さった妖冶な美女へ、
「馬鹿にするなっ、追って来たんだ。」
 咬みつくように言い返す。言い返しながらバッと伸ばされた腕が指し示したのは、主甲板のど真ん中辺りの船縁に食い込んでいた、鋼だろうごっつい鈎爪で。船で追って来て、ロープつきのそれを放り投げて接舷したものと思われるのだが、
「…まさかこのチビさんが一発で引っ掛けられたとは思えないよな。」
「重たそうだもんな。」
 ウソップとチョッパーの、どこかお暢気な感慨へ、
「それよか。相手が俺たちでなきゃ、追跡して来たところやそういうことをもたもたと手掛けてた間に捕捉されて、逆に返り討ちに遭ってるぞ。」
 サンジが少しはマシなご意見を呈したが、
「捕捉出来ずに暢気にご飯食べてた私たち、というのも、問題があるんじゃないの?」
 ロビンが"ごもっとも"なご意見をだして、
「けどなぁ。それはいつもの事だからな。」
「そうなんだよな。」
「人手が足りないからって、いくらでも上がらせてないか? 海賊とか賞金稼ぎとか。」
 やはりウソップとチョッパー、サンジの3人が"う〜んうん"と唸りつつもどこかお暢気な感慨を洩らして。それからそれから………。

  「まさか賞金を没収しに来たんじゃないでしょうねっ。
   海賊が参加しちゃいけないなんて、規約にはなかったわよっ!」

 ナミさん、子供相手にムキになってどうするね。これらの会話を、一番の当事者であるにも関わらず、ちょいと彼岸へ離れて聞いてた剣豪が一言。

  「…話が進まん。」

 まったくである。
(笑) こんな調子で、至って海賊らしくない彼らだというのに、相手もやはり…この辺が子供だというか。この異様なまでに呑気な雰囲気に気づかぬまま、第一目標のゾロをじっと睨みつけているばかりな少女であり、

  「お前のような無頼の者に、誇り高き兄が屈したと思うと気が収まらないっ!」

  「…っ!」

 これにはさすがに…実はおとぼけた会話で話を逸らして、あわよくば煙に撒こうと構えていたものがたちまち"むっ"とした仲間たちだったりする。単純に"仲間を腐されたこと"へカチンと来た者、自分たちまで見下されたようでムッとした者。よくよく彼を知りもしないで勝手を言うなと思った者と、感情の種類は様々だったようだが、

  「…。」

 ゾロ自身は動じなかったし、これが一番意外だったのが、

  「………。」

 ルフィもまた、無表情にこそなったがそれを微かにも動かさなかったから。当事者たちがあまりに静かな対応を見せたものだから。そうともなると、妙なもので…敢えて反駁の台詞を言い出せる者もいなくって。

  「…………………。」

 場の空気は、息を引いたような微妙な沈黙によってぱたりと動きを失った。なんとも妙な案配ではあったが、形はどうあれやっと落ち着いたとあって、
「…ま、ちょっと話そうや。」
 この対峙の当事者はやはり剣豪殿な訳で。こんな場所でまだ幼い少女を相手に多人数で取り囲んで相対するというのも何だからと、まだ暮色の薄光の残る上甲板へ誘うことにしたらしい。
「ちょっとこっちに…。」
 親指を立てるようにして少女を促しかかって、ふと。最初に庇ったそのまんま、腹にしがみついている船長殿に気がついた。少しだけ顎を引き、
「ル…」
 声を掛けかけたゾロへ、
「俺も話を聞く。船長だからな。」
 もっともっとぎゅうっとしがみついて、皆まで言わせずと偉そうなご意見を放つ船長殿であったが、
"…自分の恰好が判っているのかしら。"
 判ってたって大威張りの彼だと思いますよ? ロビンちゃん。

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