蜜月まで何マイル?
     "トライアングル・アンビバレンツ"
 


          




 それで幸せなのなら問題はないんだし、こっちにだって文句はないサ。言い分なら多々あるのだけれど、つまらない横槍を入れることで男を下げるのは、あんまりカッコが良ろしくないし、何よりも…波風立てることで困らせちまうのは本意ではない。まったくの傍観者を気取って、怒ったり笑ったりしているのを他人事みたいに楽しんで。寂しそうにしてるのへは、ちょっとだけ はみ出して…甘いものでも奮発してやり、気が治まったら元の居場所へさあ帰りなと背中を叩いてやる。そんなポジションが、何となく気に入っていたからね。傷つくのが怖くて逃げてる? そうだね、そうなのかも知れないね…。




            ◇



 コトの発端は恐らくきっと、物凄く下らなくて些細なことに決まってる。喧嘩するほど仲がいいとか、○○喧嘩は犬も食わないとか。そういう“諍い、すれ違い”ってのを性懲りもなくおっ始めた奴らだったことが、切っ掛けといやぁ切っ掛けだったのかも。当事者たちからして“そういや何でだろ?”なんて、発端を覚えてないくらいだったのだからして、傍の者には尚のこと、気のつきようがないというもので。

  「とはいえ、立派に傍迷惑なのよね。」

 そりゃあもう すっかりと出来上がってて、ツーカーの仲。以心伝心、俺の目を見ろ何にも言うなの“アイコンタクト”も万全という、そういう奴らであったとしても。たまには虫の居所が悪い時だってあろうし、同じことへの反応だって日によって違ったりもするのだろうし。2つの別々の個体である以上は、まま、時には…反りが合わないというのかバイオリズムがずれるというのか、そんな日だってあるんだろうさ。そういうタイミングに間が悪くも重なっての口喧嘩らしいのが始まって。放っておいてもその日のうちにたいがいは自然収拾するものが、今回は珍しくも数日ほど冷戦の様子が続いたもんだから。

  「…鬱陶しい。」

 とうとうナミが眉間にしわを寄せた。上甲板と後甲板とにそれぞれが分かれて日を過ごす二人に、ついつい…気を遣って(実を言えば、面倒に巻き込まれたくなくて)遠巻きにしてやっていた心優しきクルーたちだったのだが、そうそう広い船内でなし、どこか棘々しいままにそっぽを向き合う彼らのよろしくない態度は、どうしたって目に入るもの。
「仲が良い時は良い時で、目も当てられないくらいべったべたしてるくせに…まったくもうっ。」
 思いやりならあるけれど、これはそういうもので庇ってやるほどのことでなし。この船での旅に於いては…誰かを優先して差し上げるよな立場ではありませんことよと、そんな自己主張がクルーたちの間にムクムクしてくるのだって当然のこと。会話の少ない食事時、何となく空気の重い昼間の甲板、ぎこちないままに挨拶を交わす朝や晩。そんな数日が続いたお陰で、周囲の人間たちにもあまりよろしくはない影響を出し始めており、気の小さいチョッパーは自分が医者だというのにもかかわらず“神経性”の胃炎になりかけているし、おおらかで大雑把な筈のウソップでさえ、場を盛り上げようとするギャグや駄洒落やホラがすべりまくるせいで、少々自信を喪失しかかっている始末。この船の底力であり、天井知らずな戦意の原動力は、元を正せば…無茶苦茶な船長の破天荒な言動への突っ込みだったり、逆に構えて それへの悪ノリだったりするだけに、このまま鬱々が続けば、
「いざという時の気持ち
モチベーションの立ち上げにだって困るんじゃないのかしら。」
 むむうと眉間にしわを寄せるナミだが、
「そうすかね。」
 まぁま落ち着いてとハーブティーを出しながら、サンジが小首を傾げて見せた。たいがいは“ナミさんの仰有る通りvv”というのが口癖の彼だけに、ムッとしたナミはともかく、あら珍しいと視線を上げたロビンへ、本日は上着を脱いだシャツ姿の上へ長いカフェエプロンを腰に巻いたという恰好のシェフ殿、ひょいと薄い肩をすくめて見せて、
「いっそどこぞの中途半端な海賊でも殴り込んで来てくれりゃあ、戦闘でもやもやが発散されて、あっさり仲直りすんじゃないですかね。」
「…そっか。」
 単純な奴らなんだもの、その手があったかと理屈にはナミもようやく納得したものの、
「とは言ってもねぇ。」
 再び はぁあと溜息を一つ。
「いくら此処がグランドラインだっても、そうそう都合よく海賊が襲ってくれるもんじゃないしねぇ。」
 これが他の…一般客船だの貨物船だのならともかく。も少し譲って無名の海賊船だったなら、食料や金品を寄越しなとばかり、砂糖にたかるアリん子よろしく、鵜の目鷹の目でいる数多
あまたある海賊たちがどっとよっても来よう、ログを辿る航路の最中の大海原の只中なれど。この船の船長に海軍がつけた“懸賞金1億ベリー”という値段は、よほどの向こう見ずか大馬鹿者しか寄せ付けない中途半端なお守りになってしまい、冗談抜きに今回の航路ではまだ一度も襲撃に遭ってはいない。それがための退屈さも、もしかしたら彼らの気持ちに生じた齟齬の因子になっているのかも知れないほどであり、
「まったくもう…。」
 何か良い手はないものかしらと、テーブルに突っ伏したナミのお向かい。相変わらずのマイペースで分厚い古書に集中していたらしき“もう一人”が、

  「弾みをつけてあげるというのはどうかしら。」

 何だ、話は聞こえていたらしく。がっちりした表紙の割に薄手のページがぎっちりと重なってる古書をぱふたんと閉じて、二人のお仲間たちの苦衷に何かしら助言を下さるつもりであるらしき模様。

  「弾み?」

 ナミが訊き返すと、ロビンは“ええ”と にぃっこり微笑んで、
「きっと二人はお互いに引っ込みがつかなくなっているのよ。普段なら、何の気なしに切っ掛けを見つけて…そうね、口を利かないなんて決めてたものが、ついうっかり声を掛けたり、相手の言ったことに笑ったりしちゃって。それで“しようがないなあ”なんて なし崩し的に仲直りになってたのでしょ?」
「うんうん。」
「ところが、下手に日を重ねちゃったから、そういう“ちょっとしたもの”くらいでは切っ掛けや接着剤になれないのよ。」


  ――― だから。
      もう少しほどインパクトがあるものを
      さりげなく提供してあげるというのはどうかしら?


 年嵩のお姉様は大人の余裕から婉然と微笑んで見せ、金髪のシェフ殿と利発的な航海士嬢とをキョトンとさせたのであった。






            ◇



 根本的なところというか、野望や信念が一番大事という価値観は二人に限らずこの船のクルー全部に言えてること。だってそれは、それぞれの胸の奥底にいる素顔の彼らを先へと導く大切な星であり、そのまま“アイデンティティ”に直結していたりもするものだから。よって、仲たがいしようが喧嘩になろうが、周囲への影響は少ないのなら捨て置かれるのが常である。いい例が、何かと険つき合うことの甚だしい剣豪さんとシェフ殿で。同じ年頃、同じような態度のカラー。同じ程度に世間をなめ切ってるその余裕が、類似嫌悪でも招くのか。事あるごと、互いの言動へ“んだと、コラ”と挑発され合っているものの、その場限りの喧嘩腰止まり、すぐにも収まる代物なので。大概は“害はなかろう”と放っておかれているのが常だったりする。一部、迫力を怖がる向きも居るには居るらしいが、海の男がこのくらいで怯えててどうするかと、肝試し代わりにされてもいるらしく…。
こらこら

  「おい、ルフィ。」

 いつもの定席、舳先に飾られたヒツジの頭の上にちょこりと乗っかって、向かう先の遠くへと眼差しを向けていたらしき我らが船長さんへ、張りがあって伸びやかなお声がふわりと投げかけられる。潮風にはためく麦ワラ帽子の天辺を、広げた手のひらで押さえていた小さな船長さんは、声で誰だか判ったせいだろう、さして含むものも無さそうなお顔で素直に振り返る。
「なんだ〜? サンジ。」
「何だはなかろう。おやつだよ。」
 埃よけのドーム状の覆いをかぶせた銀のトレイを、片手の、しかも立てた5本の指先にてだけで支えて顔の横へと掲げた、いかにもなギャルソンスタイルで立っているシェフ殿で。
「今日は少しは涼しいからな、ここで食えや。」
 そのままその場へ長い脚を畳むように屈んで甲板へと片膝をつき、トレイを置いたその傍らへは、もう一方の手に提げていたらしき、氷を詰めたバケットと金葡萄のジュースのボトル。
「あ、それ…。」
「ああ。飲みたいって愚図ってたろ?」
 皆には内緒なと口許へ人差し指を立てて見せ、引き揚げたボトルのまとった露を白いナプキンで丁寧に拭う。数日ほど前に強襲をかけて来た海賊を逆に返り討ちにしてやり、ファイトマネーの一部として没収した食料の中にあった逸品で、年代ものの中でもヴィンテージ(当たり年)の多く出た葡萄をだけ集めているシャトーが特別に作っているジュース。アルコールはダメという女性や子供向けの製品ながら、作る数が限定されている上に鮮度が大事なので、産地であるこの海域に限ったとしても…島の上でならともかく海の上でなんて なかなかお目にはかかれない筈の、言ってみれば“お宝”だ。よって、ナミが“飲むより売りましょうよ”と勝手に決めてしまい、ルフィやチョッパー、ウソップといった、甘党組を落胆させたのが記憶には新しく、
「ジュースとは思えない色と香りなんだよな。」
 きゅぽんとコルクを抜いてその底を嗅いで見せ、それからおもむろに、同じバケットで冷やしてあったグラスへとスマートにそそいでゆく。琥珀に近い金色のジュースは、なめらかな曲線のせせらぎをすべってクリスタルのグラスを埋めてゆき、半分ほどまで満たされると、ほれと船長さんの鼻先へ差し出される。
「…わぁあvv
 日頃のシェフ殿からの“踵落とし付き”の躾けが多少は効いたか、それとも食べ物を前にすると ついついがっつくお茶目な船長さんを大人しくさせるほどに、それは綺麗な逸品だったからか。差し出されたグラスの煌きに見惚れたように瞳を真ん丸くし、それから…ホントに飲んでもいいのか?と、改めて確かめるような顔をしてサンジの方へと視線を投げる。勿論と頷いたのへそれは嬉しそうに笑ったかと思ったその途端に、

  “………おお〜っと、一気飲みかよ。”

 ごくんごくん、喉元をぐいぐいと上へ反らしての勢いのある飲み方をする船長さんであり、

  「…っか〜〜〜っ、うめぇ〜〜〜vv

 まるできんきんに冷えた酒かビールでもあおったような、いかにも感に堪えたような声を出す。
「やっぱ、こういうのは飲まなきゃダメだよな。」
 そのために作られたんだのに、売って金にした方が値打ちがあるなんて、ナミは時々間違ったことを堂々と言うから困ったもんだと、いかにも一丁前なことを言う、その幼い理屈が………何とも可笑しくて。
「まあま、そうそう腐すなよ。」
 トレイの蓋を開ければ、そこにはサワークリームのムースケーキが堂々の1ホール。しかもいつものより心なしか直径が大きいのが収まっており。
「切った方が食いやすいかな。」
「え?」
 するりと、サンジの白い手の先で。よく磨かれた銀のナイフがムースの中へと吸い込まれ、そのまま綺麗な切り口を尖らせて、三角形のケーキを幾つも切り分けているのだが、
「おいサンジ、取り皿がねぇ。」
 こんなドジは珍しいなと小さく笑ったのへ、
「何言ってる。これは全部お前のだ。」
「へ?」
 そういや、今は食料もかなり足りている。次の島は明後日にも見えてくるらしいから、クリームやらヨーグルトやら、鮮度が命という種の食材は、むしろ使い切った方がいいのかも。
「ほら。いくらでも食いな。」
 金の前髪を透かして、青い双眸がにっこり笑う。取って付けた様な笑い方ではなく、時々…本当に限られた“時々”にサンジが見せてくれる、ちょこっとだけ悪戯っぽい、けれどしみじみと優しい笑い方だったので、
「…おうっ。」
 何だか久しぶりに胸がすくほど嬉しくなって。くさくさしてたのをあっさり忘れて、麦ワラ帽子の船長さん、美味しいムースケーキをぱくぱくと堪能したのでありました。


  「凄げぇ美味ぇっ。サンジは、やっぱ天才だよな。」
  「ほほぉ、今頃気づいたんか。」
  「違げぇもん。凄腕だったから、仲間になれって誘ったんだもん。」
  「ああん? そうだったか?
   何か“面白い奴だから”って誘われたような気もするが。」


 そうだったっけ? あれれぇ?なんて。すっとぼけた事を言う船長さんの、もしかしてこちらも久し振りの屈託のない笑顔に、

  “何だか欠食児童のお守りしてる気分だよな。”

 実は一番の弱み。ひもじいよぉと泣かれると一番堪えるシェフ殿は、美味しくて嬉しいという最大の賛辞を満面の笑みでもって捧げられ、満更でもなさそうに笑い返している。



   ………はてさて、一体どういう秘策が発動されたのでしょうかしら?
(苦笑)


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       あやさえ様『原作Ver.で…まだ内緒vv