蜜月まで何マイル?
     "トライアングル・アンビバレンツ" A
 



          





  ――― 面倒だな、そんなややこしいこと知らねぇよ。


 あまりの口の重さに、何とか言えと詰め寄ると、いつだって返って来るのがこれ。ずぼらな奴のずぼらな口癖。恐らくは本人が思ってる以上に、その胸の裡
うちには複雑微妙な機微のようなものもあったりするのかもしれない。でも。老成・達観してるよに見せて、余裕があるよに見せて、実のところはまだまだ青いところの多い奴だから。正道正義なんて照れ臭いものを認めるのがけったくそ悪かったり、そうじゃなくて こうなんだという微妙な屈託を紐解くのが面倒臭かったりするものだから。ああもう、そうさ、それでいいよなんて、自分のことなのに…大切な“大義”なのに、面倒がって大雑把に扱って、そんなに固執しちゃあいないなんて強がって見せたりして。


  ――― あ"? 誰のこと話してんだって?
      マリモのことだって…、え? 俺の話だと思ったって?
      やだなぁ。俺はあんな汗臭い泥臭い奴じゃないったら、いやホント。


 そんな大雑把なところが同じくらいに“似た者”な麦ワラ帽子の船長さんも、あんまり理屈は捏ねない方だが、こちらさんは逆に、悪いことを悪いと言って何がいけない…と。恥ずかしくなるほどあっけらかんと、非道邪悪のいかにいけないことなのかを陽に晒して喧伝しちゃったりする“お子様”で。しかも、

  『海賊だから…悪事をそうと判っててやってるっつんなら、
   成程、それもポリシーだろうサ、仕方がないことかも知れないが。
   だったら尚更、俺の仲間を傷つけた罪は重いと知りな。』

 何も“世間様に恥じない正道”を貫きたい彼な訳ではないところが、さすがは未来の“海賊王”だけに穿ってる。ただ、自分の中の“定規”に正直なだけ。口惜しいから怒る、虫が好かないから反目する。仲間や宝、大切なものを傷つけられたから、完膚無きまで叩きのめして憂さを晴らすだけのこと。そして、そんな彼の心意気の痛快さ、ガキで悪いかと気取らない がむしゃらさが、何とも心地いいものだから。ちょいと世を拗ねてた大きいお兄ちゃんたちが、そんな小気味のよさに毒気を抜かれて…しょうがねぇなと言い訳しもって ついて来てやった。そうやって出来た海賊団だってのが、一番の正解なんじゃないのかね。






            ◇



 わざわざ“消気”を構えれば別だが、はっきり言って存在感のある男だ。それはそれは頼もしいまでの、鍛え抜かれた立派な体つきをしており、隆々と張った胸板や肩、腕の筋肉に、ピンと引き絞られた背条、幾つにも割れた腹筋、強靭そうな足腰、と。これでまだ十代だとは到底思えぬ充実した体躯に、大概はちょいと眇めて眉間にしわを寄せているのが常な切れ長の眼。時に非情なほど乱暴で礼儀をわきまえず、まるで無頼の者のような振る舞いや口利きをしながらも、その気概のたたえる鋭さは半端ではなく。切れがあって凛然とした態度や物腰から、名のある流派の剣士様に違いないとその風格を頼られることの多い、絵に描いたような武骨な男。そんな…屈強精悍で男臭い、いかにもな剛の者が。日頃だったら たとえ居眠りしていてもどこかに冴えた意識をはらませているものが、今はといえば。双眸揃えて開いたまんまで、腑抜けた顔を晒してぼんやりしていたりする。

  “気になって気になって仕方がないくせによ。”

 唯一無二の野望を掲げてる、心意気の中の“聖域”とは別に。日常の中での肌合いという直接的な感覚や、感性たらいう正直さの上では、もしかしなくとも一番大切な存在だろうに。馴染んで来ている余裕からだろうか、周囲からも本人へも、そうそう油断なく神経を配らなくなってる…ように見受けられる言動が、ホントに時々見受けられ。自信の現れってやつかね。だとしたら…ちょっと癪かも。ルフィの側からの思い入れってのを深い深いトコロで信じてるから? それとも、自分の側の意志の揺るぎないってところを“そんなもん、今更語り直す必要のない常識じゃん”ってした上でのズボラかねぇ。問わず語らず、以心伝心。それが通じてる奴らだってのは知っている。でも、それであっても欲しいもんはあるだろうよ。甘い感触、柔らかな陶酔。好きだよ、大切にするよと、いつもいつも囁いててほしいもんじゃねぇのかね。………いや、ルフィが夢見がちなレイディじゃないのは知ってるけどさ。褒め言葉よりもはちみつアメ、花より実を取る奴だってことも重々承知しているけれど。





 事の始まりは、船長と剣豪との性懲りのない痴話ゲンカ。相変わらずお互いへのそっぽ向きは続いているが、片方から険が取れただけで船内の雰囲気も随分と変わり、少なくとも機嫌の良さげなルフィには、チョッパーやウソップも安心したか気安く声を掛けたり笑いかけたりするようになった模様。何があってのこの変化なのかは、今のところ判然としないながら、先日来からの…ちょこっとばかり棘々しい意識のし合いに張り詰めてた空気が随分と緩和されて。そんなお陰で“昼食タイム”は、数日ぶりのにぎやかな中で過ごすことが出来た模様。
「なあなあ、ナミ。まだ夏島海域は続くのか?」
「なぁによ。いいお天気が続いて気持ちがいいなんて喜んでたじゃないの。」
 小さなトナカイドクターは、生まれが極寒の地だったせいか、度の過ぎる暑さにはどうしても弱くて、
「うん、薬草の試本がよく乾くのはいいんだけどもサ。」
 やっぱり苦手だようと眉を下げた愛らしい困り顔になったのへ、他のクルーたちが“くすす”と吹き出す。冷たいお茶にさっぱりしたメニュー。航海中の最大のお楽しみである食事も、暑さに食欲が落ちないようにと、冷製ものや酢を使った口当たりの良いものなど、相変わらずに尽きない豊富なレパートリーの中から、様々に工夫をこらした逸品が毎日毎食 供されており。お陰様でバテる者は今のところ一人も無しというご立派な健常ぶり。
「…さてと。」
 じゃあ俺は見晴らし台の修理にかかるからと、ウソップが席を立ち、チョッパーが“じゃあ俺も常備薬の整理だ”と弾みをつけてピョコリと立ち上がる。それに切っ掛けを得たように、女性陣も立ち上がって、さて片付けるかと食器に手をつけるサンジの傍ら、

  「俺、手伝う。」

 にっぱり笑ったルフィが…テーブルの上から一度に1枚ずつという効率の悪さで皿を渡すのへ。一瞬キョトンとしてから、次には口許へ苦笑を浮かべ、
「じゃあ、お願いしようかねぇ。」
 おままごとに付き合うかのように、拙いお手伝いに笑顔を向けたシェフ殿であり、そんなキッチンに、剣豪の姿は…随分と早いうちから見受けられなかったような…。



          〜◆〜



  『あんまり露骨だと却ってムキになるかも知れないから、
   これ見よがしな形じゃなく。
   そうね、隙を突いてこっそり構ってる風がベストかしら。』


 妙な格好で捩
よじれたらしき、船長さんと剣豪さんの間柄へ、適当に突ついて刺激を与えてやりましょうと。知恵者なお姉様が提案し、鬱陶しいと感じていた航海士さんも飛びついて。そうなると…女性陣には弱いシェフ殿も、協力することを余儀なくされて。
『あれで剣士さんは、なかなかに“焼き餅やき”なようだから。』
 取り立てて何ということもないような、そんなささやかな接触にも目許を眇めるシーンの多いこと。そんな点を、とっくに見極めていたロビン嬢としては。そこを微妙な度合いで擽ってやれば、意地張ってる場合じゃないぞと焦って、少なくとも向き合おうとする彼らかもねと言い出して。とはいえ、何と言っても微妙なことなだけに、下手に突々くのは逆効果にならないかなと、そこは恋多き伊達男が危ぶんだのへ注意事項として授けられたのが先の一文。

  『…なんかそれって、泥棒猫みたいな構い方っすよね。』

 本命の旦那の隙を窺いながら、見つからないようにと装ってだなんてねと、少々不満げに口許を曲げたサンジへは、
『なに言ってるのよ。これはただの“方策”でしょ?』
 いちゃついてるように見えた? 気のせいだろ? そういう運びに収拾しなくちゃならないのよ? ナミが“うくく…vv”と笑って見せて、
『まったく、手のかかる人たちなんだから。』
 同性同士の恋仲をそれとなく認めてやってるだけでもありがたいって思ってもらいたいトコなのに、まだ手をかけさすかってのよねと。あっけらかんと言ってのけるところにも、彼女なりの気遣いが仄見える。こんなにあっけらかんとしているクセして、そういえば…本人たちへは直接ずばずばと言うということはない彼女でもあって。フツーの交際であれ からかうつもりはない、そんな気概を無言の外に平等に示している辺りに、彼女らしい…ちょこっと素直ではない思いやりが感じられ、

  『だから。サンジくんもせいぜい頑張ってあげてよね。』
  『せいぜいって…。』

 ちなみに、この“せいぜい”は、本来“力を尽くして懸命に”という意味なのだが、近年の印象としては“どう見積もってもたかだか”とか“及ばないとは思うけれど”とか、否定的な意味合いを強調する使いようの方が多いような…。
う〜ん



          〜◆〜



 そんな企みを発動させての、ルフィの側へのちょっかい出しは。一応、船内の空気浄化にはそれなりの効果を発揮した模様であり。このままだと、剣豪一人を孤高へ追いやりそうな気配もなくはなかったが、
『そこは大丈夫よ。明後日にも次の島へ着くからね。』
 そうなれば、サンジくんだって買い出しの方で手が塞がるでしょ? 食材の買い物に迷子になりたがる
(?)ルフィを連れてけないのは、これまでにもあった経緯だから不自然なことじゃないんだし。だから、その時点でいつもの如くに“邪魔だ”ってことで奴らを二人連れで追い出せばいい。ルフィの方が意地張ってなくなってる分、アプローチもしやすくなってもいようから、後はゾロのなけなしの甲斐性で何とかさせれば良いのよ、と。自分たちの策謀はそこまでがリミットというのが、参謀でもある女性陣の“見切り”であるらしい。…とはいえ、

  “相変わらず、クールなお人だよなぁ。”

 作戦通りにいく筈と自信満々に言い切るナミに、恋ってのは理屈じゃないですよと、胸中にてついつい呟いてしまったシェフ殿で。旧都を舞台に綴られた、古いが有名な なさぬ仲の恋物語では、主人公の若き男女は何と知り合ってからたったの半月ほどにて(偽装)心中するほどの熱愛に身を焦がす。何がどうするか、どうなるか、一寸先さえ分からないのが人の情なのにね。それに気づきもしない物言いをしているようでは…ご本人の恋愛なんて、
“ずっとずっと先の話かもな。”
 しょぼぼんとうなだれる振りをしつつ、それでも…まぁね。策謀だからこそ理屈通りに運ばせるんだと言いたい彼女だってのは、分からんでもないサンジであって。
「…こら。撥ねると熱いぞ?」
 湯煎より少しほど高温でということで、オーブンの上に置いた鍋にてチョコレートを急速溶解しているサンジの手元を、すぐ間際から覗き込んでいる船長さんへ、苦笑交じりにそんな声をかける。午前のおやつ以降を“優しいサンジ”の傍らに居続けのルフィであり。ゾロとの険悪さが由来してのこと、皆が腫れ物に触るかのように遠巻きにしたがため…彼自身も気づかぬ程度に人恋しくも寂しかったのか。ちょこっと構われたというだけで、何だかすっかりシェフ殿に懐いてしまっている様子。
「これから何作るんだ?」
「さぁてね。果物をくるんで冷やしてみようか、それとも甘さを抑えたアイスクリームに、良く炒ったナッツと一緒にかけようかな。」
 どっちも美味しそうだなと、わくわくと瞳を輝かせるルフィであり、純粋にお菓子への期待で興奮しているらしいのへ、だがだが、こちらは………ちょっぴり複雑。

  “…まあな。俺はコックの腕を買われたんだし。”

 午前のおやつ時にも、ルフィ本人が言ってたじゃないか。美味い料理と戦闘の腕前とを見込まれたってだけ。後は好きなことを目指してくれと、伸び伸びしてていいと、それがこの船のポリシーだとすぐに判ったし。第一、ついて来て良かったんだろうかと後悔することの何とも多い人物であることか。17とは到底思えぬガキんちょで、食う寝る遊ぶにしか関心はなく。殊に“冒険”には目がないというから始末に負えない。てぇ〜いっ世話焼かすんじゃねぇっと怒鳴りつつ、それでも…愛想を尽かして離れて行けないのは何故なのか。間違いなく“強ぇえ奴”なのに、どういう訳だか放っておけないからだ。運も強けりゃ、図太さを発揮しての要領もある意味でいいのかも。なのに何故だか…些細なことへ不器用なトコとか、サンジは凄いなぁ〜と屈託なく笑ってくれるところだとか。何につけ冷めた顔して ちょっち斜(ハス)に構えてた自分と違い、がむしゃらで正直な無茶苦茶痛快な奴だってところに自然と惹かれた。思わぬところがすっぽり足りない困った奴だが、足りないトコは俺がフォローしてやりゃ、もっと高みへ楽々行けんじゃねぇのと。そんな形で魅入られたからだ、と。正直なところ、そう思う。

  “悪魔の呪いかもな………。”

 世界一のフェミニストを自負してる俺がこれって、何なんだかね。世を拗ねてた分を振り向かせるほどに、それだけ強烈な船長さんの愛すべき個性が“心意気”へと響いたのかも。しかも、これほど報われない想いも他にはない。こやつには相思相愛の連れが既にいたのだ。恐らくは“刷り込み”クラスの、堅い堅い信頼を抱いてる相手。互いをよくよく理解していて、良くも悪くも唯一無二の“半身”として、大切であり ぞんざいでもあって。

  “ただの相棒が生死の境に野望の完遂を宣誓するかよな。”

 世界一の剣豪に瀕死の重傷を負わされてすぐ、へこむどころか再戦まで他の誰にも負けないと言い放った向こう見ず野郎に、それは満足そうな顔になったルフィでもあって。

  “………あ。何か腹立ってきた。”

 いかんな、もう吹っ切ってた筈なのに。傍観者として気楽な無責任さから見物する側に回って、もう随分と久しい身。だからこそ、こんな作戦に珍しくも“実行者”として関わってるってのにな。
“………。”
 ちょろりと横目で見下ろせば、大きな琥珀の瞳の視線の先を、チョコを満たした鍋へと釘付けにしている童顔がすぐ間近にある。二の腕に当たってる頬の柔らかさ。手入れは悪いが質の軽い、ふかふかな猫っ毛からは、ほのかに甘い…チョコとは違うハチミツ系統の匂いがしていて。一心不乱、うっとりと見つめてる角度の関係で、伏目がちになった睫毛の陰が頬の縁に落ちていて………、

  「…っ、あちっ☆」

 ぼんやりしていてうっかりと火加減を見過ごして。気がつけばチョコの縁が沸き立っていた。そこから撥ねた熱いチョコの小さな滴が、ルフィの頬へと飛んで来たらしく。わっと顔を背けた仕草にハッとして。鍋を押しやり、その所作の返しの中で、反射的に身を遠ざけたルフィの痩躯を腕の中へと捕まえる。
「ほら。冷やさねぇと。」
 傍らの流しに置いた洗い桶へ大急ぎで水を張り、そこへと顔をかざさせる。
「え〜、水はやだ。」
 この期に及んで暢気なことを言い出す当人へ、
「何も顔を突っ込めとは言ってない。」
 悪魔の実の能力者は顔も洗わんのかと言い返しながら、指の長い白い手の窪みで水を掬っては頬へと浸すように当ててやる。ふやや…と薄い肩をすくめるところが何とも稚
いとけなく、ついつい水遊びをしているような感覚になりかかり、何度か引っかけてやってから我に返って“う〜む”と反省。
「後は自分でやってみ。」
「うん。」
 そぉっとなと念を押してから、氷を格納している“氷室(ひむろ)”を開けて。小さめの氷のかけらを摘まむと回れ右。
「ほれ、見せな。」
 出してやった氷を患部へ当ててやろうと、お顔を上げさせ、濡れた前髪を上へと払う。幸い、ほんの“点っ”とついただけだったらしく、どこなんだか探しても見つからないほど。どの辺だと訊かれたルフィも“う〜んと”と小首を傾げているほどだったから、心配は煎らないかとホッとして、手近にあったタオルで濡れた顔を拭ってやる。
「あやや…。」
 そこはそれ、お兄さんの構い方で乱暴かというと。そこがやはり“フェミニスト”で鳴らしたお兄様。跡はなくとも擦れば痛いかもと、ばふっと覆ってから“ぱふり”と軽く叩くようにして拭ってやるサンジであり、
「…こらこら、逃げんな。」
 擽ったいのか後ろへ頭を引こうとするのを、腕を回して抱え込むよに固定して。前髪も濡れたのを、そちらはごしごしと拭ってやって、さて。ぷはっと顔を出したのへ“くつくつ”と笑いかけてやるつもりが、

  「………あ。」

 ほんのりと上気した頬に、真ん丸く開いた柔らかそうな口許。愛らしきパーツが、それは間近で人懐っこく笑ったものだから………。




   ――― 気がつけば…その柔らかな頬へと、唇が、触れていた。


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  *カウンター 143、000hit リクエスト
    あやさえ様『原作Ver.で、ルフィに本気になったサンジさん』

  *さあさ、本気になってきたサンジさんですvv
   一体どんな展開になるのか、そしてっ!
   肝心なもうお一方は、この一大事に一体何をやっとるのか。
(笑)