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という次第で(う〜ん)、船長殿の病状の原因とやらがすっかり明らかとなったは良いとして、
『…じゃあ、此処で寝かしとくの?』
話の展開について行けなくなったのか、途中から座を外したウソップが、気を利かせて通廊の天井にある扉蓋を片っ端から開けていってくれたが、それにしたって薄暗いし、籠もり気味な空気も清浄とは言い難い。ナミから訊かれて、
『病気と言えるかどうかなことではあるけど、具合が悪いには違いないからね。上の医務室に移った方が良いよ。』
言った途端、そっとその場から立ち去った者が約一名。それには気づかぬまま、ようやっとシャツを着付けて靴を履くにいたったゾロが、刀を腰に装着し終えると、手際よく船長殿を抱え上げた。ナミやウソップが道を空けてやり、甲板にある医務室へと皆での移動となる。片腕だけでしっかり器用に抱えてハシゴを登った剣豪殿が向かった医務室から、すれ違うように出て来たのはシェフ殿で。
"???"
何でこんなとこに、さっきまで下に居たのにとウソップが小首を傾げ、あらあらとナミが小さく苦笑する。というのが、
『…あやや。』
先にちょこっと触れたが、日頃の此処はチョッパーが薬品類を調合したり保管しておくくらいにしか使われてはおらず、あとはお子たちが昼寝の場にするというところ。そのお昼寝のせいで…出しっ放しのブランケットだのおやつの食べこぼしの屑だのが散乱し、ちょろっと散らかっていた筈が、きっちりすっきり片付いている。手際が良かったゾロがさほどもたもたすることもなくルフィを此処まで運んで来たほんの短い間に、先に足を運んでいたシェフ殿がやはり見事な手際でこうまできっちり片付けたということだろうから、
"凄いわよねぇ。女の子相手でもここまでやれるかどうかだわ。"
ナミが苦笑混じりに感心している間にも、キッチンから水差しとグラスを載せたトレイを運んで来たサンジであり、
『こんなもんか? チョッパー。氷も要るかな?』
『ああ、うん。あった方が良い。それと、』
洗面器にも水を張って来てもらい、その間にベッドへ寝かしつけられたルフィの容態を、自然光の中で念のためにもう一度確かめて…いたところへ、冒頭の双璧たちによる突っ掛かり合いが始まったため、温厚で愛らしいトナカイドクターが"プチ切れ"して二人を叱咤した次第である。これでやぁっと"ふりだし"へ戻ったぞ。おいおい
「それで…どうなんだ、チョッパー。」
半病人のすぐ傍で騒いだのは悪かったが、それもこれも…二人ともが小さな船長殿の苦しそうな様子をあまりに痛々しく感じてのこと。ちなみに。ナミとウソップは、自分たちがこの場にいても何か出来る訳でなしと、とっととキッチンへと戻っている。あてられるばかりになるのが馬鹿馬鹿しいと感じたせいもあろうが。(笑) その"あてる側の人間"であるところの双璧二人が神妙そうな顔で訊いて来るのへ、
「そだな、大した量を採った訳でなし。ムカムカがする訳でもないらしいから、胃薬も要らないみたいだし。」
さっきご本人も言ったが、これは厳密に言えば"病気"ではない。いや、これでは言い方がおかしいか。二日酔いだって大変なもんで、殊に今のルフィは身動きが取れないくらいの頭痛がするほど具合が悪いには違いないが、これはどちらかと言えば、所謂"体調不良"というやつであり、時間が経って、ある程度代謝されないと何ともし難いクチのもの。逆に…というか、手っ取り早い言い方をすれば、安静にさせておけばそのうち治る種のもので、仰々しい看病だって要らないくらいだ。大体、
"自分たちがお互いにこういう状態になったなら、こうまでは心配しないんだろうにな。"
まあねぇ。お互いの相性とか何とか言う以前に、酒との付き合いが上手というか負けたことは少なかろう人たちですからねぇ。二日酔いでダウンしたと聞けば、何だ、だらしのねぇと呆れこそすれ、心配なんて絶対しないと筆者も見たぞ。それが、この小さな船長さんがうんうんと苦しんでいる姿にはこうまで弱いのだから、ゾロはともかくサンジも結構過保護だよなとの認識も新たに、
「なあ、サンジ。」
チョッパーはその手元でぱたぱたと、聴診器やら喉を覗いた時に使ったヘラやらという診察道具を片付けながら、
「ルフィ、朝御飯食べてないよな。」
ふと、そんな唐突なことを言い出す。あくまでも、ながらのさりげない言葉だと見せかけたいらしいのに気がついて、
「…ああ。」
どういうつもりの発言だろかと、当のサンジが先を促すと、
「きっとルフィ、夜になったら良くなるからさ、そん時沢山食べるんだろから、今から沢山ご飯作っとかないとさ。あ、オレも手伝うからさ。…な?」
このままこの二人ともを此処に残しておいたなら、またぞろ口喧嘩になって一番肝心な"安静"が保たれまいと感じてのことだろう。一生懸命、サンジの方を誘い出そうとしている様子が、いっそ微笑ましいほどありありしていて。
「…そうだな。」
こんな小さな彼に気を遣わせているとあっては、それこそ伊達男の名折れでもある。サンジは"くっ"と苦笑って見せると、山高帽子の上からポンポンと頭を軽く叩いてやる。
「判ったよ。此処はこいつに任せるさ。」
チョッパーの気遣いの愛らしい拙さを感じ取ったとほぼ同時。ついつい気が嵩じていた自分にも気がついた。日頃からも諦め半分、すっかり任せているものを、こんな時に信用してやらんでどうするのか。という訳で、
「じゃあ、俺らは下ごしらえにかかるからよ。お前、しっかり看てるんだぜ?」
「わざわざ言われんでも判っとるわ。」
こちらさんは依然として強腰なままであり、そんな可愛げのないことを言い返す剣豪殿へ、そこはやはり反射的にむかっと来てだろう、チッと忌ま忌ましげに舌打ちを見せたシェフ殿ではあったが、それでも男に二言はない。チョッパーをひょ〜いっと腕に抱え上げ、二人揃って潔く?"医務室"を後にした。
さてとて。
「……………。」
室内が、ふっと、静寂に包まれる。耳をすませば、波の音やら帆を叩く風の太鼓の音なぞも響いて来るには来るのだが。それらはあって当たり前、空気が目には見えないように、彼らにとっては聞こえても"無音"と同じ、もしくはそれ以外の音がいかにしないかを際立たせる存在でしかない。
「………。」
これも具合が悪いせいだろうか。この部屋に移ってからのずっと、黙りこくったままでいた"患者"さんであったが、だからと言って眠り込んでいる訳ではなく。彼らの部屋にいた時よりは体も少しほど伸ばしていて、落ち着いた様子で横になっている。ゾロはゾロで、二人が退出して行っても壁に凭れたまま、腕組みさえ解かずにしばらくはじっと動かないでいたが、
「…なあ。ルフィ。」
ふと、ゾロが静かな声を掛けた。相変わらずにくっきりと深みのある、響きの良い声ではあったが、誰かへと投げかけたものというにはあまりにもそっとした声であり。荒くたい言動や雄々しくも悠然とした姿から、どうしても"豪"のイメージばかりが強いこの彼に、こうまで淡々とした穏やかな声が出せるとは。
「前に"これ何だ?"って訊かれて教えたことがあったよな。酒瓶の形したチョコはそのまんま酒が入ったチョコレートだから、お前には食えないぞって、気をつけなって。」
おや?
「それだけじゃあない。何度かはうっかり食っちまって、そのままパタンって引っ繰り返って、そのまんまぐっすり寝ちまったこともあったよな。」
おおお?
「………。」
黙りこくっている船長さんへと、
「二日酔いにまでなるなんて…いくらお前でも1個や2個じゃあるまい。」
そうと言ってのけた剣豪であり、
「………。」
やはり黙りこくっているルフィだったが、そぉっと顔を上げると、枕の下へと突っ込んで、ぐうに握ったままだった手を出して来る。
「…そんなとこに。」
いや、ここの枕の下にあったのではなくって。ずっとずっとその小さなお手々に握り込んだままでいた彼であったらしい。チョッパーが匂いを感じたのも、実は此処からだったのかも知れない。何しろ、突き出された手には、10個近くはあったことを思わせるだけの…赤青緑に紫と、色とりどりの銀紙が掴まれていて。サービスのいいお姉さんだったんだねぇ。おいおい それを見て"はぁ〜"と肩を下げるほど大きな溜息をついて見せたゾロは、やっと壁から身を起こすとベッドまで歩みを運んで、チョッパーが踏み台の代わりにしていたスツールへと腰掛ける。
「どうしてわざわざ全部食べたんだ? 最初の1個か2個あたりで気がついた筈だろうが。」
ルフィの小さな"ぐう"の手を、ゾロの大きな手のひらが受け取って。仄かに汗ばんだ手のひらにくっつきかけている、元は包み紙だった銀紙の屑を、丁寧に取りのけてやりつつそう訊くと、
「………。」
頭痛からというだけではなさそうな、どこか不愉快そうな不機嫌一杯というお顔になってしまう船長さんで。
「ルフィ?」
「…だってさ。酒飲む時は、ナミとかサンジとかと一緒で、俺はすぐに寝かしつけられてさ。」
まさに"口を衝いて"という勢いで、最初の不満が飛び出して。
「酒が飲めるようになったら、とっとと寝かされることもなくて、もっと一緒に居られるし。」
「寝かしてないぞ。」
そうだよねぇ。正確には勝手に沈没してしまうのだが。そう言われて、
「だからっ。…っ☆」
ムキになりかかったところが、頭痛の波が来たのだろう。起こしかけた頭を抱え込む船長殿だ。そんな様態だとあって、
「…ほら。」
ゾロはスツールから立ち上がると、ベッドの頭側の端に腰掛け直した。それを見て、
「うぅ…。」
躊躇(ためら)って見せたのも束の間のこと。近い方のお膝を手のひらでポンポンと軽く叩かれての"おいで"にはどうしても勝てなくて。気がつけば…匍匐前進にも似た案配でよじよじとシーツの上を這って傍らまで寄っている。すると、
「よぉ〜し。」
手際よく腕が伸びて来て。まるで…ダウンフェザーだけで作られた縫いぐるみでも引き寄せるような軽々とした動作で、上半身だけの力でそれはそれは易々と、少年の身体を全身丸ごと膝の上へと横向きに抱えてしまうから。相変わらずの化け物剣豪…、あやや、えとえっと(焦っ)、頼もしいもんであることよ。(あ、あはは/汗)
「…んぅ。」
抱えられたその反動でまたまたちかっと頭が痛かったのか、眉を寄せて見せたルフィだったが、
「……えっ☆」
そんなこめかみのところへとそっと唇が降って来て、いたわるように優しくキスをしてくれたものだから。
「えと…///。」
むくれていたものが、瞬間、含羞はにかみを帯びた表情になり。そうと感じたことへかすかなる"敗北感"のような感触を覚えてだろう、ばつが悪そうにそっぽを向いて俯きかかる。
「んん?」
ゾロの方には当然、こだわりなぞない訳で。俯きかかった愛しい童顔が心持ち向こうを向いてしまったものだから、目の前に来た水気の多い黒髪のつむじへとふうっと吐息を吹きかけてやる。途端に、
「ひゃっ!」
肩をすくめるようにして無防備になったところを、ぐいっと懐ろへと引き寄せて。小さな背中へ長い両の腕で襷でも掛けるかのごとく、しっかりとがっちりと抱きすくめてしまうから。
「うう…。」
拗ねても無駄だとようやく観念したルフィであるらしい。
「あのな? 酒を旨いと思えるようになりたいんじゃないんだ。」
「うん。」
それは判った、で? …と、見下ろして来る碧の眸に静かに促されて、
「だからさ、ゾロが好きなもので楽しい気持ちになってる時に…俺も一緒に居たくって。でもっ、お子様だからなぁって"お前はジュースだな"とかって別扱いされてるのは…えと、何か、うっと、面白くなくってさ。」
「…あのな。」
言い方こそ何だか子供じみてはいるけれど、何もかも一緒が良いと思ってしまう想いは、相手と同化したい願望の第一歩。大好きな相手であればこそ、どうしても叶えたくなる欲求であり、切なる望みだ。
「悪いのか? 俺が酒飲めるようになったら、ゾロが何か困るのか?」
うっかり食べたのではなくて、自分から進んでこっそりと試してみたものだということが、選りにも選ってゾロ本人にあっさり割れてしまったために。ここはいっそと開き直ったのだろうか、もうもう無茶苦茶な理屈を捏ね出す始末で。
"いやいや、こいつはいつだってこんなもんだろ。"
あはははは…☆ そんな駄々をくすぐったそうに聞きながら、
「あーあー、判った判った。だからさっさと寝な。」
抱きすくめた小さな身体には、長さの余った腕の先。頭の上までへと巻きつけ上がって、まるまる余っていた大きな手が、丸い後頭部をわさわさと撫でながら重みのある髪を掻き回す。
「判ってないじゃんかっ!」
「今は俺も酒飲んでねぇだろうが。良いからとっとと寝て、二日酔いを治すんだ。」
「やだっ。チョッパーも"病気じゃあない"って言ってたぞ…あ、っつう☆」
「ほら見ろ。痛いんだろうが。良いから寝なって。」
「や〜だっ!」
こらこら、お前さんたち。医務室でのいちゃいちゃは御法度ですぞ?(笑)
◇
「…ふぅ〜ん。」
医務室はキッチンの隣り。よって、そこでの会話は聞こうと思えば聞き取れないこともない。いやに静まり返っていた彼らであるところをみると、わざわざ"聞こうと思えば"態勢になってたらしくって。(笑)
「ややこしいんだな。」
チョッパーが困ったような顔になって小首を傾げている傍らで、
「あれじゃねぇのかな。クソ剣士の好きなもんだから、自分も好きになってみたくなったとか。」
サンジがもっともらしいことを言ったものの、
「じゃあ、サンジくんがルフィを構うのは、実はゾロがルフィのことを好きな気持ちを知りたいからなの?」
「違います。」
即攻でしたね、今のお答え。(笑) ナミの言いように憤然と応じたシェフ殿は、
「どうしてルフィの考え方をそのまんま俺に当てはめるんですよ。」
しかも"邪推まるけ"で。(うくくvv)そんな彼に同調してか、
「大体だ、そんな努力するくらいなら、苦い薬をちゃんと飲めるようになる方の努力をしてほしいぞ。」
チョッパーもプンプンとご立腹。いや、だから、そっちもまたサンジさんの所謂"憶測"なんですが。………おいってば、聞いてるかい?
しかし。たかだか"二日酔い"で、こんだけの騒ぎを繰り広げてしまう船長さんがいる海賊団って、一体…。
「大体、一滴も飲めなくてもいつだって先頭切って盛り上がれる船長さんだし、
片やはいくら飲んでも全然正体を失わない剣士さんなんでしょうに。
…ねぇ?」
「そだな。今更だよな。」
いや、そんな"締め方"をされるのもちょっと………。
〜Fine〜 02.5.23.〜5.25.
*古来より"酒は百薬の長"とか申しますが、
昔は浴びるほど飲めたものが今は全然飲まないMorlin.と致しましては、
ここはやっぱり"過ぎたるは及ばざるがごとし"なんていう、
ちょっと外した文言を、持って来てみてみたりしたりして。(笑)
ただ、これはいまだに不思議なんですが、
ビールやワイン、気がついたら1.8リットル以上空けてたってことはあっても、
真水を勢いに乗って2リットル、それもいちどきに空けるのってなかなか難しい。
とゆうことは、酒類は飲んでるんじゃなくって"食べている"んでしょうかね。
*ところで、いつもおステキなイラストをお送り下さる岸本サマから、
こぉ〜んなにカワイイのを頂いてしまいましたのvv
ネ、ネコ耳ルフィがかわいいいっ!!
ありがとうございますぅぅ〜〜〜!
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