His Favorite... A
               〜蜜月まで何マイル?


          2


 部屋まで辿り着くと、さすがに"何がどうした"のかはチョッパーにもやっとのことで把握出来たものの、この数秒という"なまはげに攫われて、小脇に抱えられての船倉までの旅路"で、間違いなく寿命が何年分かは縮んでいる筈である。
(笑)
"そりゃあ、説明するの苦手なゾロなんだろうけどもさ。"
 一番大切で何をおいても優先されるルフィの一大事だったから。だから、もたもたと拙く展開せねばならない説明なんぞに費やさねばならない余計な時間をあっさりと見切って、とっとと行動で全てを語って見せた彼なのでもあろうが、
"言葉が通じない動物じゃないんだからさ。"
 …チョッパーに言われては終しまいである。
こらこら 内心でのぶつくさはともかくも、
「ルフィ? 聞こえるか?」
 そこはやっぱり"お医者様"だ。薄暗い部屋のベッドの真ん中、寝間着姿のまま、膝を胸元へ引き付けるようにして身体を小さく縮めて丸くなっているルフィの様子は、確かに只事ではなくて。スツールをベッドの傍まで運んでもらい、その上へぴょいと飛び乗ると、患者へ声をかけながら額に手を当て、何かを探して辺りをキョロキョロと見回す。その途端にぽうっと燈されたのがランプの灯で、ゾロがサイドテーブルから持ち上げたそれを、診察しやすいようにと手元まで持って来てくれた。そんな手際へと目顔で会釈し、再び、患者に向き直る。日頃の無鉄砲や向こう見ずの余禄として、負わなくても良い怪我はしょっちゅうしているものの、病気には縁のない少年である。風邪もひかなきゃ腹痛も起こさない。熱を出したのも、アラバスタでのあの凄絶な戦いの後だけ。ドラム島の厳冬の世界でも普段と変わらぬ夏服でいて平気だった彼が、2tトラック一杯分の食材くらいなら余裕で"一食分"として食べ尽くしてしまえる末恐ろしい彼が、何がどうしてこうまで苦しげに呻いているのか。
「確かに変よね。」
 こちらもやっと事情が判って戸口に立ちん坊になっていたサンジの後方、ナミが鹿爪らしい顔になって顎先に人差し指を当てる。
「ルフィが怪我や空腹以外で具合を悪くするなんてあり得ないわ。」
 おいおい言い切るか…と、さしものウソップでさえ呆れた見解だったが、それには構わず、
「ねぇ、昨夜は何があったの?」
 部屋の中、船医殿へとランプをかざしてやっていた剣豪殿へ直接訊いている。声の張り方の大きさで、自分へ掛けられたものだと察したらしく、
「なんで…。」
 そんなことを俺に訊くんだとか何とか、眉を顰めて反駁っぽく言いかけた彼を真っ直ぐに見つめ返して、
「だって。昨夜、少なくとも…港から離れて荷物も整理し終えて、夕御飯食べてから後のことは、残念ながらあたしたちには全っ然判らないわ。」
 言わずもがな、とっとと自分たちの部屋へ引っ込んだ彼らだったから…と言いたいナミであるらしく、
「それまではあんなに元気で、やかましいくらいパタパタ走り回ってたのよ? ルフィってば。」
「う………。」
 だというのに、今はこうまで苦しがっている彼で。同じ食事を取り、同じ環境下にいた自分たちには何の異変もない以上、何か原因があるとしたなら、成程、その後に何かあったせいかもと思うのは妥当なことだろう。そして、


何って、いつもと同じように…。あ、でもちょっと感じやすくなってたから、調子に乗っていつもより焦らして攻めすぎたかも知れんかな…?


 訊かれたところの"昨夜の記憶"を爪
つま繰りながら。ふ…っと。それまでの寡黙さとはどこか一味違う、数刻の"沈黙"を見せた剣豪へ、
「………一体どういう"走馬灯"が頭ん中で回ったのかしらね。」
「うっせぇな、放っとけよ/////。」
 こらこら。船長のことが心配じゃないのかね、あんたたち。相変わらずにつけつけと威勢が良くて口が減らないナミさんであるが、そんな会話には耳を貸さず、
「…頭が痛いだけか? 他の場所は痛くはないのか? 気持ちが悪いとか、胸と喉の境目くらいにパンの耳が閊
つかえてるようなザリザリがあるとか、そういう種類の痛いのはしないか?」
 胸焼けのことだろう、脈を取りながらルフィ本人へ色々と具合を訊いているチョッパーである。それへとゆっくり首を横に振り、その動きが頭に響いたらしくてピクリと眉を寄せるルフィに気づいて、我がことのようにその痛みを拾い上げてやろうとする。戦いの最中なぞ、どんなにひどい怪我を負っても胸を張っている彼なのに。それがこの衰弱のしようだ、よほどの痛みに違いない。そう思いつつも…ふと、
"………?"
 ひくひくと。船医殿の小さな青いお鼻が震える。どこかからしてくるこの匂いは…と気になったものがある。
「頭はどう痛い? 表面がぴりぴりと痛むのか? 目眩いがするとか天井が回ってるとかいうのはないか? 頭の芯がずきずき痛いのか?」
 訊きながらもキョロキョロと辺りを見回しているチョッパーで、一方、
「んと、心臓が頭に引っ越したみてぇに、どくんどくんって痛てぇ…。」
 掠れてか細い声もまた痛々しいルフィであり。本当に一体何が原因なのだか、あまりにも弱々しげな彼の様子に、
「ルフィ…。」
 皆して息を飲み、あなただけが頼りなのよと小さな船医殿へと注目が集まるが、その名医殿はというと、
「ふ〜ん、そっか。」
 どこかしら注意の散ったような、愛想のない返事をする。この雰囲気にまるでそぐわない、そんなような声音に気づいて、
「…チョッパー?」
 あらためて見やれば。何だか挙動不審な彼であり、脈を診るのもどこかおざなりなまま、自分が乗っかっているスツールの回りをキョロキョロと見回していて。やがて、

   「………あ。」

 目的のものを床に見つけたらしい。ぴょいっと飛び降りて身を屈め、拾い上げたのは…細かくしわしわになって丸まっているので分かりにくいが、どうやら赤い銀紙の屑である様子。それを自分の鼻先へ確かめるように近づけたチョッパーが、
「やっぱりだ。チョコレートの匂いと、甘いお酒の匂いがするんだけど。…なあルフィ、これ、昨夜食べたのか?」
 そうと訊くのを見やって………。

   「………☆」

 他の面々にも、あっさりと全ての顛末が鮮やかなまでに明らかになった模様。
(笑) たちまちの内に、
「んもう、人騒がせなんだから。」
 安堵の気配をさらすのが癪だからか、心配したのにどうしてくれるの、と、ややもすると鼻息荒く言い放つ航海士嬢を狙撃手が"まあまあ"と宥め、
「…なんだ。」
 こちらは純粋に安堵して一気に肩から力が抜けたらしいシェフ殿が、口許だけで笑って見せていたが、
「………。」
 剣豪だけはまだ腑に落ちないという顔をしている。それに気づいて、
「? どした?」
 チョコレートを包んであったのだろう銀紙が見つかり、そこから酒の匂いもするということは…という、こんなにも簡単な"Aだからaだ"という論証展開が、まさか出来ない男なのだろうかと、サンジが声を掛けている。そんなオロロな意味合いからの気遣いだと判ったのだかどうだか、
「訝
おかしいんだよ。」
 ゾロは"うぬう"とその気難しそうな表情のまま、勿論、眉も顰めたままで応じた。
「そんなもん、昨夜は食ってなかったし、町でも買ってた様子はなかったんだ。」
 先程もちらりとナミが持ち出したように、昨日はとある島の港町に上陸し、ログが溜まるのを待つのも兼ねて、いつものごとく補給のためのお買い物に繰り出した。食料やら備材やら薬品に生活消耗品やら。何がしかの物資管理を担当している面々とは違い、買うものがあるとしたなら純粋に個人的なものだけという"戦闘班"の二人も揃って町歩きを楽しんだのだが、その中でそういう店に足を止めた覚えはないと首を傾げている剣豪殿であるらしく、
「菓子の店にも寄ったことは寄ったが、そんな洒落たもんは置いてなかった筈なんだ。」
 甘いものが大好きな"お子様"船長は、ケーキの他にもチョコだのキャンディだの、マシュマロ、カステラ、ラスクにラムネだの、菓子の類にも目がないが、酒の類を包みこんだ所謂"ボンボンチョコ"ともなると、そこいらの駄菓子屋にはまず置いてはあるまいから、接点がないと言いたいらしくて。………じゃあじゃあどこからやって来たチョコなのか。一方で、
「ルフィ?」
 本人へと訊いてみているチョッパーへ、二日酔いからの頭痛に苦しんでいた幼い船長殿はといえば。………ほのかにお耳を赤くして、
「…貰った。」
 まるで…悪戯を問いただそうとするお母さんへの自供のように、どこか細い声になってそうと応じた。
「貰った?」
「うん。飯食った店で、隣の席にいた女の人がくれた。晩になったらお兄さんと一緒にお店に来てねって言われた。」
 ………それって。
「もしかして…。」
 サンジやナミ、ウソップのみならず、チョッパーまでもがついつい見やったのは、最後まで怪訝そうな顔をしていた剣豪殿で、
「し、知らねぇってっ!」
 何を焦っているんだ、あんたもまた。
(笑) 
「いや、お前がルフィ連れたままでナンパが出来るような男だとは思ってないさ。」
 サンジのお言葉の陰で、
"ルフィが居る居ないに関わらず、想像が出来ないんですけど。"
 ウソップが思った。うんうん、そうだねぇ。何しろこれだけの…凛然とした顔立ちと立派な体躯の相揃った、野生味あふれる男前だ。その存在感からは迫力に満ちた恐持てもするものの、最近の女性もまた根性が座っているというのか、ナミにかぎらず
おいおい ある意味で怖いものが無いよなものだから。いくらゾロが迫力込めて睥睨しようと、意に介さず怖がりもせずという強者つわものも多かろう。そんなこんなで、黙ってたって女性にモテはするんだろうけれど、実を言えば………彼の側でそうそう器用な男ではない。ましてや今の彼は、ルフィと"♪♪♪〜♪"な蜜月関係にあって、それをまたご本人が十分満喫してもいる。世界中の幸せを二人占めしているようなのがいっそ腹が立つくらいに。(笑) だので、商売上手で強かなクチが言い寄ったのであっても、面倒そうに追い払う彼であろうと察しはつく。という訳なので、話を戻そう。ゾロがナンパをしたと疑った訳じゃあないと言ったサンジは、
「ただな、そんなやり取り、見逃すお前じゃなかろうによ。」
 保護者としては、見ず知らずの人物から口に入れるものを貰うという…考えようによっては非常に危ないことを見落としていてはいけない。緑陰に包まれたどこかの公園で、たまたまベンチに隣り合った老夫婦から、
『やあ可愛い坊ちゃんだ』
とばかり、一頻り"いい子だいい子だ"とあやされてから、
『そうそうお菓子があったんだわ、お食べなさいな』
と渡されるとか。こんなようなごくごく長閑で和やかな情景ならともかくも、
"それって、どう考えても夜のお勤めへの客引きだもんな。"
 そうだよねぇ。そしてターゲットは間違いなくゾロの方だろうに、当の本人が気づいていなかったとは?
「だから知らねってっ。」
 本気で困惑の表情になる剣豪の、言う通りであるらしく、
「うん。ゾロがマイマイシェルの身をほじくってくれてた隙に、俺にしか聞こえないよな声でこっそり渡されたんだ。」
「………ほほぉ。」
 ちなみに。マイマイシェルというのはここいらではかなり有名な巻き貝の一種で、遠浅な砂浜に生息し、酒蒸しにして良し、壷焼きにして良し、パエリアやパスタの具にして良しという、味わい濃厚にして身のぷりぷりしたそれは美味しい食用貝のことだ。1つ1つはハマグリくらいの大きさだろうか。殻ごと調理する場合が多く、食べる時はいちいち専用の串で1個1個ほじくり出さねばならないため、カニ料理を食べるときよろしく、客人たちは妙に無口になると言う。…以上、『グランドライン食べ歩き紀行』より抜粋。
おいおい そういう貝料理を、いちいち食べやすいようにほぐしてやってたと暴露され、
「…何か文句でもあんのかよ。」
「いや、べ・つ・に。」
 赤くなりつつ開き直る剣豪も剣豪だが、にまにましつつ空とぼけるシェフ殿や航海士嬢も…お姉ちゃんからのモーションの方はもうどうでも良いのか、あんたたち。
(笑) 
 

BACKTOPNEXT***