His Favorite...
               〜蜜月まで何マイル?


          1


「別によ、酒が飲めねぇでチョコレートやケーキが大好きな"海賊王"がいたって、一向に構わねぇと思うぜ? 俺は。」
「………。」
「まあ、まだ先は長いんだから、先々でいつかは飲めるようになるかも知れねぇ訳だしよ。焦るこたぁねぇんだって。」
「………。」
「それに…うん。酒飲まねぇとヤバイってな場面なんてのは、そうそうないと思う訳よ。"固めの杯"なんてな儀式だとか、よほど特殊な毒でも食らったとかいうのでもない限りはな。」
「………。」
「無理から勧めるような奴がいたら、俺やこいつに振り向けりゃあ良いんだしよ。」
 ここで初めて、ただ黙って同じ部屋に居たもう一人が…ご指名にあずかったからか、おもむろに口を開いた。
「安心しな。お前にまで協力を仰ぐことにはならねぇからよ。」
 分厚い胸板の前へ高々と腕を組みつつ、壁に凭れて憮然とした顔付きのままのそれは短い言いようだったが、その言い回しの中に色々と込められていたものは、しっかりと相手へも伝わったらしくて、
「ほおぉ、そりゃあ安心だな。有り難いこったぜ。」
 こちらもまた、何かしら含みがありそうな言いようを返すシェフ殿だ。当然、分かりやすいまでの"挑発語調"だったため、
「んだとぉ?」
 途端に眉を逆立てもって受けて立ってしまう剣豪殿であり、
「お、やんのか。」
 腕まくりならぬ"両手をポッケに"の臨戦態勢、眇めた視線を睨み上げるように差し向けつつ威嚇を返すシェフ殿との間合いが、見る間にぐぐっと詰まったが、


   「…いい加減にしてってば、二人ともっ。
    ルフィ、頭が痛いって言ってんだから、騒ぐんなら出てってくれよなっ。」


 ベッドの際に付いていた小さな船医殿からのきっぱりとした一言には、
「お、おお。」
「…悪かった。」
 さしもの双璧たちもたちまち我に返って意気消沈。そっか、この人たちに勝ちたかったなら気合いが肝心なんだな、うんうん。
おいおい いきなりの台詞の羅列で幕を開けてしまった今話だが、あらためて彼らの立っている状況を眺め回してみるならば。まず、舞台である此処は、我らがゴーイングメリー号のデッキ部のキッチンの隣りにある"医務室"で。只今現在のお時間は…下ろしたてのさやさやと清々すがすがしい空気に、よく晴れた空からの陽射しが満遍なく行き届いた、すっかり明るいまだ午前中。この部屋にはしっかりしたベッドが据え付けられており、デッキという空気のきれいな位置にあり、加えて水回りにも近いことから、海賊世界に於ける最強クラスの陣営でありながらも時折は怪我人が出る彼らの、所謂"ICU(集中治療室)"代わりに使われている。とはいえ、塞がることは滅っっ多になくて、日頃は、頼もしき船医のチョッパーが薬の調合や保管・管理に使っているか、お子たちの組が雨の日だけ此処でお昼寝をするのに仲良く身を寄せ合っているくらいのものなのだが。今日は先にも述べたように上々の天気にもかかわらず…お子たちのうちの一人にして、この船の船長、将来は天下の"海賊王"を目指しているところの、モンキィ=D=ルフィくん(17歳)が、それは辛そうに眉を寄せ、頭を抱えてベッドの真ん中に身を縮めて横たわっている。原因は…のっけの会話から既にお察しの方もおられるだろうその通り、許容範囲以上のアルコール飲料の摂取による"二日酔い"である。ジュースと代わらないような甘いデザートワインを舐める程度でほんのり頬が染まるというほど酒に弱い彼が、なればこそ"許容量"とやらに至る前にあっさり眠ってしまう筈な彼が、なんでまた寝込むほどの"二日酔い"状態に陥っているのかと言えば………。


            ◇


 彼の異変にまず最初に気づいたのは、当たり前と言えば当たり前なことながら、毎日のように一番の間近にいて一緒に朝を迎えている剣豪殿だった。
「………?」
 いつもなら。陽が射さない筈の船倉部にある部屋だというのに、まるで朝告鷄か目覚まし時計のように毎朝きっちり決まった時刻に目を覚まし、
『もう朝だよ、ねぇ、起きようよぉ。俺、腹減ったよぉ』
とばかり、一緒に寝ていたこちらの胸板に小さな両の手を載せて、ゆさゆさとねだるように揺さぶって来る筈の彼だのに。今朝はというと、
"あれ…?"
 充分寝足りてか、それともこちらもそういう"体内時計"になってしまったのか、いつもの"起きてよぉ"のおねだりなしでゾロの方が先に眸を覚ましたから。
「…ルフィ?」
 当然"いつもの朝とは違うぞ、あれれ"という不審を感じた。ゆったりと伸ばしていた自分の肢体の、胸から腹、腰、太ももにかけての線
ラインへぴっとりと、誂えたもののように隙間なく寄り添う小さな体は、確かにいつも通り傍らにあって。これもやはりいつものように、くすぐったい温もりのそのふかふかした頬を、こちらの懐ろ深く、頼もしい胸板へと埋めたままでいる。だが、
"…妙だな。"
 何かが違う。何かが訝
おかしい。前の晩をどんなにか、時間を要した上で乱れに乱れて消耗し切って過ごしていても…あ、いやその、だから///。昨夜が結構"お疲れさん"な致し方をした(…。)夜であっても、一応"朝"はぱっきーとばかりお元気に目覚める彼だのに。その上で…やっぱり疲れていたなら、朝食後に午前中のうたた寝へとなだれ込むのが彼のセオリーだのに。(そうなんだ、ふ〜ん/笑)
「ルフィ?」
 胸元へぽそんと無造作に載せられてあった小さなお手々をそっと掴み取りながら、どこか不審そうに…目許を隠す額髪を梳き上げるようにして"まい・すぃーと・はにい"の寝顔を横合いから覗き込んだところ、

   「………
(んぅぅ)。」

 こちらからの呼びかけに反応がないのみならず、かすかに聞こえた小さな呻き声からも、安んじて眠っている彼ではないと察した剣豪殿の、そこからの"反射"の素晴らしかったこと。
「…っ!」
 ただならぬ事態だと察するや否や、ルフィには振動を与えないように気を遣いながらも…ベッドからがばっと撥ね起き上がり、そのまま一気に部屋を飛び出している。靴も履かない裸足のままだし、上半身も剥き出しのまま。無論、滅多なことでは肌身離さない3本の刀も部屋へ置き去りにしてだったから、いかに"一刻を争うもの"だと判断した彼なのかが判るというもの。それでも足音がしないのは、もはや身についた習性なのだろうが………おのれ伊賀者かっ!
(笑)


「チョッパーっっ!!」
 足音がしなかったため、朝餉の時間だとあってキッチンに集まっていた面々には、文字通り"音もなく突然に"現れたように見えた剣豪であり、特に名指しされたトナカイドクターは、
「えっ、えっ、えっ?」
 いつもなら御機嫌な時の笑い声であるこの声だが、今ははっきり"何何何?"という不安げなイントネーションで発せられていて。しかも、
「ゾ、ゾロ?」
 その相手とその様相を見定めて、重ね重ねにびっくりして見せる。何しろ、褐色の肌に例の…雄々しい胸板を斜めに横切る恐ろしい傷痕もあらわな、なかなか"せくしい"な
おいおい半裸状態の上に足元は裸足のままで。しかもその上、どういう訳なのだか、朝っぱらから…背景に暗雲垂れ込めそうなほどの鬼気迫る形相になっている。堅く強ばって鋭角的なところをより強調され、見様によっては本当に鬼のような面差しのまま、傍目も振らないその鋭く尖った視線を、切迫したオーラを背負ったまま真ぁっ直ぐに突きつけられたものだから、
"オ、オ、オレ、何かゾロを怒らせるよなこと、したのかっ?!"
 自分の中に落ち度を探そうとする辺り、既にパニックに陥りかけている。日頃はほのぼのとまるで親子のように仲が良くて。ウソップやサンジのように判りやすくはしゃがせてくれる訳ではないが、それでも。ルフィと一緒くたに、まるで休みの日のお父さんのように
(笑)大雑把ながらもやさしく構ってくれている彼なのに。一転してこの迫力と向き合わされたものだから、
「ひいぃぃぃっっっ!」
とばかり、ただでさえ少々臆病なチョッパーが半分泣き出しそうなほど、すっかり怯え切ってしまったのも無理はなかろう。…目覚めたての朝一番には見たくないわな、確かに。
うんうん そんなこんなで剣豪からの呪いにまんまと搦め捕られてしまい(笑)、肉食獣に魅入られた草食獣よろしく、全身を強ばらせ、小さな手足を硬直させてしまっているトナカイドクターであり。そのままつかつかと歩み寄ったゾロは、だが、
「おっと、待ちなよ。」
 チョッパーの腕を取りかけた自身の腕を、別な手にがっしと掴まれたことで初めて"その他の皆様"へと視線を向けた。
「何だよ、薮から棒によ。チョッパーが何かしたってのか?ああ"?」
 戦闘時にはこれでも頼りになる頭数の一人ながら、基本的には船医であり、愛らしい姿の幼子
にすぎないチョッパーで。そんな"年少さん"に、こちらはどう遠慮して見ても戦闘専門、日頃から鍛練を怠らない肢体もむくつけき剣豪が、手荒な乱暴をしかけたり…もしかして理不尽な暴力を振るうのならば、そこは見過ごす訳には行かない。だが、
「何に腹を立ててるんだかは知らねぇが、ちっとは落ち着けって…っっ!」
 言い終わらぬうち、サンジの手は軽い一振りであっさりと払い飛ばされていて、
「なっ、この野郎がっっ!」
 物も言わないままな不遜な態度に"むっかぁっ"と、こちらこそ頭に来た彼だったが、それでもやはりまるきり構わず、ゾロは…流れるような動作でひょいっと小さな船医殿を腕に抱え上げるや、
「あっ、こら待てっ!!」
 来た時同様、一陣の風のようにキッチンキャビンから飛び出してゆく。そしてそれを、頭から湯気を出しかねない憤慨のままに追ったサンジであり、
「………何なんだ、一体。」
 訳が分からないのは他の面々にも同じこと。なんだか恐ろしげな一連のドラマが嵐のように立ち去って…幾刻か。取り残されたウソップが呆然と呟き、ナミもまた呆気にとられたままの無言で彼らが去った戸口を見やっていたが、
"チョッパー、モテモテじゃないvv"
 おいおい、そうじゃないだろう。微妙な静寂そのものまでもが、今ここに舞い降りても良いもんだろうかと躊躇しているかのような、どっちつかずに何とも不安定な沈黙を破ったのは、
「お医者様にだけ、用事があったみたいよね、彼。」
 ロビン女史の一言だった。途端に、

   「「…っ!」」

 そこは…常々から色々と、含むものの少なくはないあれやこれやが持ち上がって来た余波とでもいうのだろうか。随分と察しの良くなった皆様である。顔を見合わせ、後は素早い。席を立ってそれっとばかりにやはり後を追い、
「朝から元気な子たちだこと。」
 一人居残ったロビン嬢は、熱い紅茶をゆっくりと味わいながら、ふふふと小さく微笑んだのだった。………だから煽ってどうすんですか、あなたも。

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