蜜月まで何マイル?
  
仔犬の日常U Sweet Whisper A

 
          



 その日の晩餐はシェフ殿の宣言通り"マグロづくし"と相成った。新鮮なマグロの薄切り刺し身のカルパッチョに、特製醤油で"づけ"にしめたのをすし飯に載せて海苔のリボンで巻いた、赤身の一口寿司。分厚くほくほく、ジューシィなツナステーキと、今朝ほど思わぬ形で補給出来た(それって…/笑)新鮮なタマネギやキャベツを刻んで大きめの切り身のところどころに挟み、大きな鉄板で蒸し焼きにした"メリー号風ちゃんちゃん焼き"。
「ホントは鮭でやるもんだがな。」
 脂が乗っていて旨味も深い素材を生かしての、ざっかけない作り方だのに、ワインにも合う大した上等の逸品に仕上がっているところがおサスガだ。…異様に和風なメニューばかりなのはご容赦を。サンジさんはともかく、筆者がマグロ料理をよく知りませんので、悪しからず。(ここへ"ネギま"を加えたら…さすがに顰蹙だろうと思ってやめましたが。/笑)
「旨んめぇ〜〜〜っ♪」
 あんなに大きかったマグロでさえ、単なる丸焼きでは"一食"としてぺろりと食べ切ってしまうとんでもない欠食児童がいる船だが、そこは…シェフ殿の腕が物を言う。というのが、消化等々という形で直接"胃袋を制御する"脳の部位が、空腹だという"欲求を制御する"管轄へ、その情報を送るのには多少の"タイムラグ"が生じるため、早食いでがつがつと食べる人はお腹一杯になりましたという情報が遅れ、結果として必要以上に食べてしまうのだとか。よって、よ〜く噛んでゆ〜っくり味わって食べると、俗に言う"腹八分目"で満腹感を充分得られる。
「おらおら、俺様が作った贅沢料理だ。ありがたくきちんと味わって食いな。」
 マナーへは相変わらずに大目に見るものの、がっつくなというその点へチェックを入れるようになった結果、少しは…保てるようになった、のかなぁ?
"…ま、このシリーズに限っては、夜中にキッチンを襲撃出来る奴じゃねぇから、安心は安心なんだがな。"
 だって蜜月だもんね、なんて…。おいおい、そんな身も蓋もない。
(笑)



 にぎやかな晩餐はそのまま暖かな談笑の場になり、昼間は好き勝手に過ごしつつも、この時間帯だけは暖かな色合いの灯火の下、皆して仲良くはしゃいでの歓談に興じる。次の寄港地への期待やら、少し前の冒険の場で、離れ離れになってた時にそれぞれが体験した出来事だとか。屈託なく、たまにはホラが混じりの脱線しのと、やっぱり大層にぎやかに場は沸いて。流し場で洗い物を片付けながらの肩越しにサンジも加わり、その代わりのように…室内の一角にて眸を伏せて壁に凭れてゾロは居眠りをしと、それでもそれが至極自然な団欒の時間。そして、
「………んん。」
 ふと。話の輪の真ん中にいたルフィが、手の甲で軽く目許をこしこし…と擦ったその途端に。
「…。」
 一体どうやって気がつくものなのか、寝ていた筈が…いつもの定位置からスッと立ち上がるゾロであり。それを合図に、
「ほら、ルフィ。」
「ん?」
「もう眠いんだろ?」
「そうよ、おやすみなさい。」
 皆が小さな船長さんを促す呼吸も、いつもの事とて何ともナチュラル。
「ん〜。」
 まだ眠くなんかないと愚図らずに、戸口で待つ相棒の傍らへと素直に向かう辺りは、
「一種の条件反射なのかもね。」
 ドアが閉まったのを見計らい、こそっと呟いたナミの言に、
「そだね♪」
 小さな蹄を両方ともお口に寄せて、トナカイドクターさんが無邪気に微笑う。
「此処に置いてかれると、ルフィ、困るんだもんね。」
 ドラム島にて"海賊旗の誇り"をど〜んっと語ってチョッパーを魅了した船長さんが、だがだが実は"船幽霊"だけは怖いのだと知ったのは、仲間になってそう日も置かなかった頃のこと。文字通りの"怖いもの知らず"な彼だと思っていたチョッパーには、少々驚きであったものの、そこはドクター。誰にだって苦手はあるさと呑み込むのも早くって。ただ、
"…まだ今んトコは、それ以上のところまでは判ってないらしいんだよな。"
 真夜中の船内を怖がるルフィだから、一番仲良しで腕っ節の強い、しかも面倒見も良いらしいゾロが一緒に寝てやっているのだと、現在のチョッパーの把握はそこまで止まりであるらしく。それ以上の真実を知る日が来るのが少々怖いなと、仄かに憂慮する皆でもあったりする。
(う〜〜〜ん)



            



 色んな意味でやっぱり傍迷惑な船長さんだが、大雑把で楽天的なそんな彼にだって"微妙な感情"というものを抱く対象はいて、
「………あ、ちょ…ゾロ。」
 蓋戸を降ろして真っ暗な通路。夜陰の中に仄かに白く浮かび上がってる、剣豪さんのシャツの背中を杖代わり、船首真下の自分たちの寝室へと辿り着き。ルフィは帽子を、ゾロは刀を、壁の掛具やサイドテーブルへと置いて。そのついでにテーブルのランプへ手際よく灯火を点けるゾロの手元が明るむまでは、何となく…周囲の闇へ油断出来ずにいた小さな船長さんなのだが。明るくなったランプの傍らにいる筈の、それを点けた誰かさんの姿が不意に目線の先から消えていて、腰から脇からスルリと前へ性急に腕を回して来る早業には、このところちょっと抵抗の気配を示しておいでだ。
「なあ…なあってば。」
「何だ?」
 体をまさぐるだけでは収まらず、熱き吐息と共にやわらかな耳朶を甘咬みされて。途端にひくっと震える体に、ついつい頬が赤くなるが、
「…っ。/////」
 今夜こそは押し切られてなるものかと、
「なあ、何か話とか しないか?」
「話?」
 大柄屈強な剣士さんの腕の中には余るほど細っこくて小さな体。それが、仔猫のようなやわらかな動きで身じろぎをするのを、腕に胸にくすぐったく感じつつ、抱いたままにて背後のベッドへぽそんと腰掛けるゾロであり、
「そう。話、だ。」
 膝の上でこちら側を向こうと、身をひねるルフィであったが、それはなかなか叶えてはもらえず。已なく肩越しに振り返り、
「今日あったこととかさ、次の島の話とかさ。ほら、ゾロ、晩ご飯の後、ずっと寝てただろ?」
 皆との話題に上がって凄く面白くってドッと沸いた話とか、聞いてないんじゃないのか?と、懸命に話を繰り出そうとするルフィなのだが、
「ウソップがまた新しい竿を作ってくれるんだろ? 俺の石頭でも折れないくらいのって頼んだが、それだとまた、とんでもない大物を無理から釣り上げかねないから、痛し痒しだよなって言われて、それで…。」
「うう"…。」
「それから、マグロは寝てる時も泳ぎ続ける魚だって聞いて、寝相が悪い魚なんだなってお前が言ったのへ皆が一斉に大笑いして…。」
「むむう、何でそんな知ってんだよ。」
 まさぐってくるのをせめて制
めようと、胸の前、両腕で下から巻き込むように抱き込んだ二本の逞しい腕。いつの間にか、ゾロの側からもただ抱っこするような抱え込み方になっていて。それで安心したルフィなのか、むくれながらも背後の頼もしい胸板へと凭れ込む。薄いシャツ越し、強かなまでに引き締まった感触とそこから伝わってくる体温は、勿論、ルフィの側からだって大好きで。頭の上、髪の中へ鼻先を突っ込むゾロへ、
「寝た振りして盗み聞きしてたんだな。」
「そういうもんでもないがな。」
 失敬だぞと頬を膨らませるが、そもそも内緒話だった訳でもあるまいに。相変わらず、理屈の順番が面白い船長さんで、
「じゃあさ、じゃあさ、何か新しい話、しようよ。」
 なあなあとおねだりしてくる屈託のないお顔に急かされて、
「そうは言われてもな。」
 剣豪殿は、だが、うぬうと困ったような顔をする。
「外から襲い掛かってくる輩への警戒以外はな、関心ねぇからよ。話のネタがないんだよ。」
「関心ない?」
「ああ。お前がどこで何を話してるのかとか、またナミにどやされてやがるなとかさ。今日も大きな声だな、調子は良さそうだとか、急に静かになったな、何だ釣りに戻ったのかとか。強いて言やあ、そういう声やら気配やらにしか関心が向かねぇからな。」

  ………何げにノロケております、この旦那。

「忘れたか? 俺はお前をキャプテンと見なして一緒に海賊になるって約束をした。」
 そのキャプテンさんにだけ、関心を降りそそいで何が悪いという理屈を胸張って言い放つものだから、妙なことへ偉そうになる"履き違え"は船長さんといい勝負かも。
(笑)
「第一、悠長に話なんかしてたら、お前どさくさ紛れに先に寝ちまうだろうがよ。」
「うう…。/////」
 それは確かに。時刻は既に二桁へとなだれ込んでいる。朝型人間の船長さんは、この時間帯になると自然と眠くなる極めて健康的なお子様体質。
「俺が相手じゃなくたってさんざんお喋りは楽しんだ筈だ。」
 だから、今度は自分に付き合えと言いたい剣豪さんなのだろうか。再び腕に力が軽くこもり、手をかけずともあらわになってた首条へ鼻先を擦り付けてくるゾロへであり、
「それとも…ヤなのか?」
「…うう"。」
 耳元でその低くて響きの良い声で囁かれて、実に素直にぞくりと身が竦
すくむ。このまま"じゃあな"と手を放されるのは嫌だと思い、ついつい…ゾロの腕を抱いてる手にも力が籠もる。わざわざ認めるのはちょこっと照れるし口惜しいけれど…それは絶対にない。大きな手で掴まえられて、力強い腕に組み敷かれ、これ以上はないくらい一つになるために蕩けてゆく熱い過程も、これほどの男が自分をこそと餓かつえて求めてくれる熱情も、目が眩むくらいに嬉しいし。頂点に達して意識が宙高く放り上げられる喜悦の瞬間も、その………大好きだし。
「でも…っ。」
 丸め込まれてなるものかと、ルフィの側もまた、再びの抵抗を始めた。
「でもやっぱ、そんなん狡い。」
「んん?」
「俺、夕方からこっち、ゾロの声、ろくに聞いてないもん。」
 むむうと膨れて、
「俺…俺だって、ゾロが普段考えてることとか、こういう話だとどういうリアクションするのかとか、そういうところからゾロのこと一杯知りたいもん。」
 ちょっとばかり感覚的なこととて、言い回しが難しくて。うまく言えない自分の不器用さが もどかしい。
「どういう男かは重々知ってようが。」
 飄々と言い返されて、
「だからっ。どんなって言うか…そうじゃなくって。」
 ルフィは"んきぃ〜っ"と地団駄を踏みたそうな顔になる。
「ゾロが…さっき言ったみたいに、俺の行動とかお喋りとかを拾ってるみたいにさ。何かあって、その時その時の一つ一つに笑ったり怒ったりするトコを見たかったりもするしサ、それに…。」
 頑張って言いつのると、
「………。」
 少しだけ。腕を緩めて…というのか、ふわっと腕の輪を広げてくれたから。広い懐ろの中、お膝の上、体を横に向けて向かい合う。深色の真摯な眸が、ルフィの紡ぐ拙い言葉を丁寧に聞いてくれていて、
"だから…。"
 そう。こういう"ひととき"をゾロとも過ごしたい。こちらの言ったことへ、笑ったり甘やかしてくれたり、真面目に構えたり。色んなゾロの…顔だとか声だとか、反応だとか。小さな小さな欠片の一つ一つを感じるのって嬉しいから、
「…面倒がって話聞いてくれないのは詰まらないんだからな。」
 要するに。小さな恋人さんは"即物的"な触れ合いだけでなく、静かな夜陰の中にての心豊かなコミュニケーションも味わいたいと仰せであるらしい。まま確かに、海の荒くれ男には不得手なことでもあろうけれど、だからと言って"面倒がって蔑
ないがしろにしている"なんぞと断言されるのは心外不服。
「いや、そういう訳じゃなくってだな。」
 ゾロの側としても言いたいことの一つや二つはあるらしい。言い返そうとしたその語尾を奪って、


  「それとも、ゾロって俺の体だけが目当てなんか?」

  「…っ☆」


 おいおい。
(笑) 敵味方を問わずして"ビックリ箱"な少年であるのは相変わらず。とんでもないフレーズが飛び出して、眸が点になりかかったゾロだったが、とはいえ、
「ちなみにそれは誰に吹き込まれた。」
 この船長さんに、こういう考え方…というか機転の蓄積があろう筈はないと踏んだゾロだったのもおサスガで。
「ナミが ゆってたぞ。会話のないズボラな男はそうゆう"けーこー"があるから気をつけなきゃねぇって。一遍きっちり訊いてみなさいって。」
 けろんと答えたルフィには、平仮名部分への理解が少々追いついていないらしいから…やっぱり意味が判っていての発言ではないらしい。
"…あの野郎。"
 いや、ナミさんは女の子だから、野郎はなかろう。
(笑) 此処にいなくても引っ掻き回してくれる悪魔のような女へと、不機嫌そうに眇めかかっていた目許を伏せて。はあ…と溜息を一つついたゾロだったが、
「俺は…あいつらみたいに気の利いた話は持ち出せねぇし。」
 短い髪をがしがしと、立てた指で掻き回す。口下手で、特に自己表現が からきし不得手な、剣の道一筋の男だ。その不器用さも………ルフィは大好きで、
「第一、じゃあ何か話しましょうかってわざわざ構えてやるもんじゃないだろう。」
「…うん。」
 お見合いじゃないんだしねぇ。
(笑)
「俺が何にどういう反応を示すのか…なんてのは、何かの機会に拾えば良いことだろうが。特に焦らんでもな、戦闘だの、お前の大好きな冒険だのの中で幾らでも拾えるって。」
 そだろ?と目顔で問われて、
「…そだな。」
 何となく。ああそうかと納得がいく。決してスマートな説得や説明じゃなかったけれど、何が言いたいゾロなのかは言外に悟れてするすると分かる。関心がないこと以外だと人の話をまるきり聞いてない奴だと、そりゃあもう始終言われているルフィで。でも、うん。ゾロがどういう奴なのかは、ちゃんと本人から感じ取って知っている。うっそりともっさりと面倒臭がりな風情を装いながら、実は…機敏で鮮烈で。何やったってビシバシ決まって、しかも彼なりのユーモアやセンスもあるカッコいい奴だってこと、ルフィは重々知っている。そう。肝心なことは自分の感覚で、見て聞いて感じて判っている。何かと素直じゃなくってどこか斜(はす)に構えて見せるくせに、世の中なんてのはそういうもんなんだよなんて可愛げのない言いようだってするくせに、実は…義に厚くてお人好しで。重厚で奥の深い、そんなゾロだということをちゃんと知っている。あの初見の時から…処刑場で磔
はりつけにされてた姿から、何がなんでも絶対に仲間にするんだってくらいの価値をきっちり感じ取っていた自分だったのだし、
"そうだよな。"
 この、野放図で荒くたい男が、妙に能弁な人間になってはそれこそ訝
おかしいのかも。
「………。」
 ランプだけの覚束ない明かりの中、それでも真っ直ぐに自分を見やっているゾロだと判る。何かを語ってもらうのではなく、感じ取るものだというのが判っていながら、それでも言葉がほしいと思ったのは、もっともっとと思うあまりの、更なる欲心からのものだったのかも知れないなと、そうと気づいて…気づかせてもらえて。
「…へへvv」
 ルフィはにっかり笑いつつ、目線はそのまま、ゾロのお顔を見やったままで、横向きに"ぽそん"と頼もしい胸板へ凭れ掛かった。すりすりとやわらかな頬が擦りつけられる感触に、
「ご納得いただけましたかね、キャプテン。」
 しゃれめかしてお伺いを立てれば、くふふという耳にくすぐったい弾みを帯びた笑い声が返って来た。
「おうvv ご納得したぞvv」
 そのまま身をゆだねてくるのへこちらも応じて、髪を撫でていた大振りの手を細っこいうなじへとすべらせる。大きな手の中、素直に頭を預けてくる愛しいお顔に、体ごと抱え上げながら唇をスルリと寄せて…。



   ――― 恋人たちの甘い夜は、こうしてやっと始まったのである。






  〜Fine〜    03.3.5.〜3.7.



   *"ゾロル"の勘を取り戻そう・シリーズ第2弾。
おいおい
    本当はこの後半部だけを書き進めていたのですが、
    それではあんまりゾロがアレだろうと思いまして、
    (オヤジとか、すけべえとか/笑)
    妙に照れ臭くなって"昼の部"として
    何ということのない日常を書いてみました。
    そんな補正が必要だった辺り、
    この筆者、やっぱり根っからの"すけべえ"だったみたいです。
こらこらvv

   *なんか"ぐりぐり"シリーズの親戚みたいでもありますが、
    強いて言うなら"逆・ぐりぐり"というところですかね?(何じゃそりゃ)
    うんうん、だんだん感覚が戻って来つつあるようです。
    ………でもさ、
    ウチのゾロって"むっつり"くんだと思いません?
    あ、いやいや、はっきりくんかな?
    (それだと単なる"すけべえ"なのでは…。/笑)

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