蜜月まで何マイル?
  
仔犬の日常U Sweet Whisper

 
          



 心地よく吹きつける潮風の中、見渡す限り青また青という広い広い海の上を航海中は、当然のことながら…基本的には船の四方を取り囲む海や空が相手の運営となり、頼もしき航海士さんによる、的確にして時々大胆な判断と指示の下、帆の角度や上げ下げを調節したり舵を取ったりしてログポースが示す指針を保つ。海流の流れ、風向き、雲の形状、気温に湿度…と、刻々と変化する様々な要素を統合して出されるナミからの判定と指示に間違いはない。いつか同行していた砂漠の国の王女様に、知識や数値以外の…勘とか肌合いなぞの感覚でも気候を読める彼女を指して、これほどまでに優れた航海士は見たことがないと言わしめたほどだ。そんな判断から繰り出される指示の、的確さや思い切りの良さもまた格別で、1億だの6000万だのという懸賞金がかかった凄腕荒くれ男たちを、その拳ひとつで黙らせることが出来るほどの度胸もあるからには、冗談抜きに…彼女にはもはやこの地上で怖いものはないに違いない。

  「ちょっと、何てこと言うのよ。

 ははは、聞こえてましたか、どもすいません。(笑) ………えとえっと、話を戻しまして。先に述べたように基本的には自然が相手とはいえ、航海の時々には…一応"航路"である以上、他の船とも接近遭遇する機会はあって。だがだが、それが一般の船である確率は非常に低い。何しろここは、まだまだ謎や危険の多い"グランドライン"である。ましてや、かのゴールド=ロジャーがどこかに遺したとされる伝説の秘宝、一つなぎの"ワンピース"を目指す面々も、大馬鹿野郎だの何だのと言われながらも結構な数にて依然として健在で。故に、大海賊時代はまだまだ続いているがため、物騒極まりないこの航路。たとえ航路上の島々に住む人間でも、果てしなく遠くまでの航海を構える人々は滅多におらず、従って島々の沖合以上の海の只中で出会うような相手というと、海軍の巡視船や艦隊、若しくは海賊の船ということになる。どっちにしたって和やかな挨拶の下に穏便にやり過ごせる相手ではないが、彼らほどの格ともなると………。




  「さあさあ、出すもの出してもらいましょう。」

 尊大なまでに威風堂々。しゃきんと背条を伸ばして片手は拳にして腰へという"仁王立ち"のナミが、右手の指先に挟んで"ぴらん"と相手海賊の頭目に示したのは一枚の請求書。そこには…こてんぱんに伸されてもうすっかり戦意を喪失している相手が尚のこと萎えるほど、ベラボウな金額がくっきりと記されている。
「な、何でそんなもんを払わにゃならんのだ。」
「あらあら、そんな偉そうな事が言えるのかしら。偉そうな啖呵を切ってなだれ込んで来たくせに、結果は惨憺たるもの。たった4、5人の若造たちにあっさり平らげられてしまったことを、この航路のあちこちで囁かれたりした日には、この先の航海で箔が付かないこと請け合いよ? それって…困らないのかしらぁ〜〜〜?」
「うう"…。」
「それにねぇ。こっちの船だって今のドタバタで相当傷つけられてるし、クルーの皆だって消耗したわ。ホントだったらのんびりと次の島まで骨休めってトコだったのに。判る? どっかの誰かさんたちが襲い掛かって来たがために、とんだ費
ついえをしちゃったのよ? だからして、これは正当な要求だと思うのだけど〜〜〜?」
「うう"う"う"…。」
 ゴーグルを降ろして胸高に腕を組み、いかにも恐持てという様子を装ったウソップと、大柄な青年体型に変身し、体格の良い、いかにも寡黙な用心棒のように装っているチョッパーを背後に控えさせ、さっきまでこの船上を修羅場に戦っていた相手の頭目へ、ちゃっかりと"ファイトマネー"を要求している航海士さんの、この海賊団内でのもう一つの肩書きは"大蔵省"という。
(笑) そんな交渉途中の彼らにまでは声が届かない場所で、
「修羅場なんてな大仰なもんじゃあなかったけどな。」
 蹴り倒されて甲板に散乱していた樽を、お行儀悪くも足で立てて並べ直している黒ずくめの金髪シェフ殿が"くくっ"とシニカルに笑い、
「まあな。あれじゃあウォーミングアップにもなりゃしねぇ。」
 その"修羅場"の最中に断ち切られた…主帆の端をぴんと引っ張っていたロープを、甲板上の留め具へキツく縛り直しつつ、雄々しい体躯の緑頭の剣豪がやはり皮肉っぽい笑い方をし、
「なあなあ。それよか、俺、腹が減ったぞ。」
 上甲板の端の柵に足を引っかけ、ぶらぶらとぶら下がった逆さまになって、幼い船長さんが切なそうな声を出した。落ちないようにと片手でトレードマークの麦ワラ帽子を押さえた、何とも屈託のない格好であり、まるで"ちょっと体を動かしたら小腹が空いた"とでも言っているかのよう。
「なあ、サンジ、飯ぃ〜っ。」
「判ったっつの。ここを片付けたら昼飯にしてやっから、お前もちゃっちゃと手ぇ動かしな。」
「おうっ!」
 ………とてもではないが、触れれば切れる白刃やら槍やらが容赦なくひるがえった、それはそれは真剣な戦闘をこなした直後の様子とは思えない風景であり、この三巨頭…いやいや"三大人外魔境"に軽く一蹴された海賊さんたちはきっと、人は見かけによらないという言い回しを今後ひしひしと肝に銘じるに違いない。………ご愁傷様。いつかはきっと、良いことにも巡り会えるよ?



            ◇



 破天荒だとか神憑
がかりだとかキツネ憑きだとかおいおい何だとか。種々様々な風評をまとった"麦ワラのルフィ"海賊団だが、そんな彼らの一番の特徴は、極めて"少数精鋭"な所帯だという点だろう。いくら愛船が小さな小さなキャラベルだからといっても限度というものがある。海賊団を名乗るには、総数も平均年齢もあまりに少なく低い彼らであり、下手すりゃお金持ちの船遊びの方がクルーもたくさん乗っているかも知れないほどだし、年齢の方も…最近増えた考古学者のレイディが少々アダルトだったせいで一気に引き上げられたものの(笑)、それでも平均して"19歳"というのは異常だろう。だが、であるにもかかわらず"あっと言う間"に、このグランドラインにおいてさえ、かなり有名な賞金首とその一味になってしまったのは、戦闘能力と"運"の数値がベラボウに高いせいだと言われている。公的には海軍や世界政府が必死で隠そうとしている…国家乗っ取りを企んだ某"七武海"の制覇も含めて、裏の世界では伝説になりかかっている数多な冒険を引っ提げての殴り込み。ゴムゴムの船長を筆頭に"悪魔の実の能力者"を数名抱え、船長の左右を固める"双璧"には…次代の"世界一の大剣豪"に最も近い男と呼ばれている、元・海賊狩りで三刀流のロロノア=ゾロと、料理の腕もピカイチならば、岩をも砕く鋭い蹴撃もまた半端じゃあない、世界一のフェミニストおいおいサンジという顔触れを並べる、水をも漏らさぬ完璧な布陣…の筈なのだが。
『若気の至り…ということにしておけば?』
 聡明で含蓄のある考古学者嬢が、ついつい…苦笑混じりに、苦労の絶えない航海士さんへとこんなことを言ったほど、あちこちで抜けまくりの漏れまくりという、なかなか楽しい海賊さんたちでもあるらしい。

こういうのを"百聞は一見に然ず"って言うんだよな。
馬鹿だな、それを言うなら"事実は小説よりも奇なり"だ。
…どっちも違うと思うぞ。
 筆者もそう思う。
この船の舳先飾りから言うんじゃあないけれど、所謂"羊頭狗肉"よりはマシだから良いじゃない。
肉? 旨いのか? それ。
そうね。お料理のしようによっては美味しいかもね。
おいおい。そういう持って行きようでこいつを煽るのはやめてくれ。
あら、どうして?
そんなことを吹き込まれた日にゃあ…。
よおっし、その"不思議肉"を探して針路を取るぞっ!
あら。
ほらな。

 …おそまつさまでした。





 そんなこんなで、様々な"すったもんだ"に明け暮れている航海ではあるものの、さして何事も起こらぬ穏やかな日もたまにはある。例えば今日なぞは、朝のうちにちょろっと…プチなアクシデントがあった他は波も風も穏やかで。良い日和に暖められた甲板では、溜めた洗濯物を片付けの、デッキの掃除をやっつけのという日常の雑事を終えた面々が、好き勝手の日向ぼっこに羽を伸ばしていて。青々としたみかん畑の鉢に凭れて、くうくうと居眠りしているのは、緋色の山高帽子から飛び出した丸い角が愛らしいトナカイドクターさんだし、もっと大胆にも上甲板に大の字になって昼寝を敢行中なのは、午前中に500キロからある巨大な重し付きの鉄棒を余裕でぶんぶんと振るって鍛練していた剣豪殿だ。主甲板ではデッキチェアを広げて黒髪の考古学者嬢が読書に耽り、少し離れたマストの傍ら、狙撃手さんが新しいからくり武器の発明に余念がない。後甲板では航海士さんが、パラソルの下で海図の整理中なのを、手の空いたシェフ殿が手伝っているところ。………で、残る船長さんはというと、いつもの指定席である羊の頭の舳先に乗っかって、遠い遠い水平線の彼方をわくわくと見やっている。ただでさえ単調な風景で、しかも波に乗って上下に結構揺れる。延々と連綿と同じ色目が続き、同じ調子の揺れ方で波打ち続ける海の面
おもてをそんな状況で何時間も眺めていたら、酔うか飽きるというものなのだが。他のことでは結構飽きっぽいこの船長さん、不思議とこの場所から見渡す風景にはなかなか飽きないらしくって。
『だってよ。何か近づいて来たとかして見つかった時に、一番最初に気がつけなきゃ何か癪じゃんか。』
 子供みたいなことを言う。冒険大好きな彼のこと、物見高いというよりも、好奇心が旺盛なのだろう。悪魔の実の能力者ゆえ、海に落ちれば自力では上がって来られない厄介な体だが、すぐ近くに剣豪殿がいるから大丈夫。こんなに気持ち良さげにぐうぐうと眠っていても、すわ、船長の一大事となれば電光石火という勢いで体が反応する人だからして、皆も今日びは慣れたもの。こんなに危ない場所に登りたがる彼であっても、安心し切って放ったらかしている次第。とはいえ、
「………う〜ん。」
 今日は何だか、穏やかすぎてか、ただ"ぼ〜っ"としているのには飽きたらしくて。午前中に海賊たちが乱入して来たその寸前まで楽しんでいた、沖釣りを再開するに至った彼であるらしい。えさ箱も竿も出しっ放しになっていたのでそれを流用。長い目に繰り出した糸の先、ウソップ特製の黄色と白とオレンジのストライプも鮮やかな、細めのヒョウタン型の浮きを眺めて…どのくらい経ったか。
「やっぱ、いないのかなぁ。」
 いや何がって、魚の群れが。いたとしても、結構なスピードで進んでいる船だから、そこから垂らされたやはり足の速いそんな餌を、わざわざ追っかけてくる変わりもんな魚はそうそう居ないのでは? 行儀は悪いが片膝を立て、それを頬杖の代わりにし、その形が変わるほど思いっきり頬を押しつけて、ふぬうと唸りつつ海面を見つめていたルフィだったが、
「………おっ。」
 何かがかかったか、竿がぐんと引かれて思い切り撓
しなった。
「おおおっ。」
 この船長、見かけはずんと子供っぽいが、どんな大物でも力ではまず負けない。そんな彼に合わせて、この釣竿もウソップによる飛躍的な改良が加えられており、竿も糸もそして針も、とりあえずは頑丈。角度や材質、水中下における安定性、海流の中にて踊る動きのリアルさの追及、釣った対象との駆け引きに必要な竿の撓りの柔軟性等々、すべてを後回しにして、ともかく"頑丈"であることを前面に押し出したというから分かりやすい。
『第一、お前、人の言うこと聞かねぇだろうが。』
 釣りで難しいポイントは数あれど、何と言ってもかかった獲物を引き上げる瞬間ほど制御が難しいことはない。糸を切らぬよう、バラされないようにと、水中で暴れるお魚ちゃんと綱引きをして疲れさせ、しかも喫水のあるこんな高さまでお連れしようというのは実は至難の業でもある。だというのにこの船長さんは、いつだって"かかったっ"と思ったら何がなんでも引っ張り上げてしまうものだから、
『カツオの一本釣りじゃねぇっての。』
 糸を振り切り、海面の高みにきらきらと舞う、それは大きな獲物を見す見す逃がしたこと数知れず。よって、あれこれと技巧をこらさず、と〜に〜か〜く頑丈な新しい竿"スーパー・ハイグレード・ブリリアント・ストロング"を進呈したのが今朝のこと。
「おおおおおっ!」
 相手もなかなか抵抗してくれて、このルフィが竿に引き回されるように右へ左へ竿先を振っているのは珍しい。だがだがそこは負けていないというもの。
「てやっっ!」
 いっせのせで"てぇ〜いっ"とばかり、まるで"ばんざい"を思わせるように両腕を振り上げ、全身も思い切り延ばし切り、ついでに本人も後ろざまに甲板の上へと引っ繰り返ったその釣果は………。

  「どわっ!
  「ぎえっ!
  「あ、悪りぃ。

 真後ろに寝ていたゾロの頭に竿が思い切り振り下ろされていて、その向こう、主甲板では…糸の先というより空から突然どかんと降って来た大きな大きな本マグロに、狙撃手さんが飛び上がって驚いていた。
「こここ、殺す気かっ!」
 本マグロ。物によっては 200~300キロは優にあるという。回遊魚で主に暖かな海に住む。そんな物騒なものが、ほんの数十センチも離れていないすぐ間際へドゴンと降って来たのだから…そりゃあ驚くわ、普通。
「だから悪いって。」
「…その顔は本気で反省しとらん。」
と、これは竿で思い切り殴られた格好になったゾロの声。折れない筈の…ああまでデカイ獲物を釣り上げられた頑丈な竿を、ばっきりと真っ二つに折るほどの石頭でも、痛いもんは痛いらしい。柵から下を眺めやるルフィの傍ら、額と頭の天辺を大きな手のひらでごしごしとさすっている彼へ、
「なんだ、お前。避けられなかったのか?」
 この騒ぎに後甲板から様子を見に来たサンジが呆れ、
「大した剣豪さんだよな、まったくよ。いつもみたくルフィには注意向けてたんだろうに、なんだその無様なサマはよ。」
 一言多い彼の言いようへ、辺りが一瞬にして"オドロかけ網"で覆われた。


 【オドロかけ網;odoro-kake-ami】

     漫画の背景に、主に心理効果の描写の一種として使われる、渦巻き状態の網目模様のこと。グリグリとか渦巻きとか、作家の先生によって呼び方は様々で、おおむね不安とか不気味とか、若しくは暗雲垂れ込めているような険悪な雰囲気へと使われる。おそまつ☆


 金髪碧眼、長身痩躯。スタイリッシュなシェフ殿は、見かけによらず腕っ節が立つその上に、戦闘専門の斬り込み隊長さんに、何かにつけてこんな風な、突っ掛かるような物言いをする。本音の部分では腕前を信頼しているくせに、面と向かっては"野暮天"だの何だのと腐すのは、ある意味でライバル意識の現れだろうか。当然、
「何だとコラ。喧嘩売ってんのか、この野郎が。」
 ケッとか言って聞き流さないところは、こちらも彼に限っては特に揮発性が高い剣豪さんであり。お互いに挑発的な三白眼になって、いつもの喧嘩腰なやりとりが始まりかかったが、そこへと、
「コックさん。その魚、早く処理しないといけなくない?」
 やたら冷静なお声がタイミングよく割り込んだ。
「こんなに暖かな日和の中に投げ出しておいては、あっと言う間に傷むんじゃないの?」
「おお、そうでしたvv」
 野暮ったい剣豪との舌戦や喧嘩よりも、大人の色香が仄かに滲んだレディからのハスキーなお声の方が、耳から心には届きやすかったらしく。あっさり矛先を収めて、いそいそと大マグロをキッチンまで担いでゆく豪力者。

  「今夜はカルパッチョとツナステーキにしましょうね。
   新鮮だからそりゃあ旨いのが出来ますよ♪

  「あら、楽しみだわ。
  「サンジっ、お代わり沢山なっ!
  「分かってる、任せろ。

 いやはや、傍迷惑なのかそれとも害がないのか、相変わらずよく分からない人たちであることよ。こうして、割と平穏な一日は何事もないまま(そうだったかな?)波間に揉まれて過ぎてゆくのであったりする。




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 *基本に返ろう週間(おいおい)パートUというところでしょうか。
  後半へと続きます。うふふのふvv