月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜南京夜祭

            *今回は分かりやすいタイトルだなぁ。(笑)
             ちなみに"感謝祭"は冬の季語です

 
          




 まだまだ昼間は陽も高く、動き回れば小汗もかくものだから。涼しくなって来ましたね、いい気候になりましたねと耳にしてはいても、何だかあんまり実感はなかった。それでも。風の中に金木犀の甘い匂いがして、テレビのコマーシャルにシチューとかグラタンのが増えてきて。そうしている間にも季節は塗り変わり、足元から伸びる影はすくすくと背を伸ばして。秋色のカレンダーを一枚めくるとその途端、風の色まで違ってくる。3時を回る頃には陽射しも何となくオレンジ色っぽくなってるみたいで。それが5時を過ぎるとあっと言う間に暗くなる。赤紫や紺色が順番になって染まってる西の空では、遠くの丘の上の松の木とか、輪郭が細かいとこまでやけにくっきり浮かび上がってて。凄げぇって口開いて見とれてたら、手が止まってんぞって大きな拳で"こつん"ってこづかれた。
「なあなあ、ゾロ。」
「なんだ?」
 時々シャツの肩をすべってずり落ちるエプロンの紐を引っ張り上げつつ、キヌサヤのすじを不器用そうに取りながら。ダイニングテーブルの向かいで、こちらは…ニンジンとキャベツと生しいたけと赤板カマボコとを見事な短冊切りにし終えた同居人へと声を掛ける。モヤシとキヌサヤと万能ネギは仕上げに入れるから遅くても良いんだって。だから俺にやらせてんだって。言うよな〜。プンプン、だ。まあ良いけどさ。

「俺さぁ、前はサ、陽が落ちるのがつまんなかったんだ。だって皆、すぐに家へ帰るだろ? 塾がある奴でもさ、始まる前とか次のに行く途中とかに道端で会ったら、そのままそこでダベッてたのがさ、やっぱ暗くなると顔が見えなかったりするしで、すぐにじゃあなってなっちゃってさ。」

   「ふ〜ん。」

「他の奴もサ、別に家ん帰ってもテレビ見るくらいで何てすることがある訳じゃないのに、帰らなきゃってなるんだって。俺、そういうの判んなくてさ。いつもエースが迎えに来るまで遊んでたし。そりゃあ暗いのは怖いけど、真っ暗になる訳でもないうちから"もう帰る"ってなるのが何でなのか判んなかった。」

   「…ふ〜ん。」

「でもな、今は判るんだ。だって、ゾロがいるもん。家に帰んの、凄げぇ楽しい。陽が落ちそうになった外が、何だかツンとして来て寂しくなって来ても、大丈夫だもんねってホカホカする。嬉しくてわきわきするんだ。」

   「………。」

「…ゾロ?」

   「…すじ、全部取れたのか?」

「あ、もうちょっと。」

   「お前は妙なところでトロイんだから、口より手ぇ動かせな。」

 失礼だな、これでもクラスでは一番足速いんだぜ? 小学校の時からずっと、運動会ではリレーの選手してるし。そう言ったら、
「そういう意味じゃねぇの。」
なんて"くくっ"って小さく笑いながら言い返された。じゃあ、どういう意味なんだろ?
(笑) でもさ、何となくサ、やっぱ楽しい。帰って来た玄関には鍵とか掛かってなくってさ、ただいまって言ったら"お帰り"って言ってくれる。インスタントとかコンビニの弁当で済ましてた晩のご飯もさ、こうやって食べたいもの、作るようになった。コックさんやお母さんみたいに"パパパッ"って手際よく作れる訳じゃないけどさ。俺が1つする間に、ゾロは残りの下ごしらえ全部しちゃうくらい器用だし、食べたことないっていう料理でも、朝のうちに言っとけば…どっかのコックさんとかの傍まで行って手際とか見て来て、こうやって作るんだぜって教えながら一緒に作ってくれる。それが何か凄げぇ楽しいんだな。
「出来たっ!」
「よし、持って来い。」
 レンジの側にはザルやボウルが幾つも並んでて、ガス台には半球に丸ぁるい中華鍋と口の広い両手鍋。
「まずは野菜を炒める。こないだ注意したな? 何に気をつけるんだ?」
「えと。油を沢山ひいた鍋には水をこぼさない。」
「そう。野菜の水もよく振って切っておく。」
「おうっ。」
 勇ましいだろ? これから"ちゃんぽん"作るんだぜ? 野菜が一杯入ったラーメンの熱っついやつvv
「ゾロ、肉とかイカが先じゃないのか?」
「ん? あ、そうだった。すまんすまん。」
 時たまは間違えることもあるゾロせんせーだけど、それはまあご愛嬌。
「熱っついっ!」
「ほら、投げ入れる奴があるか。油、飛んだか? すぐに水で冷やせ。」
 わあわあとにぎやかに、外の陽射しがいよいよ落ちてゆくのも気に留めないで。楽しい夕餉作りは盛り上がっていたのだった。



            ◇



 ひょいと見には小学生に見えなくもないくらい たいそう小柄で、そのお顔からは笑みの絶えない、あどけなくも無邪気な男の子と。それとは逆に、たいそう背が高くて強かに鍛えた体つきの、彫りの深い顔立ちをしたいかにも頼もしい男性…実は実体を持たない"破邪精霊"と。この夏から唐突に始まった奇妙な組み合わせによる奇妙な同居は、だが、時が流れて秋が深まる中、一向に破綻なく、むしろどんどん屈託なく馴染みながら続いていた。航海中の父上は今まだ太平洋上。よって、いつものことながら何の連絡もないが、
『便りが無いのは元気な証拠なんだって。』
 とうに慣れているのか坊やはけろりとしたものだ。そっちはそれで良いとして。(良いのか/笑) 時々、カナダから留学中の兄のエースがメールや電話を寄越して来るのへ、無邪気な弟は拙い言い回しやそれはそれは明るいお声で、どんなに楽しい毎日なのかを語って聞かせる。こないだは台風のせいで物凄い風が強くって、庭の囲いの波板が半分くらい剥がれちゃったから、ゾロと二人で日曜大工して半日かかって直したとか。毎年途中で寝ちゃってたお月見の満月も"しし座流星群"も、今年はゾロと空の上の特等席まで昇って(あ、これ、内緒な?)頑張って見たぞとか。そうそう、町内会の運動会。ゾロも出たんだぞ、俺と一緒の二人三脚。うん、凄げぇイヤそうな顔してた、あはは。ううん、何にもズルしなかったぞ。3回コケたけど一等賞で、ゑビスビール1箱とお米券20キロ分っていうのを貰ったぞ、とか。
(笑) そしてそして、
『あら、ルフィちゃん、おはよう。ゾロさんも。』
 ご近所の方々にも"上京して来た従兄弟"はそれとなく馴染んでいて。先日の運動会のみならず、回覧板の受け渡しやら、月に2、3度ある公園の草引きや街路のお掃除などに顔を出しているせいだろうか。恐持てのするムードや突飛な髪の色・眸の色も何のその、町内会の奥様方にも"なかなかの男前だvv"という評判が広まっているらしい。ルフィ曰く、あらいらっしゃった、あらいらっしゃらないと、居ても居なくても"あら"と言われる存在だとか。
『所帯臭くなって来たよな、実際の話。』
 時々は昼間にも遊びに来るようになった精霊仲間の金髪の彼が、いかにも"可笑しい"と言いたげな顔をしてつつくのへ、
『うるっせぇなっ。』
 そっちへは本気で怒って見せてたようだけれど。でも…ホントに嫌だったら居ない振りとか出来るのに。姿を見られても、暗示をかけてどうとでも誤魔化すことが出来るのに。ルフィのためを思ってだから…というには満更でもなさそうに、たまに顔を合わせるウソップくんに、
『おう、上がってけよ。』
なんて声を掛けられるようになってもう随分になるゾロだったりするのである。



「なあなあ、ゾロ。」
 野菜たっぷり、豚バラ肉とイカとコーンもたっぷり入った、もやしがしゃきしゃき甘くて美味しい、とんこつスープの"ちゃんぽん"を、ふうふう吹きながらお腹一杯、お代わりもして大満足に堪能して。後片付けは後回し、リビングのソファーで食休めだと、二人向かい合って座っていると。ルフィが不意に、テーブルに置かれた新聞の広告記事に目を留めて、
「なあ"はろいん"って何だ?」
「"はろいん"? ああ、お前それって"ハロウィン"だろうが。」
 一番上になってたページの広告欄には、どこぞの洋菓子店のキャンペーンだろう"ハロウィン・フェア"とかいう活字が躍っていたからで、
「そう、その"はろいん"。何かのお祭りか?」
 大きな眸をくりくりと瞬かせ、期待一杯に訊いてくる。発音上の訂正は諦めて、ゾロは"くすん"と微笑って見せると、
「ああ。クリスマスやバレンタインと同じ、キリスト教の方の祭事でな。十一月一日の万聖祭の前夜、十月最後の晩に、魔界から亡者が解き放たれるから、それが町の中へ入って来ないようにって、収穫したばかりのカボチャの実をくりぬいて"ランタン"を作って飾ったり、人間も恐ろしげな怪物の仮装をしたりして、驚かして追い返すんだよ。」
 ちなみにそのカボチャは"ジャック・オ・ランタン"という。ジャックというのは"けちんぼジャック"という男の名前。昔、悪魔を騙したジャックという男がいた。彼は死んでから地獄の門へと辿り着いたが、悪魔との契約が皮肉にも効き目を発揮し、地獄へ落ちることもかなわぬまま、明かりを灯した"カブ"を持たされて暗い道を歩き続けることとなった。ハロウィンという風習は古代ケルト民族の宗教儀式が発端となっているそうなのだが、彼らが住んでいたアイルランドなどでは元々カブなどでランタンを作る習慣があった。よって、最初の逸話では"カブ"だったのだが、後に…南方で発見されたカボチャが入れ替わって、今に至るのだそうである。(おそまつ) そういった言われはともかくも。秋の収穫に感謝するとともに、季節の変わり目の到来だからと。魔物というのはもしかして…風邪なんかの疾病を用心するんだよと、そういう節目を意識しようねという祭事なのかも知れませんね。
「ふ〜ん。そっか、そういうお祭りなのか。」
 ルフィはうんうんと感心して見せ、広告のカボチャのイラストを指差した。
「ケーキ屋とかさ、あとフライドチキンのお店なんかにこういうののポスターが貼ってあったから、カボチャを沢山食べる日かって思ってさ。」
 日本でも十二月の冬至にカボチャを食べますからね。緑黄色野菜でビタミンを取りましょうってことなんでしょうね。ルフィの紡いだ何とも彼らしい解釈へ、ゾロは翠色の眸を細めてくつくつと笑った。
「ま、御馳走を食べる日でもあるかな。休暇になるから家族が集まって、七面鳥とかケーキにパイ、ジンジャークッキーなんかを焼いて食べるし。子供たちは、やっぱり仮装して近所の家々を回ってな。家々で用意されたお菓子をもらって回るんだ。」
 TRICK OR TREAT! ですな。
『お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞっ!』
 以前に"日本の地蔵盆みたいなもの"と記したことがあった筆者だったが、資料を探した某有名企業グループの生活サポートHPに"日本のお盆と同じもの"と堂々と載ってたもんだから、ついつい笑ったのは余談である。それはともかく、
「えっ! 御馳走とお菓子がもらえるのかっ!?」
 たった今、腹いっぱいの御馳走を食べたくせに、別の"御馳走"に眸がきらりんと輝くあたりが、何ともお元気な豪傑である。わくわくと身を乗り出す様に苦笑をし、
「キリスト教の風習だぞ? それに今時では、必ずどこの家でもどこの町でもやってるとは限らんしな。」
 ゾロはそんな風に言い足した。実際の話、日本だって、お盆の迎え火・送り火をわざわざ門口で焚く家は減りつつある昨今だ。新しいもの、便利な利器が色々と溢れることにより、人の生活様式も一頃とは随分と変わった。そしてそんな変化によって、宗教的であろうがなかろうが、古い習慣はどんどんと廃(すた)れ風化しつつある。さして昔でもないような行事や少しばかり古いグッズでさえ、クイズなどの問題となって"へぇ、そうだったんだ"と驚かれていたりするくらいだから推して知るべし。
「そんでもさ、クリスマスを祝うくらいなんだから、別に仏教徒の家が真似してパーティーとかやっても構わないんだろ?」
「う、うん。まあ、特に禁止されちゃあいないが。」
 どうやらこの坊や、その"はろいん"にいたく関心を寄せたらしく、
「じゃあさ、じゃあさ。ウチでもやろうよ、その"はろいん"のパーティーvv」
 わくわくと、両肘を横合いに張ってぶんぶん羽ばたきの真似をするほど、名案だろう?と喜んでいる始末。小柄で幼いその容姿には、たいそう無邪気に映える仕草であり、
"…言い出すんじゃないかとは思ってたがな。"
 やれやれと。でもまあ、ゾロの側にも強く反対する理由はなく、
「分〜かったよ。」
 催し自体には承諾の意。
「でも、パーティーっていうからには頭数も集めなきゃ詰まらなくないか?」
「うっと、ウソップでも呼ぼうか?」
 ルフィが昨年まで預けられていた先の同級生で、大親友。何かにつけてツルンでいるが、お互いに自分の方が保護者だと思い合ってるところが、傍で見ていて微笑ましい間柄であるのは、精霊様とて先刻承知だが、
「夜だぞ?」
「ウソップだったら泊まりがけでも来てくれるさ。」
「しかも平日だ。週末ならともかく、まだ中学生が外泊ってのは許してもらえねぇんじゃないか?」
 ゾロの更なる発言へ、
「……………。」
 ルフィが目を点にする。その反応へ、
「…何だよ。」
 特に奇抜なことを言った覚えはないがと言いたげな声を返す精霊様だったが、
「ゾロって見かけによらず真面目だよなぁ。」
 さすがは"天使様"だよなぁと、いや、呆れた上での当てこすりとかではなく。本気で感心しているルフィだったりする。そうだよね。今時の中学生、それもすぐご近所の幼なじみのお友達の家だもん、お泊りくらいしますって。
「夏休みに花火しに来てたりしたじゃんか。大丈夫だって。」
「…まあ、なら良いが。」
 真面目というより、頭が固かったというか。それとも…すぐ間近のルフィ自体がこうまで"お子様"なせいで、彼のお友達もまた、よっぽどの"幼子たち"だという印象がどうしても沸いてしまう精霊様なのか。だがまあ、それもその筈で、
「うわぁ〜、楽しみだなぁvv」
 今日明日のことではない、まだ少し先の話だが、それでも身近に迫ってワクワクするのだろう。普段はテレビ欄しか見ることのない新聞を改めて広げて、他にもハロウィンを扱った広告はないかと楽しげに探し始める少年に、
"屈託のないこったよな。"
 こちらも…微笑ましいものを感じて、ほのかな苦笑が浮かんで仕方がない、すっかり"子煩悩な父親"っぽい感慨にひたっている精霊様なのであった。




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