月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜夕霞朧月A

 

 
          




「来てたんだな、ゾロ。」
 これまで一度も学校に来たことがない訳ではない。保護者もどきという立場から、2年生最後の保護者面談にも形だけ顔を出したくらいだし。とはいえ、あまり近寄りたくはない場所なので、行事がらみ以外では滅多に足を運ばない彼でもあって、
「まあな。」
 何とも言えない生返事を返す。何しろ微妙な年頃のお子たちが集う学び舎である。中学生というのは微妙なところで"無垢な子供"にまだ近く、感応力豊かな子らに接するとどういう格好で自分の存在や正体に気づかれるか判ったものではないため、ついつい避けているゾロであり。その辺りの事情はルフィにも何となく判るらしく、
「俺が柔道やってるトコ見たのは、初めてだったろ?」
 話題の流れを調整しつつ、荷物を持たぬ側のゾロの長い腕、きゅうっと抱き締めて楽しそうにじゃれつく坊やに、
「ああ。結構 サマになってたじゃないか。」
 ゾロも柔らかな眼差しを向ける。今日の試合が部の活動の今年度最後の行事でもあったらしくって、

  『約束だから主将には俺がなってやるがな、せめて試合じゃあ全勝しろよっ。』

 結構な白熱を見せた立ち合いを、だが、一瞬の隙をついて大外刈りにて一本勝ちしたルフィへ、チャカが人差し指を"びしぃっ"と突きつけるようにしてそんなお言葉を投げ、それでやっと"お開き"になったところで、初めてゾロが来ていたと気づいたルフィだったらしい。先生方へのご挨拶も早々に"わ〜いっvv"と飛び込むように懐ろへ抱きついた坊やを楽々と受け止めた偉丈夫には、当然のことながら周囲からの注意も集まった。一際大柄なゾロだから、一際小柄なルフィが甘えかかっていても特に不自然には映らない。とはいえ、
『やだ、誰? あれ。』
『すてき〜vv』
『渋い〜vv』
『特撮もののイケ面ヒーローとか?』
 こらこら。誰だ、これは。
(笑) 見慣れぬとはいえ…背も高く見栄えの良い体格の、目鼻立ちの整ったなかなかかっこいい男性の登場には、さすが思春期の女の子たちで、そのアンテナも敏感に働くらしい。
『なんだ、あんたたち知らないの? ルフィんチに下宿してる従兄弟のお兄さんよ。』
 たまたまご近所に住んでいて知っていたクチの女の子が説明し、それまでの場の主役だったルフィが着替えて来るからと道場から出て行っても彼女らの目には入っていなかったらしいから…いやはやまったく現金なもんであったが
(笑)、それはともかく。

  「お前、なんで"主将"がイヤなんだ?」

 ふと、ゾロがそんな風に訊いたのは、商店街の前にて、途中まで一緒だったウソップが"じゃあな"と自宅の方へ道を折れた後、二人して今夜の晩餐への買い物を済ませてからのこと。

  …ちなみにメニューは肉まん山盛りとワンタンスープ。
   冬も終わりが近づいたので
   食い納めするんだというルフィからのリクエストである。
   デザートはタコ焼きで、お夜食にはお好み焼きという品揃え。
   (せめてフルーツを摂
らんかと、どこやらから聞こえて来そうだ…。)

「だってさ。」
 この坊やが他の部員たちからの多くの推薦を受けるのも無理はなかろうと、そこはゾロにもよく判る。反射も鋭くて勘もよく、ただただ強いから…というだけでなく。明るく人懐っこくて憎めない性格だし、これでも後輩の面倒見も良いのだとか。部内のみに収まらないその人気と知名度は、彼をして目立つ役職に就けと示しているようなもので、これを概して"カリスマ性"と呼ぶ。
おいおい だってのにこの坊ちゃんは、先の秋からずっと"イヤだかんね"の一点張りを押し通していたのだそうで。卒業して行った先輩たちからの推薦もあってのこととて、皆して何とか説得を続けたが、やっぱり聞く耳持ってはくれず。こういうことへは本人の意志を尊重してやらねばいけませんよとの部長先生のお言葉もあり、じゃあじゃあ今日の決戦で決めようという妥協案が出たのだとか。
"それで、何ぁ〜んか理屈が訝
おかしい立ち合いだったんだな。"
 ゾロもまた、この少年が単なる賑やか好きの"お祭り坊や"ではないことを重々知っている。人の痛みが判り、思いやりがあって、なかなか辛抱強い子だ。人を牛耳るのは苦手でも、彼の場合は向こうからついて来てくれようから、統率するにせよ代表になるにせよ、そんなに大変ということもなかろうにと、合点がいかないという顔をするゾロへ、

  「…だってさ。
   主将になんかなったらさ、ゾロと遊ぶ時間がなくなっちゃうもん。」

 ぽそっと。胸元へと抱えた柔道着を見下ろしての小さな声が届いた。
「俺、柔道が嫌いなんじゃないよ? 体を動かすの好きだしさ、真剣勝負してて技が決まったら凄げぇ嬉しい。友達も一杯いるし。チャカとかパティとか皆、凄っげぇ面白くて良い奴ばっかだしさ。大会で勝つの、凄い凄い気持ち良いしさ。………でも。」
 一気にまくし立て、その途中から顔を上げて"ホントなんだからな"とこちらの眸を見据えて来て。だが、その相手が当のゾロだということへ、ちょこっと勢いが削がれたらしくって。
「?」
 急に口を噤んだ坊やへ"どした?"という視線をゾロが向けると、

  「あんな? 俺、ゾロんことが一番好きだもん。」

 家までの街路は中途半端な時間帯であるせいか通りすがる人の姿もなくて。彼らの会話の声を遮るものはなく、ルフィの唐突な一言は、実にすんなりと翡翠眼の破邪殿の耳へ届いた。

  「ルフィ?」

 あまりに脈絡がない答えに、キョトンとして見せるゾロへ、
「主将ってさ、代表が集まって執行部と話し合う、色んな会議とかにも出なくちゃいけないし、大会の手配とか抽選会とかにも関わらなきゃいけないらしいし、一杯やること増えるっていうしさ。そういうの面倒だからヤだったし。それに、何も主将じゃなくたって試合で頑張りゃ良いじゃんか。」
 ルフィは再び柔道着を睨みつけつつ訥々と言葉を続け、

  「俺、ゾロと遊ぶ時間がこれ以上減るのイヤなんだもん。」

 今度は、どこか不貞腐れたように言い放つ。
「部活だけでもさ、何か一杯一杯って感じなのにさ。これ以上何かが挟まって邪魔されるのなんて、絶対堪んないんだもん。」
 そういえば。いつもいつも、それは目一杯に駆けて駆けて、息せき切って学校から帰って来ていたルフィである。それだけ元気が有り余っているのかと単純に考えていたゾロだったのだが、
「俺………少しでもたくさんゾロと一緒にいたいんだもん。」
 足を止めてまでして言いつのる姿はまるで、大事にしている縫いぐるみをしっかと抱いて、立場や理屈でまるきり太刀打ち出来ない、相手さえしてもらえないような大人相手に、それでも懸命に何かを主張している幼子のよう。

  「…ルフィ。」

 主将職の引き継ぎは、スポーツ系だと夏休みが終わってすぐ辺りの筈。ゾロと知り合い、最初の邪妖に気づいてそれを彼が平らげて。そんなこんながあった頃からあまり日も経たないくらいな内から。もう既に…ゾロと一緒にいたいからと、今回の話を固辞し続けていた彼だったのだということになる。少し遅れて、舗道の後方。制服とコートはどちらも濃色なので、小さな彼の肢体がますます小さく見えて。腕の中、ぎゅうっと抱き締めた柔道着の白が、浅い春の陽射しを弾いて少し眩しい。

  "………。"

 ああ、またやられたなと、ゾロは思った。思えば…最初のあの邪妖の存在も、ルフィはゾロに隠し通していた。ちょっかいを出されて、前日には目を痛めてもいたくらいだったのに、告げ口を嫌がるように黙っていた彼だったし、またそれに気づけなかったゾロでもあった。今回の件にしても、彼にしてみれば"ゾロのため"にと構えていたつもりなぞないのだろうが、それでも…選りにも選ってゾロ当人から訊かれては。何だか立場が無いような、答えようがないような、そんな複雑なことだったろうにと、そのくらいはゾロにも察せられて。

  "………馬鹿だな、俺は。"

 サンジほど徹底していなくても良いから。この幼
いとけない少年へだけで良いから。もうちょっとくらい気が回せないものだろうかとつくづくと思う。傷ついても困っても、寂しくても辛くても、にこにこっと笑ってくれる優しい少年。
「だからな、ホント、今日は全然余裕なかったんだ。一個でも落としたらキャプテンやらされたんだもんな。負けるもんかってドキドキしてた。こんな緊張した試合って久し振りだった。」
 ほら、やっぱり。ルフィは笑って見せる。屈託なく。ドキドキしたけど、ああ面白かったと。こんなに小さいのに、こんなに幼いのに、大好きなゾロをもっともっと大切にしたくてと。辛くても痛くても、我慢だってするし、他を後回しにもする。まるで、その幼
いとけない両腕かいなにて、ゾロのことを包み込んでくれるかのように、一杯一杯頑張ってしまう。

  「………ルフィ。」

 その長い腕に大きなクラフト紙の袋を抱えていたゾロだったが、坊やがこちらを向くとそれを宙へとふわりと消した。
「え? …あ、肉まんっ。」
「先に家へ運んだだけだよ。」
 心配しなさんなと小さく笑い、ゆっくりと傍らまで歩みを運ぶ。着替えた時にちゃんと櫛を通したのだか、ちょっと怪しい撥ね方をしている猫っ毛に、長い指そっと通して。

  「ありがとうな。」

 小さな頭を大切な宝物として、その胸元へと掻い込んだ。こちらからこそ愛しい少年。一途で懸命で、我慢強くて。そして…懐ろ深くて優しくて。こんな彼から特別扱いをされている自分であることが、途轍もなく嬉しいし、それが高じて…今日のような場合はたいそう歯痒い。彼を守っているだなんて、なんて滸
おこがましい。傍らにいるだけで癒され安らげる"特別な存在"なのは坊やの方だのに、不甲斐ないぞ自分と、歯痒くてしようがない。
「…ゾロ?」
 相変わらずに言葉の少ない精霊さん。急にお礼を言われて、何のことやらとキョトンとしているルフィを抱き締めて、
「今日は特別だ。飛んで帰ろうや。」
「えーっ、ホント? まだ夜じゃないのに大丈夫なんか?」
 空だって自在に飛べるカッコいい精霊さん。だが、人目については不味いからと、どんなにねだっても明るいうちは…どうしても遅刻しそうな時以外は
(笑)絶対にダメだの一点張りだったのに。
「結界を使えばな。ほら。」
 ポンポンと、軽く背中を叩かれて、
「やたっ!」
 ぎゅうっと脇から背中へ腕を回してしがみつく。ぴったり寄り添い合ったところで、ゾロが坊やの頭の上でパチンと指を鳴らせば、濃やかな光の粉がそこからほわりと飛び散って、これでルフィの体も普通の人からは見えなくなる。
「よっし。」
 準備は万端。あらためて少しばかり屈んだゾロの大きな肩の上、首っ玉へとしがみつき直したルフィであり、
「いくぞっ。」
「おうっ!」
 頼もしい腕の中へ抱えられ、たちまち軽やかに舞い上がるは、浅い春の金色の陽射しの立ち込める空の上だ。

  "こんなもんじゃ全然足りねぇんだがな。"

 見る間にまるで地図のように小さくなる、眼下の見慣れた町並みへとはしゃぐ坊やを、それこそ貴婦人のようにそおと抱き締めて。不器用な破邪さんは今度こそ迂闊な失点を数えぬよう、気をつけねばなと決意を固め直してみるのであった。


  「ゾロ、ゾロ。あんな、海の方、行こうよ。」
  「ああ。掴まってな。」
  「おうっ!」


   気をつけてねvv いってらっしゃいvv



   〜Fine〜  03.3.16.〜3.17.


   *カウンター73,000hit リクエスト
      kinakoサマ 『ルフィの大切さを改めて感じるゾロ』


   *激甘でというリクエストでしたが、
    何だか前半は"柔道一直線"になってしまいましてすみません。
    そういえば柔道部員だったよねというのを思い出しまして。
    いかがなもんでしたか? ちょっとドキドキしておりますですvv

   *一旦UPしてから、コーザくんは既に出ていることに気がつきまして。
    (だってのに、ルフィの十人抜きの大将に設定してしまったんですね。)
    大慌てで“チャカ”さんに代わっていただきました。
    ちょっと違和感がありますが、どか御容赦を。


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