月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜夕霞朧月

 

 
          




 よく晴れた春の午後の日和はほこほこと穏やかで。アスファルトやセメントにて地面をほとんどコーティングされた町ではあるが、それでも…春の陽気に温められた陽溜まりでは、舗道の縁石の隙間などから小さな緑が顔を出しかけている。三年生を送り出し、新入生を待つ"春休み"に入ったばかりだというのに、坊やが通う中学校の柔道部では、隣り町の姉妹校との対抗戦があるのだとかで。この時期というと、他の色々な運動部にても"新人戦"が盛ん。特に団体競技では、チームの柱であった最上級生が抜けた後のレギュラー陣営を改築・補填したその成果を見る上で、成程 重要な試験的実戦の場でもあろうが、
"その後に入ってくる新入部員に有望株がいたら、意味ないと思うんだがな。"
 そうですよねぇ。
(笑) それに、スポーツ推薦の進学をする生徒ばかりではない以上、大半の三年生は"受験"を控えて夏休み前後に早々と引退するので、実質的な"新人戦"は秋季大会となるのが今時というところか。まま、公式の大会や地区予選の日程とかとの折り合いもあるということで、その辺りはスポーツの種類にもよるのでしょうけれど。
「えっと…。」
 さすがに正門の大きな鋼鉄門扉は閉ざされていたため、傍らの小さな番小屋みたいな詰め所にいた当番らしき教諭に声をかけて中へと入る。新興住宅街の中の小さな小さな中学校で、正門から昇降口まで続くスロープ沿いには、常緑のイヌツゲだろうか低木の茂みと、梢の先に新芽を乗っけた桜や何やの木立ち。まだ青葉は見えない裸んぼうながらも…早くお目見えしたくてうずうずしている、花や若葉のその生気が傍らに立つだけでくすぐったいほど伝わってくる。
「あれ? ゾロさん。」
 スロープの途中で立ち止まり、まだ若いクチの木立ちを呑気そうに眺めていた、トレーナーにブルゾンを羽織ってワークパンツは黒…というラフな恰好の上背のある偉丈夫に、校舎の方からひょこりと出て来た制服姿の男子生徒が声をかけた。ひょろっと細くて愛嬌のある顔立ちをした彼は、ルフィの親友だということでこちらからも顔馴染みの二年生。気さくで明るい、ウソップという男子生徒だ。お互いの家も近いことから行き来も多く、この"保護者代理"な青年とも日頃から親しく接している間柄。彼もまた部活での登校組であるらしく、プリント柄のキルティングの手縫いらしき手提げを肩から提げたという軽装備でいる。気安く駆け寄って来たそのまま、
「どしたんすか? …あ、そか。ルフィの対抗戦を見学ですか?」
 そうと訊くウソップへ"にかっ"と笑った辺り、事情が通じ合ってる人物に会えた幸運を素直に喜んでいる彼であり、
「見に来いとまでは言われてないんだがな。一度くらいは見ときたくなって。」
 道場はどこだろうかと、この屈託のない少年に訊くことにした、破邪精霊のロロノア=ゾロである。



            ◇



 光の加減で翠色にも見える、やや切れ長の凄みのある涼しげな目許。染めているのでしょ?と言われるまま否定はしない、淡い緑色というなかなか目立つ髪を短めに刈り、左の耳朶には三連の棒ピアス。こうと並べると、さもしゃれめかしたナンパな外見をしているようだが、さにあらんや。長い手脚との均整が取れているその上に、瞬発型なせいで着痩せして見えるため、上着を羽織るこの季節には分かりにくいことだが、ジャケットの下には…かっちりとした肩と広々とした背中に、隆と筋肉の張った頼もしい胸板が隠れていて。防御のための肉の鎧が必要な、馬力
パワー重視の"格闘家"ではないことから、無駄な容積はないままに程よく絞られた、それはそれは強靭な肢体は、見る人が見れば…いかほどの鍛練を日々積んでいるのかと感嘆の声が洩れるだろうほどに見事。
"特に何もしとらんのだがな。"
 またまたそんなご謙遜を…♪ そんなほどに見るから体格の良いこの男性は、だが、実を言えば"人間"ではない。屈強なまでに鍛え上げられた強かそうな長身に、隙のない鋭さや機敏さをまとって凛然とした、一見すると体育会系の武道家という雰囲気のある若い青年だが、その存在を構成している"体"は、一般的な人間がそうであるような…タンパク質と脂肪とカルシウムと水とで捏ね上げられたものではなく、自身のアストラル体の表層部の一部を固定して保持している、言わば"殻"のようなもの。彼が本来住まう世界は、この人世界よりも少しばかり"次元"が上であるがため、物の有り様が微妙に異なるのだそうで。…そう。言ってみれば、異次元からのお客様…という存在なのである。

  『やっぱりだ。兄ちゃんたち、人間じゃあないんだろ。』

 ひょんなことから知り合って、ゾロがあのルフィ少年の自宅にて"同居"を始めたのは、去年の夏休みの冒頭から。それから8カ月を数えるその歳月の中、カナダに留学中の兄上は2度ほど帰って来たが、父上の方は…あの運命の出会いを果たした夏の朝に顔を合わせて以降、まだ航海から帰還せず。そんな訳で、ずっとずっとを坊やと二人きりという暮らしぶり。お互いを大好きな二人のこととて、時ににぎやかに、時にほのぼのと、大した破綻もなく続いている…と書きかけて、

  "…おいおい。"

 判ってますって。つい先頃、あわや命を落とすかというほどの、とんでもない大騒動がありましたものね。世界を混沌に引き戻さんと構える"大邪妖"にルフィが狙われて攫われて、異次元世界へと連れ去られての途轍もないすったもんだ。以前から大きな力を持つらしいと思われてはいたものの、それが何とそんな発端あってのこととは誰も気づかなかった坊やの秘密も明らかになりーの、そんな坊やを守るために大邪妖へと戦いを挑んだゾロの、実は神格クラスだった"前世"の素養が復活しーのと、そりゃあもう、息をもつけない大きな事件騒動が、この年の初めにドカンとありはしたのだが。………とはいえ、そんな大事
おおごとに巻き込まれたにも関わらず、けろっとしたお顔で戻って来て、以前と何ら変わらぬ元気いっぱいな日々を送る坊やであり、
"何がしかの後遺症が残っては、実際の話、しゃれにならんのではあるが…。"
 幸いと喜ぶべき現状ではあるものの、大人でも身が竦
すくんだだろう想いをした筈が"これ"なものだから。天聖界の事情通たちの間では、その大物ぶり、末恐ろしいとしか言いようがないと囁かれているとかいないとか。………とはいえど。
"………。"
 こちらもやはり当事者であるところのゾロとしては。それを思い出すと同時、その後日にルフィ自身が言ってのけた言葉を思い出して、ついつい…ほろ苦くも擽
くすぐったげな微笑が浮かんでやまないでいる。

  『どんな怖いことが起こっても絶対助けてくれるもんな。』

 別なシチュエーション下にて、同じ目に遭ったのならどうだったか判らない。ただ、あの時はゾロがいてくれたから、と。精悍にして屈強、それはそれは頼もしいゾロがきっちり助けてくれたから。いつだって、どんな状況下で何と誰と並んでいたところで、間違いなくルフィを優先して守ってくれる彼だから。だからちっとも怖くなんかないと、大威張りでにこにこ笑った愛しい子。これにはゾロも、呆れるよりも何よりも…ますますの愛惜しさを彼に感じてしまい、そりゃあもう大変だった。

  "こらこら。"

 現に…これまで生きて来た気が遠くなるような歳月の間、その意識の奥深くでずっとずっと眠っていた"浄天仙聖"とかいう神格の素養が、鮮やかなまでに一気に目覚めたのも、彼をこそ守りたいと思ったからなのだし。成程"妥当な理屈"ではあるけれど、彼がそんなことを言ったのは、理屈や裏書なんかは考えない、至って無心で単純な感情からのものだったと、これまた重々判っていて。そんな幼
いとけない、なればこそ、媚も計算もない真っ直ぐで純真な想いが嬉しくてしようがない、こちらさんもなかなかピュアな破邪様である。

  "……誰が"ピュア"だって?"

 そ、そんな本気の三白眼で睨まなくても…。
(怖っ)まま、前回までのおさらいはこのくらいにして。このまま帰るところだったらしいウソップがわざわざ道案内を買って出てくれたお陰で、気配を探すという面倒をしなくてもよくなった。昇降口を通り過ぎて、本校舎と校庭の間に通る小径を真っ直ぐ。すると体育館の手前に、小さめの公民館のような建物が見えてくるのだが、それが、剣道部と順番に使っているという"道場"であるらしい。
「ふ〜ん。一丁前なもんじゃないか。」
 公立の中学校で本格的な"道場"完備というのは珍しいことだ。せいぜい、体育館に畳を敷いてというパターンになるものだし、ましてやこの学校、明治からあるとかいうほど歴史も古くはない。ついこぼれたゾロの言葉に、
「ウチの学校のOBに、柔道だか空手だかの協会の偉い人がいるそうなんですよ。それで、後進を育成したいからってことで、ポンとこの道場を寄付してくれたそうなんです。」
 ウソップがそうと説明し、短い階段の上、開けっ放しになっていた戸前から簀の子敷きの下足場へ揃って入る。それから、更衣室のドアの横、暖かいからか片側が開いていた大きな引き戸の向こう…道場の中をひょいと覗いてみたウソップは、
「ああ、対抗戦は終わったみたいだ。」
 そうと言いながら身を譲り、ゾロに入れという素振りを見せる。
「いいのかな。」
 部外者なのに。一応聞いて見ると、
「構わないっすよ。他にもギャラリー、沢山入ってますし、相手のU中学はもう帰ったみたいだし。」
 くすくす笑って…妙なことを言うウソップだ。
「???」
 相手がいないのにギャラリーは沢山いる? それに、終わったのなら"じゃあ帰ろうか"とか何とか、そういう雑然とした学生たちの喧噪の声がしていていい筈だのに、何だか静かなのも妙なこと。にこにこと笑っているその表情でもって促されるまま、簀の子の端に沢山並んだ、生徒たちのものらしきスニーカーや上履きの海の中へと靴を脱ぎ、あまり音は立てないようにと上がって引き戸の前へと立つと、

  「っ!」
  「…がっ☆」

 場内の空気が…鋭く弾けたその直後、ザッと大きく波打ったような気がしてハッとする。自分が入ろうとしたのとタイミングが同時だったのは偶然で、次の刹那にはドッと歓声が上がって、場内の空気もどよどよとにぎやかに弾けるばかり。
「ルフィ先輩っ。あと2人ですっ!」
「頑張ってっ!」
 せ〜ので声を合わせたらしき声援が上がり、
「どした、カルネっ。」
「秒殺たぁ、情けないぞ。」
「うるせぇよっ、先鋒っ!」
 後半の声は、たった今、畳に叩きつけられた上級生とそのお仲間によるちょっと乱暴な応酬であるらしく。悔しそうな罵声ではあるものの、そんなに忌ま忌ましげな…殺気立った喧嘩腰という雰囲気でもない。根底に和やかな響きの滲んだ、どこか楽しげなそれだった。
「あれって…相手もここの学校の生徒だよな。」
 何だか妙な事をしているようだと、柔道をあまりよく知らないゾロでも気がついたのは、彼らの相対し方、控えて座る位置関係を見てのこと。さすがに床の間は大仰だからか省略されているが、それでも神棚を鴨居の上へ構えた上座を横手に見る角度にて、向かい合っている二つの陣営。同じ校章が肩のところに刺繍された柔道着を着た少年たちが、それぞれに畳の上へ四角く座って向かい合っている、その数の関係がどうも訝
おかしい。
「ホワイトボードには5人ずつの名前が書いてあるけれど…。」
「あれは"対抗戦"の分ですよ。星取り式? 点取り式だったかな? 一対一で3勝以上を取った方が勝つ方式のをやったらしい。」
 柔道の団体戦には、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人が対戦し合い、先鋒が勝てばそのまま交替なしに続けて次々と相手を平らげてゆく"勝ち抜き式"と、先鋒戦、次鋒戦…と、1つずつの対戦をこなす方式のものとがある。そこにはルフィを含めた5人の名前と、別な5人の名前が2つの列に分けて書かれてあるのだが、今の、目の前の場内はというと、ルフィはただ一人で座っていて、その向かい、相手陣営には十人もの頭数がずらりと並んでいるのである。
「………何なんだ、これは。」
 何とも妙な配置だし、先程聞こえた後輩からのものらしき声援。

  『ルフィ先輩っ。あと2人ですっ!』

 これって、もしかして…。
「心配は要りません。リンチとか苛めとか、そういう手のもんじゃない。」
 少々表情を険しくしかかっているゾロだと気がついて、ウソップが彼の杞憂を打ち消すようにそんな声をかけた。
「ウチの柔道部恒例の、主将引き継ぎの儀式みたいなもんなんですよ。」
 ちゃんとした試合だということで、成程、場内を見回せば、審判役に立っているのはまだ若いが教師らしいし、ホワイトボードのすぐ傍らには、顧問であろう、も少し年長の男性教諭らしき人がパイプ椅子に腰掛けてもいる。こちらからの視線を泰然と受け止め、静かな目礼を寄越して来た辺り、彼の責任において進められているものであるのらしい。とんでもない"儀式"だが、どうやら私的で無体なものではないという背景は分かった。そんなゾロへ、
「まあ、十対一なんてパターンはさすがに初めてらしいですが。」
 そうと付け足したウソップが、愉快そうに"くくっ"と小さく笑った。確か彼は"部外者"な筈なのに、いやによく知っている。だが、そういえば。選手らしき面子の他に…柔道着を着付けて道場の端っこに並んで正座している子ら以外にも、さっきウソップが言ったところの"ギャラリー"とやらだろう。制服姿の男女取り混ぜて十数人ほどが、こちら側の"下座"の端っこに固まっていて、彼らの"立ち合い"を見守っている。儀式みたいなもんで、しかも結構有名なものだということか。

  "こんな見物が立つほどのことなのか?"

 春休みに入っているのに、部外の者たちがわざわざ見に来ているだなんて。この立ち合いがそういうものだということか、それとも、それに関わっている顔触れがこれほどの観客たちを呼んだのか。まだ少し、状況が呑み込み切れぬまま、
「………。」
 ゾロは視線を小さな対戦者の方へと戻した。柔道をたしなむには長いめの髪がちょっとばかり乱れている。こちらも少し合わせが乱れたらしい柔道着を、正座したまま着直して。帯をぐっとしばりつつ、すうと大きく息を吸い込み、吐き出しながら姿勢を正す。対抗戦にも参加し、今…どうやら8人まで相手をして倒したというのなら。かなり消耗している筈だろうに、それほど呼吸
いきも上がっていないらしくって。大きな琥珀の瞳はきりりと見開かれ、頬がわずかに赤くなって、気分の高揚を示していて。家ではただただ甘えたなやんちゃ坊主だというのに、それをまるきり感じさせない昂然とした顔つき、ともすれば凛々しいまでの横顔がゾロには初めて眸にするものであり、
"…へぇ〜。"
 ちゃんとした武道、しかも"試合"なのだから、真剣真面目に構えているのは当然だとはいえ、小さいながらも結構男前な様子が何とも意外。そのまま戸口の傍らに立って、続きの試合を見学させてもらうことにしたゾロには、だが殆ど誰も気づかぬままに、
「副将カルネっ、前へっ!」
「はいっ。」
 次の試合が始まるらしい。立ち上がったのは、先程パティという大柄な仲間内へ辛辣な罵声を飛ばしていた一人で、上背はないが体つきはいい。体の捌き方もよく練られていて、腰の据わった、なかなか腕の立ちそうな人物だ。ルフィもまた、颯爽と立ち上がっていて、中央に向かうと一礼を交わし、さて。
「始めっ!」
 主審の腕が上がって、いざ、立ち合い開始。小柄なルフィは背丈だけでなく、体の幅も薄くて、言ってみれば"軽量級"だ。サイズは合っていように、それでも柔道着に"着られている"という感じがしていて、だが、畳の上を移動する"擦り足"は物慣れたもの。それに…瞳に宿るは射抜くような鋭利な光で、これはなかなか見ものだなと、漠然と見ていたものがつい身を起こしたゾロだったほど。
「………。」
 静まり返った場内に、畳の上をじりじりと移動する二人分の擦り足の音。相手の懐ろの間合いに飛び込むタイミングを計るべく、ボクサーのようなフットワークを俊敏に刻むのもまた、機敏に出足を切り替える戦法を繰り出しやすい"攻防一体"を保つ形の作戦ではあるが、
"相手の実力、手の内を知り抜いてるな。"
 それで選んだ"様子見"であるなら、これは…仕掛けるタイミングが勝負を分ける。しばしの睨み合いが、それでも1分近く続いただろうか、
「…っ!」
 どちらが追っ手なのか、じりじりと移動し合って間合いが結局変わっていない二人だったものが、不意に…カルネの側が機先を制すように飛び出した。体を斜
はすにし、片側の足を鋭く滑らせて来ての足掛かり。そこからバランスを崩させて"内股"にでも持ってゆくという流れを考えていたらしいのだが、
「…哈っ!」
 払われた足元をルフィはあっさりと見切っていて、それと同時に寄って来た相手の襟元へと腕を伸ばしている。自分の体を支えるのを兼ねるように、体重をかけて相手の肩口を突き飛ばし、それで何とかバランスを持ち直すと、突き飛ばされて立ち止まったような恰好になったカルネの懐ろにさっと飛び込んだ小さな影。
「出るぞっ!」
「行けっ、ルフィっ!」
 急に動き出した展開に、ちょこっと遅ればせながらもギャラリーたちが沸いて来て、
「たあっ!」
 引きつけた腰を支点にし、脚を掛けての鮮やかな引き倒し。動き出してからは何秒とかかっていない早業にて決着がついた。
「一本っ。」
「やたっ!」
「あと一人っ!」
 歓声が上がったが、
「お前らなぁ。」
 選手ではない…恐らくは下級生たちへ、片っ端からルフィにやられ倒したのだろう先輩たちが、やや呆れたような声をかけた。

  「これでルフィが十人全部倒しちまったら、
   奴は主将職を蹴っちまうつもりでいるんだぞ? そんでも良いのか?」

   ――― ……………はい?

 意外な言いようへ再び目許を眇めたゾロへ、
「そうなんですよ。これって、例年の"次の主将はお前だぞ"っていう激励試合じゃない。ルフィに何としても主将を任せたい面々と、絶対ヤダって言い続けてる奴との最終決戦なんですよ。」
 何とも愉快だと言いたげにウソップがそんな説明を付け足して、
「だから、ルフィはどうしても負けられない。ただの激励試合なら、負けたって…人柄で選ばれる主将だって場合もあるんですから問題はないんですが、今回のはね、負けたら四の五の言わずってことで"主将"を押しつけられちまう。」
 他のギャラリーはともかく、ウソップはそういう経緯
いきさつが判っているらしく、それで愉快そうな顔でいたのだろう。というのが、
「まあね、もう無理だなって他の面子も判ってたらしいんですけどもね。」
「…ルフィが強いから、か?」
 一種の"力づくで"というやりようを顧問の教師たちが許す筈はなかろう。力でかかってもこりゃあ無理なんじゃないかいと、彼らの実力差をもってそう判断して上で認めた。そういう"コトの順番"なんだろうなというのが、何となく長閑なこの場の空気からありありと判る。そう。事情を聴いてから見るならば…どう見たって"結果は判ってるが、それでも気が済まないだろうから、やるだけやって良いぞ"という気配の濃い立ち合いだ。
「そういうことです♪」
 彼にとっても自慢の幼なじみ。あんなにも小さいのにそれはおおらかで屈託がなくて。人望厚き人気者で、しかも…柔道の腕っ節だって半端ではない、何とも誇らしいお友達。ウソップはにんまり笑って、ルフィよりも頭ひとつ分は背丈が違う、相手陣営の総大将が立ち上がるのをまじと見つめた。
「チャカっ、頼むぞっ!」
「チャカ先輩っ、頑張れっ!」
「ルフィくんっ、しっかりっ!」
 最後の一戦とあって周囲からの歓声も高まるが、当事者たちの耳にはあまり届いてはいない様子。
「ったく。俺だって主将なんて御免なんだぞ?」
「彼女とのデートの時間が減るから?」
「うるさいっ。/////
 ルフィからの指摘が図星だったのか、ついつい焦ったような罵声を返したのは、かちりと整ったなかなか良い体格の少々堅物そうな、少年…というよりもう立派な“青年”で。顔立ちもどこか大人びた彼が、どうやら…ルフィが蹴った主将の座へと座らされそうな候補者なのであるらしい。中央に向かい合い、そんな軽い口を叩き合う生徒たちへ、
「こらこら、私語は慎む。」
 主審役の教諭が思わず苦笑する。
「これより、最終戦を執り行います。ルフィ対チャカ。」
「はいっ。」
「はいっ!」
 体つきもまとった雰囲気もまるで違う、実に対照的な二人の選手。真っ直ぐに見交わし合った眼差しの真摯さには、だが、仄かにやんちゃな温かさも満ちていて、
"…楽しそうだな。"
 実力も気性や人品をも信頼し合った友達同士。なればこその遠慮のない罵声の投げ合いであり、本気での思いきりの良い立ち合いでもあるのだなと、ここばかりは自分が踏み込むことの適わぬ世界を遠目に見やりつつ、かすかに感慨深そうな眸になった破邪殿であった。






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