月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜春宵遅日 A
 

 
          




 思わぬ御馳走に幸せ一杯。楽しい会話も弾んだ夕餉は、少し長めに時間も掛かって。春も近い証しのように、随分と遅くなった日の暮れも、さすがに今は黒い幕を空一杯に引いている。お腹もぽんぽこりんに膨れて、その代わりのように"とろん"と目の皮が緩んだらしき坊やは。リビングのソファーにて、大好きな破邪さんのお膝に抱っこされ、向かい合うように頼もしい胸板へ凭れたまま、うとうとと舟を漕ぎかけている。柔らかな髪、ふかふかの頬。甘い香りのする、まだまだ幼い坊やの温みに、
"おうおう、目尻下がりまくりじゃねぇかよ。"
 本人気づいてないかも知れないがと、満更でもなさそうに優しげな顔になっているゾロを見やって、サンジは声を出さぬようにくすくすと笑った。その手もその身も、小さくて幼くて、精一杯に溌剌と懸命で。可愛いというよりも健気で愛しい存在。この荒らくたいばかりな同僚が、まるで父親のように腕の中に囲い込み、こうまでも…守るというより執着から離さないとして見せるような可憐な存在。どんなに華麗な美姫にも揺るがなかった、どんなに妖冶な美女にも傾かなかった石部金吉の野暮天が、こうもあっさり陥落させられているのだから、
"世界中のレイディたちには、まったくもって失礼な奴だよな。"
 気が遠くなるほどに長い彼らの"生"の中、これまでにだってこういう可憐な存在にもたくさん接して来た筈なのに。夏の朝、ひょんなことから巡り会った二人は、まるで最初からそうと決まっていた…昔に別れた番
(つがい)の相手とやっと巡り会ったかのように、それは自然に惹かれ合い。懐き懐かれ、気がつけば。生死を分けるような運命の淵にあってさえ、互いをこそと求めて、その視線をからめ合い、その手を伸ばし合っていた。
"ドラマチックなもんだ。"
 その存在の有り様こそ"空想的"でロマンチックぽいものの、人の生々しい怨念やら呪詛やらという毒々しいものの方にばかり縁の多かった自分たち。最もおぞましく生々しい欲望や感情というものを、極めて冷然と対処して来た屈強無頼の破邪殿だというのに、その雄々しい心を初めて搦め捕ったのが、こんなにも屈託のない少年との他愛のない出会いだとは、
"こっそり慕ってたお嬢さんも少なくはないってのに、罪な話じゃねぇか。"
 そうと思ったサンジだったが、ふむとばかり…上がっていた口の端がややもすると引き締まる。あの途轍もない"黒の鳳凰"との由縁という、彼らさえ知らない遠い"始まり"があって、それで引き合った二人だとするなら、他愛がないなんて把握はむしろおかしいのかも。

  「…何を一人で"百面相"なんぞしてるんだ?」
  「あ"?」

 腕の中の愛しい子供にだけ一点集中しているものとばかり思っていたらば、感慨深げに見守っていたこちらの様子もきっちり把握していた破邪殿であったらしい。ルフィといると、彼へだけでなく周囲へさえも案外と気の回る彼に苦笑を見せて、
「何ね、お邪魔だろうからそろそろ帰ろうかなと。」
 すっくとソファーから立ち上がり、
「今夜の働きはいつか返して貰うからな。」
 ふふんと居丈高に言ってのける聖封一族のプリンスさんだが、
"そうと言っといて"返せ"って運びになった試しがないんだが。"
 この彼もまた、結構なお人好しには違いないと、内心で苦笑が止まらないゾロだったりするのである。




            ◇



「ぞろ。」
 深い眠りを邪魔しないようにと、あまり振動を与えぬままに、二階の子供部屋にまで運んでやるのももう慣れた。だから、そぉっと寝かしつけた坊やが、割とはっきりした声をかけて来たのには、正直言って"おや☆"とかすかにビックリした。見下ろせば、大きな眸をきょろんと見開いて、こちらを見上げて来ているではないか。
「んん?」
 毛布と布団をかけてやりつつ"何だ?"という目顔になって訊くと、
「ありがとな。」
「何が。」
「御馳走。バレンタインデイのお返しだったんだろ?」
「…まあな。」
 そうだと良く気がついたなと、それがちょこっと意外に思えた…解釈によっちゃあ ちょいと失礼な破邪様だが。
(ホントにね。)気がつかない方がルフィらしいのだし、それでもいいと思っていただけに、尚のこと、意外だった彼なのだろう。
「覚えてたんだ。」
 チョコやプレゼントをあげた訳でもない。ただ"大好きだ"と、いつもいつも思ってること、聞いてもらっただけなのに。それをちゃんと覚えててくれた、強くてやさしい精霊さん。
「お返しだったからゾロも手伝えって、サンジ、無理強いしたんだな。」
 くすすと笑う。ああまで手の込んだ料理でなかったなら、それ相応、なかなかの腕前になって来たゾロだから、ルフィには嬉しい晩餐をちゃんと作ってくれたものを。
「そんなトコだろな。」
 ゾロだとて、何もサンジにばかり任せっきりにするつもりはなかったのだが、それにしたってあのこき使いようはなかろうにと、ちょいとおどけて口許を曲げて見せる。それへと、弾むような声を喉元で立てて笑ったルフィだったが、
「でも、傷だらけになってくれるのは、そんな場合でもあんまり好きじゃないぞ。」
 布団の襟を直してくれた大きな手。彼らは生身の人間とは違うのだと、折に触れ何度も言い聞かされてきたけれど、
「俺なんかの念じでは、あんな小さい傷しか治せない。ゾロはとっても強いから、いざ怪我をしたってなったら…サンジみたいな大きな力を持ってなきゃ、追っつかないんじゃないのか?」
 大好きな人が怪我をしたり傷を負ったり、そんな辛い目に遭うのはやっぱりいやだ。平気だよと言われても、すぐに治るからと言われても、それでもね、自分の胸の奥深くまで、同じように傷を負ったみたいに苦しくなる。
「俺、自分が苦しいからそう思うのかな。だとしたら、俺は物凄く我儘なんだろうな。」
 真っ直ぐに見据えて来る、真摯な眼差し。凍ったようなと評される、自分の翡翠の眸とは正反対、温かで生き生きとした琥珀の眸が訴えかける。
「我儘なのはきっといけないんだろけどサ。俺、他の我儘はどうかしたら我慢するかも知んないけど、この我儘だけは引かないからな。」
 拙い言い回し。だのに、何と激しく、何と真っ直ぐな言いようだろうか。まるで"宣戦布告"のようにさえ受け取れる文言を告げた少年の、それはそれは毅然とした眼差しへ、
「…ああ。分かった。」
 大きな破邪は薄く微笑み、その挑み掛かって来るような想いをしっかと受け取った。


  「それで、だ。」
  「…?」


 ふと。ベッド脇に机用の椅子を引いてのいつもの"寝かしつけ"態勢にあったゾロが、口許に拳を寄せて"ん・んんっ"と改まったように咳払いをし、
「確かにまあ、今夜の晩飯も"バレンタインデイ"のお返しではあるんだがな。」
「? うん。」
 とっても嬉しかったよと、にひゃっと笑って見せると、
「あれはサンジが手掛けたことだからな。その、俺としては…あんまり本意じゃないってのか。」
「???」
 おややや? こんな風に照れ照れになってる破邪ゾロさんて、どこかで見たことがあるような。
「ぞろ?」
 お布団がほわほわと温かくなって来たからか、睡魔が再び"こっちへおいで"と誘ってやまない間合いに入ったみたいで。瞼が重たくなって来て、意識も"とろ〜ん"と蕩けかかって来たルフィだったのだが、

  「そのまま、寝ちまって良いぞ。」

 響きの良いお声が、その位置、少し高さを変えたのに気がついて。
"はにゃ〜、何かもう…。"
 晩ごはんの最中も結構はしゃいだし、それに今日は部活もあったし。体も気持ちもバランスよく、適度に疲れているせいか、先程までの微睡
まどろみがすぐさま復活してしまう。もうもう意識も朦朧と、夢の世界へあと一歩で転げ落ちそうなほどになっていた坊やだったのだが。

   ………え?

 ふわりと。ほのかに良い匂いがした。ホントは実体は無い筈なのに、温かくて、いかにも男の人っていう匂いがする大好きな精霊さん。間近になった存在感は、ふんわりそっとルフィを柔らかく包んで。

   ……………あ。

 羽毛の軽いお布団越しに、肩口から頭から余裕で包み込むみたいに覆いかぶさって来たゾロが、そっとそぉっと口づけてきた。屈強なまでに鍛え上げられた肢体をした彼の、いつだってきりりと引き締まった口許なのに、こんなにも柔らかいのがいつも意外で。それに、ただ懐ろへと抱っこされている時とは比べものにならないくらいに、相手の温みが、そして意識がそれ以上はないくらいに間近になって。あまりに近くなるあまり、お互いの引力が強く強く働き合って。こちらの全てを取り込まれてしまいそうな、二人が一つになってしまうような、そんな夢心地の高揚感に包まれてしまうから。

  "…俺、何か貰うよりこっちが良いやvv"

 こらこら、中学生。十年早いぞ。
(笑)

   ………ぞろ、だいすきだよvv

 うっとり・とろんと夢心地。いつもより長い、食
むような口づけに、そのまま夢の中までも、ゾロと一緒に行けたら良いなと、小さな坊やは思ってみたりしたのだった。




   ………でもね、やっぱり中学生。
      そのまますうすう、寝付いてしまったそうですじゃ。
(笑)



   〜Fine〜   03.3.10.〜3.12.


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oyoneサマ『サンジが豪華ディナーを呈し、二人の仲が一層進展する』


   *お料理が弾みつけてくれて"進展"するのでしょうか?
    いやいや、そもそも…この二人がどう"進展"したものか。
    下手なことするとカナダのお兄さんに射殺されかねませんぜ…と、
    色々と考えてのこの体たらくでございます。
(泣)
    だって、坊やはまだ中学生ですしぃ〜。
    ルフィの方からのアプローチと、ちょっとだけ長いキス…とゆことで。
(爆)


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