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「……………サンジ? もう起きてる?」
ノックと交互に遠慮がちな細い声がして。ゆっくりと、だが途中から勢いよく目が覚める。ああ朝なんだなと、まずはぼんやり、そう思った。さすがは実家の自分の部屋で、思い切り気を緩めていたらしくて、なかなか思考が立ち上がらなかったが、
「サンジ?」
繰り返される母の声にハッとした。
"…ああ、そうだった。"
昨夜遅くに帰りついたこの実家。他の部署でもそうなのだが、翌日に迫ったルフィ王子の"帯佩式"の万全な準備を目指して、関係各位の全ての人員、前菜から主菜にデザート、飲み物にお酒という直接口にするものは勿論のこと、広間やテーブルの飾り付け用、食材や氷などを使った彫刻や花々まで。それぞれの部門別のチーフから下働きから…どうかするとその家族までもが総動員され、大きくて幾つもある厨房はおろか、広間も倉庫も庭先までもが戦場のような様相を呈していた。
『上がったもんからとっとと運搬に回せよっ!』
『そこっ! グズグズしてねぇで、手ぇ空いてるなら帰りに芋の箱でも運ばねぇかっ!』
『グランマニエはどうしたっ!』
『今、持ってかせましたっ!』
『そこっ、突っ立ってないで道を空けなっ! せっかくのカキが腐っちまわぁっ!』
そもそも厨房という場所自体が、食材の風味の保持やら調理時間との真っ向勝負も繰り広げられるような所であり、そうそうお上品に構えてはいられないときっちり知っているサンジであったが、それでもこの凄まじい喧噪には、思わず唖然呆然としてしまったほどの修羅場ぶり。そんな様相についつい呆気に取られていたこの家の小さな御曹司もまた、
『帰ったか、チビナスっ! とっととこっち来なっ!』
結構なお年にもかかわらず矍鑠かくしゃくとした総帥様に、ひょいっと首根っこを捕まえられて。特別料理班とデザート班が調理していた数十もの料理やお菓子の味つけやアレンジに、ほぼ夜通し付き合わされてしまったのだった。
"う〜〜〜、胸焼けがする〜〜〜。"
片っ端から"食べた"訳ではないものの、それでもかなりの量を口にさせられたし、微妙な違いをさんざん"どうだ"と訊かれ続けて気も張った。大人たちがいかに本気か、料理の味に誇りと命さえ懸けているのだというのもまた重々判っていたが、それにしたって…。
"他でちゃんとお務めを果たしてる働き者の子供を、夜中まで酷使すんなよな。"
寝間着のままでぼへーっと起き上がり、ガウンを羽織りながら寝室を出て。ぺたぺたとスリッパを引き摺るようにしつつ、隣りの間の廊下へのドアまで向かう。昼下がりから始まる会食の宴にさえ間に合えば良いさと構えていたせいで、王宮にいる時とは打って変わって…はっきり言って緩みまくっていたサンジだったのだが、ノックが続くドアの前にて立ち止まると…おもむろに"ペチペチ"と自分で顔を叩はたいてから扉を開けた辺りはしっかりしたもの。というのが、
「おはようございます。」
サンジ少年が…12歳かそこらというまだまだ幼いこの年齢で、既にしっかりと"フェミニスト"なのは、この母上の影響からだと言われているほど、それはそれは嫋たおやかで優しげな美貌のほっそりとしたご婦人がそこには立っていたからで、
「お爺様がお呼びでしょうか?」
ちょいと他人行儀な口調になりつつも、ニコッと微笑う万全の"良い子"ぶりがついつい出てしまうほど、身に染みついた対応だったのだが。母上様はいつものようにおっとりと微笑い返しては下さらず、
「あのね、サンジ。大変なの。」
線の細い印象のやさしいお顔を曇らせて、白くて華奢な、密度の堅い白玉石を丹精に彫り刻んで生み出したような指先を胸の前にてぎゅうっとからめて。いかに大変なことが起こって切迫しているのかを伝えようとなさる。
「母様?」
こんな…国を挙げてのお祝いの日に、ウチだって主要な立場で関係している大切な日に、一体何が起こったのだと、何だか不吉なものを覚えて怪訝そうな顔になった一人息子に促されて、
「あのね…。」
見るからに"箱入り娘"さんだったらしいお母様は、今はまだ自分の胸元までしか背丈のない幼い坊やへ、すがるような顔をして口を開いたのであった。
晴れの日を迎えた王宮の様子は…表面上は落ち着いていて、正門の近辺では王子の祝典へのお祝いやらお花やらがチェックを受けた上で運び込まれていたり、テレビ局のクルーたちが中継のセッティングを整えている傍らで、可愛らしい子供たちや観光客たちなぞが、もしかしたらちらっとでも王子のお姿を拝見できるかもと、弾んだ声でお喋りしをつつ、時が来るのを待っていたりして。お天気にも恵まれて、朝から雲一つない晴天で風もそこそこ穏やかで。すぐ近い地中海の青に負けないほどの青空が、濃色で広がって目映いほど。
そんな具合で、何もかもがお祝いの目出度い兆しと読めるほど、爽やかで素晴らしい一日がもう既に始まっているというのに、
「まだかっ。」
「今、出られたそうですっ!」
バタバタバタ…と伝令係たちが慌ただしくもお廊下を駆け回り、
「そら急げっ!」
「はいっ!」
がらがらがら…っと台車をけたたましくも鳴らしつつ、白衣姿の面々の手により奥向きへと運ばれてゆく物資が幾つか。華々しい式典への準備は、もはや開催までの秒読みの段階に差しかかろうかという状況なのに、屋内に詰めている人々の、何と緊迫しきった表情であることか。その緊迫は奥へと進めば進むほどに深刻さを増し、護衛や近衛のガードマンたちがお守りする門々(かどかど)で厳しいチェックを受けながら越えて越えて入った最奥。厳粛にして堅固な、歴史ある重厚な建物がふっと途切れて…視界に突然広がるは、瑞々しいまでの緑と明るい蒼穹の園。此処こそが、王族のご家族が住まわっていらっしゃるところの、最も厳重に守られた"禁苑"である。その中央辺りの…本来ならば皇太子殿下がお生まれになったそのまま大きくなられるまでをお過ごしになる、最も厳重な守りに取り囲まれた"翡翠の宮"にて、今のこの王宮で、いやいや、この王国全ての人々が愛してやまない小さな王子様が………とんでもないことになっていた。
「ルフィっ! 返事をしなさいっ。」
日頃は滅多に閉じない扉が堅く閉ざされた部屋の前、国事用の正装をなさった国王陛下が張りのあるいいお声で名前を呼ぶのだが、一向に返答はなく、
「ルフィ〜、お腹は空いてないか? 御馳走がたんとあるぞ〜?」
御膳賄いのお屋敷からつい先程届いたばかりの香かぐわしいお料理の中から、特に愛らしいデザートの幾つか、保冷器つきのワゴンに乗せられて真っ白なエプロン姿の方々に運ばれて来たのをずらりと並べてみるのだが、
「…う〜ん。扉が開かないんじゃあ見えないか。」
ちっ、これはぬかったと皇太子殿下が歯噛みする。侍従から女官から、お傍衆の皆様に、果ては陛下や皇太子までもが集まっているというのに、うんともすんとも応答がないのへとうとう切れたか、赤い髪の国王陛下は"があっ"と吠え立て出す始末。
「くぉらっ、ル"〜フィ〜っ! いい加減にしねぇと父ちゃんも怒るぞっ!」
「こ、国王様。一応、お言葉には あのそのあの…。」(笑)
そう。今日の主役の王子様が、どういう訳だかお部屋に籠もって出ていらっしゃらないのだ。あんなにはしゃいで楽しみにしておいでだったのに、何にかへ不意にぷいっと拗ねたかと思った時にはもう遅く。正式な衣装へのお着替えの最中に広間から脱走し、中庭パティオや宮の中をぐるぐると駆け回った末に、自分のお部屋へ飛び込んで、小さな子供には開け立てが難しい筈な緊急時用の鎧戸をがしゃんと降ろしてしまったから、とんだ"天の岩戸"であったりする。
「窓を破って入れなくもありませんが…。」
本来、本当の緊急時であるのなら、窓にも鎧戸はあってそちらも降ろし、それから秘密の通路を通って外へ脱出という仕組みがあったりするのだが、さすがにそこまでは王子も知らないらしくって。それで、ガラス窓の方から入れなくもないですよと近衛の方々が皇太子に告げたのだが、
「そこまで事態コトを荒立てるのも、ちょっと…な。」
ある意味で"急を要する一大事"には違いないが、凶悪犯の籠城じゃあないのだし、そんな力技で強行突破するのはどうかと。小さな王子様のお心にどんな影響が残るか知れたものではないし、それより何より大人げない。(笑) そんな状態のままにどうしたものかと皆様で考えあぐねて、だがだが…既に数時間は経っていて、
「このままだと式典が余裕のないものになってしまいますが。」
くどいようだが国を挙げての行事である。個人的なお宮参りとは訳が違う。畏れながらと言葉を発した国務大臣へ、だが、
「式典の方はな、不謹慎ながら…遅れようが潰れようがどうでも良いさ。」
陛下はどこかしょっぱそうな顔をして見せた。
「来賓の方々には謝りゃあ済むし。」
済むのか、凄いなぁ。相変わらずに豪気な陛下だ。とはいうものの、
「ただな、こうやって我儘な駄々を捏ねりゃあ何でも言う通りになるって思われちゃあ、そこはやっぱり困るからな。」
さすがは父上であると同時に、一国の王様でもある御仁。その息子であるからには、我儘だったり身勝手であってはいけないのだと、その辺りの大原則を忘れない。…という訳で、何とか説得で折れさせることは出来んもんかと、先程から頑張っている皆様なのだが、敵もなかなかにしぶといところが、
"さすがは俺の自慢の息子だよなぁ、うんうん。"
………もしもし? 国王陛下?(笑)
「大体、原因は何なんだ? 何かが気に障って拗ねたんだと聞いてるが。」
直接にお支度のお世話を手伝っていた侍従たちへと問いただすが、叱られるとでも思うのか、俯いてしまうばかりでこちらもなかなか口を開かない。
「…う〜ん。」
陛下も皇太子もなかなか豪快で屈託のない方々なので、そうそう理不尽なことで叱ったり罰を与えたりはしない人々なのだが、それでも…事があの王子の身に関わることとなれば話は別だろう。そうと恐れられているらしいと、そこは自ら気がついたらしい皇太子が何とも言えない表情になって苦笑をし、その眸が………。
「お。」
やっと現れた"救世主"へ気づいてニヤリとほころんだ。
「すいませんっ。通して下さい。」
心配そうな人々や、この混乱に乗じて良からぬ何かを企てるような不審者を食い止めるための警護の人々が詰めかけている中を、表の警備員に先導されてここまでやっと到着したのは、
「おお、サンジ。やっと来たか。」
ルフィ王子が一番のお気に入りとしている、お傍衆のお兄さん。
「何かあったんですか?」
サイレンこそ鳴らさなかったが、屋敷まで"お迎え"にやって来たところの"パトカーの隊列"には、さしもの彼でもぎょっとした。日頃おっとりした母上がびっくりして、すぐさま起こしに来たのも頷けた。王宮からの迎えだということで、取るものもとりあえず、慌てて着替えて乗り込んで。車中で何があったのかと使者の方に一応訊いてみたのだが、何とも要領を得ない返事しか返って来ず。どんなに急いでも1時間はかかる道程を、パトカー効果にてその半分強で踏破して駆けつけた次第なのだが、
「ルフィ王子がどうかされたんでしょうか。」
見るからに心配そうに、青ざめた顔で訊いてくる少年へ、陛下は"んんっ"ともっともらしい咳払い。
「あ〜、まあな。我々にもよく分からんのだ、うん。」
「………はい?」
護衛官から侍従たちに、皇太子と陛下まで。これほどまでの顔触れが集まっていながら、何が起こっているやら分からないとは…?
"???"
急を聞いて駆けつけたのに、この曖昧な空気は何なんだとばかり、何が何やら、到着したばかりで最も事情が判らないサンジが、困惑とも何とも言い難い顔付きになったその時だ。
「…サンジ?」
彼らの背後、サンジは初めて見た頑丈そうな扉の向こうから、小さな小さな声がした。
「…王子?」
「そこにサンジ、いるの?」
すっかりと元気のない、細い細い声。慌てて振り返り、扉のすぐ傍らへと歩み寄る。
「王子? 一体何があったんです? 誰かに閉じ込められたのですか?」
何しろ事情を聞かされていないものだから、
「そこに誰かいるんですか?」
こんな大切な日に、しかも主役たる王子を人質に籠城するような不届きな奴がいようとはと、憤然とするサンジへ………周囲の人間たちが一斉に"違う違う"と、立てた手のひらを横に振って見せたのは言うまでもない。(笑)
「???」
ますます困惑するサンジに、扉の向こうからの声がこうと告げた。
「ここから出してよう。開け方が分からないよう。」
……………おいおい、王子様。
◆◇◆
皆様にはもうお判りのことだろう。式典にはサンジが同席しないと、しかも、実家の方へ昨夜から帰っていると聞いて、それで臍を曲げた王子様であり、前々から"いざという時に扉を閉じるレバー"の存在は知っていたので、拗ねた揚げ句に後先を考えないで立て籠もってしまったらしい。とりあえず窓を開けなさいと指示を出し、そちらから入った護衛官たちが扉を開けて、何とか事なきを得たものの、
『だって、サンジ、一緒にお式に出るって ゆってたのにっ!』
前夜、眠りにつくまでのお話の中にて。式典の中で一体どんなことをするのかを話していた時に、
〈色んなこと、沢山しなきゃいけないんだな。〉
〈大丈夫ですって。〉
〈でもさ…。サンジが教えてくれる?〉
〈ええ、良いですよ?〉
そんな風なやりとりをしたのにと。なのに…式典には出ないだなんて。おまけに、王子に何にも言わないで自分のお家に帰ってただなんてと、小さな王子様には いたくショックなことばかりだったらしくって。朝餉も食べずに籠城していたがため、お腹が空いて空いてすっかりと元気をなくして出て来た王子様は、大急ぎで用意されたサンドイッチやスポンジケーキにかぶりつきながら、約束を破ったお兄さんへぷりぷりと怒って見せ、
『前例のないことではあるが…。』
それだからという何か支障が出る訳でなし…と。後見人にしたっても幼すぎるお傍衆の少年が、王子の小さな手を引きつつ臨むこととなった、前代未聞の"付き人つき帯佩式"となってしまったのだったりする。
「……………。」
まるでお人形に着せるお洋服のような、豪奢ではあるが小さな小さな祭礼服。少しばかり色褪せた装束の絹の感触が、その表を辿る指先から胸の裡へと暖かい何かをそそぎ込む。ふわふわと柔らかだった小さな手を引いて、世界中から集まった来賓たちが見守る静謐の中、長い長い通路を祭壇まで進んだ。司祭様から国王陛下の手を経て絢爛豪華な佩がそのお腰に巻かれたのを、これ以上はない間近にてしっかりと見届けた。思わぬこととてかなり緊張してしまったサンジに比べ、
〈くすぐったいよう。〉
長い佩を何度もくるくると巻き付けられたものだから、間近になった父上のお顔のお髭が頬に何度も当たってくすぐったかったらしくって。しまいには軽やかな声を立てて笑い出してしまった王子の方が、やはり大物なのだということだろうか。懐かしい思い出に、ついつい感慨深げな顔になっていると、
「あ〜。その服っ♪」
不意に飛び込んで来た勢いのあるお声。我に返ったようにはっとして、そちらへと顔を向けると、あの頃の自分さえも追い抜いて大きくなられた王子様が、ノックもなく開いた戸口からひょこっと顔を出していた。こざっぱりとしたデザインシャツに細いサスペンダーで肩から吊った黒地のシガーパンツという、腕白でラフな恰好が好きな彼にしては珍しいくらいにきっちりした恰好をしていて。こちらは相変わらずのシンプルなベストスーツという、それでも昔よりはずっとシャープな雰囲気をたたえた恰好のサンジの傍らまで歩み寄って来て、懐かしそうに手元を覗き込む王子なものだから、
「覚えてたのか?」
短く訊くと、
「当ったり前だい。」
大威張りで応じて"くふふvv"と笑い、豪華な式典用の衣装を手に取った。
「こ〜んな小さいんだ。」
サンジと同じようなことを感じたらしい。寸が詰まってやたら短い袖やら、これでも足元まであった…やはり短い裾を、どこか愛しそうな仕草にて、手のひらでさわさわと撫でて見せる。
「あん時は俺、大変だったんだぞ? サンジ、嘘つくしさ。」
「嘘?」
「式典に来るって言ったのになかなか来なくてさ。しょうがないから、俺、立て籠もって時間稼ぎしてやったんじゃないか。」
「…ほほぉ。」
この坊ちゃんてば、あの騒動を自分に都合のいいように記憶しているらしい。ちょいと勝手な言いようへ、ついつい唇をひん曲げながら眉を上げかけた隋臣長だったものの、
"………。"
まだまだ童顔で、丸みの多い柔らかな輪郭に縁取られた横顔に視線を奪われて、
"まあ、今となってはどうでも良いことだしな。"
そこはこちらも"大人"になった身。真相をそのまま回顧されても却って恥ずかしいしと、不問に伏して差し上げることにした。一方で、サンジのそんな胸中なぞ知らないまんま、金銀錦の細やかな縫い取りやら刺繍やらがそれは見事な衣装を、懐かしそうに眺めていたルフィだったが、
「………これってまさか、捨てちゃうのか?」
ちょこっと、心配そうな声を出すものだから、
「まさか。大切に取っておくさ。」
これにこそ用があった佩を、持って来ていた厚絹の風呂敷のような包布にくるみ、あとは元通りに片付け始める。てきぱきした効率の良い手際がそのまま、保管しておくのが当然のことじゃないかと無言のままに語っているようで。何となくホッとしたような顔で眺めていたルフィだったが、
「あ、そうそう。サンジ、来週の式に来るお客様の名簿、もう準備したのか?」
「ああ。一応整理は済んでいるが。」
それについての何かしらを訊きたくて、衣装類の保管庫にいると聞いてわざわざ此処まで足を運んだ王子であるらしい。
「ナミがな、確認したいことがあるから見せてほしいんだと。暇なら探して伝えて来てって言われたぞ。」
ということは。隋臣さんに顎で使われてる訳やね、王子様。(笑) こちらもそれに気づいてだろう。くすんと笑いながら、
「判った。ナミさんに渡しゃあ良いんだな。」
「おうっ。」
伝えたからなとにっかり笑い、さあ御用は終わったとばかり、くるりと踵を返す。すっきりと伸びた背条が…昔に比べればさすがに大きくなったなと感じさせて、
「ルフィ。」
「んん?」
つい呼び止めてしまったその彼が、何げなく肩越しに振り返って見せる。背丈や体つきは大きくなったが、面差しはあの頃とあまり変わってはおらず、大きな琥珀の瞳にふかふかの頬の、それは無邪気で幼いとけない、愛らしいばかりな顔なまま。だが、
「なんだ? 外にゾロを待たせてっから、早く戻ってやんないといけないんだ。」
王子が一緒なら構わないだろうに、自分はあくまで護衛官だからと、宝庫でもあるこの中に入るのは固辞した彼なのだろう。ルフィの手短かな言いようからそれを察して、
「…いや。」
何でもないよとかぶりを振った。呼び止めといて変な奴だと笑いながら、だが、深く言及まではしないで、そのまま部屋を後にする王子だ。お元気な彼が去ると同時に、室内に先程までの静寂がふわりと舞い戻って来る。
"………。"
再び、詰め直しの作業に戻りかかり、手元を見下ろして…小さな小さな式服に手が止まる。
『サンジっ!』
『あんな。るひ、大きくなったら大きくなれるのかな?』
何も置き去りにされた訳ではない。彼の行く末を見届けるべく、自分もまた彼を支えて一緒に歩いてゆくつもりでいる。だが、
"…そうだよな。いつまでもまるきり同じままって訳にはいかないもんだよな。"
何がどうとは敢えて言葉にしないまま、懐かしい思い出を保管ケースにそっと収めて。静かに静かに蓋をすると、両手で抱えて、元あった蔵奥の奥深い棚へと戻しにゆく。撓やかな背中が立ち去った後の広間の静かな空間には、窓に嵌め込まれたブラインドの落とす陰が、窓辺の棚や床の上へ規則正しいストライプを刻んでいて。ここを訪れる数多あまたの人々の、それぞれの胸に秘めたる様々多彩な想いなぞ知らず、何年も前からずっと同じ陰、何年経っても同じ静謐をたたえ続ける空間なのだろう。ただただ無言のままに、彼らの思い出を飲み込みながら…。
〜Fine〜 03.2.23.〜2.27.
*サンジさんお誕生日祝いのお話でございます。
それにしては微妙なラストでしたが………。あーうー。
この『Moonlight scenery』は、
確か最初はしっかり"ゾロル"だった筈なのですが、(ねぇ、なつ乃様?)
話が増えるごと、どんどん"サンル色"が濃くなってゆく、
なかなか困ったシリーズと化してしまいまして。
ウチで唯一、ゾロが脇に回っているシリーズになってしまう日も
もしかしたら遠くないかもです。おいおい
サンルという看板も、出した方がいいのだろうか。こらこら
*このお話の中では"です・ます"の敬語で話しておりますが、
直にタメグチで接するようになるサンジさんです。
この時点ではまだ、思い切りの過保護態勢にあったということで。
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