月夜見
   the episode 0 A 〜Moonlight scenery
 

 
          



  さてその年の"帯佩式"の主役は当然、御年七歳におなりのルフィ王子であり、王宮の奥まったところにある翡翠の宮においては、王子自身が全然気づかなかったくらいに、日頃と変わらぬ穏やかな時間と風が流れていたのだが、それを避けて取り巻く周囲のにぎやかな忙しさは、本当にもうもう筆舌に尽くし難いほどのもの。何しろ、王宮きっての愛らしきアイドルの、一生に一度の記念式典である。まずは、王子にべた甘い国王陛下や皇太子殿下が、度の過ぎる華美は嫌いながらも…常識の範疇内での贅を尽くしたあれこれを、費用や手間は一切惜しまず、世界各地からという勢いで取り揃えさせた。装束や装飾品は勿論のこと、式典の飾り付けやら演出やら、その後の祝宴の式次第に場内で奏でられる音楽の演奏家たち、饗される料理の厳選素材たち、豪勢な食器の品揃え、記念の拝領品の数々と、どれもこれもに厳選を重ね、国家機密ばりの重要会議まで開いて調達班を編成し、絶品な逸品ばかりを揃えさせた。また、国民たちへも色々とお祝いにかこつけた恩恵のおすそ分けとして…お祝いの贈り物を届けの、特別な税金控除をしのと大盤振る舞いしまくった。そんな国民たちの側だって、愛らしい王子様のお祝いごと、黙って恩恵に預かってばかりはいない。記念のグッズ商品発売は勿論のこと、その売上の一部を王子の名前にて国際基金へ寄付するなぞという、味なイベントも各種設けられの、人気の観光スポットに王子のお名前を冠した愛らしい並木道が植樹されのと、国中が諸手を挙げてのお祝いムード。文字通り、国を挙げての大きな大きなお祭り騒ぎとなっていた。当日が近づくにつれ、親交のある国からも山のような祝辞やお祝いが届き、招待された来賓たちも順次到着し、そしてそして、華やかな式典をいよいよ明日に控えた宵のこと。


  「え"? デザートの味見?」

 本宅からの特別回線による電話がかかって来て、こんな時に一体何事が起こったかと慌てたサンジ少年だったのだが、一族の総帥、サンジの祖父殿が訊いたのは…このクソ忙しい時に何を暢気なと言いたくなるような事柄で。だが、
【判っておるだろうが。明日の祝宴の会食に出す品だ。それもルフィ王子のお祝い。王子様のお口に一番に合わせにゃあ話にならんのだよ。】
 サンジの家は長く王室に仕える"御膳賄い"の一族で、何となれば式典用の特別御膳の準備なぞ日頃の朝食並みの手際で揃えられる。だが、そこは名門ならではのこだわりというものがあり、特に今世の総帥様におかれましては、形式美よりお味こそが大事と、主賓の舌と心を満足させることに命を懸けるほどの職人気質
かたぎ。となれば…成程、王子様の一番傍らにいるサンジこそが、彼の好みを知り尽くした人間ということになり、しかも同じ一族の人間、感応力も大したものと日頃から認めている子供であるだけに、正確な情報を引き出しも出来ることだろうと踏んだ祖父殿であるらしい。
"仕事に関しては鬼だからなぁ、このクソ爺ィ。"
おいおい
 その辺りを重々判っているサンジ少年としては、一旦は目許を眇めたものの、ルフィ王子にまつわることでもあるしと、何かしらこだわるものもなくて。
"どうせ式典の間は暇なんだしな。"
 いくら王子本人のお気に入りの侍従でも、こんな子供が大事な式典にまで列席出来るものではない。朝からの式典と市街地を巡るパレードがあって、昼下がりから始まる祝宴。その時にお傍にてお世話が出来れば良いのだから間に合うなと、段取りを頭の中で立ち上げて、
「ああ、判った。」
 王子がお休みになられたら帰るよと一丁前な返事をしたのが、ルフィ王子がご家族での晩餐にはしゃいでおられた夕刻のこと。………この時点では、サンジもまさか、気安く応じた自分のこの判断が翌日の式典を大いに妨害する事態を招こうとは、思いもよらなかったのであった。



            ◇



「なあ、サンジ。」
 晩餐の席でも明日の式典の話が取り沙汰されたらしく、ようやっとご本人にも実感が沸いてきたのか。夜になって寝間に下がられるまで、どこの国からは誰がいらしているかとか、お祝いの品々が空港の倉庫にあふれそうになっているだとか、国王からお聞きになられた楽しいお話をお傍衆たちにも話して下さり、その"明日"に備えて早く寝ましょうねと宥めてもなかなか落ち着かない始末。それでも、可愛らしい寝間着に着替えて柔らかな香りを焚きしめた寝間へと誘
いざなわれると、ある種の条件反射が働いてか、くぁ〜っと小さな欠伸をお見せになる。侍女たちがふかふかのベッドへ抱え上げ奉り、おやすみなさいませと先に下がるのを見送ってから、お布団の襟元を整えてくれる小さなお兄さんへと愛らしいお声をかけて来るものだから、
「どうしました?」
 まだ少し、気分の高揚が冷めないのかなと心配しつつ応じると、
「あんな。るひ、大きくなったら大きくなれるのかな?」
「??? ………ああ。」
 咄嗟にはちょっと意味が分からなかったが、そこはそれ。付き合いの長さが物を言う。もっと年齢を重ねたなら体つきも大きくなるのかなという意味だろうと判って、くすんと小さく笑い、
「なれますよ?」
 小山のような大きさには不釣り合いなほどに軽い、極上の羽布団を掛けてやりつつ優しく答えてやる。幼い子供には果てしなく遠い"大人"の年代。お父様やお兄様がたいそう闊達にして強壮な、颯爽とした強かないかにも男らしい方々なればこそ、憧れのような想いも一際強い王子なのだろうなと、それもまた愛らしく思えてしようがない。
「何かご心配なのですか?」
 重ねて訊いてみると、むう〜と小さな口許を曲げて見せ、
「だってさ、お兄ちゃまには皆して"大きくなられて"とか"ご立派になられて"って ゆうのに、るひには皆"可愛い"しか ゆってくれないんだもん。」
 おやおや。いつもにこにことご機嫌でいることなので気がつかなかったが、実はそんなことへ不満を覚えていようとは…やはり男の子だということだろうか。
"まあなぁ。エース皇太子はまた、お父様似で途轍もなく子供離れしてらっしゃるからなぁ。"
 強かな手腕を振るわれるお父様の間近に、お小さい頃からいつもいらした影響からか反動からか、幼い頃から殊の外に腕白で負けん気も強い。お傍衆たちにもどこか男臭くも逞しい方々の揃った皇太子であったせいでか、体力的にも気性的にもそりゃあもう雄々しく頼もしいお方におなりである。さほどに大差はないほどの、同じ年頃の自分たちもまた相当におませな方ではあるが、そんなものの比ではない。自ら集めたという優秀な参謀たちを率いての、様々な駆け引きを国際的な経済界にて既に幾つかこなしており、そちらの業界では新鋭気鋭の"少年策士"としてその名を知らしめているというから、
"やってることの次元が違うよなぁ。
 まったくである。
(笑) しかもしかも、そこまで似るかというほどに、父上同様、弟王子を溺愛していらして…いやいや、それは今回は置いといて。

  「ルフィは"可愛い"って言われるの、嫌いですか?」

 床に置かれた大きめの、丸ぁいお月様みたいなドームに囲われた照明の他は明かりを落としている室内。黄昏時のような柔らかな明るさだけが満ちた御寝所の中、寝台の間際にまで寄った、色白できれいな顔立ちのお兄さんの。お声でもって撫でてくれているかのような、それはそれは優しい囁きが、静かにそっと王子のお耳にまで届いた。
「うっと…。」
 もうとっくに大人みたいな、大好きでかっこいいお兄ちゃまみたいな風になりたい。でもでも、あのね、
「…嫌いじゃないよ。」
 だって、可愛いって言ってくれる人は皆、にこにこっと笑ってくれるもの。大好きだよって言われてるみたいで、嬉しいことは嬉しいし。ほら、サンジも…。
「私も、王子が"可愛い"って皆さんから褒められるのはとっても嬉しいですよ?」
 きれいな青い眸が、いつもよりもっと優しくなるの。

  "サンジが嬉しいと、どうしてかな、るひも すごい嬉しいvv"

 大好きなお兄さん。いつもいつも傍にいてくれる、エースより優しいお兄さん。どんな我儘も聞いてくれるし、一緒にいると何だかワクワクして楽しい。サンジが楽しいとか嬉しいって言ってくれると、もっともっと嬉しくなる。
「ほんとぉ?」
 ええと くっきり頷くと、きゃうっvvとはしゃぐようにして笑って見せて、
「じゃあじゃあ、るひも"可愛い"でいい。」
 どうやらご機嫌が直ったらしい。いいお返事にホッとして、お布団の襟元を整えてやりながら、明日のお楽しみを一つずつ、あまり興奮はさせないようにと語って聞かせて………その大きな琥珀色の瞳が伏せられるまで傍らにいる。つやつやの髪、やわらかな頬。小さく開いたお口も愛らしい、この王宮で一番の宝物。
"………。"
 こちらの手をきゅうっと握っていた指から力が緩んだのをそっと離して、布団の中へとしまってやり、まろやかな寝顔に少しだけ見とれる、未来の隋臣長さんである。


   やんちゃで可愛い王子様。明日も元気に過ごしましょうね…?






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