月夜見
   the episode 0 〜Moonlight scenery

        *サンジさんのBD記念作品ですので、
         それはそれはとっぷりと"サンル風味"となっております。
         どうかご容赦くださいませですvv

 
          



  地中海と一口に言ってもそれを縁取る国や地域は沢山あって、おおむね温暖で雨の少ないカラッとした気候が特徴。よって、フランスやイタリアなどの沿岸地域、ニースやカンヌ、リビエラ、モナコのように、避暑目的のリゾート地や映画撮影のロケ地などに重宝がられるというのは、皆様もご存知のことだろう。そんな地中海にちょこんと突き出した半島とその周辺の孤島によってなる、小さな小さなとある王国もまた、付近を流れる暖流の影響を受けて一年を通して温暖な気候に恵まれており。また、砂漠にも間近い国には珍しく、それは豊かな水脈の上にあるがため、緑滴る芳醇な土壌の上に永く立つところの安定した王室の治世下にて、人々は至ってのんびりと住まわっている。


  ――― はい。あの国のお話ですvv
      前話までの"予備知識"を思い出して下さいませね?
こらこら


 日頃のお召し物のお世話は、私的・公的に関わらず、準備も手入れも女官たちの仕事なのだが、王族としての特別な儀礼用の衣装ともなるとそうもいかない。その時その時に新調されるものが大半ではあるのだが、親から子へと代々引き継がれる装飾品や小間物もあり、それらは王宮深くに守られた宝物庫やら特別な保管庫などに装具と共にしまわれているため、それなりの格にいて資格のある、限られた人物でなければ運び出すことは出来ない。
"えっと…。"
 その"限られた人物"が、宝物庫の中から選び出した長持ちのようなボックスを1つ、蔵部分の手前に設けられた広間にて、封錠を切って開いているところ。来週、ちょっとした儀式があり、そこへ前の儀式で使った"佩
はい"という帯が要りようなので…と探しに来ていたのだが、
"お…。"
 前の儀式というのは、まだ王子がお小さい頃の"帯佩式"だった。ここいらが昔はトルコ系の帝国の支配下にあった頃の名残り、裾までストンと長い衣を着ていた時代にこの国にだけあった儀式。その長衣の腰回りに"佩"というベルトを締めることで、男女も身分も何の区別もない子供から、一応は分別のある"お兄さん・お姉さん"になったぞとされた、そんな風なこの国固有の儀式が、今は王族にだけ必ず遵守するものとして残っていて。王家のお子たち一人一人へと、当代随一との誉れも高い"織り子"が1年をかけて織り上げる錦の帯には、長寿や息災を表す護神や聖獣の図柄がおめでたくも織り込まれ、これもやはり護身の力があるとされる貴石が縫い取られ、それは見事な装飾品として王宮内の神殿へと収められ、式の当日、神の代理人である父王の手から直々に子らへと授けられる。その"佩"だが、まだ年齢が一桁の子供には少し長いめに作られてあり、それを思春期辺りの17歳の春に迎える"帯刀式"にも、刀を腰に提げる佩として流用する。(王女の場合も同様。)あの時の同じ王子(若しくは王女)がここまで成長しましたよという神々への目印になる…という意味合いのあることとて、今の世にも脈々と引き継がれている大切な儀式であり、たかが帯の1本とおざなりにしてはいけないこと。それで、ごそごそと王子の御召し物を収納してある長持ちを開いていたのだが、
"…小さいよなぁ〜。"
 そこには当然のことながら、同じ儀式で身につけたものやらその他の装束も、幾つか一緒に収めてあって。赤ちゃんの頃のそれらにはさすがに縁がないが、その"帯佩式"やら、前後の儀式…謁見や新年の拝礼などなどにと、贅を尽くして仕立てたお衣装の数々には、どれにもこれにも懐かしい見覚えがある。砂漠が近い国なため、そんなにごてごてと重ね着るような様式のものはないが、豊かな財力の現れか、金糸銀糸をふんだんに織り込んだ錦の綾の美しさや、宝石を縫い込んだ刺繍の見事さなぞは、子供用の儀礼服とは思えないまでの巧みさが素晴らしい。そして、そのサイズのあまりにお小さいことが、中身を確かめたりする作業に使う大きめのテーブルの上、直射日光を嫌って窓にはブラインドが嵌め殺しになっているがため、やや陰の満ちたる室内にてそれらを広げていた、金髪の若き隋臣長さんのお顔に思わずの笑みを誘っていた。
"今でも小さいが、それでもなぁ〜。"
 確かにこれを身につけていた王子を覚えていて、だが、その時々にはこうまでも小さいと意識はしなかった。
"俺自身も小さかったって事なんだろうな。"
 何せ十年も前の話だしと、何だかしみじみとした気分になってしまい、仄かに口許をほころばせてしまったサンジである。


            ◇


 王宮の小さなお日様、太陽の王子。それが、あの第二王子、モンキィ=D=ルフィ様に国民たちがつけた、親しみのこもった愛称であった。屈託のない笑顔にお元気で無邪気な仕草。外国から招かれた大切なお客様たちへそれはおしゃまなご挨拶をするかと思えば、お元気が過ぎて中庭にての木登りや祭事のパレードの山車の高みからたびたび落っこちかけては皆をハラハラさせもした。お父様似で度胸があって、頭の回転も早く、駆け引きも上手という、次期の国王様におなりあそばす皇太子殿下の利発聡明さに皆して安心していればこそ、少しばかり年齢の離れた第二王子は、お母様に似たその愛らしさや無垢で純粋なところが誰からも手放しで好かれ可愛がられ。だからと言って、増長したり鼻持ちならない高慢な和子様にはならなかった素直さが、ますますもって人心を惹きつけた。

  ――― だが。

 才知あふれる国王に美しく慈悲深い王妃。優れた御子たちにも恵まれ、国も豊かで、何につけ順風満帆に思われた今世の王室だったが、運命の神様というものは時に手厳しい試練をわざわざお与えになるものなのか。夫によく仕え、子供たちには懐ろ深く、民にもその慈悲深さで慕われていらした王妃が、あまりに若いまま急な病にて早逝なさった。この悲劇には、王室も国民たちも区別なく、王妃の素晴らしさとそれを失った喪失感にさめざめと涙をこぼしたが、これもまた人として乗り越えなくてはならない試練と受け止め、天に召された王妃に後顧の憂いを抱かせるなと、毅然と顔を上げて歩き出す努力をし、一丸となって頑張った。………ただ、一際幼く甘えん坊さんだった第二王子だけは、なかなかその哀しみから解放されなかったが、早くから傍らに集められていた、個性豊かで大人びた"お傍衆"の方々に手厚く慰められることで、王子もまた王子なりに頑張って立ち直られた。


  ――― そして。



「サンジっ!」
 大理石の上へ継ぎ目のない臙脂色の特別製の絨毯が敷かれた、幅広で長い長いお廊下を、向こうの端から"ぱたぱたぱた…"と駆けて来た小さな足音に気がついて、
「お廊下を走ってはいけませんよ? 王子。」
 略式ながらもベストスーツにシャツと棒タイという正装にて、きちんとした言葉遣いをしているが、こちらもまだまだ十二、三歳そこそこくらいだろう少年が、相手を"メッ"と窘める。途端に"あやや"とちょっとだけ表情が萎
しぼんだのが、まだ佩をいただいてはいないルフィ王子。シンプルなズボンの上へ、足元まであるワンピースのような錦の長衣を着ているのは、彼が幼児であること、まだ刀を提げる佩を授かってはいないことを指していて。とはいえ、これはあくまでも公式の場での御召し物。
「お行儀よくしてらっしゃいましたか?」
 先程まで彼が居たろう場が、国賓を招いた会食だったからそんな装束を着ている彼であり、お行儀を叱ったとはいえ、すぐにも優しい声でそんな風に聞いてくれるお傍づきのお兄さんへ、
「うんっ。るひ、お行儀よかったぞ。」
 たちまちにも"にぱーっ"と笑って胸を張る。つやつやの黒髪に真ん丸なおでこと琥珀色の大きな瞳。ふかふかの小鼻と頬に、表情豊かな口許からは舌っ足らずな愛らしいお声やデタラメなお唄が飛び出す、それはお元気な王子様。同じ年頃の子供と比べるとちょっとばかり小柄だが、運動能力は抜群で、木登りや隠れんぼは誰にも負けない。でもでも、この金の髪をしたお傍衆のお兄さんに呼ばれると、どんなに拗ねての"樹上籠城"でもそれを忘れて飛んで出て来る、なかなか可愛らしい王子様。
「あんな、Wの国ではラクダの競争があるんだって。いつか見物にいらっしゃいって。」
「そうなんですか。」
 当たり前のこととして伸ばされた小さな手。それを大切に押しいただいて、仲良く手をつないだまま彼らがゆっくりと向かうのは、身の回りのお世話をする侍女たちが待ち受ける、王子様専用の私的な棟。会食の後にも視察に同行したり会見があったりと、何やらまだまだ外交接客が続く王や皇太子と違い、お子様な第二王子はこのまま"普段"の生活へと戻って良い。王族の人間として必要な外交のお勉強も、帯佩の儀式を待つ身の王子にはまだ早いということで、気の置けないお客様である時に限りの"お目見え"をしている彼なのだが、この頃では来賓のほとんどが、この無邪気で愛らしいと評判の王子様にお会いしたいと打診して来るのだとかで。
『どこの誰が触れて回ったんだかな。』
 可愛いという評判には満更でもない父王様も、可愛いルフィ王子だけは…まだあまり外の風には当てたくないらしいので"困ったことよ"と浮かぬ顔。
『そうだよな。親父殿や俺にやり込められたクチの腹黒大使なんぞには、謁見させたくないもんな。』
 こちらはまだ"帯刀式"前だったにもかかわらず、既に立派に大使業をこなしていらしたエース皇太子殿下もまた、良からぬ輩には可愛い弟を見せるのさえ惜しいという顔になったほどで…王室一丸となって過保護しとった訳やね、あんたたち。
(笑)
「お帰りなさいませ。」
 大きな窓を全開にしているのは、ここが王宮内でも一番に深い、奥まった棟であるという安心感から。箱入りの極み、皆から"宝物"のように大切にされている王子様は、砂漠に間近い国でありながら豊かな緑の滴る、それは見事な中庭に取り囲まれた"翡翠の宮"にて暮らしていらっしゃる。直接お仕えする女官の数も十数名という多さだし、お食事の係、お召し物やリネン類のお洗濯や管理をする係、お掃除の係やお部屋にお活けするお花の係などなどを合わせれば、数十人の一個連隊ほどもいるというから半端ではない。また、そういった侍女とは別に、
「ルフィ、ビビ王女からお手紙が届いていますよ?」
 さっぱりとした今風のシャツとカーディガンに少ぉし長めの半ズボンへという普段着へ、お着替えの済んだ王子が戻って来た居間にて、その気配に振り返りざま、手にしていた1通の封筒を差し出したのは、オレンジ色の髪を襟足を隠すほどの短さに揃えた、快活そうな少女だ。
「ビビから? やたっ。」
 王子という尊称を、この棟のこの空間ではあまり使わないのが"お傍衆"たち。この少女もまた、金の髪をしたサンジという少年と同様に、小さな太陽の王子様に付けられた"お傍衆"。ゆくゆくは将来の王子の隋臣の一人となる、ナミという名の才気煥発な少女である。はいどうぞと渡されたお手紙を何度も裏表と引っ繰り返してはわくわくと眺め回して、だが、
「はい。」
 サンジへそのまま渡す彼だから、
「こら。ちゃんと自分でお読みなさい。」
 最近、頓
とみに"叱る"姿が様になって来た小さなお姉さんが、叱咤めいた声をかけたが。ルフィは悪びれもせず、
「だってさ、ビビって女の子の字で書いて来るから、るひ、読めないんだもん。」
 いかにも困ったことだという顔になって彼なりの言い訳をする。決して小狡いのではなく、素直に思ったままを口にする彼であり、だのにこんなにも即妙な物言いをする辺り、
"ちゃっかりしているんだか、物の捉え方が飛び抜けているのだか…。"
 自分も相当に"おませ"でありながら、最近の子供の面白いところには敵わないわよねと、サンジへ苦笑を見せながら肩をすくめたナミだったりするのである。
(笑) それはさておき、
「なあ、何て書いて来てるんだ?」
 こっちに座るんだよと大きなソファーまで手を引いて導き、いつもの定位置に座らせたサンジのお膝へと、前から跨がるように乗り上がるのが、小さな王子様の一番好きな座り方。勿論、そのままでは何かの拍子に後ろへ転げ落ちかねないので、
「んしょっと。」
 サンジの側でも王子を抱き込むようにして も少し前へと移動させ、そのまま自分の胸元へと凭れさせ、彼の背中へ両方回した腕で作った輪の中に囲い込む。そうやって、まるでお人形でも抱えているかのような態勢にて、おもむろに手紙の封を切り、これ以上はない間近から…日頃は伸びやかな、されど柔らかく囁くとなるとがらりと淑やかになる声にて読み聞かせるのが、彼ら二人の常だったりする。当然、サンジの懐ろに収まってその胸へ頬をくっつけているルフィからは、背後にて広げられた便箋はまるきり見えず、完全な"読み聞かせ"態勢だが、お勉強用のご本でなし、字面を追う必要もなかろうから構うまい。
「拝啓、ルフィくん。お元気でしょうか。」
「おうっ、元気だぞっ。」
 答えてそのまま"くふふ…"と笑うのは、お手紙相手にお返事する、一種のパフォーマンスのつもりだからだろう。お茶目なお声での茶々をいっぱい交えつつ、サンジが読み上げる姉妹国のお姫様からのお手紙を楽しそうに聞いていたルフィだったが、
「明日ってなんだ?」
 文面の中、明日の日付にてこちらへ来ると綴られてあったことへ、むくりと身を起こすとキョトンと小首を傾げて見せる。王子に関してなら何でも知っている小さなお兄さんは、青い眸を瞬かせ、おやおやという苦笑をして見せて、
「前から言ってましたよ? 明日はルフィの"帯佩式"だって。ビビ王女もお父様のネフェルタリ=コブラ陛下とご一緒に、その儀式にご参列下さるのですよ?」
 王子の成長に合わせて催される様々な儀式の中でも、特に大切な区切りの祭事。まだまだ赤ちゃんの延長というお子様だったものが、これからは社会の一員となるための分別を覚えます、ご指導をよろしくお願い致します…という意味合いの、社交界への最初の"お目見え披露"となるのが、この"帯佩式"だ。よって、
「他にも沢山、お客様がいらっしゃるんですよ?」
 少し風が出て来たようなのでと、侍女たちに窓を半分ほど閉めさせ、衝立(ついたて)を並べさせたナミが、柔らかな香りを立ちのぼらせている香炉を小さなお盆に乗せて、居間へと入って来る。
「大講堂の玉座で、それは綺麗な"佩"を授かるんです。皇太子殿下の佩を織った同じ"織部"の方が手掛けたというお話ですから、きっと見事なことでしょうね。」
 そこは女の子で、綾錦の美しい装束やら華やかだろう儀式や祝典を思って、今からうっとりとしたお顔になる彼女だったが、
「そんなのつまんねぇの。」
 ご本人は頬をぷくぅと真ん丸に膨らませて見せる。
「あら。どうしてです?」
「だってサ。るひ、お式の時はじっとしてなきゃいけないんだろ?」
 まだ子供だとはいえ、多少はあれこれ、形式張った式典にも出ている蓄積がある王子様。むむうとお口を曲げるところを見ると、普通のお子様同様に、堅苦しい儀式はあまりお好きではないらしい。だが、
「いけませんよ? そんなお顔をしては。」
 ナミは"メッ"とちょっとばかり真面目なお顔をして見せた。
「お客様たちもそうですが、国民の皆にもこんなに大きくなりましたよってご挨拶をする式典なのですからね。それがとっても大事なのはお解りでしょう?」
「うう…。」
 偉そうな"お客様"たちは、誰が誰やらよく分からないし、ビビやビビのお父様以外はどこか気取っててあんまり好きになれないのだが、ナミが言う"国民"の皆は大好きだ。街歩きやパレードの時は、それは眩しく笑ってくれる。優しい声を掛けてくれる。それに、日頃手にする何もかも…着るものも食べるものも、遊ぶものも何も全部、顔も知らない"国民"の人たちが頑張って作ってくれているものばかりだ。父王様や兄王子がいつもいつも言っている。自分たちを支えてくれるのも、自分たちが守らなくてはならないのも、沢山たくさんの"国民"の皆だと。だからして、お説教の中に出て来ると、こうして"うう"…"と言葉に詰まってしまう、賢い王子様だったりするのである。
「判った。るひ、いい子でいるの。」
 幼いお顔を引き締めて、真っ直ぐに上げて見せ、ナミやサンジに約束する所作がまた、何とも言えず愛らしい。それへと微笑ましげな顔をして、ああ本当にこの王子様のお傍衆になれて良かったなと、そんな風にしみじみと感じ入ってしまう、こちらもまだまだ幼い隋臣の方々なのであった。







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