月夜見

   the chase of emergency
               〜Moonlight scenery
 


          




    とある王国の位置的環境と対外政策における一考察



 本編、後日談の中でご説明したように、彼らの王国は…表向きには観光とその範囲内に収まるささやかな遊興賭博(平たい言い方をするなら"カジノ")にて、莫大な富を隠し持つ国ということになっている。地中海に飛び出した半島とその周辺の小さな島々。一年中温暖な気候、地味豊かな土壌に、欧州には珍しい軟水の泉とあふれる緑。そして。その、結構短くはない国史上、砂漠の国と石油の国に挟まれた微妙な位置にありながら、これまでどんな戦乱にも大戦にも巻き込まれはしなかった、正に奇跡の楽園。

   ――― という具合に、表向きの場では公言されているが。

   『人跡未踏な孤島や山頂、そういった代物ならともかくも、
    人間が何千何万と寄り集まったその上で、
    長い歴史を紡いで来た国や地域へ"奇跡"はなかろうって。
    俺なんかはそのキャッチコピー聞くたびに、
    いつもつい吹き出しちまいそうになるんだがな。』

 いつぞや、そんなコメントをこっそりと洩らしてらしたのは、父王陛下に気性の良く似た皇太子殿下であらせられる、エース第一王子だ。

   『奇跡ってのは、たまたまとか偶然の巡り合わせとか、
    神憑りとか、人知を越えたものを指す言いようだろ?』

 なればこそ。どこか…人為的な作用によるものへの"奇跡"という形容は大矛盾。それでついつい吹き出しそうになるとのこと。何しろ。各国、特に隣接する国々から頂くコメントは、大概こうである。

   ――― 憎しみを持たぬ相手に剣を向ける必要はない。

 ちょいと遠いが、数多起こった戦争にはしょっちゅう縁があり、常にと言っていいほど指導権を握る顔触れにあった某先進国の言い分はというと、

   ――― お花畑を蹴散らすための戦いをしているつもりはない。

 その他の、各々大戦に於ける同盟国に至っては、

   ――― そんなところに国家があったんだ。ふ〜ん。
おいおい



「まあ…最後のコメントは、この話を洒落めかすために付け足されたジョークなんだろけどな。そのくらいにこの国は、何とか戦争だとか何とか大戦なんてもんの脅威にさらされたことがない国だって事になってる訳さ。」
「表向きは、か。」
 言の葉にされなかった部分をわざわざ確かめるような言い方をすると、色白な隋臣長は"さもありなん"と言いたげにくすんと笑って見せる。まあ、その辺りはかつて所属していた外国人部隊の情報網から聞いたこともあった。といっても、当時の自分たちのような"戦闘の専門家"にしてみれば、平和な国にはこっちからも向こうからも用がないから、あくまでも情勢への補助資料っぽい代物としてのものだったのだが。
「だが、ホントのところはそんなに穏やかってもんでもない。」
 そうと続けた金髪の青年は、空になってテーブルに置かれた相手のグラスへ、大きめの砕氷を1つと濃琥珀のスコッチをそそいでやり、
「巡航ミサイルを向けられるような関係にある国は確かにないけれど、だからって何の含みもなく対してくれる国だって、恐らくは…数えるほどもないんじゃないのかな。」



 お花畑がどうのこうのという評価を受けるほど呑気な国だから、その気にさえなればいつだって制覇出来るというところからではなく。列強大国から直接の攻撃や被害を受けないのは、実のところ…怒らせると怖い国だというのが各国の首脳たちの間で重々分かっているからだ。今時では、何も大量殺戮兵器を持っていることだけが"脅威"の条件とは限らないのである。
 第一に、この王国が保有する富は計り知れないほどの額で、金銀財宝や外貨といった直接的な資産のみならず、ひそかに各国の主要な企業へも"出資者"若しくは"筆頭株主"として食い込んでいるほどの経済基盤を有していて。冗談抜きに、この国が臍を曲げると…宇宙から見た夜の地球上から都市に輝く灯火の明かりがバタバタッと消え失せてしまうほどだとか。
 第二に、これは近年の動きだが、そういう立場から集めることが可能な多岐にわたる様々な情報を駆使し、要らぬ対立関係の火を消して回るような活動もこっそりと展開中。国王の名の下に直属の、凄腕の隠密諜報員を抱えているとかいないとか、正確なところは同じ王宮の関係者でも把握出来ないでいるのだが、

  『…ま、やり方は現場の人間に任せるさ。
   ただ、俺ァ"人道"ってのが結構好きなんでな。
   こっちは勿論、相手にも、非道のないようにってのを念頭に置いてくれよな』

というお話を、見かけた覚えのないきれいなお姉さんを相手に喋ってたよと、ルフィ王子が証言している。何しろお部屋まで顔パスで通れる身。公務の合間の休憩時に父君に遊んでもらおうと、ぽてぽて…と出向いた折に見たのだそうな。王宮内の美女は全て把握している筈なサンジの知らない女性だったそうで、いや…それは良いんだが。
(笑) どこやらの大国が"世界の警察"を任じてらっしゃるのと張り合おうというのではなく、ただ、穏便にやっているだけ。

  『言うこと聞かん奴には直ちに制裁を食らわすような、
   ほれ"We are No,1!"ぽい乱暴なやり方?
   ああいう傲岸なのは好かんのよ、俺たち。』

 今代の王が…表立ったものでこそないが、その筋のそれなりの席でそんな言いようをしたとかで。大国や列強におもねいている訳ではないところから、反対側の勢力からも一応の評価信頼を受けてはいて。そのお陰様で、某中立国以上に平和な空気に安穏とひたっていられるのである。



 だが、それで終わらないのが、人間という生き物の"強かさ"というか"浅ましさ"というか"恐ろしさ"というのか。誰しもやはり、弱みを握られているのは嫌なのだ。自分たちの主義主張ばかりを広くスムーズに通したければ誰よりも上に居なければならないし、顎で使われたくなければ舐められぬよう常に恐れられていなければならないと、何だかヤンキ…もとえ、やんちゃな族同士の抗争にも似た理屈だが。特に国政に於ける権勢を持つ地位・立場にある者は、誘拐や暗殺といった過激なレベルの脅迫行為に常にさらされてもいる。標的は"個"かも知れないが、その双肩を頼りとして推挙している多くの支持者の存在を思えば、最も端的なテロリズムでもあろう。
「勿論、そんな脅威が近づかないよう、俺たちも眸を光らせはする。王族・王家の人間へ危害を加えようとするような輩は、どんな相手だって容赦はしないさ。」
 フロアスタンドの柔らかな光の中、アイスブルーの眸が深色に瞬いて。年若な隋臣長殿の、日頃からも十分端正に整った顔容が鋭く冴え尖る。王族のというよりも、第二王子と特に限定しているのだろうなというのを易々と偲ばせた。自分たちはそのために此処にいるのだと、当たり前の判断であり価値観である頼もしき隋臣たち。ルフィの望みや願いなら、どんなことだって叶えてやろうと獅子奮迅する、若いに似ないとんでもないスタッフたち。
"…実際、頼もしいもんだよな。"
 まるきりの専門外だったろう"地下組織"に潜ったこの自分を、3年かけて追跡し果
おおせた。これから先の話にでも…直接的には"政治の暗部"だとか"アンダーグラウンド"とやらには関わらないだろう人間たちの筈なのに。そんな思い切ったことに、手を染め、鼻先を突っ込んだのも、全ては彼らのお日様、ルフィ王子が切望したから。ただそれだけの理由でだ。何の利もなく、危険なばかりの勤務外行動。素人なのにこんなに頼もしい彼らと自分とが知り合えたのは、やはり…ルフィ王子という"お日様"あってのこと。
"末恐ろしい王子様だ、ったく。"
 その天然の素養で優秀な人材を惹き寄せ、拙い部分も多々あるのに、ならばと奮起してそれを補えるよう、実力以上の才能を発揮させる。結構世慣れていて、冷めた感覚で世渡りをこなして来たつもりの自分でさえ、あっさりと搦め捕られて…その忠誠心はもはや離れ難いというレベルにまで達しているほどだ。
「…? どした? 思い出し笑いか?」
「まあな。」
 何年もの間に渡ってそれが当たり前であったろう、この金髪の隋臣長に言っても始まるまい。怒号轟き銃声咬み合うところの、死神が駆け回るような修羅場を寝床にして来た筈が、いつの間にか…たいそう安穏とした空間へと誘
いざなわれていた自分の身の不思議へと、苦笑が止まない緑髪の護衛官殿なのであった。





            ◇


 ちちち……ぴちゅくちゅ・ちち、と。どこかくすぐったい感触のする小鳥の囀
さえずりが、ガラス扉を広く開け放たれた窓辺近くの梢から聞こえて来て、今日も今日とて爽やかな朝がやって来た気配。澄み切った蒼穹を背景に いや映える白亜の王宮。赤銅色のレンガを敷き詰めた中庭には、涼やかな泉水のほとぶ噴水に、あふれる緑と温暖な土地ならではの鮮やかな花々が咲きそろい。この穏やかさと瑞々しさはそのまま、砂漠が間近い国でありながらも、此処がいかに豊かな場所であるのかを如実に表している、そんな風景に他ならない。そんな中庭を一望に出来る、王宮奥向きの静かな一角。
「………うにゃい。」
 せっかくのだだっ広いベッドだから、一面隅々まで全部使わないと勿体ないとでも思うのか。今朝も今朝とて性懲りもなく、それはお元気な寝相にて、ご寝所のキングスサイズの寝床の中で安眠を貪っていらっしゃるのが、
「王子、お起き下さいませ。」
「朝でございますよ?」
 お起こしたてまつるのがお役目な、年若い女官たちの声に、
「ん…にゃ〜ん。」
 甘えたように"やだやだ"と愚図っては、枕にふかふかの頬を擦りつけて見せる、ルフィ王子その人だ。
"…これで16歳だもんな。"
 小柄で童顔。初めて引き合わされた3年前は13歳だった訳だが、兄上がまた強かなまでにしっかりした青年だったものだから。その彼から紹介された小さなルフィは、十歳を越えているようにさえ見えなかったほどだったのを、今もまだはっきりと覚えている。
「…あの。」
 護衛担当者にしては少々行儀悪く、戸口近くの壁に腕を組んで凭れながら立っていたこちらへと、困ったような表情を浮かべて女官たちが助けを求めるものだから。
「ああ、後は俺がお起こしするよ。」
 苦笑混じりに引き受けて。ほっとした顔になって部屋から出てゆくお嬢さんたちを見送ってから、体を壁から浮かすとベッドへと歩み寄る。
「ルフィ、起きな。」
「にゃ〜…。」
 おいおい、猫か…と呆れながら、横を向いたその頬にかかる柔らかな漆黒の髪を、大きな手のひらで梳き上げてやり、
「………。」
 幼い寝顔にふと見とれた。故
ゆえあって…ちょっとした事件絡みでお傍を離れて3年が経ち、詳しい事情は何ひとつ話しておかなかったにもかかわらず、懸命に探索してくれて再会出来た王子様は。ほんの少しだけ背が伸びただけで、他にはどこも全く変わりがなくって。忘れようと頑張ってみたが無理だった…その幼いとけない様子も屈託ない気性も舌っ足らずな声もそのままに。自分のような愚かで身勝手な男を"さんざん探したんだからな"と叱り飛ばしてから、あらためて"迎えに来たぞ"と、このまだまだ子供の持ち物のような細っこい腕で、力いっぱい抱き締めてくれたのだ。
「…ルフィ。」
 愛惜しい少年の名を呼べば、
「にゃ〜。」
 相変わらずに猫のようなお声で返事をするから。
「こら。起きてんだろうが、ホントは。」
「にゃにゃ。」
 おやおやや?
「…う〜ん。」
 ぱたんと寝返りを打ってから…ぱちりと眸を開けて見せ。だが、起き上がろうとはしないで、腕だけをこちらへと伸ばして来る。
「なあ。」
 今度のお声は、一応は"人として"の呼びかけ。窓からはそよぎ込む風と柔らかな朝の光。相変わらずぴしっと、襟元をネクタイで引き締めた"正式制服"という恰好をあくまでも崩さぬ護衛官。その屈強で頼もしい体のラインを仄かな明るさが浮かび上がらせていて、ああ、この人は自分のものなんだなと、しみじみ嬉しく思いつつ、
「起きな。」
 言いようも語調もちょっとぶっきらぼうな声に、むうと微かに眉を寄せる。この男の素敵で素晴らしいところの大半は、緊急非常事態や戦闘の中にあってこそ生かされる。元は傭兵だったその生活の中で培った、その見事にシェイプされた実用的な体躯と機敏な動作。そして、抜き身の刃を思わせるような鋭利なまでに冴えた雰囲気…なのだが。それらは危機や奇襲に素早く対応して来た機転や反射が磨き上げた"雄々しさ"や"俊敏さ"であって、安穏とした日常の中では必要とされないもの。そんなせいでか、日頃は単なる男臭さにそのゲインを下げられているのだが、そのついでのように、こちらからの甘えかかりをなかなか察してくれない鈍感さにも拍車が掛かるので、それが何だか詰まらない。
"こないだのマリーナで庇ってくれた時は、2、3日甘やかしてくれたのにな。"
 王子と知っての政治的な背景付き襲撃とか、そういう物騒なものではなく、小金のある資産家の坊ちゃんの船遊びと思われたらしい。『白鳥さん2号』と名付けられた白塗りの専用クルーザーに乗り込もうとしていたルフィたち一行へ、外国人らしき数人の男らが飛び掛かり、周囲の皆から大切に扱われていたルフィを主人と見極め、そのまま攫って行こうとしかかったのだが。
『………っ。』
 基本的にゾロは、拳銃とかナイフとか殺傷能力の高い武器は携帯していなくて、素手かワンタッチで伸ばせる市販の特殊警棒一本で大概の相手を伸
してしまう。その時も、相手は5、6人はいたのに、警棒一閃とサブミッション(関節技)とで、1分もかからぬ早業にてあっさり倒してしまい、
『もう大丈夫だぞ。…ルフィ?』
 背後に庇ったルフィが少々ドキドキしていたらしいのを酌んでか、興奮状態を冷ますため、殊更に引き寄せるように…まるで体温を分け与えてくれるようにして、数日ほど甘やかしてくれたのだ。以前はなかったこんな気遣いは、彼がますますルフィをこそ、ルフィだけを大切に想ってくれている何よりの証拠なのだが、となると、ついつい"もっと♪"と欲求も深まってしまうのが人間の性
さがというもの。
「なあって。」
 伸ばした腕を察してくれないのも何だか"うむむ☆"だったので、
「ぞ〜ろ。」
 話したいことがあるの、内緒なのと言いたげな目顔になる。きゅうんと眉尻を下げたこのお顔は、昔からのルフィの得意技。どういうお顔になっているのか、本人は気づいていないらしいが、このまま上目遣いになって"一生のお願い♪"なんて言い出せば、国王も兄王子もメロメロになってしまう必殺技だと、隋臣長が笑っていたそうな。…って、それはあんたもだろうという隋臣長への突っ込みはともかく。
(笑)
「なんだ?」
 無造作に体を倒して来て、耳打ちに丁度良かろう距離まで顔を近づけるゾロの首っ玉に、やっと届いた腕を巻きつけて"きゅうう〜"っとしがみつき、


   「………え?」

   ―――SMACKっ☆(さあ、辞書を引いてみようvv)


 やんごとなきお方だから瑣事・雑事はお付きの人任せだとはいえ、運動神経は良く、身ごなしも軽い王子様。ほんの一瞬、素早いキッスは、さしもの凄腕護衛官でも避けることは適わなかったらしい。してやったりと"くふふvv"と笑って、
「おはよう、ゾロっ♪」
 にっぱーっといいお声で朝のご挨拶をしつつ、やぁっとその体を起こしかかったルフィ王子だったのだが、
「…? ゾロ? どうしたんだ?」
 いくら唇へのそれだとはいえ、ほんのほんの"ちょん"っという程度のモーニンキッスに。ぎちりと体が固まってしまった護衛官殿であるらしく、
「ぞ〜ろ?」
 怪訝に思ってだろう、小首を傾げる愛らしいポーズにて、すぐ真下から覗き込まれたものだから、

   「わわっ、ぞろ、どしたっっ! 貧血かっ? 重たいぞっ!」

 ばふっと。自分にのしかかって来る格好で倒れ込んで来た雄々しい体の重みへと、ルフィはじたばた手足を振り回し、
"サンジくんが来合わせてたら、どうなってたかしらねぇvv"
 声を立てないように苦心しながら…それでも堪らず"くすくす"と。戸口の陰に身を隠しつつ、女官たちと一緒になって笑いを咬み殺してみた、第二王子付き筆頭秘書官のナミさんだったりするのである。



   ――― 今日も今日とて、ごくごく平和に朝が来た王宮であるようだ。
(笑)






TOPNEXT→***


*この年末の忙しい時に、またもや連載の始まりです。
 今回は冗談抜きに何だかバタバタしている間を縫っての書下ろしとなりますので、
 いつものような連日UPとは行きませんです。
 初心に却って、週末連載…よりは早いかな?という感じですかね。
 まま、大掃除や帰省の準備の傍らなぞに、
 ちょろっと覗いていただければという事で。