月夜見

   the chase of emergency F
               〜Moonlight scenery
 


 
          
終章おまけ



「ごめんな、サンジ。」
「んん?」
「だってさ、俺のせいで、あんな怖いこと…。」
「こら、言葉は正しく使いな。」
「えと…?」
「お前の"せい"じゃないだろうが。それとも、お前、何かオイタをしたのか?」
「ん〜ん。」


 幼い子供のように、髪を散らすようにしてかぶりを振るルフィの仕草へくすくすと笑って、サンジは頬にかかった髪の端を指先でそっと払いのけてやる。


「何か、こうしてんの久し振りだよな。」
「…そっか?」
「うん。だって、サンジ何だか、いつもいつも忙しそうだもん。構ってくれないじゃん。」
「まあ…そうだな。あいつが来て、お前のお守りを任せ切れるようになったから。」
「むう、お守りって言うな。」
「お守りだよ。遊び相手で話相手、手ぇ焼かすばっかなんだからな。」
「う"〜〜〜。」





 晴れ渡った蒼穹から降りそそぐ明るい陽射しが、咲き乱れるベラドンナの花々を鮮やかに照らして。仄かに潮の香りがする南風が、緑の梢やほとぶ泉水をさやさやとくすぐって吹き抜けてゆく。何とも穏やかで気持ちの良い、静かな静かな昼下がり。中庭の離宮に据えられたベンチにて、すらりとしなやかな背中と、小さくてお元気な背中が睦まじく寄り添い合っている。何かしら語らい合うそんな彼ら二人の姿を、ぎりぎりの護衛ということで、視野の中に収めつつも随分と離れたところから微笑ましげに見やっているのは、顔こそ無事だが、シャツなどの衣服の下…腕や腿などに掠った弾丸の齎
もたらした小さな傷が増えたらしいゾロである。出来るだけ体を丸めていたとはいえ、そこはやはり機関銃による集中掃射を受けた身。これで済んだのははっきり言って長年戦場にいた故の反射と勘とずば抜けた運動能力があってこそのもの。………つくづくと、とんでもないお兄さんであることよ。そんな彼の傍ら、
「良いの? あの二人。」
 ひょっこりと顔を覗かせたのは、普段のシンプルなツーピース姿という"お淑やかな"いで立ちへ着替えて来たらしいナミである。
「? 良いも何もなかろうが。」
 妙な聞き方をするナミに、怪訝そうな声音の応じを返したゾロだったが、
「そうかしら。」
 ちょいと意味深に笑って見せて、いつもならこういう時は配置が逆な男性陣を向こうとこっちで見比べる佑筆さんなものだから。彼女が言外に何を言いたいのか、実を言えば…まるきり分からないゾロでもないらしく、
「たまには良いさ。」
 おやおや、余裕の笑みですか? 広い胸元へ高々と腕を組んだまま、護衛官殿はくすんと微笑い返した。
「俺が来るまでは、ああいう構図が当たり前だったんだろう?」
「…ま、ね。」
 3年前のほんの半年だけ。この護衛官がこの王宮にいたのはそうまで短い間であり、それ以外の…そこに至るまでの8年ほどとその後の3年という長い歳月は、ナミやサンジたち"お傍衆"の者たちだけが、ずっとずっとあの無邪気なルフィ王子の傍らで過ごしていた。特に、彼を迎えるまでの8年ほどの間、物心ついてから多感な時期を迎えるまでという可愛らしい盛りにおかれましては。何をするにもサンジの傍から離れず、サンジがいないというだけで機嫌が傾
かしぐほどの懐きようで。父上であらせられる国王や兄君でいらっしゃる皇太子殿下以上に慕っていらしたのに。


   『連れて来いよっ! ゾロのことっ!
    皆が悪いんだからなっ! 皆が追い出したんだからなっ!』


 3年前、兄王子がその働きを見込んで、遠い国から連れて来られた戦闘のプロ。たった一人で一個連隊を撃破出来る、超一流のガーディアン。凍るような眼差しと、油断のない…俊敏にして鋭利な身ごなしの。いかにも恐持て、このお呑気な国にはこんな機会ででもなければ縁
(よしみ)は結べまい種の男。だというのに…そのどこに惹かれたか、ルフィ王子はこの男にそれはそれは懐いた。異国の風変わりな人間が物珍しかったからなどという子供じみた好奇心ではない、何かしら奥深いところでの感銘があったらしくて。すっかり夢中の体で懐いて甘えてまとわりついて。3年前に、選りにも選ってその彼から突然切りつけられた時でさえ、何の弁解もないまま姿を消したゾロを、
『きっと何か事情があったんだ』
などと言い出して必死で庇い、何に替えても探してくれと言い出したほど。
"あたしたちはともかく、サンジくんにはショックも大きかったでしょうにね。"
 それもまた"身内が相手"だからこその、遠慮斟酌のない甘えの裏返し、駄々や我儘のようなものだったのだろうが。状況が落ち着いた今だからこそ言えることだし、真相が判ってからにしたって…そんな危険な茶番を躊躇なく実行出来てしまうような男、再びルフィの傍らに置くなんてとんでもないと、ナミ辺りは少なくない抵抗も感じていたのだが、

   『ルフィが望むなら、叶えてやらなきゃ、ですよ。』

 どんな淑女でも落とせる魅惑の声に滲んでいたのは。他でもない本人自身が身の裡
うちに感じていたのだろう甘苦にがさに浸して、そっと吐露されたやさしい想い。何があっても…それこそルフィ自身が何をか選んで此処からどこかへ飛び立ってゆくのだとしても、精一杯の尽力を惜しまないだろう、懐ろ広くやさしい、もうひとりの"お兄さん"。
"だっていうのに。"
 だというのに、このところ。帰って来たこちらの彼に、またまたぞっこん甘え倒していたルフィだったから。王子様の気持ちも判らなくはないけれど。加えてついでに、この護衛官殿の切なる気持ちも、察して余りあるものがなくはないのだけれど…でも。何だかちょっと、言いようのない想いが、胸の奥底にてムズムズしないでもなかったナミだったりするのだ。
"人の心って、やっぱ複雑よね。"
 そうですよね。誰も悪くない、誰もが誰かを想ってるだけのことなのに、どこかで寂しさのしわ寄せを食う人がいるなんて。そんなこんなを思っていた佑筆嬢へ、そうとは知らぬだろう凄腕ガーディアン殿はといえば、


   「母親には勝てないよ。」
   「…まあ☆」


 なんともお呑気、だがだがしみじみと、そんな一言を洩らしたのであったとさ。



   〜Fine〜 





   「ところで。
    よくもあのオートバイを傷物にしちゃってくれたわね。
    あれって皇太子殿下のコレクションだったのよ?
    後であなたが、しっかり叱られてちょうだいね。」

   「………おいおい。」
(笑)




   〜 今度こそ Fine 〜 02.12.8.〜12.27.


   *終わった〜〜〜♪
    何とか年内に終われました。
    これが一応の"仕事収め"というところでしょうか。
    今年一年、こんな未熟者のサイトへお運びいただきまして、
    本当にありがとうございました。
    来年も頑張りますので、どうかよろしくお願い致します。
    ではでは、ちょっとお早いですが、皆様よいお年を〜vv

岸本様から、お素敵な作品を頂きましたvv ***


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