月夜見

   the chase of emergency E
               〜Moonlight scenery
 

 
          



 性能がいいし、整備も行き届いているから、意味のない騒音をけたたましくばら蒔く"やんちゃもの"仕様のそれのようなお馬鹿なマシンではないが、それでも全身に染み渡るような振動と迫力のあるイグゾードノイズの響きは相当なもの。馬力もかなりある代物で、慣れのない者が迂闊にクラッチアウトしたならば、振り回されて吹っ飛ばされているかも。初めての相棒となったこれを自在に牛耳ることが出来る緑髪の護衛官殿、膂力は確かに大したものだ。
"向こうからは丸見えか…。"
 空高く泳ぎ上るかのように車体を跳ね上げての場内突入を敢行した時点から、一気呵成の真剣勝負は始まっている。こちらの防具はといえば、ハンドルの中央に申し訳程度についている風防ガードと、オートバイ用のフルフェイスのヘルメットのみ。だが、ご本人はというと、そういったものは却って"鬱陶しい"らしい。
「…っ。」
 たちまち"パパパ・パラタタタ…っ"とばかり、連続掃射されて来た機関銃の、身を竦めたくなるような乾いたいななきに遭い、
「ちっ!」
 一際身を縮めてオートバイの車体に密着し、車体を右へ左へと鋭く切り込むように蛇行させる。弾道を読んでのこととはいえ、前以て相手との打ち合わせをするアクション映画じゃないのだから、まるきり当たらない訳ではなく。加速に風切るその身のあちこち、ヘルメットや肩先や腕に、ただの風より鋭い疾風が何発か、ぴしっと肌を爆
ぜては掠めてゆくが、こんなものに怖じけていては始まらない。
"こりゃあ一発勝負だな。"
 問題の第二ポートの大外回りを、大きく大きく1周してみる。ここへ来たそのすぐ直後に何の聞き取りもないまま、文字通り"飛び込んだ"ので、状況というものが今イチ判らなかったのと、相手を牽制&撹乱する意味からのことだった。平日なせいか予約も少なかったのだろう。場内はヘリコプターもブイトールも他には出ていない。荷物だけを空輸する予定もなかったらしく、場内は閑散としていて、特に目標機体の周辺はすっきりと片付いているがため、向こうさんも本当に"間に合わせ"の防壁として、ブィトールの間近にまで乗りつけたレンタカーらしきミニバンを少しずつずらした位置に停めて盾にしているほど。
"まあ、普通に考えて…ヘリポートにごちゃごちゃと障害物をばらしときゃしないからなぁ。"
 燃料用の給油タンクだのカーゴだのが、あちこちに取っ散らかっていては、非常に危ないですからねぇ。状況をざっと把握して、さて。
"…あいつはブィトールの中か。"
 ルフィと一緒に王宮の屋上から確認した。後ろ手に縛られたまま、用意されてあったブィトールへ無理から乗せられていたところを。
"車の方へ戻されてはいない、か。"
 アクチュエーターとその周辺の電気系統とを切断した格好になっているため、ブィトールは使いものにならないと分かっている筈だが、だとしても。籠城の拠点として、その頑丈な機体を利用しない手はなかろう。それに、自分たちが仕掛けた遠距離狙撃とそれへ続いた花火によって、あっと言う間にここの係員たちに取り囲まれているのだろうから、そんな中で人質の移動などという面倒なことにまでは手も回っておるまい。連中の最後の切り札、こちらから言うと"捕らわれの姫君
おいおい"である隋臣長は一応は無事。それらを素早く解析把握して、スピードは落とさぬまま、それでも結構な広さのあった場内を1周し終えて戻って来た相手の正面。
"…よし。"
 牽制も過ぎれば余計な挑発になり、却って危険だ。意を決して籠城現場へと進路を取って、車体を立て直したその途端に、
「………ちっ。」
 ちゅいんっとヘルメットの縁に弾丸が爆ぜたらしい衝撃があった。長めの銃身の横っ腹へと装着した重たげな弾倉帯を足元にまで垂らして。機関銃を構えている一人が、やや手前に単独で飛び出す形で陣取っているのだが、
"浮足立ってるな。"
 都市型犯罪…という言い方は、このケースへ当てはめるには少々範疇がずれるかもしれないが。どうもなんだか、実戦経験は少なさそうだなという感触がある。銃撃・射撃ひとつ取っても、せいぜいビルの中などでの制圧目的の乱射や待ち伏せ&静止状態での打ち合いくらいしか場数を踏んではいない連中なのだろうと。例えば機関銃の扱いを見ても分かる。こちらが取った蛇行走行にあっさり乗せられ、銃身をやたらと振り回してしまっていて、近寄らせまいとする弾幕以上の効果を上げていない。振り回せばその分、弾道もぶれる。がっちり固定されていない機関銃は、1分間に何百何千と放たれる弾圧…掃射時のプレッシャーが物凄いため、ただでさえ照準はアバウトになっていようから、
"命中率は限りなく低くなるって訳だ。"
 その機種から見越した弾速と射幅・射程。そして、今実際に対峙している相手の実射の腕前。そういった物騒なものの感触を実体験の中から弾き出せるゾロにしてみれば、完全に避けるのはさすがに無理でも、出来るだけ当たらない対応というものが繰り出せるらしい。出来るだけ当たらない、当たる確率を低くすることで良しとする辺りが、何とも大雑把というか…豪気な人である。
"景気のいい機関銃は2基だけだな。"
 ニヤリと不敵に笑ったそのまま、クラッチ操作でオートバイを加速させる。いつの間にか、微妙にワンテンポずれて追って来る格好になっていた弾幕を導くように引き連れて、片方の防壁、ミニバンの裏手へ疾風のように飛び込んだところ、
「うわわっっ!」
「馬鹿っ、どこを撃ってやがるんだっ!」
 オートバイ本体はあっと言う間に駆け抜けたが、その後に追従して来た…アスファルトを強い雨脚のように蹴立てる機関銃の弾幕が、隠れていた仲間の面々を一斉に追い出す形になってしまった。
「あわわ、しまったっ!」
「何してやがんだっ!」
 撃たれては堪らんとばかり、射程からあたふた逃げ出した面子たちを、
「左A班、突入!」
 待ち構えていた機動隊の陣営がわあっと飛び出し、あっさりと取り囲む。これで一気に相手の頭数は半分まで減ってしまったから。………おさすがである。



            ◇



"どういうことだ、これは。"
 穏健な国、呑気な王国。それなりの地道な治安維持努力があってのことと、倫理観やモラルの高尚な点を評価されてこそいるが、引っ繰り返せば…平和が長かったお国柄から危機管理意識が低く、突発的な犯罪には慣れていなかろうから。あっさり手玉に取れようと、そんな風に高を括っていたのに。若いに似ず用心深い侍従長に策謀をあっさり見抜かれて。それでも作戦はまだ破綻はしてはいないと、送り出した実行班は、不備のない書類が功を奏して間違いなく王宮へ入り込めたのを見届けた。だというのに。これは一体どういうことだ? 空港やホテル、銀行の警備員たちも大した武装をしてはいない、至っておおらかな国なのに。駆けつけた機動隊らしき連中もどこかおたおた不慣れな様子だったというのに、
「な…何者なんだ、あれはっ!」
 たった一人で、しかもオートバイを操るだけという手段で。銃器装備した集団という相手を恐れもせず、逆に次々薙ぎ倒してしまった謎のライダー。今丁度、仲間を撃ちかかった迂闊者の機関銃操者の頭上を"ヴァウン…"とまたぎ越えることで圧倒し、そのまま這いつくばらせた凄腕のドライビング・テクニシャン。

   "…あんな"隠し球"がいようとは。"

 この犯人、野球が発展してる国の出身らしい。………じゃなくて。
(笑) 知っていたならもっと準備に念を入れたのに。乗り込まんと仕掛かったそのタイミングをきっちり狙ったかのように、音も姿もなく襲い掛かったブィトールへの狙撃。ここの係官を"異状は無いですか?"という点検にと飛び出させた結果を招いたところの、いきなり頭上で弾けた花火もそうだ。綿密に立てた計画を…今日の発動当日まで、それは順調に運んでいた策謀を、こうもあっさりと突き崩してしまった何者か。

   "王室専属の秘密工作員がいるというのか?"

 オートバイの接近を察知して、ブイトールの間近に停められたミニバンの陰に残された面々が一斉に銃を撃つ。だが、相手はまるで怯まない。……………と、

   ――― ヴヮンッ!!

 不意に姿が縮んだ。いや、路面すれすれにオートバイの車体が倒れ込んだのだ。弾丸がどこか急所へ当たったか、それとも無茶な蛇行をし続けたがため、とうとう制御し損ねて転倒したのかも? 執拗な攻勢がやんだと、ホッとしたように安堵の息をつきかかったのも束の間、
「…っ!」
 馬力のあるオートバイから投げ出されたようにも見えたライダーは、放り出された先の路面に片手を"とん"っと突くと、そのまま軽々と…何か武道の受け身でも披露するかのように、その均整の取れた長身を鮮やかに宙で翻してトンボを切った。そう。"投げ出された"のではなく、自分から離れたればこその、撓
しなやかで軽快な身ごなし。そして、
「突っ込んでくるぞっ!」
 制御を失った大型バイクの方は、その巨体を…信じられないほどのスピードで回転させつつ、路面をこちらへとすべって来たではないか。
「あわあっ!」
「逃げろっ!」
 滑ってくる角度が悪い。アスファルトに擦れた箇所から白金気味のきつい火花を飛ばしながら、ざぁーー−−…っと迫ってくる車体。ミニバンの陰に屈み込んだ自分たちをまとめて薙ぎ倒さんという角度と、有無をも言わさぬスピードであり、
「バンに衝突したら、爆発するぞっ!」
「………っ!」
 そのくらい知ってはいても、いざ現実に遭遇すると咄嗟には判断出来ず、また体の方もなかなか動いてはくれないものだが、そこのところはさすが犯罪者集団としての覚えがあってか、
「危ないっ!」
 先程、味方の弾幕が追って来たことで、あっさり追い立てられるように飛び出してしまった仲間たち同様に、滑稽なくらい簡単に防壁の陰から飛び出している残党たち。そこへ、
「左B班、突入!」
 こちらもやはり、援護態勢で待機していた警察の機動隊が突入し、易々と全員の身柄を確保してしまう。そんな"人間の楯"に取り押さえられながらも、
「馬鹿野郎っ! 車が爆発するかも知れんのだぞっ!」
「こっから離れないかっ!」
 もはや捕まっても良いが要らない怪我はしたくない。それでと大声で喚いて暴れかかる連中へ、
「まあま、落ち着きなさい。」
 ゆっくりと近づいて来た、この部隊の隊長さんがそれはそれは落ち着いた声をかけてやる。
「馬鹿か、お前らっ。判らんのかっ?」
 大型オートバイとミニバンと、もしかしてすぐ間際にあるブイトールにまで火が及んだらどうなるか。ヴイトールの燃料はガソリンよりも揮発性が高いというのに。それを思って金切り声を上げる賊たちへ、
「だから。落ち着いて、あっちを見なさい。」
 誠実そうな年嵩の部隊長さんが腕を差し伸べた先では。
「……………あ。」
 がりゅん・がりざり・しゃしゃしゃ…と、確かに滑り込んで来ていたオートバイだった筈が、数メートル程を残してぴたりと止まっているではないか。だが、
「そ、そんな…。」
 あの加速で突っ込んで来たものが。あの重さのあの大きさの、フルカウル仕様の車体で滑りも良いオートバイが。そんな中途半端な位置で唐突に静止するのは、物理的に訝
おかしい。……………で。よくよく見ると。
「……………あ"。」
 車体から伸びている何かがある。細い鉄線。いや、ワイヤーかチェーンだろうか。路面すれすれの低い位置から、ピンと張って伸びているその先には………大きな拳がぐっと握られていて。

   「そんな………っ。」

 大型犬の散歩じゃないんだから…と思ったかどうか。
おいおい あの加速のこの巨体。きちんと走行するへのでさえ、何百キロもの負荷を物ともしないだけの腕力がなくては制御出来なかろう怪物オートバイだったのに。直前まで結構なスピードに乗っていたそのまま、路面を滑りゆく凶器と化した鋼鉄の塊を、膝をついての低い姿勢ながら、ほんの一本のワイヤーにて"がっき"と取り押さえていたのも、さっきまでの搭乗者である謎の青年だと来て。
「…何者なんだ、あれは。」
 これでも一応は、この筋での中堅どころ。それを威張るのもどうかと言われそうだが、機転が利いて機動力のある、小回りの利く"犯罪集団"として、この世界で名を馳せているのだという自負のある自分たちが、あんな…事務員同然の軽装備の一般人に捻られようとは。がぼーんと口を開け、ただただ呆然自失という体のリーダーらしき男の肩をポンポンと叩いて促して、
「さて。署の方で色々とお話を伺うことになる。きりきりと歩んでもらおうか。」



   ――― 総勢20数名の"プロ"を自称する誘拐団とその企みは、
       その策謀がいよいよの実行と運んだ当日の、
       ほんのたったの半日ほどで。
       こうしてきっちり全員がお縄を受ける結末を迎えることと相なった。




            ◇



 やっとのこと、立ち向かう輩たちを全て薙ぎ倒し終えて。こちらの状況を待機して見守っていた機動隊の面子たちへは、頭ごと顎をしゃくるような大きな仕草で合図を送った。彼らの突入を確認し、戦意喪失し切って引っ立てられてゆく賊たちにはもう関心もない素振りで…銃撃戦の弾痕も生々しい、防壁だった車の傍らをずかずかと進んで。
「…さてと。」
 ヘルメットを脱ぎながら、歩み寄ったのは問題のブィトール。晴れ渡った青空に映えるピカピカなボディには、南国の花々や瑞々しい緑の森がアーティスティックにペインティングされている。レスキュー用だとか運搬用だとかいう"実務用"のものではなく、紺碧の海や島々を望む遊覧飛行も楽しめる観光用なので、前面のフロントグラスはかなり大きく広いデザインになっていて、足元までの開放型。とはいえ、横腹に設置されたスライド扉は、構造上頑丈そうな鋼板製で。
「………。」
 ウソップがパソコンを使って照会確認しただけの人数を、きっちり薙ぎ払ったゾロではあったが、一応の用心にとホルスターから銃を抜き、扉の取っ手に手を掛けて、がらら…と引き開けた鉄扉の向こう。
「…よお、元気そうだな。」
 大きなフロントグラスから差し込む陽射しが満ち満ちている機内。充分明るいコンパクトラウンジ仕様のゆったりした座席の上に、窮屈そうに横たえられていたのは。昨夜遅くに談話用のラウンジで別れて以降の半日ちょっとぶりに顔を合わせた相手、今話にては やっとの御登場をなした隋臣長殿である。胡散臭い相手だと思いつつも一応は"正式"な訪問ということもあってきっちりしたいで立ちで向かったらしく。その浅いグレーのスーツの上から、腕は手首を後ろ手に、脚は太ももの部分と膝、足首の3ヶ所をぐるぐると縛られた何とも痛々しい姿であり、口許には…ガムテープを貼られている。内部を見回し、他には誰の気配もないと確認してから乗り込んでゆき、
「最近は多いんだよな。さるぐつわってのはすぐ解けるから、こういうので塞がれて。」
 気の毒ではあるが、恨めしげな目線が訴えるものが…実は分かっていながらも、
「一気に行くぜ。」
「〜〜〜っっ!」
 テープの端に手を掛けて、左から右、勢いよく剥がし去る。
「………いっ…っ。」
 おおお、声も出ないくらい痛かったのね。顔を背けたその肩を引き起こし、
「じわじわ剥がしてやれる余裕はなかったんでな。」
 容赦のない護衛官は、そのままてきぱきとロープを解きにかかったが、
「てめぇ…。先に手ぇ解
ほどいてくれりゃあ自分で剥がしたんだっての。」
「あ、そうか。そういうもんだよな、うん。今度からは気をつけるよ。」
「今度なんざあるかいっっ!」
 まず自由になった両の手で、ひりひりするらしい口許や頬をごしごしと擦って、
「どこにも怪我はしてないのか?」
 こちらに背を向け、足元のロープをザクザクとナイフで切り解いてくれるゾロからの問いかけに、
「ああ、お陰さんで無事だよ。」
 完全に自由の身になったなら、まず最初にこの広々とした背中を思い切り蹴っ飛ばしたろうかいと、少々物騒なことを思ったほど、それはお元気そうな
(笑)攻撃的な気色に満ちていたそのお顔が、だが、ふと。
「…。」
 聞こえないほど微かなため息と共に深くうつむいた。顔のほとんどを隠した、金の前髪のブラインド。その陰から、
「…ルフィは? 無事なのか?」
 ぽつりと、訊く。足に絡まるロープへと集中しているらしき大きな背中。振り向きもせず、
「俺がこんなとこに出陣してるんだぜ? それがどういうことなのか、言わなきゃ判らん間抜けじゃねぇだろ?」
 あっさりとした答えが返って来て、
「………そっか。」
 何だか…覇気が無い。助かって一気に気が抜けたか。いや、そうではなかろうなと、ゾロは背中を向けたまま、声を立てずに静かに苦笑する。自分がどうなるかということよりもずっと、ルフィのことがただただ心配だったろうし、それ以上に。その傍らに居てやれなかったことが、守ってやれなかったことがひどく悔しいに違いない。自分という護衛の専門職が信用出来ないのではなく。あの幼
いとけない少年は、彼にとって掛け替えのない"宝物"だから。自分の身を削ってでも、その願いを…どんな無茶でも聞いてやろうとするほどの彼だ。いつだってその腕の中に置いて、冷たい風に当てもせず、守ってやりたいサンジなのだろう。
「ほら、終わり。」
 ロープを全部取り去ってくれ、こちらを向いた護衛官は、そのまま"がしっ"とばかり、洒落者な隋臣長の胴へ手を掛けると、
「…え?」
 そのまま"ひょいっ"と肩の上へ担ぎ上げる。
「わっ、よせってっ! 歩けるよ。」
 消耗を気遣ってにしては乱暴だが、それでもそこまでされるほど疲れてはいないぞと言い出すサンジへ、
「何も王宮まで運んでやろうってんじゃねぇよ。」
 ゾロは…何が楽しいのか、妙に愉快そうな声で応じる。遊覧用の余裕ある内部は天井も高いめ。よって、上背があるゾロのその肩に抱えられたという高さに置かれても、頭や何やぶつける心配はなかったが。広く開かれた戸口をくぐり、短いタラップを数段降りて。
「ほれ、お待ちかねだ。」
「???」
 すぐさま、あっさりと目の前へ降ろされたサンジがキョトンとしたそのタイミング。


   「サンジっっ!」


 背後から投げかけられた声に、ハッと虚を突かれたように弾かれた隋臣長の端正な顔。それを真正面から見ることとなったゾロは、思わずのこととして小さく小さく破顔した。体を張って守り抜けた"幸い"の象徴。振り返った彼の懐ろへ、駆け寄って来て飛びついた小さな存在。
「サンジっ、サンジっ。大丈夫だったか?」
「……………ルフィ。」
 ぐりぐりと身を擦り寄せ、そこに居ること、暖かな身であること、息災な彼であること、全身の肌身で確かめようとする。やわらかな頬が胸元に押しつけられる感触に、しばし我を忘れたようになり、すっかりと雰囲気に呑まれていたサンジだったが。小さく小さく"…くすん"というしゃくり上げが聞こえたことへハッとして、
「なんでルフィが此処に居る。こんな危険な場所に、どうして連れて来たんだ?」
 守るお役目の人間が何故にわざわざ、その守るべき対象を連れ回しているのだ、順番が逆だろうがと、整ったお顔を強ばらせ、肩越しに咬みつきかねない表情になって訊くものだから。ゾロはその大きな肩をひょいとすくめると、
「どうしても連れて行けって煩くせがまれてな。それでお連れあそばした。」
 にんまり笑って、だが、続きは飲み込んだ。
"お前を見つけるまでは離れないって勢いだったんだぜ?"
 …おや? そうだったですの? 仄かな笑みを浮かべたままな護衛官の言いようへ、小首を傾げて見せたサンジだったが、
「凄く凄く怖かったよぅ。」
 腕の中、そんなことを訴える王子にギョッとする。アイスブルーの眸を見張り、
「奴らが王宮へ乗り込んだのか? それともここで、何か怪我をしたのか?」
 自分の胸元に顔を伏せた小さな坊やの、陽光につややかに輝く黒髪を撫でてやると、
「そんなのが怖かったんじゃないっ。」
 何を勘違いしているんだと、ルフィは少しばかり語気を荒げながら顔を上げた。
「サンジに…もう逢えないかと思ったら、凄く怖くて。じっとなんかしてられなくて。」
 ここまでずっと頑張って我慢してた。不安だったけれど、怖かったけれど。何も役に立てない身なのが歯痒くて、とっても口惜しかったけれど、それでも泣かなかった。
「ゾロがいたから…俺の護衛だけじゃなく、サンジんことも助けようって立ち回ってくれたし、ウソップやナミも一杯一杯頑張ってくれたから。だから、絶対大丈夫って思ったけど。でも、俺、早くサンジに会いたかったから…っ。」
 いくら幼くたってそのくらいは分かる。自分ではあまりに非力すぎ、助けることなぞ適わないと。けれど…元はと言えば、自分へ襲い掛かった凶刃のとばっちり。そんなことで、この大切な人がどうかしたなら、二度と会えないようなことにでもなったら。そんな悲劇が訪れたならと、そう思うだけでも居たたまれなくて。
「…ルフィ。」
 懸命に見上げてくる愛しいお顔。柔らかな頬を両手でそっと包み込み、赤く染まった目尻を親指の腹でやさしくぬぐってやって。

   「こっちだって心配してた。無事で…本当に良かったよ。」

 それはまろやかな笑みを浮かべ、愛しい愛しい王子様を腕の中、確かめるように抱き締めた、隋臣長殿であったのだった。




←BACKTOPNEXT→***


 *やっと“姫君”を救出することが出来ました。(姫はやめれ。/笑)
  もうちっとだけ続きがありますので、
  そちらへどうぞvv