Moonlight scenery  "Fight!" B
 

 
          



 さて いよいよ。問題の、神様へと捧げる"奉納試合"が始まる。こちらは優勝した王族代表者が勝つことにシナリオが決まっている試合であり、例年ならば恰幅の良い護衛隊長さんが、お行儀の良い試合になるようにと加減をしつつのお相手をするところなのだが、今回は大会前から別な人物がその相手として決まっていて。……この辺りは何だか、出場のご指名がある前から豪華な衣装の準備をしていることへ"それって訝しい"と突っ込みを入れられている、某 紅○歌合戦の常連のどなたか様みたいな段取りだけれど
(笑)、まあま大目に見て下さいませ。進行役のアナウンサーが、これはあくまでも"神事"なのだからと、厳かな口調にて出場選手をご紹介する。

  「赤コーナー、モンキィ=D=ルフィ王子っっ!」

 場内に沸き返るは、応援の気勢を乗せた拍手の嵐。タタミ敷きの闘技場の上へと躍り上がった、小さいけれどお元気な王子様に降りそそぐそれらを、片手を掲げて静めたアナウンサー。対面側のサイドへとその手を差し向けて、対戦者をコールする。

  「対しまするは、覆面の闘士、グリーンアイっ!」

 …何じゃ、そりゃ。
(笑) 王子の側のリングサイド…もとえ、控えのベンチにて、ナミさんがやれやれと肩を竦めて見せる。
"物凄いネーミングよねぇ。"
 まったくですが、まま、これも仕方のないこと。挑戦者としてのご指名は受けて立つとして、ここで問題になったのが…ゾロ本人が危惧していたこと、即ち"居るけど居ない護衛官"という彼の立場だ。一応は"神事"なため、会場内には王族と来賓とテレビクルーしか入れずの非公開。とはいえ、国内限定ながらもテレビ中継される代物なだけに、国際手配のかかった彼の素顔をそうそう人目にさらす訳にはいかない。そこで、事情を知らない者が一瞥しただけでは誰なのか判らないようにとする工夫が必要だったため、特長のある髪をまずは漆黒のスカーフで覆い、ついでに鼻から下の首元までも通気性の良い特殊素材のスカーフで覆った覆面状態。わざとらしい一枚仮面ではなく布を巻きつけたことで、却って…何だか謎めいた佇まいとなってしまったようで、
「おおう、一体どんな戦士なのだろう。」
「実は高名な格闘家だという話だが。」
「旅の途中だったものを、わざわざ参加を願ったそうな。」
「そんなお方では、ルフィ王子も勝てはしないのではないか?」
「何を言うか。翡翠の宮におわします、王家の御霊
みたまが守って下さる。」
 さわさわと会場内がざわめく中、

  「それでは、本年度、神前奉納試合をここに開催致します。」

 審判役が高らかに宣言し、両者がそれぞれに身構えて。問題の最終決戦が始まったのである。そして…。

  "…あれ?"

 最初にその眉を怪訝そうに寄せたのはルフィだった。何度か"組みかかっては離れて"を繰り返すうち、手ごたえが…何だかおかしいなと感じた。日頃の時々、手合わせしてもらっている時のその感覚とは、微妙に呼吸みたいのが違う。ナミやサンジから、これは国事だから負けろと言われていて、それでタイミングとか覇気とか押さえてるゾロだったならこんなもんかな。…いや、そんなじゃなくて。

  "こいつ………。"

 がしっと。叩きつけたものを受け止められた手刀と肘と。捕まったそのまま、ぐいっと引かれ、羽交い締めにされかけたため。腕だけでなく体も同じ方向へと流すことで"拉
ひしぎ"をかけられるのを阻止し、逆に相手の背後まで回り込んで、掴まれた腕で相手の首っ玉を抱え込む。
「くっ。」
 後ろを取られまいと、不意に屈み込んで、その背中にルフィを乗っけて前へ放り出そうとした素早さと機転は大したものだったが、その運びのタイミングに…何か異様な気配、存在を感じて、

  「………っ。」

 ルフィは反射的に腕を離し、その場からも大きく跳ねると身を離した。素早く構え直した相手の手のひら。指先の握り方を直したように見せかけて、その手首に巻かれたサポーターへ、何かしら光るものが滑り込んだのが見え、

  "何だろう。…針みたいなもんだったけど。"

 武器を使ってはいけない大会ではない。但し、申告制であり、隠して繰り出す、いわゆる"暗器"は禁止されているのに。そうでなくたって、そんな手は使わないゾロではなかろうにと思うにつけ、

  "…やっぱりだ。こいつ…。"

 大きな琥珀色の瞳をきゅううっと眇めたその拍子、

  「そこの偽者っ。観念しな。」

 大きな声がして、なんと…。

  「…はい?」
  「え? え?」

 もう一人の"仮面の闘士"が闘技場の上へ、軽快な所作でもって ひらりと現れたから…ややこしい。
おいおい 微妙に衣装が異なるもう一人の彼は、上背のある屈強そうな体つきといい、今さっき高らかに呼びかけた深みのある声音といい、ゾロそのままのそっくりさんであり、
「どういうこと? サンジくん、何か聞いてた?」
「いえ…。」
 覆面姿ですからねぇ、そっくりさんと言ったって限度がありますって。こちらも小首を傾げた金髪碧眼の隋臣長だったが、
「ただ。そういえば、最初から闘技場に上がってた方の奴は、一言も口を利いてない。それに…。」
「それに?」
 何なになぁに?と、見分けがつかないがための不安げなお顔になる麗しきマドンナへ、

  「マリモ野郎にしては、手が小さい。」

 おやおや、意外なポイントのご指摘だ。
「ナイフや銃器も各種扱ってた野郎ですから、もうちっと手は大きかった筈ですが。」
 片方だけを見たなら気がつかなかったかもしれないが、二人そろって目の前に並べると見えてくる相違点。いかにも格闘家らしく身構えたその手つきが、言われて見れば…微妙に小さいというか撓やかというか。
「じゃあ…。」
 わなわなと震え出しそうな口許へと両手を運び、とんでもない事実に瞳を大きく見開いたナミさんの眼前にて、
「まんまと俺に化けたつもりだったろうがな、あんな当て身くらいで伸される俺じゃねぇんだよ。」
 そんな啖呵を切った、もう一人の"仮面の闘士"さん、
「お前の仲間はここに全員を引っ括ってある。後はお前さんだけだぜ。」
 にんまり笑ってパチンと指を鳴らしたその途端、頼もしき警備隊の勇士の皆様が取り押さえたる不審な輩たちが、闘技場の足元へずらずらと引き出され、

  「…くっ。」

 進退窮まった偽者覆面。こうなったらと、王子の居るだろう方を向いたのは、彼を人質に取ろうとでも思ったからだったのだろうが。そんな彼へと向けて、

  「行くぞっ!」

 勢いを乗せたままに真っ直ぐ突進して来たルフィ王子のストレートパンチが、お見事に炸裂し、

  「ぐあっっ!」

 頬へと深々とパンチを食らった不審な覆面野郎さん。鮮やかなまでのノックアウトで、闘技場の真ん中に昏倒してしまった。


  「…勝者、モンキィ=D=ルフィ王子っっ!」

   カンカンカンカン…っっ! 試合終了っ!


 何が何やら、ちょこっと不明瞭な部分もあったものの、勝者を決した合図としてのゴングの連打に、はっと我に返った場内はどっと沸いて。本年度の神前奉納試合は、何とか無事に
幕を下ろしたのであった。









            ◇



 問題の不審な"偽者"とその仲間らしき一団は、その後の取り調べの結果、王子を誘拐し、それが適わないまでも昏倒させて人質にし、要求を突き付けようとしたテロ集団だったらしいとその正体が判明したのだが、

  「事情は判ったわ。それが何とか無事に収拾出来たってこともね。
   で? なんで、あんな危険な段取りになってたのかしら。」

 ひとつ間違えば大きな惨事や騒動になりかねなかった。何よりも…危険極まりない存在である"実行犯"を、標的にされていた当のルフィのあんな間近にまんまと送り込んでいたとはねと。そこのところへの説明をきっちりとしていただけるかしらとばかり、一番に話を聞きたかったろう国王様よりも先、迫力でもって護衛官殿を吊し上げたのは誰あろう、秘書官のナミさんで。王宮の執務室の1つに主要な面子だけが集められての、緊急真相説明会が、急遽開かれることとなったのだが、

  「だからだな…。」

 ゾロがいた控室へと乗り込んで来た輩があったのが事の発端なのだそうで。ルフィからの御指名があった奉納試合の対戦相手は、くどいようだが何しろ問題のあった人物であったがため、それが誰なのかを極秘にする必要があって。それで、限られた関係者以外は立ち入り禁止とした部屋に控えていたのだが、それが"人目につかない場所"という格好の死角を作ってしまいもした。侵入者は誰の目にも留まらぬままに忍び込み、
『…っ。』
 当て身を食らわせられたその上に、ご丁寧にも催眠スプレーを噴射されたが、瞬時に息を止めたので影響は受けなかったところは、さすが場慣れしている護衛官殿であり。昏倒した振りをして、そのまま油断をついて叩き伏せてやろうと思ったゾロだったが、仲間と連絡を取っていたのに気づいてハッとした。会場周辺に他にも潜入していた顔触れがいる。どうやらお祭り騒ぎの隙をうまく突かれての侵入者たちであったらしい。そこで、試合を観覧するための特別席へと偽者さんが呼び出された隙をつき、こそ〜りと警備部の皆様を緊急招集。自分が用意した装束をそっくり盗まれていたのを逆手にとって、ルフィ誘拐の実行犯が“誰にも怪しまれてはいない現状 イコール 計画通りに運んでいる”とすっかり安心している間に、外部との連携や逃亡の段取りを粉砕しておく方を先に片付けた。
「奴が手首に潜ませていた、麻酔薬を塗ってた毒針の方もな。最初に掴みかかられた時に、中和剤を隠し場所に掛けといたから、例え使われても効果は発揮されなかった筈だ。」
 そんなもの、成分の匂いでお見通しだったらしきエキスパート様。日頃から用心のためにこちらも服の袖口に隠し持っていたカプセルを、咄嗟に抵抗して見せた一連の動作の中で素早く潰してそのまま振りかけたらしい。だがだが、
「それにしたって…っ。」
 毒性はなくたって…針なんて凶器でもって、可愛い瞳でも傷つけられてたらどうしたのかと。いやいやそれ以前に、いくら頑張って強くなったルフィであれ、相手は荒事のプロだ。羽交い締めから腕を折られてたり、他にも色々と想定される危険が山ほどあったのに…と、何とも危険な段取りを非難しかかったナミだったのだが、それへと先んじて、

  「勿論、ルフィには真っ先に伝えたんだぜ?」
  「はい?」

 こっちだって気が気ではなかったんだからなと、ゾロがただでさえ鋭角的で吊り上がったその目許を、ますますと険しく眇めて見せる。
「護衛隊長さんが直々に。これこれこういう危険が迫ってるってな。だから、中止とするか、せめて全ての収拾がつくまでは試合の段取りを変えさせて下さいって告げに行った。なのに、こいつと来たら…。」
 忌ま忌ましげな視線を向けられた王子様、にんまり笑って拳を掲げて見せ、

  「おお。一発ぶちかましてやろうって思ってな。」
  「るふぃ〜〜〜。」×@

 ナミさんのみならず、その場に居たサンジもウソップも、国王陛下までもが、うろたえるやら呆れるやら。
「だってせっかくのゾロとの一騎打ちを邪魔したんだぞ。」
 何をおいてもそれだけは、どうあっても絶対に絶対に許せなくって。計画の破綻に気がついて、こいつだけが逃げ出すなんてことになんてなったら腹立たしかったからと、むむんと胸を張って見せる、何とも無謀な王子様。
「こいつがそう言って聞かないもんだから、隊長さんとしても強くは出られなかったらしくてな。」
 ゾロさんだとて、今や玄人の護衛官だ。自分が直々に説得に向かっていたなら、強引に抱え上げてでもどっかにしまい込んで、安全を確保したのによと、ぶつぶつ不平をこぼしつつ、
「じゃあとりあえずこっちの方
カタをとっととつけようってことで、試合の進行の方と競争で、潜んでた野郎どもを片っ端からぶっ倒しちゃあ引っ括りってのを続けてたって訳だ。」
 間に合うことなら、最後の奉納試合の前にも全部に方
カタをつけ、のうのうと試合を観戦していた控えの間に堂々と乗り込んで、問題の実行犯もまた叩き伏せてやりたかったのだが、
「今回の進行はいやに早ようございましてな。」
 護衛隊長さんが肩をすくめて、
「ルフィの方のブロックが真剣勝負に変わったことで却ってとんとん拍子に進んだのと、決勝戦が"不戦勝"なんて運びになったからな。」
 緑髪の護衛官殿がいかにもな困り顔で苦笑する。
「神事とやらに妙な水を差す訳には行かない。ましてや、テレビの中継が入っていたからな。不穏当な動きはそのまま相手の陣営にもそのまま伝わっちまう。破れかぶれになられて、機関銃の乱射だとかに走られても剣呑だったしな。それで、こんな危なっかしい段取りになったって訳だ。」
 確かに論は徹底しているが、それでもねと言いたいことは一杯ならしい書記官さん、

  「う〜〜〜〜っ。」

 両手の拳を関節が真っ白な牙をむくほど ぎゅううっと力いっぱいに握り締め、口の中では"がるる…"と唸って、今にも咬みつきそうなお顔になったものだから、
「怒るな、ナミ。俺だって頑張ったんだぞ? 守られてばっかじゃない。」
 ここは自分が盾になるのが一番かなぁと思ってか、ルフィが割り込んでナミの前に立ち塞がれば…それが却って弾みになってしまったらしい。

  「…このおバカっ!」

 王族の方々はね、その存在自体が国民の心の支えなの、象徴なのっ。それだからこそ、守られてて下さいませって順番なのっ。それを、何? 守られてばっかじゃないぞ? 頑張ったぞですって…っ?! ふざけてんじゃないわよっっ! あんた一人にどれだけの人たちが望みや何やを託してると思ってんのよっ…と。

 立て板に水とばかり、滔々とまくし立てたナミが、だけれど途中から…何だかお顔をくしゃりと歪ませて、ルフィの小さな肩を抱き締めてシクシクと泣いちゃったのは、その場にいた面々の間でだけの秘密。どれだけ心配したかと、真相が分かってからさんざん怖い想いをさせられて、行き場のない憤怒の塊りに臓腑
はらわたが煮え繰り返っているんだからねと、涙によれたお声で言って、ルフィ王子の肩から離れてくれなくて。

  「…ナミぃ〜〜〜。」

 王子がどんなに駄々を捏ねても無茶を言っても、危険に際して凶刃から彼を庇う時でも。そしてそして、ゾロを連れ戻してと泣き喚いたあの頃も。誰よりも昂然としていて、だから、誰よりも頼もしかった彼女だったのに。選りにも選って、自分の言動でこんなにも泣かせてしまったのが、ルフィには一番に堪えたらしい。女の子らしく萎(しお)れた肩や背中を、何度も何度もさすってあげて、困ったようというお顔で"ごめんね"を繰り返す王子様。

  "…これが一番、意外な結末だったよな。"

 似たようなことを思ったらしき、隋臣長殿と護衛官殿。ついついタイミングよく顔を見合わせてしまい、苦笑さえ憚られつつも肩を竦め合って、マドンナが泣きやむまではとルフィ王子に付き合うことにした双璧さんたちである。男の子たちの無謀さを窘めるために、女の子には泣く権利がある訳です。涙は女の武器という発言をした、どこやらの政府のお偉い人がいましたが、そうと言った以上は屈しろ、無粋者…と思ったのはここだけの話です。それでは、ナミさんの涙が乾いた頃に、またお逢いいたしましょうネ。





  〜Fine〜  04.1.15.〜1.18.


  *カウンター 118,000hit リクエスト
    tsukasa様 『Moonlight scenery 設定で、お祭り風味の武道大会』


  *のほほんとした、お祭り風味と言われたのにも関わらず、
   ややこしいものを絡ませてしまってすいませんでした。
   何となく、のんびりムードが続きまくってる王宮なような気がして。
   (それだと何か いかんのか。/笑)


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