月夜見
   the escort of guardian-knights A
               〜Moonlight scenery 後日談
 

 
          



 留学先で自分が守るべき王子に刃を向け、顔に大怪我を負わせたその後、容疑者としての移送中に失踪して姿を晦ませた緑髪の護衛官。だが、程なくして彼の大それた行為のその本当の思惑が、一部の関係者にのみ明らかになって。実は…本物の暗殺者の魔手から王子を守り、危険な留学先から一刻でも早く帰還させられるようにと、彼が単独で組み上げ実行に移した"茶番"だったのだと判ったものだから。王子の周辺にいた者たちの動揺は只事ではなかった。皆して"裏切り者だ"と非難したその中にあって、ただ一人、何かの間違いだと主張し続けた王子が、憧れて憧れて間近に招いた屈強無双の頼もしき戦闘工作員は、その手腕を駆使して、所謂"アンダーグラウンド"と呼ばれる裏の世界へと身を隠したらしくて。呼び戻そうにも居場所は不明。探すにしても…事情が事情だけに、まさかに表向きの事務方の人間に任せられることではない。自分たちも忙しくはあったがそれでも、王子が"要らぬ手をかけさせない"とばかり、苦手なお勉強を頑張ったのと同様、本来の仕事の傍らに睡眠時間を削って、二人分三人分の仕事をこなしてまでも、裏の世界とやらの情報を集め、場合によっては色々と胡散臭い場所へも実際に潜入し、頑張って捜索を進めていた。


   ……… そんな頃に。


「…サンジっ、サンジっ! なあ、サンジっ!」
 ぐったり疲れて着替えもそこそこ、ベッドに倒れ込むように横になり、そのままうたた寝していた真夜中に。そんな乱暴なノックでたたき起こされた夜が何度あったか。
「? 王子?」
 ドア前に立つルフィに…最初は何事だろうかと首を傾げた。だが、


   「ゾロは? お部屋にいないよ? どこ行ったの?」

   「…!」


 正直な話、ギクリとした。胸の奥底で形のある何かが、身を捩るようにして跳ね上がったような気がしたものだ。幼い頃の王子を思い出したから。同じように懸命に母上様を探して、真夜中の王宮中を駆け回っていた彼をだ。
「なあ、ゾロは? 出掛けたのか?」
 しっかりした声だが、注意して見やれば目の焦点がどこか合っていない。一種の"夢遊病"状態。想いが募
つのり過ぎるあまりに、夢が体を衝き動かしているのだろうと偲ばれて、
「………ルフィ。」
 日頃、打てば響くという反応を返している切れ者のサンジであれ、こんな様子の彼には衝撃を受けて言葉が出ない。色よい報告もないままに、やきもきしつつも頑張っていた。お勉強やら公務の外交行事のあれやこれや…レセプションやら外国大使の歓迎会へのご招待へ、所謂"社交界における王宮代表"としての出席とご挨拶などなどを懸命にこなしていた王子様。華やかだけれど気も遣う、一番苦手な"お招き"というお仕事さえも、負けるもんかときっちりこなして頑張っていた彼なのに。精神的な許容がとうとう限界に達して、こんな痛々しい事になってしまったというのだろうか。
「………。」
 声もなく立ち尽くしてしまっていた…そんなところへ、
「サンジくん?」
 潜められた声が傍らから掛かって来て。ぎょっとしながらも我に返ってそちらを見やると、すらりとした肢体にガウンを羽織ったナミが、通廊の高い柱に等間隔に据えられた常夜灯の下に立っていた。彼女が寝起きをする部屋はルフィの部屋のそばにある。彼が出て来た気配に気づいて、そのまま後を追って来たのであろう。
「………。」
 彼女もまた…途中で声をかけても反応が返って来なかったせいで、ルフィの尋常ではない様子には気づいていたらしくて。二人はそのまま、示し合わせるように小さく頷き合って、
「ルフィ、お部屋にもどろう。…な?」
 サンジが肩に手を置いて、静かな声をかけてやる。夢の中にいるのならそれはそれ、このままあやすように寝かしつけた方が良かれと思ったからだが、
「…やだ。」
 ルフィはかぶりを振ると顔を上げ、

   「皆が…皆がいじめたからだ。」

 よく判らないことを言い出す。
「ルフィ?」
 怪訝そうな声になったサンジを見上げて、
「皆で押さえつけて…ゾロのこと、いじめた。きっと"出てけ"って言ったりして追い出したんだっ!」
 叫ぶように言いつのり、逆にしゃにむに掴み掛かって来る。

   「連れて来いよっ! ゾロのことっ!
    皆が悪いんだからなっ! 皆が追い出したんだからなっ!」

   「…っ。」

 我を忘れて取り乱している今、何を言っても通じまいと、そう思ったのが半分。そして…それとは別な想いが沸き立って、身が竦んだようになる。
"…そうまでも、なのか?"
 ある意味、見て見ぬ振りをして来たこと。新顔の護衛官への懐きようとか、今回の騒動にあっては是が非でも捜し出したいと言って譲らないほどの執心・執着ぶりだとか。自分たちとは別な次元での"大好き"にとりのぼせている可愛い坊やだと、そう思い込もうとしていた。だが、
「ゾロが戻って来られないの、皆のせいなんだからなっ!」
 金切り声で叫んでまで、自分たちを憎んでまでも、儘ならない現状への駄々を捏ねるルフィであることが、例えようもないくらいに胸に痛い。理性による抑制もないままの、文字通り"寝言"だと判っているのだが、ということは。それはそのまま、遠慮も何も差し挟まない、隠すところのない本心だということに他ならない。自分たちが束になってもダメなのだと、あの男一人の方がこの少年には大切なのだと、そんな"事実"を、それも逃れようのない本人の言葉で突きつけられたようで。それだけに苦くて辛くて、身が竦んだサンジだった。………と、

   「………っ。」

 つかつかと歩み寄ってきたナミが、ルフィの肩をぐいっと引いてサンジから引きはがし、そのまま自分の方を向かせた王子の頬を、廊下に響き渡るほどの音立てて平手で叩いたのだ。
「…あ、ナミ、さん?」
 それでなくとも。言葉でやり込めたり からかうばかりで、手を挙げたり力で押さえつけたりしたことは一度もないサンジであり、そんな彼には執り成せないだろうと見越したのだろう。それに…自分たちの宝物であるルフィが、痛々しくも半狂乱になった様を見ているのが辛かったのでもあろうと偲ばれて。我に返ると驚きはすぐにも引っ込めて、よろめきかかったルフィを受け止め、
「ルフィ、起きな。」
 その耳元へしっかりした声をかけてやる。すると、
「………あ、れ?」
 仄かに赤くなった頬の陰から声がして。横を向いていたルフィがゆるゆると顔を上げて見せる。
「サンジ? ナミも? どうしたんだ?」
 辺りを見回しながらキョトンとしていて、一番状況が分かっていないという様子。やはり…夢の中にいた彼なのだろう。不安やらストレスやら、形の無い重圧に押し潰されそうになったあまりに、ふらふらと起き出して歩き回ってしまったというところか。不安げにキョロキョロしている彼に、何だか…眸の奥や喉の奥が痛いくらいに熱くなって来たが。そんな自分であることを誤魔化すように、振り切るように笑って見せて、


   「なあ、ルフィ。」
   「………んん?」
   「久々に添い寝してやろうか。」





          ◇



   『久々に添い寝してやろうか。』

 そう言うと"子供じゃねぇよ"と頬を膨らませ、だが、再び項垂
うなだれるように俯いて。向かい合ってたそのまま真っ直ぐに、頭のてっぺんをこちらの胸板に押しつけて来た。辛い時ほど甘えない意地っ張り。強くて雄々しい護衛官殿に憧れながら磨きをかけた強情さは、こんな形でこちらの手を焼かせもし、昔よりもっと愛惜しい彼だと思うこちらの気持ちにまで要らぬ火を点けてくれる。小さな子供じゃないからと、泣くのも駄々も我慢をし、なおの強情っ張りになり。そしてそんな意地っ張りな横顔を見せるようになった彼が、助けなんか要らないよと意固地になった彼が、ますます愛惜しいと切ないくらいに思えたサンジだ。ナミに会釈し、今夜はこっちで寝かせるからと引き取って。ベッドに座らせて温めたミルクを飲ませると、やっと何とか落ち着いたらしい。
『ごめんな。皆が一生懸命だってこととか、俺の我儘のために大変なんだってこと、分かってる。分かってるけど、でも…。』
 それこそ、がんぜない小さな子供ではない。そうそう簡単に"ほら"って結果を差し出してもらえる事じゃあないとか、こんな少人数でこなせる事ではないとか、ただでさえ不慣れなことを手掛けてくれてる苦労とか。色々なマイナス・ファクターばかりだってこと、理屈でちゃんと判るんだけど。やっぱりどこかで不安で不安で、それで…こんな夜中にお騒がせな何かをやらかしてしまった自分らしいと、しょんぼりと小さな肩を落としている。そんなルフィの傍に腰掛けて、
『理屈とは別だもんな。』
 サンジはそっと囁いた。まだまだ子供。なのに、好きなものを好きと言えない。本当を、真実を知っていながら、だのに"ホントは…っ"と声高に叫ぶことを許されない。それでなくたってお元気な坊やだ。何でもない振りをして我慢するには人一倍の抑制力がいる筈で、それが祟ってこんな風に、夢遊状態での徘徊なんてことをしてしまったのだろう。彼も彼なりに戦っている。自分たちの誇りであり、愛しい子供。屈託のない笑顔が一番可愛い、お日様のような王子様。
『あのな、ルフィ。気休めなんかじゃない。ゾロはもうすぐ見つかる。』
 真っ黒でやわらかな髪を、細い指にからめて撫でてやり、
『今ウソップが、依頼を受けて何でもやってくれるっていう連中の窓口になってる女に連絡を取ってる。』
 ホントはもっと確かな情報になってからと思っていたのだが、こうまで思い詰めていたことを酌み取れなかったのはこちらの失態。まだ不確定な段階だが、九割方ビンゴだろうとの確信の下、現段階の状況というのを話してやることにしたサンジである。
『何でも、3年前からかなりの腕前のボディガードが加わったらしくてな。ホントのところは素性とか何とか口外しちゃあいかんらしいんだが、それでもな。依頼したって人たちに食いついて、どういう奴だったかって聞いてみたら、年格好から仕事ぶりから、どうやらあいつらしいんだよ。』
『………それって?』
 不安げな瞳に、仄かに灯り始めた小さな明かり。小さな小さなその光へと、殊更柔らかに微笑ってやって、
『そのボディガードにうまくコンタクトが取れたなら、奴の居場所を突き止められる。そうしたら、お前を連れて説得に…いやさ、首に縄かけて引っ張り戻しに行くまでだ。』







 充分過ぎるほどの成果として、難物のゾロを説得し、皆で無事に母国に戻って来た今となっては、その始まりも終焉も、全部引っくるめて"済んだこと"である。それなりに色々と噛み締めるものも少なくはなく、関わった人たちの全てに於いて、それぞれがそれぞれなりに遠い距離や心の空隙の痛さに泣いて辛かった3年間だったが、
"だからって、ぷろじぇくとXなんてな番組で取り上げてもらえる訳でなし。"
 おいおい、サンジさん。言うに事欠いて何てことを。
(笑) 海が近い王宮の中庭。若々しい緑の梢を揺らして、地中海から蒼穹へと駆け上がる爽やかな風が、さわさわと囁きながら吹きすぎる。
「それにしたって…たった半年しか一緒にいなかった人に敵わないなんて、ちょっと癪だわよね。」
 こちらはまだ多少はこだわりたいらしく、テーブルに肘を乗せて頬杖をつき、溜息混じりに呟くナミだったが、
「まま、いつかは来ることですよ。」
 サンジは案外 けろりとしていて。
「?? いつかは?」
 呑み込めなかった部分を訊き返すナミに、いつの間に取り替えたのか。取っ手のついていない和風の焼きもの"手びねり湯呑み"を両手で包み込むように持って、焙じ茶を"ずずっ"と啜りつつ、

   「お嫁さんをお迎えになったら、
    やっぱりあんな風に夢中になってしまわれる事でしょうからね。」

   「………っ☆」

 有無をも言わせぬ"政略結婚"というのは国王がお嫌いだからまずはなかろう。となると、お見合いにせよ、恋愛にせよ、相思相愛にてのご婚約となる筈で。
「それへの予行演習だと思えば、まだまだ軽い軽い。」
 随分な理屈だが、サンジとしては。そう思うしかないじゃないかという開き直りに至った理由がやはりある。
"…ったく、どいつもこいつも。"
 3年前に自分たちの前から姿を消したそれからを、自分に罰を与えるかのごとく、極悪な条件下の危険に身を投じるようなことばかり、殊更に選んではこなして過ごしていたゾロだと知っている。
『ウチの看板を連れて帰ってしまわれては困るのだけど。』
 一体どうやって嗅ぎつけたのか、そこはそれこそ"蛇の道はへび"というやつなのか。凄腕ガーディアンだったゾロへのアポを取り次いでいたあの女性が、帰国するその日、サンジの携帯電話へと唐突に電話をかけて来た。
『でもまあ、仕方がないわね。』
 困ると言いつつも終始何かしら楽しげな口調をしていた彼女であり、
『そんな機会はもうないと思うけど。もしもまた彼が、私たちの居る側へ飛び込もうとするようなことになったとしたら。』
 何ともセクシーな声にうっとりするよな含み笑いを滲ませながら、こんなことを言って来た。
『その時はこう伝えてちょうだいな。生き急いでるような、死んでも悔い無しなんて破れかぶれでいるような人はお断りだって。仕事は仕事、プロの誇りで全力であたるけれど、手段を選ばず生き残ることを大前提にしているのが本物のプロよってね。』
 謎かけのような、サンジにはちょこっと理解不能なことを言って、そのまま電話は切れてしまったが。つまり…あの護衛官殿は、この3年間をそんな気構えで生きていたということだ。
"そんな奴との純愛だもんな。"
 ………壮絶ですね、そういう言い方になると。
"こりゃあ当分は、どんな美姫でも御馳走でも、ルフィを振り向かせることは出来ないんだろうよな。"
 成程、成程。それで開き直っていらっしゃると。




   「サンジくん。」
   「はい?」
   「そういう心構えをしたくなる気持ちは判るけど…。」
   「はい。」
   「それってなんだか"お姑さん"みたいよ?」
   「………っ☆」



   〜Fine〜  02.12.2.〜12.5.



   *キリリクにて書かせて頂きました、
    パラレルSSのおまけというか付け足しというか。
    仕上がってみればべったべたのオーソドックスなお話で、
    しかも…何だか書けば書くほど"サンル"になってしまいました。
(笑)

   *このお話、実は必要もない設定を沢山考えていたりします。
    兄のエース皇太子についてる護衛官はスモーカーさんだったりしてなとか、
    国王様のシャンクスさんは、
    隠密部隊として女性諜報員たちを秘かにかかえていて、
    その筆頭がヒナさんだったりしてとか。
(笑)
    サンジくんやナミさんの親は、王宮で主立った役職にあって、
    ゼフさんは賄い関係、ベルメールさんは女官頭だったりしてとか。
    こういうことを考えてる間がまた、楽しいんですよねvv
    現実逃避、絶好調でございますvv
こらこら


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