Moonlight scenery

          "Stray puppy?"
 

 

          



 夏の名残りの青い芝が、重い靴に蹴立てられて乾いた音と細かい葉屑とを舞い上げる。慌ただしい物音はそのまま緊迫感に満ちており、整然としている分、尚更にただならぬ事態なのだという裏書になるかのよう。

  「それ以上、近寄るんじゃないっ!」

 本来は豪雪地帯やスキーなど体を動かす場面での防寒具、ニットの目出し帽をかぶった、それなり恰幅のいい男が、自分の懐ろの中に人質を掻い込んで居丈高に怒鳴った。間近から上がった怒号に、人質が“ひぃっ”と身をすくめる。恐ろしすぎて悲鳴も上がらぬほど身が強ばっているのだろう。何しろ顔のすぐ傍には銀色の光が反射する、新品らしき登山ナイフがその刃をあらわにされており、

  「人質がどうなってもいいのかっ!」

 こうなるんだぞっ!との威嚇を込めて、頬にひたひたとそれが当てられ、白いお顔がたちまち引きつる。広い広い王宮内の一角、政務サイドの事務方が主に使用している棟の中庭。政務関係の様々な情報の内、外務関連のデータを管理しているサーバーが収容されている窓なしの倉庫のような建物の壁へと追い詰められた“犯人”は、自分を中心にほぼ半円状に集まった警備官たちを油断なく睥睨していたが、ほんの一瞬、ナイフの刃先が角度的に上を向いたその瞬間に、

  ――― た・たんっ!

 短い音がして次の瞬間には犯人の手元からナイフが吹き飛ぶ。
「な…っ!」
 凄まじい勢いで包囲陣営の向こうから飛んで来たのは、銀行強盗などが逃げる時に投げてぶつけるカラーボールのような小さな塊で、それが犯人の手に当たると、そのまま背後の壁へと手ごとべちゃりと釘付けにしてしまい、

  「今だっ!」

 片手が凶器ごと封じられた犯人へ、護衛官たちがドッと殺到する。人質を犯人から遠ざけて救い出し、凶悪犯を地面へ伏せさせ、手錠をかけて身柄を確保し、

  「作戦終了っ!」
  「所要時間は 73分ですっ。」

   ―――はい? 所要時間?

 ほら立ってと、集まっていた護衛官たちに支えられて立ち上がった犯人が何か言ったのへ、誰かの手が伸びて来て、土まみれになった目出し帽を引っ張って脱がせる。その下から現れたのは、

  「ゾロ、ネバネバボールの威力はどうだっ?!」
  「どうだって言われてもなぁ。」

 まだまだ暖かい地方なので半袖で十分なんですよということか、いつもの制服、淡いブルーの地味なワイシャツに濃紺のボトムという、いかにも事務官風のいで立ちをした、それにしては上背のある男が歩み寄って来て、
「今の方法ならともかくも、手でってのはどうかと思うぞ。どこやらのプロ野球チームの豪腕投手ででもない限り、弾丸のように“一瞬”っていう速度は出せないんだから、隙をつくのが異様に難しいと思うぞ。」
 銃器仕様の装置でゴム弾を撃って凶器を弾き飛ばすのと、リスクは大差無いなんじゃないのかなと、正直なところを言ってやる。
「そっかなぁ。こっちだと銃に慣れのない素人でも投げられるし、粘着ゲルでそのまま手も封じちまえるんだぜ?」
「うまく当たれば、だろうがよ。」
「じゃあサ。その砲台を使やぁ、何とか及第か?」
「これもな〜。弾がデカい分、射出機がバズーカ砲並みのデカさになるし、炸裂させるための力を得るためにスピードが乗ってるってことは、反動の威力も大きいから、非力な人間には撃てない。それと…下手なところに当たると相手が大怪我しかねないぞ。」
 現に痛かったんじゃねぇのか?と、壁に張り付いていた手を案じてくる緑髪の護衛官さんへ、
「………うん。実はちょっと…。」
 来ると判っていたから、力に逆らわなかった。だからその程度で済んでんじゃないのかと言われ、そっかなと小首を傾げるのが整備班のメカの天才児ならば。そんな彼へと忌憚なく斟酌のない見解を述べた側は、この国の王室にて国民のアイドルでもある第二王子の間近にお仕えしている、凄腕の戦闘のプロにして“いるけどいない”護衛官。同じくらいの二十代初めほどという年代ながら、それぞれの担当職域では最も頼りにされている敏腕二人が、今日は何をしていたのかと言えば。秋晴れの良い日和の下で、緊急訓練の真っ最中。テロ組織の活動も活発かつ凶悪化している近年に際し、緊急事態にあっても動じないようにという模擬訓練を様々にこなしている王宮警備陣営なのだが、そこへのアイテムを思いついたとウソップが言って来たので、今日はそれを試用するのが目的の訓練となり、
「改良の余地、大ありか〜。」
「そういうこったな。」
 手錠を外され、そのまま問題のアイテムが張り付いた壁を検分し、後片付けはどうすんだ? ああ、専用の薬剤をかければ、化学反応でゴムみたいになるから奇麗に剥がせると、何を心配しているのだか、やはりどこかが平和な彼ら。緊迫感がないというより、それほど腕に自信があり過ぎるのかも。
「そいや、今日は内宮の方でも訓練してたんじゃなかったか?」
「ああ。ルフィが小学校への視察に出てる間にってな。」
 そういう“イベント”が大好きなルフィがいると、どういう突発事態へ流れを持ってかれるか判ったもんじゃないからと、午前中 国立の小学校まで視察に出ている隙をついての訓練を設けていて、
「まあ、あっちは災害向けの避難訓練だから。居ても問題はなかったんだがな。」
「甘いぞ、ゾロ。あいつがいるとな、調子に乗って暴れまくるから、ホントの災害以上の被害が出かねんのだ。」
 こらこら、自分トコの王子様を捕まえて何を言い出すかな。
(笑)





            ◇



 テロリストに襲い掛かられるという“犯罪”も勿論恐ろしいが、いついかなる方向から降りかかるか予測の立たない“災害や事故”も用心するにしくはない突発事であり。咄嗟な事態なればこそ、気が動転して浮足立ってしまうものなれど、冷静な対処をもって立ち向かわねば被害は余計に増すかも知れず。企業や学校であれ地域であれ、多くの人々を率先して導く立場にある場合、日頃の心掛けとしての色々を必要とされるところ。

   「いいですか? このように、腕に怪我を負った場合は…。」
   「倒れている人を発見した場合、まず周囲の人へも大声で知らせます。
    それから、意識があるかどうか呼びかけてみて…。」

 一般職の方々を集めての、こちらは応急手当の講習と、緊急事態に対応する連絡網が機能しているかどうかのテストが行われているのだそうで。応急手当の指導の方へは、チョッパー医師が中心になった医療スタッフの皆さんが、王宮内の事務官や女性仕官の方々にケース別のこまやかな指示を出しており。はたまた、それとは他のグループを集めて、

  「まずは緊急の一報を王宮トップの警備部へ通報。
   それから、負傷者がいるかいないか、施設の破損状況等を、
   無理のない範囲内で確認して、担当部署へ連絡する訳だけど…。」

 内宮での事故・事件ともなれば、それはすなわち…王族の皆様の安否に関わることか、若しくは“国事”への影響が出ることとなるので、

  「自分の判断だけで、あちこちに触れ回らないようにね。」

 ここならではな点を再確認。あくまでも緊急に何とかしなければならないこと、例えば…重傷者が出ているとか、ガス漏れ・漏電の危険性があるとかいう場合は、確かに専門の知識や技術も要るのだから、いち早く助けを呼ばなきゃいけないのだけれど。恐慌状態になって誰でも彼でもと呼ぶような浅慮は慎むことと重々念を押し、
「伝言されるうち、事実と違った情報になってしまう恐れだってあるから、ね?」
 女官たちを集めての注意を授けていたのは、第二王子の筆頭書記官であるナミさんで、
「王宮内での携帯電話の使い方だとかは、今更あたしが言わなくたって日頃から心得てらっしゃる事と思います。でも、良いですね? ここは割とのんびりした、居心地の良いところではあるけれど、こんなトコでも一応は王宮なんですから。此処でお怪我をなさった方が出れば“それはもしやルフィ王子のことですか?”と、国中の人々が注目し心配なさるほどの重大事なんですからね。」
 だから、お勤めの最中は元より、他の場面においても、緊急事態であるほどに軽はずみなことを外部に漏らさぬよう、心に留め置いてて下さいませねと。丁寧に指導しているナミさんが、試しにと手元のPCで緊急メールを打ってみる。ミーティングルームの教材提示用の大型モニター画面にはその文面が画面一杯に大きく映し出されており、
「いいですか? これは“例えば”の例文ですが。
 “第一秘書官が負傷しました”
 送り先さえ間違っていないなら、これで十分、用は足します。
 医療棟へ間違いなく送信したなら、グループ内通信だってことから察した上で、
 この翡翠の宮へ救急スタッフが来てくれます。
 だから、敢えてどこでとは記載しなくてもいいって訳です。」
 判りましたね? 1つ1つに念を押しつつてきぱきと、指導要綱に指定されているカリキュラムを進めてゆくナミさんの手際も、女官の皆様の飲み込みの方も、すこぶる良いことこの上なかったのは喜ばしきことなのだけれども。

  「それじゃあ、後は個々にテキストをお浚いしておいて下さいね?」

 そろそろ王子がお戻りになるという知らせが入ったので。お勉強会はここまでとなり、各自撤収の作業へと切り替える。無邪気な子供たちと遊べる小学校の視察は、ルフィにとっても“お気に入り”の政務
おしごと の一つではあるのだが、
“今日はゾロもこっちの訓練に付き合ってたって話だったから。”
 お気に入りという度合いでは誰にも何にも勝るオプションを、今日だけは“置いて行きなさい”とされてはね。お気に入りのテディベアを手放して手元が寂しい坊やにすれば、どうしたって気もそぞろなお勤めになったに違いない…という予測もすぐに立つというもので。
“テディベア…。”
 何か?
“いえ。物凄いものを、今ちょっと想像しちゃったもんだから。”
 そ、それは危険ですねぇ。間違っても…あの屈強頑丈な護衛官さんのクマのカッコの着ぐるみ姿なんていうもの、想像してはなりません。
(爆笑vv) …あ、でも。チョッパー王国でペンギンのカッコしてたな確か…う〜ん。こらこら






            ◇



 此処“翡翠の宮”は、R王国の現王朝当主、シャンクス一世の直系第二王子であるルフィにとっての居城ではあるものの、だからと言って…此処の施設や敷地の全部を彼が把握し切っているという訳でもない。いくら王子様だとはいえ、例えば此処で使われているボイラーの仕組みなんて全然知らないし、総合配電盤
ブレイカーがどこに設置されているのかも知らなければ、洗面所や風呂場の水道の本栓も知らない。また、今例に挙げたものがありそうな場所というのは、そのまま危険な場所でもあるので、それがどこなのかを教えることは出来ても、そこに行ってみたいなどと言い出されたなら皆して止めることは間違いないし。どうしてもなんて駄々を捏ねるようならば、サンジやナミが“ちょっと其処へお座りなさい”とお説教モードに入ってしまうこと請け合いで。オーナーと支配人が別であることが多いように、王族の方がそこまでの詳細をいちいち全部把握していらっしゃらなくてもよろしいからであって。確かに…この種のことというのは、信頼をおいている部下に管理は預けて、自分は詳細までは知らないと澄ましていても構わないジャンルではあるのだが。

  ――― だからして。

 お勉強が退屈だからと、いつものごとく自室から脱走した王子様が、追っ手を撒き撒き駆け回り、揚げ句にこっそりと身を隠したのがミーティングルームだったのは。本来は自分が出入りしないエリアの、全く管轄外のお部屋だったから。こんなところに居はしないだろうって格好で、自分を探してる学習係の担当官たちをやり過ごせると思ったからであり、

  “ゾロってば、どこで訓練してるんだろ。”

 せっかく視察を早めに切り上げて戻って来てやったのに、ウソップとどっかで実技の訓練中ですなんてサ。そんな面白そうなことやってるなんて、今朝出掛ける時まで、誰も一言も言ってくれなかったじゃんかよぉ…と。ただ寂しいのではなく、仲間外れにしたなとちょっぴり怒ってもいた王子様。相変わらずの童顔の、ふくふくと柔らかそうな頬を膨らませ、見つけたら一体どうしてくれようかと、奇遇にも…今現在彼自身を追いかけてる係官たちと同じようなことを思った王子様だったのだが。
(笑)

  “…あれ?”

 どういう手抜かりなのだろうか。ホワイドボードが据えられてあって、指導員が立つ教壇に据えられてあった教卓の上、ナミが緊急時の対処を指導していた際に使っていたPCの電源が落ちておらず、その画面にも例文がまんま残っていたものだから………。


   ……………え?


 お話はちょっとだけ、ややこしいことになってしまいそう…だったりするのであった。









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  *カウンター 155,000hit リクエスト
     ひゃっくり様 『“Moonlight scenery”で〜まだ内緒vv

  *な〜んかにぎやかなお話になりそうです。
   果たして体力がもつかなぁ。
(苦笑)