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国立小学校への視察には、ゾロはついて行かなかったがその代わり、隋臣長のサンジが付き添って行っており。やれやれ、なかなか可愛い坊っちゃんお嬢ちゃんたちが勉学に励んでいらしたなと、微笑ましかった授業への感慨なんぞを噛み締めつつ…ついでに、あのくらいお小さかっただった頃の我らが王子様の愛らしさまで回想なさっておられたそこへと、
「たたた、たいへんですっ!」
慌てふためいてやって来た一団がある。一応は此処での最高位官職にある隋臣長様。日頃から屈託なく気さくな方だとはいえ、お着替えの最中に大挙して押しかけられては面食らいもするというもの。
「一体どうしたんですか。」
女官の方々も少なからず混ざっていたので焦ったものの、下着姿でなくてよかったと胸を撫で下ろし。こらこら 穏やかにこちらからのお声をかけたまでは良かったが、
「ミーティングルームの窓を蹴破ってどっか行ったですって?」
確かにやんちゃな王子だが、これまでそこまでの…明らかに故意の器物破損なんて事をしてまでの脱走を敢行したなんて例は一度だってない。
「まさか…妙な無理強いとか…。」
口にしかけて、だが。出来るわきゃないよな〜と。そこはサンジも判っているから、まず最初に没にした脱走理由。こっちが音を上げるのなら判るが、あの腕白な坊ちゃんを簡単に捕まえられたり苦しめられたり出来る強腰のハンターといえば、自分かあの護衛官くらいしか此処にはいない。畏れ多いし、何より国民的アイドルでもある、それはそれは可愛い王子様だから…と。嫌がることはしたくないとばかり、ついつい及び腰になる者ばかりが特に揃っている困りものな陣営でもあって。
“さすがは陛下と皇太子がチョイスしただけはある顔触れだよな〜。”
一遍くらいは編成を変えてみた方が良いんじゃなかろうか。こんな時ながら真剣にそうと思ってしまったサンジだったが、それはさておき。
「何か心当たりは無いのですか?」
「それが…。」
速足にて検分にと足を運んだミーティングルームは、すっからかんの無人で、窓の破損以外に特に異状は無く、ただ。
「? これは。」
教壇上のPCのスイッチが入っていることへ、サンジの目が行った。
「誰かこれに触れましたか?」
訊くと、皆様一様にかぶりを振る。ルフィを追うということにしか頭が回っていなかったのだから仕方がないが、そこにあったのが、
《 第一秘書官が負傷しました。》
という一文で。
「………っ。」
サンジが呆気に取られたお顔になったのへ、近場にいた女官の一人が気づいたらしく、モニターの表示を見てハッとする。
「あ、いいえ。ナミ様はご無事です。これは緊急時のメール文章の一例として、ご本人が打たれたものですよ。」
指導途中にて ばたばたと散会したおり、一体どんな御用が割り込んだやら、電源を落とすという基本的な終了操作を忘れてお部屋から離れたナミさんだったらしいのだが、
「…これを見たルフィだったんなら、力技で脱走したってのも頷けますね。」
ちょっと落ち着いて考えれば。このPCは回線につながってはいないことくらい判った筈で。王宮内では盗聴対策から基本的に…携帯電話のみを唯一の例外にして無線ランは使用されてはいないのだからケーブル見りゃ判ったろうがと呆れたと同時、この王宮でゾロ以上に実はPCへは素人な王子だったことを思い出しつつ、
“だとして。どこへ向かうもんだろうな。”
これが本当の一大事だったとして、それにしては内宮自体は静かだったこと、それとルフィ本人が外へと脱走したその行動。この二つから考慮するに、この翡翠宮の中を捜しているルフィではあるまい。大好きな側近のナミの怪我という悲劇を信じたとして、多少は頭に血が上ってもいるだろうが、それでも…。
“大外へまでは出てってないか。”
まだ王宮内にいる筈だ。此処で自分たちが負傷したなら、まずはどこへと運ばれるか。
“やっぱ、医療棟…かな。”
この王国の医学部門における先進の技術と設備、そして選り抜きのスタッフたちを誇る施設であり、王族の方々のみならず、執務官や王宮関係者、難病に苦しむ一般市民の入院までもを受け入れている医療施設が王宮の奥向きにあって。日頃から自分たちの病傷疲弊や健康管理を一手に引き受けているところであることに加えて、王宮の中という至近距離。
“…っていうか。ルフィは“病院”っていうと、あそこしか知らんのですよ。”
あははvv そりゃ王子様だから、仕方がないってば。(苦笑) あっさりと出た答えにまずは間違いなかろうと英断し、
「チョッパーに連絡して下さい。私たちはこのまま後を追いましょう。」
途中で追いつけるかも。そうと思って言い出したサンジだったのだったが、
「あのその、それが…。」
ルフィの身の回りのお世話を担当している女官が一人、おずおずと訴え出たのが、
「此処から近いテラスにあった筈の、ターボブレードが無くなっております。」
彼女の失態ではないのだが、これは大変という要素なのは判るから。こわごわという趣きにて告げた彼女であり、
「ターボって…。」
サンジにも意味合いが伝わって、ここまでは冷静だったものが初めて“ありゃりゃ”というお顔。外見は所謂“ローラーブレード”のまんまなれど、実は…小型のターボエンジン搭載という化け物マシン。自転車やらスケートボードやらをさっぱり乗りこなせず、あんまり器用な方ではないルフィが、唯一これだけは凄まじく上手に操れる必殺アイテムで。お陰様で“脱走ごっこ”の捜索エリアがこれまでの数十倍も広がってしまい、要らないものを作りおってからにと、制作責任者である長鼻のメカニックマンが叱られたのは記憶に新しい。
「そうか。あれで駆けってったのか。」
だとしたならば…一般人の足で追っても間に合うまいと肩を落とし、とりあえず取り急ぎ、チョッパーへの連絡を取ることにしたサンジである。
◇
国の成り立ちや規模を語る時に、やたらと“小さい”を連呼して来たものの、それでもね。リヒテンシュタインとかのよに、ギネスブックや『世界びっくり大辞典』に載りますというほど、特筆すべき国としてほどにも“小さい”訳でもないからね。政務機関も兼ねている王宮は、東京ドームが幾つかすっぽり入るほどという広い広い敷地を誇ってもいる。よって、その一角の片隅にてそんな騒動が起こっているだなんてこと。少々遠い別の一角には、意識しての伝達でも向かない限りは届きっこなくて。
「? どした。痛むのか?」
ウソップ謹製の新兵器の試射訓練を終え、関係者たちが後片付けに取り掛かり、特別な扱いをせねばならないアーマーや何やを片付けて。さて、翡翠の宮へ帰ろうやと構えたところが。犯人役を自ら買って出たウソップさん、大柄な犯人を装うべくまとってた着ぐるみもどきのボディスーツを脱ぎにくそうにしているものだから、おや?とゾロが気がついて、
「さっきので筋を捻ひねったんじゃないのか?」
「やっぱ、そうなのかな。」
何しろこの護衛官、半端な出身ではない。このRのすぐご近所に広がる砂漠の国々の、灼熱が引かないままな戦乱地域をばかり渡り歩いた傭兵集団で生まれて育ったという、言ってみれば“生粋の戦闘員”であり。種々の武器や格闘技に精通し、戦略的な方面に限っての国際情勢に詳しく。また、どんなサバイバル生活にも困らないだけの知識と対応力と、鋼の精神力を兼ね備えた、ある意味、一人で“最終兵器”に匹敵するだけの威力を誇る、それはそれは恐ろしい人物なので。こらこら 気力体力のみならず、人体の仕組み、負傷への治療知識にもある程度は通じている。
「回してみ。」
「ん。」
自分でぶらぶらと回させ、ちょいと掴んで そのままグッと。とんでもない方へ曲げさせて、
「※☆→◆@◇◎っっ!!!」
い〜き〜な〜り、何とも言いようのないほどの激痛に襲われたウソップが、泡を吹きそうになったのを見て、
「ああ、これは早めに冷やして固定した方がいいな。」
それはそれは冷静に断じたものだから。
「なんてこと しやがんだっ、おめぇはよっ!」
のたうち回っていたところから素早く立ち上がり、誰のお陰でこんな痛かったんだっ、平然と言ってんじゃねぇよっと。案外と元気そうに噛みついてくるウソップに苦笑を向ける護衛官。
「悪かったって。」
「実のない顔で謝られてもな。」
まったくだ。(笑) ぶつぶつ言いつつ、携帯を取り出し、メモリー操作で王宮内の医療棟医局へと連絡を取る。
「…あ、翡翠宮直属の整備班所属、ウソップだが。」
【おおウソップか、俺だよ。】
「チョッパーか? 今から診てもらいに行っていいかな。」
医療スタッフたちも今日は避難訓練に駆り出されていた筈だからと、先触れの連絡を取ってみたウソップで。
【こっちは構わないぞ。あらかた片付いたし、逆に言やぁ、皆して臨戦態勢にあるからな、どんな状態でもどんと来いだ。】
何だそりゃ。(笑) それじゃあ、捻挫らしいのを診てくれと告げれば、おお、お易いこったと頼もしくも引き受けて下さってから、
【あ、それと。そこにゾロは居ないかな。】
「? いるが?」
【一緒に連れて来てくれないか?】
「良いけど?」
お医者様からの名指しとはまた、尋常じゃないのでは? この、象が踏んでも壊れないから、やれるもんならやってみぃと胸を張りそうな非常識なほど頑丈なお兄さんが、一体どうしたんだろうかと眉を寄せたウソップに、
「? どした?」
ご本人様までが怪訝そうなお顔をし、とっさに逃げようとしたウソップごと捕まえた電話の反対側へと耳を寄せれば。
【インフルエンザの予防接種、翡翠宮ではゾロだけが まだだからさ。】
首に縄かけてでも連れて来てよねと言って、準備があるのか返事も待たず、チョッパーには珍しくもさっさと切ってしまったのだが。
「…………………………ふ〜〜〜ん?」
「何だよ、その反応はよ。」
「ゾロってば、もしかして注射が苦手だとか?」
「馬鹿ヤロ。俺が今までどんな修羅場をくぐり抜けて来たか…。」
同じように聞こえていたゾロが反駁しかかったのを遮って、
「いや〜〜〜。確かに拷問にも使われるよな小道具ではあるけれど。ホントのところは平和の象徴、赤十字のシンボルみたいなもんだかんな。修羅場を駆け回ってた身には、そんな医療関係品なんて、免疫が薄いアイテムかもしれないよなぁ。」
「だからっ! 熱帯地方じゃ疫病だって沢山あるんだよっ。注射なんか、毎週のように打たれとったわっ!」
な、なんか物騒な発言に聞こえかねないんですけれど。…じゃなくてだな。妙ににんまりと笑って見せるウソップさん、
「な〜にをムキになってるのかなぁ、ゾロちゃんたらvv」
「う…っ。」
何しろ間が悪い。ついさっき、傷めた手首を他でもないゾロの手で“ぎりり”と捻られたウソップであり。負傷の重さを知るためだとはいえ、痛かったもんは痛かったとばかり、多少は恨みもあることだろう。そこでと…妙に歯切れが悪い態度を見せるゾロを執拗に嬲っている彼であり、
「ま、そういうこったから。一緒に行きましょうね、護衛官様。」
「やだね。」
ふいっと素早くそっぽを向いて、とっとと配置へ戻ると言わんばかり、歩き出し始めた大きな背中へ、
「ふ〜〜〜ん。やっぱり怖いんだ。
ルフィが、いやいや、サンジが知ったらどんな顔をするのかなぁ?」
「〜〜〜〜〜。」
おおう。ルフィじゃなく“サンジ”と来たあたりが、なかなかの知能犯です、ウソップさんも。(笑) ぴたりと足を止めた護衛官殿、この野郎が図に乗りやがってと苦虫を噛み潰したようなお顔になりつつも、はぁあと溜息をつき、
「わぁ〜ったよ。行きゃあ良いんだろ。」
「そういうことだよんvv」
珍しくも今回はウソップの圧勝に終わったようだった。(あっはっはvv)
――― それにしても意外なもんが苦手なんだな。
だから、怖いとかそういうんじゃねぇって。
はいはい判ったって、サンジには黙っててやるよ。
馬鹿、違うんだってばよ、ただメンドーだからだな、こら聞いてるか?
ごちゃごちゃしつつ、医療棟のある方へと、肩を並べて歩き出したお二人さん。よもや、この後にあんな面倒が待ち受けていようとは、神ならぬ身の二人には想像のしようもなかったことだったのであった。
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*さあさ、果たして王子様は一体どこへ。(苦笑)
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