蒼夏の螺旋 “お騒がせリトル” D
 



          




 駅前から続く幹線道路が、一戸建中心の新興の住宅街へと至る少し手前。人通りも結構あるが、お昼前というこんな時間帯は、車も通行人の姿も少々減るよな、のんびりとした大通り沿い。そんなところに建つマンションの丁度お隣りに、遊具は置かない“散策用”として、近隣の皆様からも多数利用されている緑地公園がある。少ぉし先の河原の土手から連なるジョギングロードとくっついているので、早朝から夕暮れの頃まで、多かれ少なかれ 人の姿があり、植えられた緑も毎月剪定するなどきっちりと管理されているので見通しもよく、小さい子供を連れたお母さんなども安心して訪れる開放的な公園で。当然というか、接しているマンションの住人たちも駅前通りへの近道、通り抜けにと頻繁に出入りする、そんな空間の端っこの花壇にて。
「………。」
 縁を仕切っているレンガの上をゆくアリさんたちと向かい合い、小さな体を尚のこと真ん丸に丸め、可愛らしい靴をはいた自分の足元近くを“じ〜〜〜っ”と見つめている小さな子供。堂々の三頭身なのに、実に安定よくしゃがみこんでいて。最近は真っ黒な髪を探す方が難しいかもな日本でも、こうまで小さい子はまだまだ染めちゃあおるまい。それを思えば人目を引くだろう、明るいオレンジ色の光で飴がけをしたような茶褐色の真っ直ぐな髪を、左右に振り分けて結った後ろ頭が何ともキュート。夏向きのサッカー地だろうか、涼しげで着心地も良さそうな白と濃青の木綿のワンピースは、ちょいとつんつるてんな丈であり、肩から下げているポーチの紐が斜めに走る小さな背中の下には…このくらいの子供なら仕方がない、愛らしいパンツがちらりと覗いていて。
「先生、お知り合いですか?」
 確かに小さい子供も遊び場にしている場所なれど。此処いらでは見ない顔だし、あそこまで小さい子なら必ず親が一緒に来るのにね。彼女を見やるルフィの表情が止まっているのは、だが、そんな理由からじゃあないみたいで。別な何かを物語っていると、そこは気がついたらしき風間くん。何へどう衝撃を受けたか、固まったまんまなルフィセンセーへと注意喚起を兼ねてのお声を掛ければ、
「…あ。えと、うん。」
 やっとこ我に返ると、ほりほりと頭を掻いて見せた。こうまで極端な態度を見せてしまったルフィだったのは、この彼には珍しくも“苦手な相手”だったからという躊躇からではなく。こんなところに、しかも一人で。居る筈がない存在だったからで。

  ……… とはいえ。

“近場で はぐれたってことはあるかもな。”
 いつまでも溌剌としていて、気が若い…なんてもんじゃないレベルで、茶目っ気にも富んだ人たちだからね。自分やゾロを驚ろかそうと、連絡もしないでの来日を果たした“彼ら”だったら? あとちょっとでマンションだ、ルフィのビックリする顔が目に浮かぶようじゃないかとか。大人たちが話してた隙のようなものに紛れるように、歩調がズレたりした結果、迷子になっちゃった彼女なのかも知れずで。だとしたら、
“まぁったく、しょうがないサンジパパだよなぁ。”
 思いつつ。立ち止まってた歩みを彼女のすぐ傍らまでへと運ぶと、お膝に手をついて出来るだけ目線の高さを合わせてやって。

  「………ベルちゃんじゃないか? もしかして。」

 特に気負うこともなく、堂々の日本語で声を掛けていた。実際に逢うのは1年振りくらいになるのかな? 確か去年のサンジのお誕生日、お家へ遊びに行った時以来では? そう。ムシュ・サンジェストの愛して止まない天使ちゃまにして、只今 旅の空にて両親の手を振り切っての単独失踪中という…とんでもない情況を背負ったお嬢ちゃまなのだが、あいにくとこちらの二人はそこまでの詳細をまだ知らない。小柄なルフィが片膝突いて屈んでも、まだまだお顔の高さが合わないお相手は、さすがに此処まで傍らに来た人からのお声には反応を見せ、

  「…るひ。」

 まるで鉄道員の“指差し確認”よろしく、小さなお手々の人差し指をこっちへ向けて、そりゃあ短い一言を下さり。おやや、覚えててくれましたかと、ひとまずはルフィを安堵させた。それからそれから、ひょこりと立ち上がると、背後で待ってた風間くんの方へと向き直り、
「ぱぴ…。」
 やはり指差して見せたのは、彼がリードを持ってたシェルティのチョビくんへ。寸の足りない腕を伸ばして、彼らを真っ直ぐ指差したまま、
「………。」
 やっと視線の高さが合ったルフィへ何か言いたげなお顔を向けて来たので、それへとやんわり笑ってやって、
「いいよね? 風間くん。この子がチョビに触っても。」
「あ、はい。どうぞ♪」
 飼い主さんへの了解を取ってから、さあ、こっちだよと小さな手を引き、可愛らしい異国からのプリンセスをエスコート。小さくて柔らかなお手々で、間近になったワンワンの絹糸みたいにふかふかな毛並みへ触れると、やっとのこと、水色の瞳を細め“きゃうvv”と楽しげに笑ってくれたお嬢ちゃんだったが、

  “こんな不案内なところで迷子にしちゃうなんてサ。”

 心細かったろうにと思うにつけ、無事に保護出来た幸いとそれから、しっかりせんか保護者という憤りから、ついの溜息をついちゃった奥方だったのだけれども。
「………お☆」
 不意に鳴り出した携帯の着メロは、ネズミーランドのニッキーのテーマ。風間くんが苦笑ってて恥ずかしいようと、あやあや///////と慌てもって出てみれば、やっぱり…こんな時間にはまず滅多に掛けて来ないご亭主からの連絡で。
「な、なんだよ、ゾロ。」
 いつもはね、会社に行ってない時はね。声が届くどころじゃないほど、すぐ傍に居てくれるゾロだから。外で待ち合わせしてもちゃんと時間通りに来る人だしサ。だからだから、電話にしてもメールにしても、こっちから掛けることの方が断然多くって。向こうからと言えば、夕方の“帰るコール”くらいしか掛けて来ない人だから…。あうう、油断しちゃったよい。/////// もっと大人っぽい曲が鳴るようにセットし直しとこうと反省しつつ、ちょっぴり照れながらの応対をすれば、

  【 あのな、ルフィ。そっちでベルちゃんを見かけなかったか?】

 おや凄い。今丁度目の前に…と言おうとしかかり、けどでも・あれれ?と矛盾というか違和感を覚えたルフィだったりもするのである。だってね?
「………ゾロ、今、どこから掛けてるの?」
【 お台場の、今はイベント関係者用駐車場に向かってる途中だ。】
「お台場って………。」
 此処から会社よりも遠い場所。なのに、

  「なんでまた、ベルちゃんが此処にいるって判るの?」

 ですよねぇ。ゾロってもしかして千里眼?なんて、風間くんが今度は眸を丸くしちゃってるよなことを訊いて来る奥方へ、
【 説明なら、保護者から聞けば………(がさ・ごんっ)】
 説明の途中に、何だか耳障りな雑音が響いてから、
【 ルフィっ、来て早々済まないがベルを頼むっ。】
 あ、この声はと、今度はルフィが点目になり、
【 ベルが目指したのが、このすっとこどこいじゃあなくお前だったことへは、俺とルフィとの絆の深さを痛感し、今は猛烈に感動しているんだが、いかんせんっ。到着するまでには少々時間を食いそうなんだ。だから…。】
 誰がすっとこどっこいだ、何だよ違うってのかっと揉める声やら、器体を振り回しているのだろう、ガサゴソと耳障りな音やらがして。恐らくは携帯の争奪戦をやらかしている向こうなのに違いなく。
「………何やってんだか。」
 肩をすくめて、視線と気持ちをこちらへと戻してみれば。夏の緑の天蓋の下、光と葉陰が織り成すモザイク模様みたいな木洩れ陽を浴びながら。立っちしててもチョビくんとお顔の高さがあんまり変わらないベルちゃんが、ちろりんと頬っぺを舐められて、きゃはは・やーのvvと満面の笑顔で愛らしいお声を上げており。初めての場所で、しかも たった独りで居たのにね。全然動じていない、それどころか“冒険を満喫しております”という様子のお嬢ちゃまへ、

  “ナミさんからの影響大…ってか?”

 何せ、サンジの方はと言えば、他での強かで周到なやり手ぶりと相殺させて余りあるほど、可愛いものにはとことん腑抜けになるお父さんだもんねと。自分への甘さも加味した上で、何とも頼りない父上のこと、間接的にこきおろしつつ。携帯電話の電波の向こう、ごちゃごちゃ揉めてる声を聞きながら、再びの苦笑を零したルフィだったりするのであった。







            ◇



 まだほんの3歳という幼さなのに、初めて訪れた異国の地。親御さんたちの保護下から平気の平座で歩み出て、お台場どころか都心からだって結構遠い、来訪者には勝手の悪い、小さな町の小さなマンションまでを、たった独りで踏破しちゃった凄んごい豪傑。ゾロが電話を掛けて来たのがお台場からだったのが、何とも腑に落ちないルフィだったが、
「それは俺だって信じられやしなかったがよ。」
 ベルちゃんが残した落書きから何かへピンと来て、ゾロのいた某TV局が主催するイベント会場近くまでやって来たナミさんだったのは、

  「てっきり、ベルが“虹の脚”を目指してたと思ったからなの。」

 此処は、やっとのこと全員集合が叶ったロロノアさんチ。だかだかと大焦りで駆け込んで来るなり…
『ベルっ、ルフィっ!』
 リビングで仲良くお手玉遊びをしていたルフィとベルちゃんと、両方を一気に抱きすくめたお父様には…このフラットの家主さんからの、結構“本気”の拳骨が降って来かかったものの。そこはルフィとナミさんとで“まあまあ”と宥めて、それからそれから。これも一種のケンカ両成敗というものか、ゾロを怒らせたサンジさんにはキッチンへ向かっていただき、気を落ち着かせがてらにお昼ご飯へと腕を振るっていただいて。南国エスニック風炒飯のナシゴレンやミニピザ、中華ちまきにヒマワリ柄の切り口も可愛いのり巻きと、和洋折衷も甚だしいメニューが所狭しと並んだテーブルを囲んで、さて。さあお話を…コトの次第とやらを聞こうじゃありませんかと、構えたところが。ナミさんがそんな風に口火を切って下さった。
「虹の脚?」
「ええ。空に架かる虹の橋の始まりと終わり、地上に降りてるだろう地点のことよ。」
 勿論、虹というのはあくまでも、光の屈折により現れる幻のようなものと判っている。そんなものが普通の太鼓橋か何かのように、大地にまで始まりと終わりの“脚”を降ろしている筈もない。
「降ろしてたと仮定したとしても、見えた土地からはとんでもなく遠いところになる筈でしょうにね。」
 空の高みの遠いところへ描かれた大きな弧。それの始まりと終わりだなんて…とんでもなく遠い地点になってしまう筈で。しかも現物
(?)は光の幻。見据えながら追ってみたって、到底近づけるものではない。やっぱり有り得ないと、呑み込みかねてるルフィへと、ナミさんが楽しそうに笑って見せて。
「見逃さないように見据えながら、じゃなく。最初の初見で位置が割り出せていたら?」
「………はい?」
 からりと揚がった手羽先の空揚げを手にしたまんま、ルフィがますますキョトンとする。そんな彼の反応に、
“そうだよな。やっぱ、すんなりとは呑めねぇよな。”
 ちゃっかりお膝へ陣取ってご機嫌そうにしているご当人へ、ゾロさんもまた、あらためての末恐ろしさを痛感していたり。

  ――― というのが。

 何とこのベルちゃん、目視で見たものの方向と距離という“位置”を正確に割り出せ、しかもそこへ辿り着けるほどきっちりと把握していられるのだとか。
「ついついね、私が教えてしまったの。」
 三角測量法とでもいうのだろうか。目的物までの距離と高さと仰角度、その内の二つまでが判っているならば、sin.cos.tan. 関数計算にて残りの値も割り出せることを応用した測量法。遊びに行った先で遠くに見えた、綺麗なお城の背の高い塔、樹齢何百年というほどもの見事な樹。そこまでどのくらいの距離があるのかな、高い尖塔の高さはどのくらい? ハンディタイプのGPSやデータベースなど、計算した“結論”を簡単に答え合わせ出来る、先進の技術も持ち合わせているお母様だったから。本人たちはちょっとしたクイズのようなものとして“お遊び”として楽しんでいたらしかったのだが、
「こんなにも数字への勘が良い子だとは思わなかったのよ。」
 三角関数やら対比率やらを応用しての、専門的な算出法やら、緯度・経度の交わるところの“座標”なんてものへの理解。まだまだお喋りの語彙だって満足に蓄えもなかろう、そのくらい小さな子供が、こんな専門的な計算をきっちり把握してしまおうとは。ご近所の教会の聖堂の屋根の十字架が、老朽化とハリケーン並みの突風とから、ぐらぐら揺れ出して大騒ぎになった時。風の強さと方向と、聖堂の高さ、十字架の大きさ。全てを目視だけで割り出した上で、自分用のPCで瞬く間に計算し、
『い〜い? ぱての おにわ、いったら メェなのよぉ?』
 しきりとそんな風に言っていて。子供たちをパティちゃんのお家から遠ざけてしまった王女様。苛めたわけじゃないその証拠には、大雨の中カッパ姿で駆けてって、パティちゃんとその弟をこそ真っ先に自宅へ招待しての仕儀であり。これは一体何のパーティーの集まりなのかしらと、それでも風の強さに攫われないよう、子供たちが一つところへ集まったのはいいことと大人たちが安心したその矢先。問題の十字架は畏れ多いことに根元からばっきりと折れてしまい、なんと…ベルちゃんが予告した、パティちゃんチのお庭へ落ちたそうで。
「それは極端な例だけど、裏手の窓から望める海の、水平線からやって来る船の位置や大きさも、片っ端から当てて見せる…ううん、計算して見せるのよ?」
「うわぁ〜、それって凄い。」
 世が世なら魔女扱いされてるよと、恐らくは混乱してだか、それとも驚き過ぎてか。褒めてるつもりでついつい失言しちゃってるルフィだったが…気持ちは判らなくもない。
“もしかせんでも、親ばかなお父上が“凄い凄い”と褒めちぎったろうしな。”
 大方、それへと喜んだ弾みで、GPSのみならずPCで呼び出せる様々な地図の見方なんぞも教えたに違いなく。それもまた、お嬢ちゃんの学習能力を高める拍車をかけたに違いなかろうよと、内心で呟いたゾロだったのは言うまでもなく。しかもしかも、
『位置を割り出せるだけじゃないもんだから困っちゃうのよね。』
 何の障害物もない平原でというような、単純な条件下だけではなく。例えば…高架を走る車から見えた並木だとか、展望台の上から見えたきれいな橋だとか。高台から見たもので同じ目の高さという地上に降りればもう見えなくなるようなものでもお構いなしに。ビルの間をぐるぐる回り道しても、電車に乗ってしまうことで迂回を重ねても、目指すものの位置は絶対に見失わない。こっちの方角という“方位”のみならず、今居る場所からはどのくらいという“距離感”も見失わないままというから、
『………そりゃまた途轍もない集中力ですよね。』
 そいつは凄いやと、感心を通り越し、唖然としてしまったロロノアさんへ、
『集中力…ではないらしいのよ。』
 経験値不足から来る間口の狭さというか、子供の一途さというか。大人が気にも留めないものへ“じ〜〜〜っ”と集中するところは確かにあったそうではあるが、彼女の方向感覚への冴えはそれとはまた別物であるらしく。自分がいる位置、立っているところというものが、たとえ車や電車などでの移動を経た後でも、きっちり把握出来ているらしく。よって、最初に把握した目的地までの距離や方角の調整に関しても、混乱がない以上、苦でもないのだという理屈になるのだそうで。
『ロビンが言うにはね? 音楽の世界で言う“絶対音感”ならぬ“絶対方向感覚”を持っているようなものらしいんですって。』
 だから、ある意味では…人為的な脅威以外へは安心しているのと笑ったナミさんであり。そんな風に説明され、それを頼もしいと言ったものか、むしろ末恐ろしい子供なんじゃなかろうかと、空いた口が塞がらなかったゾロだった。

  “何かに飛び抜けた親を持つと、そういう子になっちまうのかねぇ。”

 何せ“普通”とか“日常”とかが、既にどこかで“普通”じゃなかったりもするのでしょうからね。例えば、坊やのリクエストに応じて、日本の週刊少年雑誌を世界一の精鋭爆撃機で空輸させてしまうようなほどに。
(苦笑) ………そいや、このお話のゾロさんは“方向音痴”って設定じゃあなかったわね。よかったねぇ、爪の垢でも貰ったら?なんて、言われないで済むよ?
“うっせぇよっ。”
 余談はともかく。
(爆笑☆)

  「最近のお気に入りが、虹の始まりを探すっていう冒険の童話で。
   虹の始まりか終わりを掘れば、そこには途轍もない宝があるというのを信じて、
   冒険がいっぱいの旅をする子供のお話なんですけれど。」

 そんな童話が大好きだというベルちゃんのため、親ばか父上が今回のイベント用にと開発したものが実はあって。やっと完成したそれを、初めて公の場にて稼働させるからということもあっての今回のご招待だったらしいのだが。それが…先程ほどから話題に上ってる“虹”の正体。
「そういえば。昨日も今日も、関東地方では雨は降ってないものね。」
 すんませんが、これは“フィクション”ですんで本当の天気を調べないように。
(ひやひや) なのに、虹が出ただなんて変だなって思ってたんだけど。そんな風に言い出すルフィへ、

 「白昼の空中へ虹を浮かび上がらせるっていう、特殊なフォログラムなんだ。」

 金髪碧眼、長身痩躯。線の細い、それはそれはロマンティックなまでに端正ながら、どこかしら陰をまとったミステリアスな顔容
かんばせと。無駄のない引き締まった痩躯に、強かなまでの撓やかさと簡単には折れない芯の強さを秘め、気が遠くなるほどの孤独を駆け続けていた…クールガイ。カッコ、但し現在は究極の子煩悩マイホームパパ、カッコ閉じる。(笑) そんな…今回は少々情けないばっかな父上が、これだけは自慢の作だとばかりに こほんと勿体ぶっての咳払い。
「フォログラム? あの、偽札防止とかにって印刷されてる、虹色のマーク?」
「うん、まあ…あれもそうなんだけどもな。」
 光を使ったアートやディスプレイの世界・業界も、発光ダイオードの進歩などなどと、様々に画期的な進歩と躍進を遂げており。建物へのライトアップや街路樹へのイルミネーション、高層ビルの窓を使ったデジタルメッセージなんてのは初歩もいいとこ。ビルの壁や広場の石畳への映像の照射や、噴水や霧をスクリーンにしてのエンターテイメントなどなどと、光学分野の未来発想が既に幾つも実現化してもいる。立体画像である“フォログラム”にも同様に、日進月歩な進歩は及んでおり、カードや紙幣への偽造防止のためのマーキング印刷…なんてのはちょこっと色気も夢も無い話だが。他にも例えば、凹面鏡を使っての“触れない宝物”なんていう装置があって。台座の中に凹面鏡を向かい合わせでセットして、その真ん中の下方へと映し出したいものを置く。すると、上の凹面鏡の真ん中へ空けた穴という中空に、2枚の凹面鏡で2度反射した像が結ばれるので、台座の上から見ると…そこにあるように見えるのに手で触れないという不思議現象が起こるというもののように、虹色の基盤の上で光の屈折の特性を使って…というものばかりではない“立体映像”も様々に開発されており。
「今回の発表作品に関しては…契約上の問題から詳細までは言えないけれど。」
 中途半端にしか自慢出来ないのが歯痒いのは誰よりも自分だろう、ビジネス・エージェントさん、兼、凄腕プログラマーさんが、もしかしてそれが原因かもと言われた“作品”に関してを自ら触れ、

  「明かりを暗めにしたステージの背景に用意した銀幕や、
   明るくても霧や何や、
   いかにも判りやすい投影用のスクリーンを必要とはしない特殊な方法で、
   空中に像を結ぶことが出来るフォログラムでね。」

 つまりは、何もなかった空間へ忽然と、正に“魔法”のように、なかった筈の物体や俳優さんやらが姿を見せることが出来る。正確には実体がない“映像”に過ぎないものなのだが、それでも…いかにもなスクリーンを舞台へ仕立ててのものとは違い、
「映像だから触れないのは仕方がないが、例えば一緒にダンスだって踊れる。」
「え? 何で?何で?」
「そこが立体映像だと言い切れる“違い”でね。前へ回っても像は途切れないし、後ろへ回りゃあ、回った役者の姿が遮られて隠れるほどに、また、客席のどこから見ても自然な姿で、ちゃ〜んと存在感があるって代物でね。」
 なのに、ふっと消えたりも出来て。観客は驚き、興奮すること間違いなしだろう。
「ふや〜〜〜、凄いじゃんか、サンジ♪」
 そりゃあ鼻高々になっても良いことだと、ニッコニコで褒めてくれたルフィだったのではあるが。
「…そうでもないんだな、それが。」
 そこはやはり試作段階だけあってと、しょっぱそうに笑って見せて、
「くっきり鮮明なものは無理。それと、ダンスが出来るなんて言いはしたけど、動きがあるものは、立体画像として扱うには凄まじい量のデータを処理出来なきゃならないからね。」
 そこまではまだまだ、演算系統のプログラムが不安定な段階なので、とてもじゃないが…広く一般公開となるのはもっと先のお話だろうとのことで。そこで、無難な題材という条件で選ばれたのが、華やかなオープニングセレモニーに華を添えるに相応しい、七色の虹だったという。
「昨日、会場での試写があったのを私たちも見学してね? 広場の空に浮かべて見せたその虹の、足場が何処になるのかを、もしかしてベルったら、計算したのかもしれないって思ったの。」
 会場内の結構な広さがあった中庭に、これもまた特殊な装置で…見えるかどうかという程度、エアコンからの涼風のような冷たい霧を充満させて、そこへと浮かび上がらせた見事な虹。噴水や散水機の飛沫を見ていて現れるような小さなものではなく、そこは特殊な効果を取り入れ、ずんと高い、天の高みに浮く橋もかくやという距離感を示しつつも、むしろ嘘臭いほど色鮮やかに披露したのだが、それを選りにも選って、ベルちゃんが本物だと解釈したらしく。しかもここからが子供離れしたお話、目視で把握した大きさから高さや角度の見当をつけ、それがどの辺りから架かっているアーチなのかを割り出したベルちゃんだったそうで。………それでの、あの“書き置き”だったんですね。

  「最初はね、てっきりお台場の方だと思ったのよ。」

 ナミさんが計算から弾き出した“虹の脚”とやらの位置というのが、千葉の幕張の丁度お向かい、東京ベイエリアのお台場で。だったら、そこには何と…ベルちゃんが大好きなロロノアのお兄さんもいる。お兄さんがいるからというのを一番の楽しみにしていた来日だったのだし、あらあら『虹の童話』の通りになったわねって、行方不明になったと判ったその時の衝撃もどこへやら、笑って済ますつもりだったらしいナミさんだったらしいのだが。楚々とした理知的マダムらしからぬお転婆振りを発揮して、大型オートバイを駆って駈けつけてみれば、予想に反してそこには居なくて。それで慌てた大人たちの中、ゾロがハッと気がついたのが、

  『虹が橋なら、その脚は1つじゃないでしょう?』

 あらあら、なぁんだ、お台場じゃない…と思った時点でナミさんが放り出したその先。計算した虹の脚の、もう一方、反対側の“脚”の有処をサーチしてみれば。弾き出された住所はなんと………。

  「…ホントだ〜。これって此処のお隣の公園のことだね。」

 自然な虹ではなかったからね、お陽様の位置と並ぶように架かってた。それをもって“あれれぇ?”と疑うこともない“子供”の純真さでじっと見据えて。されど、大人顔負けの計算でその“脚”を割り出して。しかも、平板な単なる図面の“地図”の上へピンポイントで認識しただけなものなのに。お初の土地で、この小ささで、たった独りで。都心から此処までを、ややこしい電車を幾つも乗り継ぎ、目的地へ堂々と辿り着けちゃうだなんて。それを可能にしたのは、説明された突飛で物凄い能力でもあろうけど、怖じけない気構え、一途さから出た挫けない心の、何とも強靭なお子様だろうかと思えば。今でこそごくごく普通の…お嬢ちゃんのお口の傍を甲斐甲斐しくも拭ってやってるママさんと、ほらほらこっち見てと、デジカメを向けてる子煩悩なパパさんだけれど。かつての昔、彼らなりの事情から、様々な苦難や試練を人の何倍も乗り越えて今に至る奇跡のご夫妻だからね。まったり優しい、それでいて奥行きのある心根で、見守り育てていてこその、ベルちゃんの頼もしさなのかも?

  “将来は単独南極踏破とかしちゃう“冒険家”になっちゃうかもだな。”

 幸せそうな彼らだからこそ、暢気なご意見を内心で呟いたルフィ奥様。丁度テーブルを挟んだお向かいで、やっと逢えた大好きなロロノアのお兄さんのお膝に、至極ご満悦というお顔で座ってる小さなレディへ、今日のところは まあいっかと。焼き餅焼いて柳眉を逆立てることもなく、至って優しい笑顔でいたりして。何とも騒々しかった一日は、大人たちを振り回し、虹の向こうに大好きなお友達を見つけた、ベルちゃんの一人勝ち。頼もしい小さなレディは、その先行きがとっても楽しみだけれども、

  “………でもでも、やっぱ。ゾロだけは譲れないけどね。”

 外せませんとも、そこだけはと。奥方、眸だけが笑ってませんが。
(苦笑) さあさ、日本の夏はこれからが本番。今年はどんな思い出が作れるものか。小さな王女様の頭越し、視線と視線を見交わした、こちらはちょっぴり変則的なご夫婦も。こんな騒動なんて数の内に入らないんだからと言わんばかり、うくくと楽しげに笑い合って見せたのでございましたとサvv





  〜Fine〜  05.7.11.〜8.3.

  *カウンター 184,000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『久々にお母様ご登場のお話をvv


  *うひゃ〜っ。
   なんか凄い時間がかかってしまいましたです、すいません。
   しかも何だか、事件というか出来事の方がメインになっちゃって、
   あんまり各人のことが書けてないかもで、
   もっと単純な“ご訪問話”にすれば良かったですかね。
   サンジさんも全っ然“スパイス”担当になってないですし。
(ううう。)
   ベルちゃんが持ってる“絶対方位”ならぬ“絶対GPS”なんて能力は、
   きっとナミさんから授かったんだと思われます。
   何たって、そりゃあ長いこと、
   逃げ回るサンジさんを追っかけて過ごしてた人だったんですからね。
   ………あ、こやって書くと、
   このお話のサンジさんたら凄い恵まれたお立場だったように聞こえたりしてなvv
   もっとも、今では、そんな夢のような立場にあっただなんて
   思い出すことさえ難しいほどのラブラブ密着ぶりでしょうけれど♪

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