蒼夏の螺旋 “お騒がせリトル” C
 



          




 ハッピーマンデー制により、今年は“海の日”が18日にずれるので、早い学校では来週の16日からもう“夏休み”に入る。それを見越してだろう、ロードショーの架け替えや、遊園地の夏のイベントの開催が集中する日でもある“Xデー”にあたる土曜をいよいよの来週に控えた、此処は東京のベイエリア“お台場”の一角。夏休みと言えばというお馴染みの歳時記になりそな勢いで、某テレビ局がメインで主催する夏休み恒例の一大イベントが今年も催されるのだが、それと同じ日、幕張の方でもとあるイベントが始まるのだとか。そちらは某有名出版カンパニーが主体になっている催しで、まんがやアニメというジャンルを中心に据えた祭典であり、微妙に微妙に対象になる来訪者の客層にはズレがあるのだが、
“ファミリー向けオープンイベントと、マニア向けコアレアイベントくらいの差はあるよな。”
 こらこらゾロさん、そんなすっぱりと。
(苦笑)
“大阪の方でも何かあるんだろ?”
 さすがは営業部企画課のホープですねぇ、ご存知でしたか。大阪でも今年は“オー○カキング”vs“わく○く宝島”っていう、TV局主催イベント同士のガチンコ対決がありますが。………いやいや、だから、それはともかく。
(まったくだ) こちら、お台場の方のイベントに参与している関係者たちが足場にしているのが、すぐご近所という足回りのいい場所にある主催TV局の本社ビル。そのビル内に連絡事務用の部屋を借りていた、某商社所属のロロノア=ゾロさんを訪ねてやって来た人物があり。あまり相性がいいとも思えぬ間柄なのに一体どういう嫌がらせだ・おいと、揮発性の高げな喧嘩腰で相対したその時点で…まずは自殺点なのかもだぞという(笑)、ほぼ1年4カ月振りのご対面となったお相手は。幕張の方のイベントに参与している○○○社の目玉商品、オンラインゲーム『MowMowローディスト』の企画系特別ブレインとして名を連ねておいでの、ムシュ・サンジェストという欧州人。こっちのイベントからすりゃ、ある意味で立派な“競合相手”関係者にあたるのに、よくもまあ堂々とお運びいただいてと、むっかりしつつもお相手をしていたところが、そんな彼へと一緒に来日していた奥方からの連絡が入った途端にそれまでの余裕のお顔があっさり曇り、どうかお助けとすがりつかれた。彼曰く、


  『ベルが、ベルが姿を消しちまったんだっ!』






            ◇



 確かにこちらのイベントへの“関係者”には違いない人間ではあるが、今年のブースはゾロ氏が直接担当している訳ではなく。ましてや、どうやら完全にプライベートなお話へと展開しそうだったので、ここで騒ぐのはご迷惑でもあろうと、話の場をご近所のホテルのロビーへと移すことにした。そこへ入ったとほぼ同時にエントランスへ駆け込んで来たのが、サマーニットのカットソーの上へ薄手のパーカージャケットを羽織り、ボトムは細身のサブリナパンツという、軽快なパンツスタイルの明るい亜麻色の髪をした女性で、
「サンジくん、ゾロさんっ!」
 伸びやかな声に惹かれて振り返ってしまった方々が、ついついその視線を外せなくなるような印象的な美人だが、今はそのお顔もやや曇っており、
「早かったですね。」
「ええ。向こうでレンタルしたオートバイを飛ばして来たから。」
 今時は冷房を嫌って盛夏でも長袖姿でいる人も珍しくはないが、彼女の場合は風よけの意味からそんな格好でいたらしく。後で分かったが何と限定解除、1100ccというとんでもない大型のを操って来たのだそうで。…このほっそりとした肢体であんな怪物を牛耳れるなんて、ナミさんて一体。
(う〜ん) ままそれも今は後回しの事情。
「一体なんで…あんなにも片時も離れないでいたのにどうして。」
 責めるつもりはない。むしろ、信じられないというお顔と声で訊くご亭主へ、亜麻色の髪をしたうら若き夫人は、肩を落としつつ大きな溜息をついて見せた。
「ええ。私も目を離したつもりはなかったの。」
 何と言っても、小さなベルちゃんにとっては初めての海外という遠出。現地ではとうに、ちょっとしたピクニックから外泊つきバカンスまでと、様々な“お出掛け”をこなしていた一家ではあるが、今回はそれらとは異なるのだという意識はちゃんと持っていたご夫妻であり、
「それに“今日はロロノアさんに逢いに行くのよ”って言っておいたから、指折り数えていた、この度のメインイベントを前にして、他の何かへ気を取られるなんて思いもしなかったし。」
 その割には、肝心な訪問先のゾロやルフィにさえ、連絡しておかなかった辺り。サプライズが大好きなお茶目なところは相変わらずらしかったが、
「迷子用のGPSがついたブローチをつけさせていたでしょう。」
「それが…電池切れらしいのよ。」
 そうと言って携帯電話を差し出したナミさんへ、あううと額を押さえるお父様は…依然として冷静な対処が出来るまでには立ち直っていないらしいので、
「それで…どんな状況で行方が判らなくなったんです? それと、滞在先のホテルや最寄りの警察へ、届け出はしましたか?」
 ロビーの少し奥、オープンカフェ形式の喫茶コーナーへと二人を誘
いざない、窓辺の席へとついてから、もう少し状況を聞き込んでみるゾロであり、
「この人が出掛けて行ってから、それじゃあ私たちは先にお宅の方へお伺いしましょうっていう段取りになっていて。」
 おいおい、その“段取り”って何ですよと。ちょいと怪訝そうに目許を眇めたロロノアさんへ、勝手を言っててごめんなさいですと、ここでやっと ちらっと微笑ったナミさんだったが、
「それへ“うん”って頷いて、そりゃあ楽しみって様子でいたもんだから油断しちゃって。そこへ、ルームサービスのクリーニングへと出していたシャツやブラウスが仕上がりましたって持って来られたのへ応対していて…寝室のクロゼットへしまってからリビングへ戻ってみたら…。」
 もう彼女の姿は何処にもなかったということであるらしい。まだまだ小さい子供だから、自分から動き回る行動範囲も知れていようという油断と、それから。
「…治安のいい日本だからという油断もあったと思います。」
 それを言われるとこちらも心苦しいと、ゾロが後ろ頭に手をやって、
「大事はないとは思いますが、心当たりは?」
 弁解というよりは、安心させたくて言ったフレーズだったのに、
「…保証出来ないことを軽々しく口にすんじゃねぇよ。」
 あんな可愛らしい子なんだから、もしかしたらば誘拐されたのかもしれない。キッズポルノの配給世界一の日本で、ロリータが大手振って認められてる嗜好ジャンルだっていう日本で、最近、恥知らずな幼児連れ去り事件が頻繁なニッポンでっ! ちょいと興奮しかかったご亭主を、向かい側から“だんっ”と、テーブル下で足を踏んで黙らせてから、
「お見苦しくてごめんなさい。この人も自分を責めてることと思いますの。」
 ホントは此処へも…真っ先にロロノアさんの居所へ行くからなんて、今朝方サンジくんが言ってたのを聞いていて、あの子、自分もついて来たいってさんざんゴネていたものだから。そうと付け足したナミさんの説明へ、気まずくてだろう、ふいっとお顔を背けたあたり、
“…判りやすい奴。”
 まったくです。
(笑) ホテルのフロントにも聞いて全館探していただいたが、何処にも姿はない。防犯カメラの映像もチェックしてもらったところが、小さい後ろ姿が連れもなく、バックヤードの方の搬入口から出てったのがチラリと確認されていて、地元警察へ届け出た上での、目下鋭意捜索中なのだとか。

  「…で。何でナミさんまでがこっちへいらしたんですか?」

 日本語は堪能だわ、最近の日本の常識や慣例も重々ご存知だわという方々ではあるけれど、それでも…外国からのお客様。土地勘もなかろうし、ひょっこりと戻って来た時においででなければ行き違いになるからと、関係者の方々に諭されて、お部屋で待っているようにと言われたものの、
「何だか…居ても立ってもいられなくって。」
 人一倍活動的なマダムなもんだから。こんなまでの事態の渦中で、とてもではないが大人しくしてなんかいられなかったらしく。それと、

  「それから…あのね? お部屋のテーブルにこれが置いてあったの。」

 ナミさんがジャケットの内ポケットから取り出したのは、彼らが招かれていたイベントで配られる予定になっているらしき、少し大きめのメモパッド。はがき二枚を並べたほどの大きさのそれは、表紙のカラーイラストがトーンをぐんと下げてプリントされた用紙を綴ってあるというもので、無料配布品らしくあまり厚さはない。イベントタイトルのロゴと、最近の話題用語である“萌え”系のメイド姿をした、様々なタイプの少女たちが5人ほど並んでいる図柄のその上へ、クレヨンらしき画材で描かれてあったものがあり、
「………半円?と、人の顔と、これは………。」
 児童公園なんかにある、半分だけ埋めたタイヤを思わせるような、いやに丸い“U”を逆さにしたような絵と、丸の中に目鼻が入った恐らくは人の顔と、それからもう一つ。これだけは絵ではなく字なのだろうか、数字の3が二つ並んでいるのはもしかして………。
「ええ、これはあの子が一番最初に書けるようになった日本語の平仮名で。」
 説明しかかったナミさんの言葉尻を引ったくり、ムシュ・サンジェストが詰まらなさそうな言いようをする。
「…ろろ、って書いてあるんだよ。」
「………ははぁ。」
 成程と。一応は言葉少なに納得の体を示して見せたゾロだったが、実を言えば…言いたいことがなくもない。お嬢ちゃん命のお父様の機嫌がいきおい悪くなったのは、パパとかママより早く、この“ろろ”が書けるようになったベルちゃんだからだろう。今の時点でも十分に幼い彼女だが、まだもっと…物心さえついてないんじゃなかろうかというほどにも幼い頃から、どういう訳だか気に入られていたゾロ氏であり。どうしても泣きやまなかったり、なかなか寝つけない時に見せると気持ちが安定したらしき“お気に入り”映像集に、必ずその屈強精悍なお姿が編集されていたことが伝説になっているくらい。だが、だからと言って、
“…まだ3歳の子供だよな、確か。”
 もしかしてこのご夫婦は、この…いかにも幼い子供が気ままに殴り書きました風の作品を、彼女が残した伝言扱いしているのではなかろうか。
“まあな。この“ろろ”の横にある人の顔は、俺なんだろうけども。”
 う〜んと唸ったまんま、走り書きを見やるばかりの彼の心情に気づいてだろう、
「いくら何でも初めて来た土地で、しかもまだ3歳の女の子が、これを書き置いてそのまま、目的地へ運ぼうとするとは、ましてやそれが出来るものとは到底思えないと。そう思ってらっしゃるのは判ります。」
「あ…いや、あの。」
 そうまで微に入り細に入り判りやすい顔をしていたかなと、短く刈った髪の載った頭を恐縮そうにごしごしと掻いて見せれば、

  「ただ。あの子は私から教えられた特別な技術に長けているんです。」
  「………特別な技術?」








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  *もう八月が目の前だってのに、
   何だかえらいことスローペースですいませんです。
(笑)