蒼夏の螺旋 “お騒がせリトル” B
 



          




 午前中から既に強かった陽に晒されたテラスは目映いまでに真っ白で、まるで南欧の海岸沿いの風景を…思わせるにはちと無理がある、此処はTOKYO、お台場ベイ。髪を躍らせるほどにも潮風が強いが、湿度も気温も高いので、ちっとも爽やかじゃない。ましてや、朝一番から選りにも選って“この男”と向かい合わされてるなんて日にゃあ、あなた…と、ロロノア=ゾロ氏、いかにも不機嫌そうなお顔を隠しもしない。
「何でお前が此処にいる。」
「仕事でね。」
 都心だが広々とした海の、しかも工業地帯からは遠いレジャー系エリアに向いている場所柄のせいか。空はあくまでもパキーッと青く、人工的な植樹ものとはいえ南国らしい椰子の樹も望める、只今整備中の広大なイベント会場…を見渡せる、すぐご近所の高層ビルの、中程の階の展望デッキにて。一応は双方ともにビジネスマンとしての正装、ジャケットは脱いでいたがスーツ姿で、かっちりとした単色のシャツとネクタイという、直線ばかりに覆われた、ある意味で今時の戦闘装束、そりゃあ凛々しき恰好で向かい合っているものの、
「ルフィは元気にしてるのかい?」
「心配される謂れはないね。」
 ………いきなりそんな口利きしちゃうとは。大人げないぞ、ロロノアさん。
(苦笑) プライベートも甚だしいことを、まずはと…それも型通りのものではなく、心からの関心を持って訊いてくる美丈夫さん。このシリーズにお付き合いの長い皆様には、今更のご紹介も要らないくらいのレギュラーさんで、先の章にてルフィ奥様が“しばらくほど逢ってないな”と懐かしがってた優しい人。そう、ご本人はお久し振りのご登場と相成った、ムシュ・サンジェストさんではございませんか。

  「ども。お元気でしたか? マドモアゼルたちvv

 あはは…。お気持ちは判るが、モニターの向こうへまでやたらと愛想を振りまかぬように。こんな口利きが、けれどでも浮いたりすべったりしない、余裕の美形なのは間違いなくて。彼をゾロが来ていたセクションまでわざわざ案内に立って下さった受付嬢なぞは、場所柄からタレントさんは見飽きているし、ハリウッドからキャンペーンでやって来る美貌のスターたちにさえ、今や全く動じぬほどだった筈が。彼から掛けられた最初の“すみません”という声だけで一遍に魂を抜かれてしまい、請われる前に“こちらですどうぞ”と立ち上がってしまったほどというから恐ろしく。
“…まあ、判らんではないがな。”
 ちゃんとという言い方もどうかと思うが、それでも。上背だってあるし、肩も背条もかっちりと伸びていて、ちゃんと頼もしい男性であるのに違いなさそうなのに。絹糸のようにさらさらした金の髪や抜けるよな肌の白さ、水色の玻璃玉のような瞳という淡彩ばかりで構成された風貌の、その全ての輪郭の一つ一つに、線の細さが何故だか際立ち。そんなせいで、どこか繊細そうな雰囲気をまとった人だという印象がまずはする。立ち居振る舞いも堂々としており、間違っても脆弱そうには見えないが、それでも。例えば柔らかく微笑んでお礼を述べた会釈一つ取っても、そこはかとなくエレガントで優美。こちらさんは文句なく、屈強で雄々しい精悍さがまずは印象づけられるゾロとは、正反対なほどにタイプが違う男性であろうと思われて。
“荒くたい男で悪かったな。”
 何もそこまで言ってませんてば。ゾロさんはゾロさんで、剣道で培った凛然として冴えたところが、いい切れ味出してますわよんvv って、それはともかくとして、
「幕張の方で来週から始まる出版社のイベントの、オープニングセレモニーに呼ばれていたのさ。」
「ほほぉ。」
 そんな華々しい席にまで出るようになったとは、謎の凄腕ビジネスエージェントという肩書もさほど“謎”ではなくなったんだなと、思いはしたがわざわざ言ってやるところまで口が動かない。営業マンだからって何も、必ずしも…弁舌爽やかに滔々と語れなきゃならないということはなく。実直さと誠実さと粘りという“人柄”で信頼を得て来たゾロとしては、その点でのみ、自分よりも勝っているかもな競争相手へ、だが。引け目も何も感じたことはないのだが、
“こいつの言動だと、些細なことでもどうにもむかっとくるのは何でなんだろうな。”
 相性の問題じゃないんでしょうか。
(おいおい)
「幕張のイベントのことは知ってるさ。」
「あ、さすがだねぇ。」
 他のブースはともかくも、この…ゾロの会社の企画課がバックアップしているゾーンに限っては。ファミリー向けと対象範囲も広いようで浅いながら、某人気アニメとその原作を掲載している少年雑誌関連のあれこれを扱っている。よって、幕張で開催中だというそっちのイベントとは、微妙ながらも“ガチンコ勝負”を展開することにもなる格好。
“トレーディングカードのK社は向こうに倍の規模のブース出してるって聞いてるしな。”
 小さなモンスターたちとの交流を描いた子供向けアニメから火がついた、キャラクターの姿とその特性などを描いたトランプのようなカード。何十枚かの“デッキ”を構成し、それを使って対面式のバトルを楽しめる商品でもあり、その後“デュエル”と呼ばれるカードバトルを展開すること自体がテーマになっていたアニメも流行ったため、今やすっかりと子供たちに定着しているアイテムであり。こっちの◇◇◇社でも、制作提携しているアニメ作品のものに限っては発行しているものの、こちらがどこか玩具止まりであるのに対し、そこはやはり“出版社”の強みなのか、OVA系の萌えものからロボットバトル系の懐かし作品、果ては人気同人誌作家を集めた“☆☆☆パロ・アンソロジーシリーズ”などという、少々版権的にぎりぎりじゃないのかというよなものまで発行して、コアなマニアからのこれ以上はないだろう力強い強い支持を受けているとかいないとか。………後半の構造的な部分が今ひとつ分からなかった説明を、一般消費者な筈のルフィから懇々と説明されたゾロであり。
(笑) そんなせいでか、トレーディングカードといえばの“K社”などは、例年だったら…こっちこそが本命だろう“おもちゃ博覧会”へのブースとさえ差別化はしなかったものが、今回ばかりは手掛けた発行作品数の多い向こうへ力を入れている模様と聞いてもいる。そしてそして、○○○社といえばの、もう一つの大ヒット商品。オンラインゲームの『MowMowローディスト』に、このお兄さんは物凄く重要な関わり方をしていらっしゃり、
「よくもまあ、そんなところに呼ばれてるお方が、こっちへ顔を出せたもんだ。」
「だって俺は、此処じゃなくってお宅の勤めてる商社の、経営コンサルタントだし。」
「う…。」
 そいやそうでしたねぇ。
(苦笑)
「俺をご招待くださった○○○社は、そりゃ確かにお宅が提携していて、此処にブースを出してもいる、玩具メーカーの◇◇◇社とは競合相手にあたるけど。あんたが勤めてる商社の方とは直接の敵対関係にはないでしょうよ。」
 それに。元はといや そっちの会社とだって“商品開発スタッフ”としてでなく、事業経営の方の助言をと招かれた彼だったのであり、
「契約的には何にも問題はないよ。」
「社会倫理的、モラル的にはどうかと言ってんだ。」
 おお、それって“教育的指導”でしょうか、ゾロさん。あなたが、それもサンジさん相手に説教するところが見られるなんて、長生きはするもんですねぇ。
(笑)
“さっきからいちいちうっせぇよっ。////////
 おやまぁ照れてるよ、この人ったら。それほどに“慣れないこと”“柄にないこと”だという自覚はさすがにあるらしく、また、当のお相手にも重々察せられたらしくって。
「まぁま、お堅いこと、言いなさんなって。」
 どっちにも損はさせてませんと。風になぶられては頬に張りつく髪を、繊細な作りの指で払いつつ、くつくつと余裕たっぷりに笑ってから、
「それに、あんたが言うところの“モラル的にどうか”っていう、競合相手が似たよなイベントを展開中の此処へわざわざ運んだのも、特に他意があってのことじゃない。あんたに逢いに来たからだ。」
「此処は厳密には、俺の職場じゃねぇよ。」
「ああ、今回のには参加してないらしいね。」
 なのに、現に此処にいるのでは説得力がないような…。
(笑)
「今回担当している後輩さんからのヘルプが入ったんだろ?」
「…俺はそれを出社してから知ったんだがな。」
 ちなみに、ゾロが勤めている商社は、幕張に比べりゃ、此処“お台場”には割と近い。電車移動じゃなくたって、結構な時間は掛かると思うのに、なんでまた…今日はこっちへ来ているゾロだということを、しかも…今此処に立ってられるために必要な条件として、随分と前に知り得たサンジであるのはどうしてなのか。
“いくら情報管理のプロだったって、問題大有りだと思うんだがな。”
 ウチの経営コンサルタントなのは認めるが、株主総会も終わったばかりという時期だってのに、人事管理やプロジェクト進行の情報まで、しかも一社員の動向に限っての情報を部外者の彼に把握させる必要なんて、まずはないのではなかろうか。………なんて並べるのも白々しいでしょうかしら。あんまりにも“招かれざる客”扱いをして下さるものだから、
「俺だって出来ることなら、こんなトコに寄り道なんかしないで、直接ご自宅の方へ回りたかったさ。」
 さすがにサンジさんの側でも、どこかで何かが軽くキレたのか。それまでの澄まし顔から一転し、素の表情でそうと言ってから。
「ああ、きっとルフィだって“なんでゾロなんかの方を先に回ったのさ”なんて怒るに違いない。今更“ホントは一刻も早く逢いたかったんだよ”なんて言ったって信じないんだからねプンだ、なんて、そりゃあ可愛いことを言って拗ねちゃってくれちゃったらどうしてくれる。」
 随分とご乱心な模様の“恋心”の一通りを並べて下さったりしたものだから。
「ちっとは落ち着け、こら。」
 クールビズの一環で、窓は開放されている。このテラスと接している企画課のフロアには、ここの社員の方々が多数いるのが見通せて。室内の皆様も仕事中で、こちらへのよそ見をしている場合じゃないと判ってはいなさるだろうけど。一応の規約で、よほどの貴賓かハンデキャップのある方ででもない限り、口頭での案内だけというのが原則の受付嬢がわざわざ立って来て案内して下さったほどの超絶美形と。外部スタッフでありながら、屈強精悍な二枚目で、いかにも男らしい頼もしさと存在感のある重厚な佇まいから、毎年この時期にはこっそりとファンクラブが結成されるという超人気の裏エース…もとえ、切れ者ホープの揃い踏み。カン・ド○・ウォンとキ○タクが、差し向かいで何かしら語らっている図にも匹敵しそうな、そりゃあ綺羅々々しいこの構図には、やっぱり視線が集まっているものだから。こっちはこれからも…自分だけでなく同僚や後輩さんという関係者たちが足を運ばにゃならない場所だけに、変な印象は残したくはないと思った、さすがはチームワークも大事な企画課のエース。下手な理由からやたら取り乱されては困るとばかり、意識がハイになって翔びかかった金髪のお兄さんをどうどうと落ち着かせ、
「じゃあなんで、こっちを先にしたんだよ。」
 相変わらずの“るひコン”…ルフィ命な彼なのには、イラッとかムカッとか来たけど何とか目を瞑り、そこのところを訊いてやれば。
「だからさ。あんたに早く早く逢いたいって、ウチのお姫様がそりゃあもう大騒ぎをしたんでね。」
 それを何よりも優先してやりたかったから。向こうの偉そうな関係各位との顔合わせや、担当者とのご挨拶もそこそこに、色んな打ち合わせはまた後日にあらためてと先送りさせてもらってまでして、こっちへ車を飛ばしたのサと。そりゃどうもとありがたく思うより先に、やっぱり勝手な事情なんじゃないかと呆れるゾロで。とはいえ、
「そっか。ベルちゃん、海外にまで出掛けられるよになったか。」
 そこのところには、ゾロもさすがに少々感慨深くもなる。自分たちと同時に最愛の人とのゴールインを果たした彼が、その伴侶との至高の幸いという祝福を授かって生まれた女の子。父上は煙たいが、どうしてだろうか自分に異様なくらい懐いて下さるあのお嬢ちゃんは掛け値なしに可愛い存在だから。身内へのもののような愛しさから、その成長ぶりなどの話を聞けば表情もゆるむというもので。
「これだけは言っとくが、世界中にお前しか男はいなくなったとしても絶対に嫁にはやらんからな。」
「はいはい。」
 こっちだって、ベルちゃんは可愛いがお前を“お義父さん”とは呼びたかねぇやと。当たり障りがあるやらないやら、微妙な言い回しで言い返し。
「………で? そのベルちゃんは何処に連れて来てるんだ?」
「隣りのホテルのラウンジで、ナミさんと待ってる。」
 それを早く言わんかと。挨拶とは名ばかりの、妙な牽制を先んじてしに来たらしい親ばかお父さんにゾロが目許を眇めたのと、
「…おっと。」
 軽やかなピアノ曲の着メロが流れたのがほぼ同時。腕へと引っかけていたジャケットから小さな携帯を取り出した金髪の親ばかさん、曲で相手は判っているからと、耳に当ててすぐにも“どしましたか?”と優しくも甘い声で話し始めたが、
「……………はい? ええ。ですが…………、なんだってっ!」
 よっぽど驚愕的な話を告げられたらしく、ジャケットを取り落とし、その携帯さえ手元から滑り落とそうとしかかったほど。おっとっとと、上着と通行証のパスとをとりあえずは受け止めてやったゾロだったが、

  「どうし…」
  「大変だっ! ベルが、ベルが姿を消しちまったんだっ!」

 見目麗しき金髪のお客様に、すがりつかんばかりの勢いでがっしと胸倉掴まれてしまった、企画課外部スタッフのロロノアさん。ちらちらとそちらを見やり、様子を伺っていた女子社員の皆様方が、声にならない黄色い歓声を上げて、携帯の写真機能でビシバシと撮りまくっていたなんてのは、この際どうでもいいおまけ話であったけれど。


   …………… あれれぇ? もしかしてその子って。









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  *そういえば、ベルちゃんって
   赤ちゃんの時とやっと立っちできた頃としか書いてなかったですね。
   3歳児って、結構おしゃべりしたり駆け回ったりもしますよね。
   サザエさんのタラちゃんくらいを参照にすればいいのかなぁ?
(笑)