蒼夏の螺旋 “お騒がせリトル” A
 



          




 先の会話から“奥方、奥方”と連呼しているその通り、敏腕営業マンのロロノア=ゾロさんチの“同居人”である、モンキィ=D=ルフィくん。少々変わった経歴の持ち主であると同時に、実は実は…ゾロ氏の奥様というお立場にちょこなんと座ってもいる存在で。ただまあ、別に後ろめたさなんてものは感じちゃいないが、気を遣われるのも面倒だということで、ゾロの実家近くから上京して来た“従兄弟”ということで表面的な続柄は通している。
“だってホントに従兄弟同士だし。”
 いや、だから…それは そうなんだけどもサ。
(苦笑) 皆様にも今更なご紹介でしょうから、まま、そっちの事情というやつは このっくらいにしておくとして。愛しい旦那様がそれは意気揚々と会社へ出掛けてしまった後は、お掃除やお洗濯といった家事の傍ら、ただただ暇を持て余してのお留守番…だけをこなしているルフィ奥様ではありませんで。昨年、めでたくも資格を取れた“インストラクター”としてのお仕事、マンションの一階にある文化教室での“パソコン教室”にての指導員というお勤めにも、週に3日という契約で出ているし。それ以外にも、マンション内に設けられてる、いわゆる“青年団”とか“子供会”とかいう“自治会”系の活動にも参加しており、主に小学生で構成されてるサッカーチームのコーチを引き受けてもいて、
「あ、ルフィ先生っvv
 今日は資源ゴミ収集の日だからと、ペットボトルと空き缶をそれぞれ仕分けして入れたビニール袋を手に、階下までエレベーターで降りて来たところで、聞き慣れたお声に呼び止められている。誰くんかしら?と振り返れば、やっぱり同じような袋を下げてた男の子が隣の棟との連絡通路から出て来たところで、
「風間くんだ、おはよーvv
 そいや今日は土曜日だから、夏休みはまだだが学校はお休みのはず。
「お母さんのお手伝い? 偉いねぇ。」
 ここの住人で、PC教室の生徒さんでもあり、ルフィにもよく懐いてくれている男の子。ピアノの名手で、サッカーでは攻撃的ディフェンス担当の名スィーパー。とっても賢くて人懐っこい“チョビ”って名前のシェルティを飼っており、お行儀もよくって家族思いの、本当によく出来た子なのだが、実は結構ちゃっかりしているところもあって。ご本人はピアノじゃあなく、バイオリンやビオラといった弦楽器を勉強したいのらしくって。高校か、若しくは大学で音楽系統の方へと進むその時に、思い切って転向するつもりなのと、そのための練習もこっそり積んでるんだよと話してもいた、今時風のしっかり者でもあるのだが。
「あ・そーだ。センセー、知ってましたか?」
 二人並んでマンション裏の集積場まで足を運んで、ゴミ出ししてから手を洗っての帰り道。何ということもなく、昨夜放映されていたバラエティ番組の話なぞを並べていた二人だったが、ふと、風間くんがそんな風に口火を切って、
「来週の末から、お台場でイベントが始まるでしょう?」
「あ、うんvv
 今年もやります、某テレビ局の夏休み恒例の大イベントのお話で。そこのお子様向けアニメ系の出し物へは、ゾロの会社と縁の深い、◇◇◇という玩具会社の協賛ブースが出ている関係で、企画スタッフとして駆り出されてた年度もある。先々有望な若手社員への、ある意味“腕試し”的なお仕事であり、誰しもが必ず通る道ならしくて、
“今年のは…ゾロへはお声もかかってないとか言ってたけども。”
 でも、なかなか盛況で楽しいイベントには違いないから。ルフィとしては今年も遊びに行こうと目論んでいたりするらしいのだが。
「それと同じ日に、幕張の方でもイベントが始まるの、知ってますか?」
「………え?」
 そっちは主軸となってる会社とやらも、同じ“メディア系”ながら…テレビ局ではなく。少年誌やゲーム雑誌、アニメ情報誌で名を馳せている、某雑誌出版カンパニーが主体になってる催しで。メディアミックスという形にて、人気まんがを次々とアニメ化しては、DVDや関連グッズを並行して発売しており、その展開の早さとファン層の求めへきめの細かい対応が出来るスタッフを揃えていることで、今や業界ナンバーワンの座を揺るがさないほどの大御所だとか。

  *筆者註…実在する会社・雑誌社にモデルはありません。
(苦笑)

「同じ日ってことは、夏休み直前の 16日から?」
 ハッピーマンデー制により、今年は“海の日”が18日にずれるので、早いガッコは来週の16日からもう“夏休み”に入る。それを見越してだろう、ロードショーの架け替えとか、遊園地のイベントの開催が集中する日でもあり、
“お台場のへわざとガチンコして来たんだな。”
 そんなにも早い開催ということは、オタク、もとえフェチ…じゃなくって
(笑)、穏当な“ファミリー向け”という点でも対決出来る要素を持って来ているに違いなく。
「ボクは“MowMow”のチョビに教えてもらったんです。」
「あ…そっか。それがあったね、○○○社。」
 ポンッと手のひらを拳で叩いて見せたということは、
「先生はもう遊んでないんですか?」
「あはは…。いやその。////////
 育成ゲームと違って、しばらくは放っておいても自立成長もしてくれるもんだからと。ついつい手を抜いて月に数回しかアクセスしてなかったりするルフィだったのがバレバレな言動をご披露してしまったのらしいけど、
「大人の人はお忙しいから、それもしょうがないですよね。」
 あああ、なんてフォローが上手なんだ、風間くん。
(苦笑) 先々はゾロの会社に入って、頼もしい右腕になってほしいななんて、こっそり考えてるルフィなのは…ここだけの話であったりする。(こらこら)






            ◇



 覚えてらっしゃる方がどのくらいいらっさることやら。彼らが口にしたのは、ティーンズ層に人気のオンラインゲームの名前で、正式名称は『MowMowローディスト』。○○○社という玩具メーカーの系列小会社が、ウェブ上にて展開しているオンラインゲームのことで。インターネット上に構成された、少しばかりファンタジックな要素も含む“異世界”を舞台に、プレイヤーそれぞれが操作出来るキャラクターを住まわせ、町や村で生活させたり、相手をモンスターに限って戦闘させたりして過ごす…という設定の代物。携帯電話のi−モードでも細かくて微妙な操作がこなせて遊べるところが、他のゲームの先駆けとなり、中枢部の“マザー”に組み込まれた指向性プログラムが、参加者が披露した優れたイベントやら物語の進行へと柔軟に対応してマップを拡張し続けたその結果、試作段階からの話題性や人気を保ったままに進化し続け。今や、プレイヤー人口も、そして仮想空間のエリアも世界一かもというビッグゲームに成長を遂げているのだとか。
「でも、そんなに良いコトばっかでも ないそうですけどもね。」
「?」
 これからチョビくんのお散歩に出るというので、そんな風間くんにお付き合いすることにしたルフィであり。彼の携帯を見せてもらうと、あれから随分と成長したらしい仮想キャラの“チョビ”くんが、お花屋さんとして液晶画面へ出て来てくれた。単なる町のお花屋さんではなく、色々なイベントへ装飾班として参加していたり、有機野菜の開発や流通に参与していたりと、そちらの世界でもなかなかの多才ぶりを見せている彼であるらしいのだが、だからこそ…自分のことだけではなく、そっちの世界全体を見渡しての懸念を抱いてることというのがあるようで。
「ほら、アイテムや経験値稼ぎのタブー破りの話ですよ。時々、関係ない筈の大人たちのニュースでも取り上げられるまでなってるじゃないですか。」
「ああ、あれか〜。」
 こういったゲームの中には様々に“難関”も仕込まれてあって、戦闘レベルにせよ職人としてのスキルにせよ、ある段階まで上がるためには何時間も何日も同じ単純作業を続けないとパラメータが上がらないとか、資金が溜められないということはザラにある。また、強力だったり便利だったりする各種アイテムの中には、高価だったり秘密の場所にあったりし、なかなか手に入らないレアなものも一杯あって。自分の手で続け、達成感が得られるところもまた楽しいゲームの筈が、そういうものを手っ取り早く手にして楽をしたいクチのプレイヤーたちへ、じゃあ売りますよなんていう“供給源”が現れもするらしく。
「ゲームの中の、お城や魔法アイテムや、万単位の経験値なんかを、現実世界のお金で売買するような市場があるらしいんですよ。」
 しかも。自分で集めたものを取引するならまだしも。誰か他所の人が持ってたものを、IDやパスワードを盗んで“成り済まし”をして、勝手に持ち出して売るって人も少なくないんだってねぇ?
「あれはちょっとねぇ。」
 他人のを勝手になんて狡いよねぇと、軽く眉を顰め合っている二人だが。…その前に。関係ない筈の大人たちのニュースってのはナニ? 事情を知ってる人、そのゲームで遊んでる人っていう、限られた“身内”にだけ関わる話であり“事件”なのに、何でそんなメジャーなところのニュースで扱われるのかな? そんなにも社会性があること? …という、そんな含みがあったよな。今や、オンラインゲームくらいのことで“オタク”扱いもなかろうという認知をされてること。なのに“え〜? なんで社会欄に載るの? そんな大層な”というよな、そんな反応なのではなかったか。…もしかして微妙に喜んでませんか? あんたたち。
(苦笑) ボクらは既に知ってた世界。今頃になって何言ってるのというビミョーな優越感と同時に。誰も知らないようなことを公共の電波が扱う筈はないから、だからすなわち、マイナーなことじゃないんだねという。社会からの認知への、我がことへの誉れに覚えるような“面映ゆさ”や“擽ったさ”を感じてる。ワイドショーでコミケのコスプレイヤーが毎夏毎冬特集されてて、その度に“秋葉原系”がどうの“萌え”がこうのと取り沙汰されるのへ、今頃に何言ってるかなと微妙な優越感を感じるのと同じ…と言ったら分かりやすいのかもですねvv(おいおい)

  ……… で。

“MowMowの特集ブースも出てるって事は。”
 本来は事業方面の営業関係へのアドバイザーとして参与しただけのはずが、自前のシステム手帳に搭載していた“ちっちゃなルフィ”というキャラクターの、いかにもな子供っぷりと、そのあくまでも自然体な天真爛漫ぶりの描写を可能にしていた機構
システムとを開発関係者に惚れ込まれ、気がつけば“ブレイン”としての座を頂戴していた、とあるビジネスエージェントさんのことを、ついつい思い起こしてしまったルフィ奥様だったのだけれど。
“…まさかね。”
 欧米の主要国では年度の切り替えには真夏を挟む。そうまでして…というと語弊があるけれど、それでもね。ゆったりと羽を伸ばすべく長く長く取るのが常識の“バカンス”を、あの家族思いのお兄さんが仕事がらみなことへ食い込ませて削るもんかと、自分で先にダメ出しをして、ゆるゆるとかぶりを振った。
“でも、もう結構長いコト逢ってないよな。”
 オンラインでなら、テレビ電話という画面込みのメッセンジャーだって早い時期から活用していたからね。お顔だけならお声だけなら、いつだって呼べる。今では素性を謎にくるむ必要も以前ほどにはなくなったので、大掛かりなお仕事ともなると、相手がどうしてもと望めばそちらへ足を運ぶことも増えたらしいが、それでもね? PC一つで世界を渡り歩いてた、究極の在宅ワーカーだったから、ラインの向こうにいつだっていてくれる、今時の“魔法の精霊”みたいな人なんだけど。
“…たまには、サ。”
 直に逢いたいかなと思わないでもない、優しい人。線の細いお顔に、いつも“暇を持て余しています”と言いたげに、紙巻きたばこを咥えてて。ちょっぴりクールな印象を醸してしまう、口許だけのシニカルな笑い方が身についてしまったのは、気が遠くなるほどの長い間、孤独とだけ向き合っていたから。絹糸みたいなさらさらの金の髪に、高貴な光を凝縮した宝石のような水色の瞳。案外と細い指先は素晴らしく器用で、端末キーボードを叩くほかにも、ナイフ投げの腕はプロ級だったし、お料理を作らせればどこのシェフだって舌を巻いたろうほどに絶品の腕前で。甘やかしてはいけないと、邪険な口利きもしないではなかったけれど。気がつけばいつだって見ててくれたし、いつだってルフィばかりを優先していてくれた。当たり前のように、いつも傍にあったあの温みが、あのね? 時々は恋しくなりもする。これも今の生活にどっしりと慣れちゃったからこその、余裕というか甘えなのかもなと、ダメダメじゃんとそんな我が身を叱咤しもするけれど。でもサ、でもネ? あんなまで出来過ぎに優しい人は、そうは居ないから。柄になくもおセンチになったりするとサ、言葉もないまま、けれど何でもお見通しな横顔が、そっぽを向いたままなのに…なのに暖かく寄り添っててくれたのとか、ふっと思い出しては無性に懐かしくなる。
“いい匂いしたもんな。”
 お料理が趣味だったからか、何とも言えない…甘いような芳ばしいような、ハーブのような香辛料のような、複雑微妙な匂いがした、暖かだった懐ろが何だか懐かしくもなったりして。
“…ヤだな。何でだろ。”
 今日に限っては、まだまだ全然、おセンチになんてなってもないのにね。お互いの携帯を見せ合いっこしつつ、ご近所の児童公園でお喋りしていたルフィと風間くんだったのだけれども、ふと。

  「…うう?」

 風間くんがリードの端を持ったままでいた、その反対側。柔らかな毛並みのシェルティくんが、不意に身を起こすと、辺りをキョロキョロ見回し出す。
「チョビ?」
 さっきまで、この先の河原で思う存分、ルフィ先生も交えての“鬼ごっこ”をしたのにね。彼自身も舌を出してたくらいに十分にはしゃいだのでと、木陰で休憩してたのに。
「何かに気づいたのかな?」
 小さな体高のシェルティくんだから、きっと見えてる視野だって自分たちとは違うだろうし、何よりも、
“そだった。犬は視覚より嗅覚とか聴覚を優先するんだった。”
 人間とは違い、動くものへの反応も“見えたから”じゃなくて“匂ったから、聞こえたから”というのが優先されるという順番になるのが犬であり。ということは、見回して探せるものではないものへの反応なのかも?
「悪いものじゃあないみたいですよ。」
 ふかふかなお尻尾はゆるゆると振られているので、危険なものへの“警戒してます”という動作ではないらしいが。キョロキョロが収まると、今度は“たたたっ”と勝手に進みかけ、リードがピンと張ったのへ“くぅ〜ん”とこちらを振り返る。どうやら見つけたものの傍に行きたいらしい。お顔を見合わせあったルフィと風間くんだったが、
「…うん。俺がついてるから、よほどのことでもない限りは大丈夫。」
 これでも…中学生に見えなくもないけど、それでも大人だしと。安心しなさいとルフィが頷いて見せれば、
「…そですよね。」
 風間くんがちょこっと躊躇したらしい間合いの方は、さすがに“頼ってもいいのかな”と感じたらしき一瞬なのだろうけれど。
(笑) チョビの反応も悪いものでなし、大丈夫、かなと。意を決して、二人して歩き出す。向かう先は公園の奥という方向で、柵の代わりに彼らが住まうマンションと直接 接している方へと歩みを進めているチョビくんであり。すたすたと軽やかな足取りなのへ、こちらも警戒の薄いままに たかたかと従えば、やがて小さく見えて来たものは…。

  「…ありゃりゃ?」

 ゴールデンウィークにはツツジの花が満開できれいだった茂みの傍らにしゃがみ込み、それはそれは小さな女の子が一人、茂みを縁取るレンガに登っているアリさんの行列を、一心不乱にじっとじっと見つめているのとかち合ったのだった。









←BACKTOPNEXT→***


  *もうお忘れかもしれないですね。
   というわけで、私もリク頂いたときからわくわくしていたとある人、
   久々にご登場願いますですvv
   ただし、次回から。
(笑)