蒼夏の螺旋 “お騒がせリトル”
 



          




 途中で“から梅雨”かと懸念されたのが嘘のように、今年は随分と降った梅雨が、ようやっとの終盤を迎えつつある。季節はそろそろ夏へと動き始めていて、
「あ、プリンちゃんの新しいCMだ。」
 時計代わりに点けているテレビでは、内容的には最新のニュースと天気予報だけが目当ての朝のニュースショーが“芸能ニュース”のコーナーへと移っていて。プロジェクター前にちょっと弾けた印象のある女性アナウンサーさんが立っており、人気のCMの最新版というのを幾つか紹介しているらしい。そろそろ夏だということで、ペットボトルのお茶や缶コーヒー、発泡酒などなども、キャンペーンつきの新バージョンCMに切り替わる時期。愛らしい女優さんが青空を背景に薦めるお茶に、今はまた“芸人”と古風に呼ぶのがメジャーらしい、ショートコントが得意なコメディアンのコンビがにぎやかに薦める炭酸飲料。

  ――― そして。次に画面へ映し出されたのが。

 マルチアイドルから今や“俳優さん”へ、名前もお顔もすっかりと定着した観のある、ジャリプロの桜庭春人くんと、話題の9時台テレビドラマで共演中の、愛嬌たっぷりなシェットランド・シープドッグちゃんのコンビがコント仕立てのミニドラマを演じる、某ドッグフードCMの最新作。すっきりした明るいリビングでバカンス特集の情報誌を広げて、この夏は何処に行こうかと思案している桜庭くんと、そのブロンズグラスのテーブルにちょこりと前足を乗っけて、一緒に雑誌を覗き込むシェルティくん。やっぱ海だよな海vvと大いにはしゃぎ、プリンちゃんの中折れになったお耳の間、ふさふさの毛並みを大きな手で撫でてくれる桜庭くんへ、携帯からのお電話がかかり。あ、今電話しようと思ってたんだと軽快に話し始めるものの。途中から、あれれぇ? 何でだか、お声が表情が、狼狽
うろたえ気味にトーンダウンしていって。画面がお外に切り替わり、ミニバンが到着したのは…砂浜じゃなくって緑あふれるキャンプ場。いやぁ、爽やかだよねぇなんて大袈裟に喜んで見せるトコみると、カノ女のリクエストは山だったんだなと思わせるのだが。さあ、キャンプ用品を出しましょうと、ハッチバックをカパンと開ければ、中にいたのは…シュノーケルのついたアクアラング用のゴーグルの小さいのを頭に装着して“ううう?”小首を傾げてるプリンちゃんでした…という筋立てで。あまりの愛らしさに頬を緩ませて“あははvv”と笑ったルフィへ、ネクタイを締めながらゾロも感心してのご感想。
「ますます芸達者になってるな。」
「でしょ〜〜〜vv 何でも今度、劇場版も作るんだってvv」
 ドラマにしてもCMの方にしても、主役は桜庭くんの方だろに、この家の二人の関心はシェルティくんの方にこそ比重が高いらしくって。我がことの誉れのようにまで嬉しそうになっているのは、このワンちゃんと縁があるから…ではなく、
「箱根のるうくん、元気かなぁ。」
「去年は何か、別の小さいの連れて来てなかったか? 真っ白なやつ。」
「うん、お友達にって新しく来た子なんだってよ?」
 ろろのあさんが言ってた。種類は何てったっけかな、何とかテリアって、えとえっと。箱根の別荘へ行った時に、ひょんなことからお知り合いになった、可愛らしいワンちゃんのお友達。その子に毛並みがそっくりだからと、こっちのプリンちゃんにもついつい眸が行く奥方であり…って、何だか随分と解りにくいネタでしょうか? 詳細は既作品をどかご参照下さいませ。
(こらこら)
「あ、ほら。襟の端っこ、咬んでるよ?」
 営業課はどうしても、はやりの“クール・ビズ”たらいうのでお伺いすると印象がよろしくない老舗の会社やお店もあったりするらしいのでと、相変わらずの窮屈そうな装いの旦那様だけれども、
「…はい、出来た。」
「ん、サンキュ。」
 襟元を直すのに向かい合う格好になってた広々とした胸板に、へへぇ〜と悪戯っぽく笑ってから“ぱふり”と頬を擦りつけて、両手は脇を通して筋骨雄々しき背中の方へ。何だか街路樹に止まってる気の早い蝉みたいな対比だけれど、相変わらずの身長差や体格の差が、けれど悔しいとか憎たらしいとか思ったことはあまりなく。むしろ、嬉しかったり誇らしかったりする奥方であり。
“…だって、俺のだもんねvv///////
 逞しくって男らしい、いい匂いがする、カッコいいゾロ。学生時代のずっと、剣道の通年チャンプであり続けたもんだから、ただ腕力が強くて体力があるってだけじゃなく、精神修養の方もバッチリで。凛と冴えた眼差しに、きりりと引きしまった口許も、静謐にして落ち着きがあり。動きの1つ1つにも切れがあって決まってて、屈強精悍な文句なしの男前。仕事ぶりだって誠実で精力的で、新人の時代から新人とは思えないほど、頑固なくらいに粘り強いところを発揮していて。何社もの有名どころの取引先を独力で開拓して来た手腕も見事なら、今や“その件だったらロロノアさんを通してもらわないと”なんて、東証一部上場の有名一流商社の社名よりも信頼されてるくらいだから物凄い。そんな自慢の旦那様はといえば、
「そろそろウチも夏の予定を考えとかなきゃな。」
 海でも山でも温泉でも、行きたいトコとかチェックしとけよと、奥方からのリクエストへ何があろうと応じるからなという意気込みも熱く、大きな手のひらで収まりの悪い黒髪をいい子いい子と もしゃもしゃ撫でてくれる、相変わらずの“愛妻家”ぶり。
「そだな。もうそういう時期だもんな。」
 JRやホテルの予約は通常3カ月前から受付が始まるから。8月中の旅行へのプランニングだとするなら、どうかすると遅いくらいでもあって。
「夏休みか〜。」
 学生さんじゃなくたって、全国一斉にお盆休みになるシーズンだ。長期休暇を取って、さて。実家に帰るだけでなく、羽伸ばしやら骨休めやらのバカンスに、皆が一斉に繰り出す頃合いでもあるのだけれど。
“でも、ウチはな〜。”
 当家の旦那様のゾロさんは、営業企画課のホープなもんだから。夏こそはというイベントの2つや3つ、期待をもって担当させられてもおり、だからこそ“予定を立てなきゃvv”なんていう、浮いた気持ちがついつい沸かなかったルフィでもあり、
「ルフィ?」
 どうした?とお顔を覗き込まれて、慌ててかぶりを振って見せる。
「うん…うっかり“そうなんだ”ってのを忘れてただけ。」
 サミさんトコのコンビニの七夕飾りも作ったのにね、雨が多いせいかな、ピンと来なかったのと続けてから、

  「そういや、駅前であんまり婦警さんから声を掛けられなくなったしね。」
  「…はい?」

 何ですか、そりゃ? 何だか初耳なこと。しかも“婦警さん”だなんて、尋常じゃないフレーズまで出て来たものだから。それって一体何のお話でしょうかと、囲い込むようにしていた腕の輪っかを緩め、お顔を覗き込んで来た旦那様へ、
「あ、そか。言ってなかったか。」
 夏のプランへとはしゃげなかったのを誤魔化そうとして、奥方、うっかりと別の“内緒”を引っ張り出しちゃったみたいです。ありゃりゃと口許を両手で押さえ、でもまあ疚しいことではないからと、渋々と白状し始める。
「あのね? この辺では、毎年ゴールデンウィークあたりの時期から、婦警さんの新人さんが警邏に回るようになるんだけれどね。」
 そういう方々から、あなた昼間っからこんなところで何してるの? 学校は?と、呼び止められることが多いルフィであるらしい。
「………あ。」
「あ、だから、あのね? ペアになってるベテランさんがすぐに飛んで来て、ちゃんと説明してくれるから構わないんだけどもね。」
 たはは…と眉を下げて笑うルフィを、その細っこい背中へ両手を回し、そぉっと抱きすくめるゾロであり。
「気にしてないんだってば。」
「………。」
 ただサ、ゾロが。こうやって気にするんじゃないかって。そう思って言わなかっただけだからさ。取り繕いや言い訳ではなく、最近ではもうすっかりと、そういうことに対面しても笑っていられるルフィになった。でも、抱きすくめられたのは気持ちがいいからと、ニコニコしながら じっとしている。気に病む度合いは、ゾロの方が大きいかも。理解するまでに時間差があって、それで今頃になって気にするようになったゾロだ…というのではなく。ルフィがとんでもなく気にしなくなったから、それで相対的な話として“ゾロの方が気にする”というバランスになっただけ。
「原付きの免許取ったから。パスポートなんて仰々しいもの、いちいち見せなくてもよくなったしさ。」
 な? と、小さな手で背中を撫でてくれながら、宥めるように言う奥方に。どっちが慰められているやらだよなと、ますますのこと、愛しさが込み上げて来て…堪らないし止まらない。
「………あ、こら。ゾロ。何して…あ、ん。////////
 きゅうと抱き締めた腕の輪がそぉっと縮まって、しかもしかも。懐ろ深く抱え込んだ格好になったまま、間近になった耳朶やうなじへ唇の先やら吐息やらを触れさせる悪戯を始めた…のは。全然しおらしくないぞ、旦那様。
(笑)

  「やだって…。////// なあ、遅刻しても、しんないぞ。///////
  「フレックス出勤だから大丈夫。」
  「嘘ばっかり。」
  「じゃあ、サマータイム。」
  「じゃあってのは何だよ、じゃあって。」

 第一、サマータイムってのは早い方へずれ込むんだぞと。ゴチャゴチャ言い合ってのち、やっとのこと腕を緩めてくれたのへ、むむうと上目遣いで睨む真似。でも、悪びれないお顔と目が合うと、すぐに弾けて“うくくvv”と吹き出してしまう可愛い少年。屈託のない笑顔が人を引きつけてやまない、お陽様みたいなルフィには…実はちょっとした“事情”があって。体の年齢は高校生、幼い作りのお顔や体格なので下手をすると中学生でも通るほどに子供っぽくも稚い外見をしている奥方であるが、実を言えば…もう既に大学さえ卒業しているだろう年齢である。中学生の頃に留学していた先の欧州にて、凍河に呑まれるという事故に遭い。救助されたものの、その後の7年間もの長きに渡って意識が戻らずにいた。その後遺症というものなのか、体の成長も眠っていた間は止まっており、何年か前にやっと意識が戻っての帰国。それじゃあやっぱり、体験とか知識とかを蓄積してはいないのだから、見たままの…7年遅れた年齢だということにしておいても支障はない…のかもしれないが。戸籍の上ではそうはいかない。そのギャップを戸籍の方へと合わせた結果、この見かけだが もう大人なんだよという立場になっている、それはややこしい存在であり。まま、そこまでの詳細を求められる場面もそうそうなくなったけれどねと、原付き免許云々の話を持ち出したルフィだったのだけれども。

  ――― 本当の“真実”はその裏にあって。

 留学先で凍河に落ちたのは本当。行方知れずになったのも本当。ただね? 命の灯が掻き消されんとしかかったその危機を、救ってくれた人がいたのだけれど。それが不思議な一族の“奇跡”に関わってた人だったから。助けるにはそうするしかなかったとはいえ、何と不老不死の身になってしまっていた………という、何とも不可思議な体験をしたのがコトの本当の真相で。

  ――― 永遠に年を取らず、死ぬこともなく。

 けれど、それって………他の人々がどんどんと先へと進んで行くのを、ただ立ち止まって見送ることでしかなくって。人ならぬ身となった哀しさと寂しさを。同じ境遇のもう一人と向かい合って埋め合ってた。気の遠くなりそうな、長い長い7年間を送ってたルフィだったから。誰も悪くはなかったのにね。皆して辛い想いをした日々があったから。殊に、当事者だったルフィはどれほどの想いをしたかを思うと、ついついと。本来は全然気の回らない武骨な青年だったゾロが、あのね? この子だけは傷つけまいぞと、ずんと気張って宝物みたいに守ってくれてて。

  “本当にもう平気なのにね。”

 過剰な気遣いは却って気にさせる元なのにねと、当のルフィが苦笑しちゃうほどに。根本的なところがまだまだ不慣れなゾロだけど。その武骨さを窮屈そうに何とか均しもって、健気なほどにも一途に想ってくれるのが。雄々しさで頼もしさで一線級の男が、ただ自分のためだけにそうまでしてくれるのだという事実と、勿論のこと、ルフィの側からだって大好きな人なのだという愛情とが、キツく結ばれ しっかと編まれて醸し出される、格別の甘い空気に、ついついうっとり陶然と酔いしれる。

  ………なんて事をしている場合でしょうか? お二人さん?

 テレビ画面では、トロがコンバーチブル・カーでドライブしてるぞ。
「あっ、ゾロ。早く出ないと、快速に間に合わないぞっ!」
「おおっと、やばい。」
 背広の上着を大急ぎで羽織れば、ノートパソコンと書類の入ったブリーフケースを奥方が差し出す。お廊下をばたばたと進んで玄関まで、
「今晩は鷄の竜田揚げにするからね? お昼に鷄の空揚げや焼き鳥は食べないよーに。」
「らじゃ。」
 おでこ同士をくっつけ合って。まだまだ名残り惜しいけど、これじゃあキリがないからね? 触れるだけの軽やかなキスをして、

  ――― 行ってらっしゃいvv 行ってきますvv

 まだまだお熱いお二人さんの、朝のドタバタも ようやっと“これにて幕”と相成った模様でございますvv






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  *カウンター 184,000hit リクエスト
    ひゃっくりさん『…まだナイショvv

  *Morlin.さん、四字成語がとうとう品切れでしょうか?
(笑)
   いや、なんてのか。
   季語が入ってると風情があっていいのではありますが、
   このシリーズ、そういう作風ではなくなって久しいですし。
   さあて、一体どんな“お騒がせ”が起きるやらvv
   どか、のんびりとお付き合い下さいませです。