蒼夏の螺旋  “北窓冬垣”B
 

 
          



 まるで真昼の悪夢のように、前触れもないまま突然に、思いもよらない凶悪な事件が降りかかって来たものの。その収拾もまた、非常にあっけなかった上に…ちょっとばかり意味不明な部分があったものだから、夕飯時のニュースでも詳細にまで触れられてはいなかった。
『怖かったろうにね。』
 人質にされてた坊やへと、サミさんがお見舞いにって…早速漬けたハクサイの浅漬けとキャベツのコールスロー、それから売り物からは人気のおでんを持って来てくれて、
『泣かなかったんだってね、偉かったね。』
 いい子いい子と髪を撫でて褒めてくれた。PC教室の子供たちも"ニュースで見たよ"とメールを沢山くれて、
『ルフィせんせー、怖かった?』
『バッカだなぁ、お兄ちゃんは強いんだぞー。』
 チャットでは しばらくの間、その話がひとしきり続いてしまったほど。





   そしてそして………肝心なこと。


 一体、何がどうなってあんな膠着状態が打破されたのか、何があってルフィが無傷のまま無事に助け出されたのかと言えば。








            ◇



  【おーい。ルフィは居ないのか? 電話に出んぞ?】


 そう。あの緊迫の中、のんびりと何度も掛かって来た電話というのが…鍵になったというか、何てことすんのという相変わらずの無謀さで事態の後始末をややこしくさせているというか。こんな回りくどい書き方も白々しいですね。
(笑) ゾロの携帯電話に掛けておきながら、開口一番、ルフィは居ないのかなんてことを訊くような人。地球の裏側から掛けて来た 某"お母様"からの電話だったんですね。2度目に鳴った正体不明の電子音は、別の部屋にあったPCからの呼び出し音だったそうで。ということはと、例の会話を振り返れば、


  「………ああ、遅くなって済まなかったな。犯人の許可を取っていたんでね。」
  【犯人?】
  「ああ そうだ。」
  【…その犯人とやらが傍にいるんだな?】
  「依然としてベランダに籠城中だ。人質も同じで、ルフィという男の子。」
  【…っ!? なんだってっ!!】
  「武器は果物ナイフが1本。他は不明。以上だ。」
  【よくもルフィをっ! …待ってろ、目にもの見せてやるからなっ!】
  「………ああ"? …ちょっと待てよ、それって…おいっ。」


 終盤の相手のただならぬ剣幕へはさすがに慌てたゾロだったが、その相手、今は地球の裏側にいる。発信番号も移動電話ではなく自宅からのものだったし、そんな遠くから出来ることと言っても限られていると、何とか気を取り直した。
"大方、急いで駆けつけるつもりってとこだろうが…。"
 そういう話を前にも出しましたが、やろうと思えば…某国の新鋭戦闘機を借用出来る恐ろしい人。とはいえ、そんな恐ろしいものを今すぐ借用して発進して来たとしても、そこから此処まで最短でも数時間は掛かってしまう。まったく人騒がせなと肩を落としたのみで済ませるつもりでいたゾロが…それから数分後にギョッとしたのだ、いやホントに。
「何だったんだ。」
 誤魔化しに"警察からだ"と言った手前、犯人へも説明が必要だろう。
「事情が通じてない本署の偉いさんだったんでな。こっちに増援するとか何とか言ってたが、部屋へは上がらせないから安心しな。」
 何で選りにも選って俺がこいつを安心させねばならないのやらと。膠着状態に変わりはないものの、表面的には落ち着いて来た様相へ"やれやれ"と肩を落としたそんなタイミングへ。

  ―――"それ"は、遥か彼方の宇宙からやって来た。

 何の前触れもなく、だが、紛れもなく人為的な"ピンポイント照準"によって此処を目がけて。ひゅんっっと風を切って降って来た"物体"があって。
「おわっ!」
 疾風を伴ってすぐ間際を通り過ぎたこと自体へも驚いた犯人だったが、それ以上に。
「な、なんだっ!」
 ばしっと。凄まじい勢いでその手ごとナイフを持っていこうとした力に思い切り引っ張られ、わたた…とバランスを崩してたたらを踏みかけた犯人へ、

  「…っ!」

 これこそ見逃してなるかという"絶妙な隙"だとばかり、手前にあったソファーの背を飛び越え、足元のガラスの破片も意に介さぬままに、窓辺へと駆け寄り、
「…え?」
 しぶとくもルフィからは手を離さないまま、足元へ取り落としかけたナイフへと手を伸ばしていた犯人に、
「哈っ!」
 まずは脇を締めて身構えた態勢から突き出した正拳を一発、顎先へと食らわせて目眩を起こさせ、
「ゾロっ!」
 やっとのことで緩んだ、男の腕による鬱陶しい就縛からルフィが飛び出して来たのを受け止めてやり、
「これで まけといてやるよっ!」
 あんまり過剰な"お返し"は過剰防衛に成りかねない。それで多少は遠慮して…ルフィを抱えた右手は使わず、左手をぐうっと堅い拳に握って。相手のみぞおち目がけて、思い切りの一発をお見舞いしたのである。剣道が本道だったとはいえど、一通りの武道にも明るい身だし、何と言っても基礎体力が違う。利き腕ではなくともそのストレートはかなりの威力であったろうし、よくもルフィを…っという恨み骨髄な想いも乗っかっていたから堪らない。
「ぐがっっ!」
 何とも言いようのない悲鳴を上げつつ、犯人の男はドカッとベランダのフェンスに吹っ飛ばされて、そのままそこへと伸びてしまった。
「ゾロ、ゾロ、怖かったよう。」
 ぎゅううっと懐ろへしがみついて来る小さな温もり。ベランダへと出る手前辺りで立ち尽くしていた二人だったが、
「あ、足元、気をつけろよ?」
「うん…。」
 そんなこと どうでも良いようと、迷子になった先から帰って来たばかりの幼子みたいに、ゾロの懐ろにしがみついたまま、しばらくずっと甘え続けていたルフィであった。








  ――――― で。


 宇宙の彼方から…などとはまた、Morlin.さんも大仰なことをと、お思いになられたかもしれないが。これさえ無かったなら、すぐさま掴み掛かってぼっこぼこのズタズタにしてやるのにとゾロさんが思っていたところの凶器。ルフィへと突き付けられていたナイフを、犯人の手から掻っ攫った謎の何か。空のどこかから降って来た"それ"は、犯人が握っていた果物ナイフに強力にくっついてもぎ取った…表面が熱っつく焦げてた、大層強力な電磁石だったというから驚きで。
『こんなもんが一体どうして。』
『一体どこから?』
 しかも、こんなにもタイミングよく、位置もばっちり? 現場検証に当たった警察関係者の方々が皆さん揃って小首を傾げてしまい、
『いや、私どもにもさっぱりと…。』
 助かりはしたが、何でどうしてという点は一向に判りはしませんてと、そりゃそうだ的に答えておいたゾロではあったものの。


  「………サ〜ン〜ジ〜〜〜〜。」

 その晩には早くも、ルフィが"心当たり"へPCでのテレビ電話を掛けていた。金髪碧眼の美丈夫にして、世界経済界の大御所。そしてそして、ルフィに大甘の"お母様"。
【無事だったんだろう? 良かったなあvv】
 にっこりと御機嫌な様子のムシュ・サンジェストが、地球の裏側から一体何を仕掛けたのかというと、

  【なに。
   某国から払い下げられた"SDI"用の衛星を使ったまでのことだ。】

 ………なんて事をする人なんだか。SDIですよ? ISDNではありませんよ?
こらこら


 【SDI;esu-dhii-ai】


     かつての昔、米ソという二大勢力による冷戦態勢に緊張感あふれる"東西対立"という構図が終盤を迎えていた頃に、最終兵器として完成を見た、宇宙を舞台に構想された某国の戦略防衛構想の総称。83年にレーガン大統領が提唱したもので、弾道ミサイルをその発射直後に追尾し叩くために、大気圏の上、宇宙空間にて衛星からのレーダーを活用して、これも宇宙空間に配備した対空ミサイルを発射するとか何とかいう、スターウォーズっぽい物凄い構想の代物が完成しかかっていたのだが、当の対戦相手であったソ連が経済危機から崩壊。また軍事事情の方も、アメリカ本土よりもその関連国や地域へのテロなどの方が激増という方向へ世情が変化したこともあって、宇宙空間にて展開というほどの規模は必要でなくなり、93年、クリントン大統領が予算凍結を発表。それとともに計画そのものも凍結に至った。弾道ミサイルを迎撃するという発想自体も、今では"TMD""NMD"といった"地上戦略"へと開発の舞台を下げている。



 ………つまり。宇宙空間に漂う監視用衛星から、文字通りの"ピンポイント"で目的地、目的物を把握し、そこへと目がけて あんなものを投げ降ろしたなんていう、とんでもないことを実際にやらかしたムシュであったらしい。………あの電磁石って、どっかの部品だったのかなぁ。ステンレスのナイフだったらどうしたんだろうか。

  【ちゃんと成分分析をかけました。】

 あやや、これはお見それ致しました。衛星搭載の監視レーダーの威力は冗談抜きに凄まじいそうで、大気圏よりも遥か彼方の上空から、地上に広げられた新聞の字が読めるほどだとか聞いたことがあります。某国の地下要塞だって赤外線レーダーであっさりと把握出来たほどですしね。………でもまあ、空だと思うから途轍もない距離のようにも感じられますが、水平方向に直せば…地球を周回している人工衛星の軌道というのは、同じ日本国内という範囲内だそうですしねぇ。…って、脱線ばっかりしている場合じゃない。手段はとんでもないながら、そのお陰で犯人の身の上へ"隙"を作ってもらえて、結果としてはルフィを助け出せもしたのだが、

  「サンジの馬鹿っっ!」

 その御本人様は、何故だか…えらくご立腹のご様子であり、
「凄っごく怖かったんだからねっ! いきなり引っ張られて、このまま刺されるのかってドキドキしたし、何が起こったんだろうって判んなかったから怖かったしっ! それに、方向が10センチでもズレてたら、俺に当たってたかもしれないんじゃないかっ!」
 そりゃあもう、噛みつかんばかりの剣幕で言いつのり、
「それにっ! あんまり強力すぎる磁石だったから、マンション中の電気配線や電話やインターネットの回線に支障が出ちゃったんだぞ?」
 今使ってるのだって、超特急で修復してもらって やっとのことで使えるようになったんだからね、と。そりゃあもう、怒ったのなんの。

  【…何で俺が叱られなきゃならんのだ?】

 機転を利かせて救ったつもりが…褒められ感謝されるどころか説教されたとあって、非常に不服そうだった"お母様"だったそうな。
(笑) そして、

  『言っとくがな。その子を楯にしただけでもお前の負った罪は重いんだよ。』

 あの緊迫した場面にあって、この一言を凄まじいまでの迫力でもって言い放ったご亭主の株が一気に上がったのは言うまでもないことだった。無論、あんな場合だったからと考えて言った台詞なんかじゃあない。7年もの間という哀しい空隙を、心凍らせたままに過ごした愛しい人を、こんな形でまたもや恐ろしい目に遭わせただなんてと、それだけでも臓腑が煮えたぎりそうなほどの憤怒を覚えていたゾロであり、何があっても助け出すぞという切なる思いの裏返しから飛び出した脅し文句だったのだからして。

  「でもね、凄く怖かったよ。」

 不思議だよね。すぐ直前まではサ、駅前でお買い物してて…今晩は炊き込みご飯だねなんて話してたのにね。あんな、全然違う世界に転がり込んじゃってさ、と。まさに"事実は小説より奇なり"を体感したご夫婦であり。
「自分が不注意してたとか油断してたって訳じゃないのにね。」
「そうだよな。」
 全くもって物騒な世の中になったものだと、それをまたとんでもない方法でくぐり抜けたことには…とりあえず秘密だからと蓋をして、
「明日も何が起こるか判んないんだ。」
「おいおい。」
 こんな物騒なことがそうそう立て続いてはたまらんぞと、怪訝そうな顔をしたゾロに、こちらもとっても鹿爪らしい顔をする。
「だからね、食べられる時に一杯、美味しいもの食べとかなきゃいけないの。」
「………。」
 旦那様のお膝へと抱えられたまま、その手には…携帯電話。良いでしょ?と 小首を傾げるポーズでおねだりされて、苦笑混じりにOKを出せば、
「えと、まずはドミンゴピザのマルガリータでしょう? それから中華のパオズの天津丼でしょ? それから…。」
 既にインプットされているデリバリー店のナンバーと、それぞれのお店の"いちおしメニュー"を指折り数えて見せる無邪気な奥方。
"ま・いっか。"
 これもやはりあの磁石のせいでの半日もの停電のお陰様で、電気炊飯器は使えないわ、冷蔵庫を開け閉め出来なくなったわという煽りから、当初の予定だったメニューをこなせなかったのだし。あんな事件の後遺症もないままに、屈託なく振る舞うルフィであるのが嬉しいしと、どこかやわらかに微笑って見せたご亭主だった。



   ――― 時節柄、皆様もご用心のほどを。





  〜Fine〜  03.12.5.〜12.11.


  *カウンター 112,000hit リクエスト
    芹様『"蒼夏の螺旋"の設定で、
          泥棒が入ったロロノアさん家で
              犯人に捕らえられたルフィを助けようとゾロが頑張る。』


  *スリルとサスペンス…。
   甘い話ばっかのウチのサイトには
   往々にして縁のないフレーズかもしんないですね。
(笑)
   ゾロよりもサンジさんの方が活躍してるかも。
   相変わらずに派手な人です、はい。
こらこら

  *一応、このお話のゾロも"元・剣道の全日本チャンピオン"なのですが、
   そういうことって知り合いにしか判んないことですしね。
   『猛犬に注意』みたいなステッカーでも貼らないと。
おいおい
   少し前に、忍び込んだ家が空手の有段者夫婦んチで、
   2階のベランダから投げ落とされて骨折した泥棒の話を聞きましたが、
   腕に自信があってもね、
   いざって時にちゃんと判断して体が動くものかは人によるんだろうなぁ。

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