蒼夏の螺旋  “北窓冬垣”
 



          



 ここ何年かの不景気のせいか、特に年末でなくとも物騒な世情ではあって。殊に今年は、ピッキングだのカム送りだのによる"空き巣"よりも、数人掛かりで周到に準備して資産家邸を襲う強盗が目についたような気が。そうかと思えば、農作物泥棒も多かったですし、子供の連れ去り事件も多かったですね。親による虐待死事件も腹が立ちますが、何でまた今年? あの夏休みの渋谷での事件が引き金になってるのか、逆な見方になりますが、これまでは未遂で済んだものを数えるようになったからか。問題なのは、連れてこうとする奴ってのは誘拐以上に計画性がない場合が多いそうで、自分なら捕まらないで出来る…と、どこかゲーム感覚でそんなとんでもない犯罪に手を染める馬鹿どもがいるのだそうです。何を"馬鹿比べ・アホ自慢"しているのだか、本当に始末に負えない話です。日本ってのは"渡る世間に鬼はなし"という言い回しが近年まで余裕で通用していた、モラルの高い豊かな国として有名だったんですのにね。景気が悪いとこういうところでも大いに荒んでしまうのですね。


 よって…という訳でもないのだけれど。学生時代に打ち込んでいた武道の関係で、知己に警察だの自衛隊だのへ進んだ人間が多いせいか、そういう話を聞く機会が多いらしくって。ゾロも日頃から、ルフィにくれぐれも用心するようにと言ってはいた。今日びは"エントランス・ロック"も頼り
アテにはならず、むしろ油断を読まれてターゲットにされやすいこととか、ほんの5、6分だからと施錠しないで出掛けることほど無防備なことはないとか、etc.…。

  「でもな、一番恐ろしいのは…何かが盗まれることより、
   お前が一人でいる時に、そういった危険で怖い目に遭うことなんだからな。」

 物ならまた買って手に入れられるし、お金も働けば何とかなるけれど。怪我をしたり命を脅かされたり、独りで居る時にルフィがそんなことに晒されて怖い想いをしたらと思うと、居ても立ってもいられなくなると、やさしい旦那様は少し怒ったような顔になって言っていた。
「特にルフィは、見た目が幼いから…な。」
 実年齢は一応"成人"なのだけれど、ちょっとした事情があって成長が止まっていた時期があったものだから、外見は小柄な高校生か中学生風という、いかにも"子供"な奥方であり。真っ黒な髪をショートカットにし、撓やかな肢体もすんなりと細めで、声も舌っ足らずで高いままなら仕草もそれは愛らしく、幼さの濃く残る その笑顔の可愛らしさと来たら…もうもうっvv

  「もーりん、脱線しないのっ。」

 あああ、すんません。
(笑) でもね、旦那様にしてみれば、
「こればっかりは、もーりんさんの言う通りだ。」
 腕を組み、もっともらしく"うんうん"と大きく頷いていたりする。
「こんなにも可愛い子だからな。どこの誰が目をつけていることやら。」
「…ゾロ。」
 ついついギャグっぽく、体を斜めにしてコケかけた奥方だったりするのである。







            ◇



 冗談はともかく。今日は12月最初の土曜日で、駅前のショッピングモールがはやばやと"大売り出し"のセールを始めていたものだから。今日は休みだからと朝のベッドの中で散々に甘えかかってくれた旦那様を、何とか説き伏せ、しまいには叩き起こして、買い出しにと朝も早よからお出掛けしているご夫婦である。
「だって国産和牛が4割引なんだよ? ビンチョウマグロもほら、こんな安いしvv
 あと、ミネラルウォーターとハクサイ1箱でしょ? タマネギと…あ、シメジ1株50円だって、こんな大きいのに? じゃあ今日は炊き込みご飯にしようね? えと、鷄肉は買ってたから、ゴボウとボイルたけのこと、コンニャク半丁と、ニンジン…はまだあったか。油揚げと…あと何を入れるんだったっけ? さごしが安いからお刺し身の他に焼き魚も食べよっか?
「…ハクサイ1箱も買ってどーすんだ。」
「あ、これはね、サミさんに頼まれたの。お漬けもの、漬けるんだってvv ゾロも好きでしょ?」
 余談だが、ウチのワープロでは"お漬けもの"と出ず"乙獣"と変換されたんで、何だこりゃと ひとしきり笑ってしまいました。
(笑)
「あと、ミカンとリンゴと、ネギに…あ、イチゴが安いっ。」
「…ルフィ、要るものだけにしな。」
「あ、は〜いvv
 ついつい目移りするのを窘められて"えへへvv"と可愛く舌を出す。それでもこの後に…鮭の切り身とブリの切り身、べったら漬けに田舎みそ、お刺し身用のたまり醤油に、やっぱり特価だった玉子Lサイズにサラダ油を買い足して、
「ん、今日のはこれで全部だねvv
 持って来ていたチラシで確かめ、大満足でレジを通過した奥方である。なんか、随分と主婦らしくなって来ましたな、ルフィさん。おまけに男の子なもんだから、いくら小柄だとはいえ基礎体力というものが女性よりかはあって、
「よいしょっと。」
 結構大荷物になっても平気で持てちゃう頼もしさ。

  "…う〜ん。"

 どしました? ご亭主。ぬかみそ臭い奥方だとおイヤですか?

  "ボックスティッシュのパステルカラーが
   ああまで映えて見えるのはウチのルフィだけだなぁ…♪"

 ………言ってろ。
(苦笑)








 大漁、大漁♪とばかり、特価品ゲットに嬉しそうな奥方と大荷物を乗せて、愛車を自宅マンションの車庫へと乗りつけたご亭主は、
「サミさんに頼まれたのはハクサイだけか?」
「あと、そっちのキャベツ2つもだよ。」
 急いで冷蔵庫に入れなきゃならない生鮮ものと、頼まれたお買い物を"まずは"とそれぞれに抱えて一旦上がることにする。お店から車まではカートを借りられたのだが、ここではそうもいかないからで、
"クリスマスに自家用のカートが欲しいなんて言ったら叱られちゃうかな?"
 結構本気でそう思う奥方だったりするのだが、それはさておき。
「サミさんからお代もらっちゃダメだよ?」
 後でお漬けもの分けてもらうんだからチャラなの。でも、サミさんたらそういうの聞いてくれないから、いい? 圧し負けないでね? 重々と念を押されて、ご亭主、
「はい。」
 いいお返事を返してみる。なんだか尻に敷かれてるようにも見えますが、日頃日常はね、このくらいが丁度良い。奥様が忘れちゃいけないのは、いざという時にご亭主に恥をかかせないこと。それさえ怠らないならば、家事だって立派な労働なんだから威張りん坊さんでいて良いと思いますし、このくらいテキパキしている奥方に"お家のことは任せたぞ"って言ってぐーたらぶった方が、旦那様だっていちいち何も考えないで良い分、気楽でしょうしね。(え? 勝手な言い分? そおっかなぁ。)
「じゃ、先に上がってるねvv
「ああ。」
 一階のコンビニ、サミさんのところへ頼まれものを届けてから、もう一度車に戻って残りの荷を持って上がる旦那様とエレベーターホールで別れて、さて。
"…えへへvv"
 やってきたエレベーターに乗り込んでから、つい…じわ〜っと口許がほころんだルフィだったのは、特価品を全て浚えられたという上々な成果のせいではなく、

  "やっぱ、どこのご主人よりもゾロが一番男前だったよな…vv"

 おやや? お買い物しか眸にも頭にもなかったようなほど、それは張り切って売り場を回っていた奥方だったのだけれど。どういう隙にかきっちりと、他所様のご亭主さんたちをちらりちらりと観察してもいたらしく。しかもその上、
『あら…。』
『…すてき。/////
 ルフィがぽいぽいとカートへ商品を突っ込むのへ、きっちりと付いて回ってくれた自慢の旦那様へ見とれるあまり、ゴボウ片手に凍りつく奥さんや、せっかく選んでいたお肉のパックがどうでもよくなった若いお母さんさんなどなどの、ぽわんと取りのぼせる様も良っく見えていたのが、何だか優越感を招いてしようがなかったらしい。
"こういうので偉そうにしちゃあいけないんだろけどサ。"
 一際上背があって、いかにも手編みですというセーターに包まれた胸板の雄々しさと、きゅうっと引き締まった背条に腰に。焦げ茶のワークパンツが、これまた長い脚によく似合う、それは正に"歩くランドマーク"。
おいおい 大振り立派な肢体ばかりが目を引く訳ではなく、少しほど切れ上がって力んだ涼しい目許に、意外と細めの鼻梁と、堅い意志をそのまま表したくっきりと締まった口許。そんなこんなで構成されたお顔だって、それは凛々しく整った二枚目で、
『あ…すみませんvv
 見とれるあまりに取り落とした商品を、素早く難無く受け止めた大きな手が"どうぞ"とそれを差し出せば、買うつもりはなかったカズノコ1キロパックさえ、プレミアがついたような気がしてか、カゴに収めてしまう奥さんもいて。
"…ふふふvv"
 そんな素敵な人が旦那様だなんて…や〜ん・どうしよう、と。実はこちらさんも、ご亭主に負けないくらいに"伴侶自慢"な奥方だったりするのである。………まったく、どいつもこいつも。
(笑)
「♪♪♪」
 目的の階へと到着し、たらったら〜んとスキップ踏んで、辿り着いたは自宅のドア。今日はちょっと冷えたからと、今季お初に着たダウン・ジャケットのポケットをまさぐって。イルカのマスコットがついたキーホルダーを掴み出す。
「たっだいま〜vv
 なんつってね、誰もいないのにね。ぱたぱたとキッチンへ直行し、提げて来た生鮮ものを肉と魚に分けて、チルド室と冷凍庫へ入れ分ける。
"果物は…ん〜と。"
 ミカンはすぐにも食べるよねと、籐のカゴに盛ってリビングのテーブルへと据えに行って…。

  "………え?"

 何かが。視界の端っこで動いたような気がした。でも。
"テレビは点けてないし、ベランダに鳥さんが飛び込んで来たにしては…。"
 動きが…鳩やカラスの比ではなかったような。たかたかと機敏な動きでキッチンから出て来てそのまま引っ込みかかったルフィの足が…不意に凍りついたため。それが意味するものが、当の"相手"にも判ったらしい。












  ――― かしゃーん…っと。


 不意に、高らかに鳴り響いた破壊音。どこかで大きなガラスが割られたらしく、
「…っ?!」
 丁度、階段ホールから出て来たところだったゾロがハッとした。両腕で抱えていた大きめの段ボール箱に、腕の途中には特大トートバッグが左右それぞれに1つずつ。さすがは力自慢のご亭主だけに、そんなものは何の負担でもなかったが、
「この方角は…。」
 エレベーターホールに程近いフラットからのもの。そうと察して…駆け出し駆け着けたドアの向こうから、

  「離せってばっ! ウチはカードだからお金なんか置いてないんだぞっ!」

 ルフィの大声と、

  「うるせぇっ! 黙ってな、小僧っ!」

 聞き覚えがない男の声がしたものだからっ!




   「ルフィ…っ!!」





   うわぁ〜〜、こんなとこで続くのって………いや?


  *カウンター 112,000hit リクエスト
    芹様『"蒼夏の螺旋"の設定で、
          泥棒が入ったロロノアさん家で
              犯人に捕らえられたルフィを助けようとゾロが頑張る。』

  *さてさて、一体どうなることやら。
   何だか前半は単なる“買出しデート
”に終始してしまいましたが、
   果たして筆者は…こんなにもシリアスなお題をきちんと消化できるのでしょうか?
   何よりもスリリングな大問題を前に、
   待て、しばしっ!
こらこら


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