月夜見
  
   
暮色落葉 B "蒼夏の螺旋"番外編

 
          



「御馳走様でしたvv」
 ずっと通してお給仕をしてくれた優しい夫人へと、レジで良い子のご挨拶をして。お店を出て、さてさて。街はまだまだ宵の口。人の流れも都心の繁華街ほどではないながら、それでもまだまだ途絶える気配はない様子で賑やかしい。迷子にならないよう、身を寄せて来るルフィへと、
「映画でも観に行くか?」
 この近所には生憎と映画館はないが、JRで数駅離れた乗換駅には"シネマ・コンプレックス"とかいう複合シアターが出来たばかりだ。色々なジャンルの映画を一堂に集めてあるから、好みが分かれていてもその場で相談出来て、遠くの別な上映館までの移動などに困ることはないという仕立て。映画好きなルフィだからと声を掛けたゾロだったのだが、
「…う〜ん。でも、今はあんまり観たいのってやってないし。」
 コートの襟元、ふかふかの頬を埋めながらちょこっと考えてみてから。
「ねえ、もう帰ろうよ。」
 くいくいと、ゾロのコートの肘辺りを引っ張って来る。
「んん?」
 小さなお顔を見下ろせば、街灯に照らし出された愛しい人は、どこかねだるような眸のままに、
「ビデオかDVD借りて帰ってさ。おウチで観ようよ。ね?」
 そんなことを言い出すから。意外なお返事にキョトンとし、
「もう良いのか?」
 旅行や外出が大好きなルフィなので、時々はゾロの会社のある街にて退社時間に合わせて待ち合わせをして、レストランにて夕食を食べた後、ナイター観戦やコンサートに映画、はたまたアミューズメントパークやゲームセンターなんぞに足を運んだりもすることもある二人だ。そんな雰囲気のある、せっかくの久し振りのデートだのにと訊き返せば、
「うん。だってサ、おウチの方が二人っきりに…なれるし…。」
 尻すぼみになるお声。恥ずかしそうな様子が何だか愛しくて。くすっと笑い、頷きを返す。
「そういや そうだな。」
 まだ未婚で、外で待ち合わせて逢っている恋人同士ではない。逢っている間だけ一緒に居られるような、時間が迫ればそれぞれの家へ部屋へ帰るような二人ではなく、一緒に同じ家への帰途につく二人なのだ、自分たちは。
「じゃあ、帰ろうか。ビデオと、そうだな、何か夜食でも買って。」
「うんvv あ、俺、唐揚げと肉まんな?」
 結構お腹は膨れた筈なのに、もうそんなことを言っている豪傑である。ルフィの無邪気なおねだりへ、可笑しそうにくすくすと吹き出しながら。大きなのっぽの優しい旦那様は、小さなかわいい愛しい人と手をつなぎ、のんびりとした歩調で街路を進み、家路につくことにした。


            ◇


 途中でお夜食と飲みものを揃えてから立ち寄ったレンタルビデオのお店にて。アクションものと、ちょっとドタバタするアドベンチヤーものとコメディと。ビデオは3本借りて来た。2本観て一旦休憩、二人してお風呂に入り、湯冷めしないようにと毛布にくるまって、お夜食を食べながら観たのが最後の1本。コメディタッチのアドベンチヤーは、思わぬ展開で敵味方の主人公同士が恋に落ちるラブロマンスも絡んでいて。ハラハラさせるシーンも満載、なんで日本ではロードショー上映されなかったのかなと、不思議に思うほどの良い出来だった。
『きっと、あれだな。有名な俳優が出てなかったからだ。』
『え〜? でも、敵の幹部のおじさん、あれってデニス=ホッパーって人だよ?』
『?? 有名なのか?』
『有名だよぅ。ウォーター=ワールドとか、スピードとかにも出てたし。』
 最近では『沈黙のテロリスト』にも出てましたね。そして…なんとなんと一時期"バスクリン"のCMにも、例の"アヒル隊長"のお人形と一緒に出ていて、ペンギンの着ぐるみまで着ちゃったお茶目な人である。(これはなかなか、覚えてる人は少ないかも。)
「…えと。」
 3本も観るとさすがに夜も更ける。テレビの真ん前、一番の特等席に座った旦那様の懐ろへ、足の先から肩口、頬まで、毛布ですっぽりくるまれたまま、宝物のように抱っこされていた小さな奥方。エンディングのタイトルロールが流れる頃合いには"くあぁ〜っ"と小さく欠伸を洩らして見せたが、はたと気がつくとあちこち、室内をキョロキョロと見回し始めた。
「んん? どした?」
 物言えぬ仔猫のような、どこかちんまい仕草が何とも愛らしいが、彼はちゃんとお口が利ける筈。だのに、何とも答えずに、壁掛けの時計を見上げると、
「あやや…。」
 腕を突っ張るようにして、ゾロの気持ちの良い懐ろの中から出ようとするから。
「トイレか?」
「ん、違うの。」
 にゃいにゃいと もがくのを、名残り惜しげに、だが解放してやると、ムートン仕立てでふかふかなスリッパに小さな足を入れて、パタパタと予備室の方へと向かってしまった。その背中を見送りながら、自分でも見上げた壁掛け時計は、丁度12時を指している。ビデオを観ていると現在時刻が判らなくなるもので、
"定時連絡か。"
 例の事務所へPCで毎日の朝と晩に連絡を取る必要があった彼なのだと思い出す。12時になるのに気づいて慌てて見せたところは、
"とんだ"シンデレラ"だよな。"
 それも、馴れぬガラスの靴に"マメが出来た〜"と泣き出しそうな無邪気な姫君。自分の思いつきについつい小さく苦笑していると、
「…ぞ〜ろ。」
 小さな声がして、戸口にルフィが立っている。
「連絡、済んだか?」
 お仕事が済んだのなら、もう遅いからそろそろ寝ようかと続けかけたゾロへ、
「あのね、これ。」
 出てった時と同じ勢いでパタパタっと駆け寄って来て、後ろ手にと両方を背後に回していた手を前へ出して見せる。どこか子供っぽい仕草でそうやって差し出されたのは、
「?」
 クラフト紙の大きめな袋。口のところを折り返し、両端を真ん中へと寄せて緑色のリボンをその折り目へと通して、まるでネクタイのような結び方がされてあって、
「俺に?」
 どうやら"贈り物"であるらしい。訊くと、
「そだよ。お誕生日、おめでとう。」
「あ………。」
 だから。12時になったと、日にちが変わったと慌てた彼であったらしい。ついさっき 11月11日になったばかりだから、間違いなく一番乗りの"おめでとう"だ。
「えと。」
 差し出された袋包みを機械的に受け取って、
「ゾロ?」
「あ、いや。ありがとな。」
 我に返って、ごしごしと頭を掻いて見せる。そんな様子へ笑って、
「忘れてたでしょ。」
「いや、うん…忘れてたかな。」
 そういや近いなという意識は時たましていたが、まさかこんな風に、まるでドラマのように祝ってもらえるとは思ってもみなかったし。それより何より、今日…いや昨日は。夕方からこっち…そんなことが割り込む暇などないほどに、色々あって楽しかったものだから。はっきり言ってすっかり忘れ切っていた。
「開けても良いかな?」
「うんっvv」
 わくわく笑顔で身を寄せて来るルフィを、座ったままでお膝に抱え直して。あらためてプレゼントを手にすると、口に結ばれたリボンをほどいてゆく。腕で囲ったその中に、こちらの胸板に凭れさせる格好でルフィごと抱えているものだから。そういった作業は彼のすぐ目の前で為されていて、
「あ、そこじゃないよ。こっちを引っ張って。」
「そか?」
 ちょいと変わったラッピング。その解き方を包んだ本人が指導する。大きな手がリボンを解いて、思いの外 しっかりした紙袋の広げられた口から引っ張り出されたのは、渋い色合いの青みがかった手編みのベスト。
「…え? これって…。」
 まさかまさかと、懐ろの中を見下ろせば、
「えへへーだ。初めてにしては上手だろ?」
 顔が逆さになったままに見上げて来る可愛い奥方の、得意満面、自慢げな様子がくすぐったい。
「ルフィが…編んだのか?」
「おうっ! ナミさんに教わって編んだんだぞ。気がつかなかったろ。」
 してやったりと、初めての編み物へというよりも隠し通せたことへの達成感に、殊更に嬉しそうな顔をするルフィである。
「初めてでこれって、凄いんじゃないか?」
 まず大きさが相当ある。大きな体格をしたゾロへのものともなると、冗談抜きにルフィが二人くらい入ってしまうほどの寸法になるからで、
「それに、こんな飾りの柄になってるし。」
 縄編みが前に二本ずつ入っていて、編み目も綺麗に整っている。初心者にいきなり出来るものだろうかと、それもゾロには驚きだった様子。大きな手の中、惚れ惚れと眺め回してばかりな彼へ、
「なあなあ、着てみてよ。」
「あ、ああ。」
 早く早くと促されて、トレーナーを脱ぐ。着替えの邪魔にならないようにと、一旦お膝から立ち上がったルフィの目の前、シャツの上からかぶるように着てみて、
「凄いな、丁度良いぞ。」
 一度だって寸法を計るような素振りをされた覚えはない。それでなくたって体格が違うから、こっそりと測るにはかなりの無理がある筈だが、
「良かったぁ。今着てる服とかから測ったからさ、肩幅とか小さかったらどうしようって思った。」
 ほほお、そういう手を使いましたか。
「ホントはな、初めて編んだのはこれじゃないんだ。」
「んん?」
「これの前に編んだのがあったんだけどさ、糸をきちきちに引っ張り過ぎてて、鎧みたいにカチンコチンのになっちゃって。」
 初心者には良くある失敗ですね。とてもではないが"着るもの"にはならなかったことを思い出してだろう、恥ずかしそうに笑って見せて、
「そいでナミさんに教えてもらうことにしたんだ。」
 そんな風に顛末を語るルフィに、
「その第一号はどうしたんだ?」
 訊くと、
「そのベストの中だよ? 全部解いちゃったからさ。」
 今度は前からまたがるように、懐ろの中、もぐり込んで来る小さな奥様は、
「編み方自体はメールとかCD−Rとかで送ってもらったんだけど、それでも判らないとことかあって。仕方ないからそれは夜中に直接訊いててさ。」
 そんな説明を付け足してくれたから。
"あ…っ。"
 成程、それがこのところの、PC前での不審な夜更かしだったのね。そして、昨夜だか未明だか、それとも昼間にか。やっと完成に漕ぎ着けて、間に合ってホッとした反動で夕方までうたた寝してしまったと。
「………。」
 音信途絶への胸騒ぎから始まって、思わぬ運びから久々の街歩きのデートとなった楽しかった宵のその原因。この自分へのプレゼントに端を発していたとはと、もうもう言葉もなくなってしまったゾロである。この愛しい人からの精一杯の愛情には、いつだって太刀打ちが出来ない。自分を心底慕ってくれて、人ならぬ哀しい身の上となってもなお、ずっとずっと想ってくれてて。この小さな体に詰まった精一杯の想いを、惜しむことなく注いでくれる、頑張ってくれる、一途でやさしい、何とも素晴らしい存在。
「…ゾロ?」
 本当はセーターにする予定だったけど、一度失敗したのとナミさんから最初から大物はよしなさいって言われて諦めたんだよと。そんな風に続けたのを、ちゃんと聞いててくれたのかなと名前を呼ぶと、
「…わっ☆」
 抱っこしてくれていた腕がいきなり狭まって、きゅうって思い切り、頬が胸板に押しつけられるくらいの勢いで抱き締めてくれた。温ったかくって、良い匂いのする懐ろに取り込まれて。ふにゃ? と見上げようとしたらば、
「ありがとな。大事に着る。」
 頼もしい胸板を響かせる良いお声が頬をくすぐるみたいに聞こえて来たから、
「うんっっ!」
 嬉しくって元気にお返事。これからどんどん寒くなるけど、自分たちは全然大丈夫。くっつけ合ったおでこ同士の温かさにくすくすと笑いながら、その先にいる大好きな人の眸を見つめ合って。これだけでも充分に蕩けそうなのに、


   「………もう、寝るか?」
   「あ、えと…うん。」


 耳元すぐ近くで、低いお声でそっと囁かれた時は、ご用心なのだったと思い出した奥方が頬を染めた。


   "うっと。プレゼントは もうあげたのにな。"


 膝裏と背中に腕を回され、ひょいと抱えられたその拍子。んん? という眸に見下ろされて、


   "………ま・いっか。/////"




    おやおや、お御馳走様でしたvvv




   〜Fine〜  02.10.18.〜11.20.


   *プロットは随分と前に考えてました。
    そもそも"ゾロ誕企画"は、これと『秘密の…』だけだったんですが、
    だのに色々と後から増えていって、
    気がつけば…これがどんどん順送りに後回しになっていました。
    筆者に似ない、何とも健気な作品でございます。
(笑)



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