1
秋晴れというよりは"寒日和"と言った方が近いのかも知れない、冬も間近い寒風が頬に冷たい晩秋の朝。コート姿の通勤通学の人々の流れが駅の方へと向かい始める頃合いに、昨日のお礼もあって、ゾロと二人、開店したばっかのコンビニに入ると、
「いらっしゃ…あら。」
制服のエプロン姿で週刊誌のラックを整理していたサミさんが、こちらに気づいて笑いかけてくれた。
「仲直り出来たのね?」
「うんっ。」
元気に頷く俺の横…と言うか、頭のずっと上で、
「お世話をお掛けして申し訳ありません。」
ゾロが丁寧にお詫びを告げる。大したことはしてませんよとサミさんが笑い、日頃からもお世話になっているのに、また今回はとんだことでお手を煩わせましてとゾロが謝って。そいで、何度か頭を下げてからやっと会釈を残してお店から出て行った。会社へ遅れるからとサミさんに尻を叩かれてという感じで。
「良かったね。お兄ちゃん、思い出してくれたんだね。」
「うんっ。」
昨日お邪魔した時に大体のお話はしたけれど。今は何にも言ってないのに判ってくれる、サミさんは凄いと思う。だって、俺の他にもお客さんは一杯いる。俺よりも前からのお馴染みさんだって、勿論たくさん居るのにサ。年齢の離れた、俺みたいなそこらの"ボク"のことまで、一杯一杯覚えてて判っててくれる。今日発売の雑誌を何冊かずつまとめてはとんとんと揃えて、ラックに順番に並べながら、
「ホントはね、昨日の内にも、ロロノアさんに連絡しといた方が良いのかなって、何度か思ったんだけれどもね。」
そうと言って、だけど、
「でもまあ、ルフィは小さな子供じゃないんだし。そう思ったから何にも言わないでおいたんだよ?」
にっこり笑ってくれたから、俺も同じくらいの"にっこり"で笑い返した。
「うん。ありがとうね。」
俺はこの近所では、ゾロのことを頼って上京して来た従兄弟って紹介されている。ホントの事だから支障はないだろ? あと、サミさんにだけは、俺が外国の病院で7年間眠り続けてて、実はもう21歳なんだよっていう、父さんたちにゾロがした説明も付け足して話してある。あんまり他人のことを詮索する人じゃない。だから話しておきたくなった。だってサミさんて面倒見が良いから、見かけほど"子供"じゃないからねって言っておかないと。今回もそうだし、知り合ったばっかの頃は、
『一人で大丈夫なの?』
『それってお姉さんがやってあげようか?』
なんて、もっと色々と保護者みたいに心配してくれてたくらいだしね。
「それにしても、カッコいいお兄ちゃんだよねぇ。」
「そだろvv」
ゾロを褒められるのは気持ちがいい。大好きなサミさんが褒めてくれるのを聞くのは特に気持ちがいい。たださ、
「ルフィもかわいいし。そういう家系なのかな?」
「あやや…。/////」
サミさんは俺のヨイショを忘れない人だから、それはちょっと照れるんだけどもね。
◇
順風満帆に見えて、それでも色々な形で何かと思わぬ波風が立つのが人の世の面白いところ。ましてや、彼らの場合。そのそもそもの発端からしてややこしい展開によって齎もたらされた同居だし、この少年が経て来た数奇な運命という"ホントの事情"なぞ、奇妙奇天烈、語って聞かせただけではまずは誰も信じなかろうというくらいの、途轍もない背景持ちの二人であるのだが、
『それを言ったらさ。例えば町ですれ違った高校生が、実は秘かに公安のGメンやってる人なのかもしんないし、駅前でティッシュ配ってるお姉さんが、実は亡命中のどこかの王国のお姫様だったりするかもしれないじゃんか。』
『おいおい。』
どえらい"例えば"を並べて"それに比べたら…"と、自分たちの身の上を さして奇抜なものだとは意識してない少年である様子。その極端さには一応呆れつつも、
『まあ…全ては"済んだこと"なんだしな。』
今、自分の懐ろにいるところのこの少年は"小っちゃいながらも愛惜しくてしようがない恋人"以外の何物でもないのだし。そうと思えば確かに…過去なんてのはどうでも良いもんなと、こちらもまた たいそうお幸せな納得を持って来る男の方も、なかなか豪気な人物である。そんな具合に、とんでもない事情・背景を"問題ないこと"と把握して衒てらいない彼らであり。だというのに、
「…ん。」
こうして少年の方がお膝の上で"懐ろ猫"になって、身を寄せ合って甘え合う"いつも"に、丸一日のご無沙汰を挟んでしまった昨日と今日と。ちょっとした齟齬から…彼らにとっては"ちょっと"では済まないくらいのドタバタがあったが、それにも何とか鳧はついた。そこで、丸一日削除されてた分も取り返そうという勢いで、二人で楽しく晩のご飯を作り、和気あいあいと食事タイムを過ごし、おふろで十分に温ぬくもって、さてさて。
「や…、ちょっ、…ゾロ。なあ。」
「なんだ?」
居間のソファーでお膝に抱えられていたものが、大きな手にごそごそとあちこちを悪戯され出して、
「眠くないの? 昨夜、寝てないんでしょう?」
見ていた訳ではないけれど、ルフィの方は温かいサミさんチで寝ちゃってたけれど、携帯に引っ切りなしにメールが届いてたから。ゾロはずっと起きてたんだなって知ってるルフィで。そんな夜明かしをしてから、いつも通りに会社にも行ったらしいのだから、いくらタフなゾロでも全く疲れていない筈はない。だというのに、
「眠くなる前に。」
「んもうっvv」
こらこら、なんだその"vv"マークは。まったくもって…お元気な人であることよ。とはいっても、それならそれで…まだ宵の口という時間帯。
「だったらさ、あれ作ろうよ。」
「あれ?」
「チョコのおもちゃ。ゾロ、メーカーさんから沢山貰って来たじゃんか。」
ああ、所謂"食玩"ですね。
「PC教室の子供たちにやったんじゃなかったんか?」
「あげたけど、どんだけあったと思うよ。」
PCを置いている予備のお部屋の片隅に、まだ段ボール箱半分くらいが未開封で残っている。ルフィがおやつにと少しずつ食べてはいるけれど、そうそう毎日チョコばかりでは飽きてもくるため、なかなか減らないのだ。
「チョコだからまだ保つだろう。」
「そだけどさ。」
執拗というのではないけれど、確かめたくて堪らないという、どこか餓かつえを滲ませた触れ方だというのが何となく伝わって来る。ただ不在だっただけじゃあない。ただ距離があった、隔たりがあったというだけではない。拒否という形で意識して身を遠ざけられた、所謂"拒絶"という仕打ちにあった旦那様である。心配し続けたことから来る反動が、より近くへという密着を求めていて。このまま想いの丈を差し出し合って、心ゆくまで睦み合いたい…ゾロなのだろうなというのがルフィとしても判らないではない。ただ、
「なあ、ゾロ。」
「何だ?」
懐ろから見上げて来る愛らしいお顔。幼い造作の中、大きな眸が黒々と潤んで瞬き、それを見つめやるだけでも胸の奥が何やらざわめいてやまないというのに、
「手が随分と温ぬくいけど………途中で寝ちゃわない?」
「う"………。」
確かに。安心した反動で、瞼が目茶苦茶重いのも事実。ルフィがちょいと拒み気味だったのも、実のところはそれが気になったから…だったらしくて、(ほほぉ/笑)
「ね? 明日にしようよ。」
「明日か〜?」
駄々っ子か、あんたは。(笑)
「明日。約束するから。」
「ホントだな。」
「うん、絶対vv」
眸を細めてにっこりとほころぶ、それはあどけないお顔。
"………うっ。"
この笑顔にはどうせ勝てない旦那様である。しようがないなとか何とか言いつつ、今夜のところは諦めて。早めに寝室に下がると、愛惜しい奥様をぎゅうっと腕の中に抱き寄せたまま、安心しきって二日振りの安眠へと誘いざなわれていったのであった。
――― 何だかんだ言って、ホンットに奥方には弱いご亭主である。(笑)
2
思い出したのは去年の今頃。ちょっとばかり胸に閊える何かが芽生え始めた頃だったけど、それへ立ち向かうのではなく、見ない振りをしようと消極的なことを選んだのは、それまでの長かった日々がやっと拭えた、やっと一番好きなゾロのところに辿り着けた幸せを、少しでも長く穏やかに味わっていたかったからだと思う。波乱や悶着はもう沢山だったし、そういう考え方が知らず身についていたらしい。
『東洋人は皆、同じ顔に見えるっていうからさ。』
その直前までの七年間というと、同じ身の上のサンジと二人きりで、欧州のあちこちを彷徨していた。俺がまだ子供過ぎたから、一つところに1年と居られない。学校は? 病気の療養で休んでいるのかい? 大変だねぇ。どこに行っても東洋人の子供は人の目についた。ホントの年齢よりも幼く見えたと言っても、それでも学校に通う子供の年齢には見えたろうし、金髪碧眼のきっちり欧米人らしき保護者と一緒にいるのも何だか"事情ワケ有り"風だったろうし。加えて…サンジが言うには、
『ルフィは可愛いから尚更だ』
だったそうで。そんなお陰で、大好きになった人ともすぐにお別れ。そしてそのまま二度と逢えない。サンジは"ただの通りすがりの人間までいちいち覚えちゃいないさ"と、3年も経てば忘れてしまうだろうから、素知らぬ顔でまた訪れりゃあ良いさなんて言ってたけれど、
『クリスおばさんはそんな人じゃないもん』
滞在中のずっと、自分の子供たちと一緒くたにして構ってくれた宿屋の優しいおばさん。きっとどんなに月日が経ったって忘れやしなかろう懐ろの深いおばさんで、でも、覚えてられては困るのも事実。
『覚えててくれない方が都合が良いだなんて、寂しいからさ。
やっぱ俺、逢えないよ』
あんまりこういう言い方するの、サンジにも悪いからヤだったけれど、それは紛うことのない真実であり、俺たちの有り様の影のような頼りなさを物語ってもいることだった。
◇
帰って来るなり速攻で肩の上へと抱え上げて、そのまま"いただきます"というほどあからさまではなかったものの(なんだそりゃ/笑)、
『お帰りなさい』
『先にお風呂入る?』
『ご飯、お代わりは?』
『今日ね、マキノさんの雑貨屋さんに、新しいバイトの子が入ったんだよ?』
『あ、そうだ。ゾロ、冬用のコート、どこにしまったか覚えてる?』
『塩竈のくいなお姉ちゃんからメールが来ててね…。』
いつものようにあれこれと話しかけてくるルフィへ、やたらとにこにこ笑って見せるばかりで、ゾロの側からは何の話題も振ってくれないものだから。
「………ゾロ。」
「んん?」
「話、聞いてないだろ。」
「そか?」
「眸が やらしいし。」
「そかな。」
いくらなんでも気がつくというか、じっとじっとという凝視のされ続けは、さすがにくすぐったいというか。
「…すけべ。」
「何がだよ。」
「だってさ…。」
あんな風に"約束"をしはしたが、実のところ。これでも…今日は一日中、何だか落ち着けなかったルフィなのだ。だって、いつもはその場その場の成り行きでなだれ込むこと。見つめ合ってた気分がするすると盛り上がって…とか、はしゃいで抱き着いたそのまま"ぱったん"ってベッドに倒れ込んだタイミングに、天使がスススッて通ったからだとか(何じゃそりゃ/笑)、そういう風な切っ掛けで抱き合って持ち込まれることだのに。
『明日。約束するから。』
『ホントだな。』
『うん、絶対vv』
こんな形で"予定"として構えたのは初めてのこと。お陰様で、洗濯物のゾロのシャツを見てはポ〜ッとし、洗い物の食器の中にゾロの箸や湯飲みを見てはドキンとし。部屋の掃除をしていても、ベッドを見ては顔が赤くなり、椅子の背に引っ掛けられた大きなカーディガンを見ては…うう"とばかりたじろいで過ごした一日だった。
「新婚さんてサ、こんな気分で旅行に送り出されるんだなぁ。」
今時はそれが"初夜"ではないのだろうけれど、ほぼ間違いなく睦み合うのだろうと…披露宴に招いた多くの人たちから予想されつつ見送られるなんて何だかなと、そんなことまで言い出すルフィであり、それを聞いたゾロが、
「…ふ〜ん。」
何へだか感じ入ったような声を出す。
「なんだよ。」
「そんなして気もそぞろだったから、こんなもんが出てるんだな。」
彼が箸で摘まみ上げたのは、食卓の真ん中、グリーンサラダの大鉢の隣りのマアジのムニエルが乗った大皿の端の方にあった揚げ物で、
「…あ。」
それって…どう見ても、三枚に下ろした中骨だけを揚げた代物では?
「骨せんべいか?」
「う…と。/////」
食べらんないことはなかろうが…舞い上がってたんだねぇ、ホントに。(笑)真っ赤になってちょこっと俯いた可愛らしい奥方へ、
「火傷とかしてないか? ぼんやりしてちゃあ危ないだろが。」
昨夜とは打って変わった余裕の笑顔を見せる旦那様である。………今、こやつ〜と思ったでしょ? あなたとあなたvv(苦笑)
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