蒼夏の螺旋 “待宵無月”
 

 

          



 今年は酷暑だとニュースで連日のように囃し立てられていて、それを聞くだけでげんなりした向きもある長かった八月も、気がつけば あと1週間と押し迫り。アジの一夜干しと目玉焼き、大根の千六本と油揚げのお味噌汁に高菜の浅漬け。純和風の朝ご飯を挟んで向かい合った若夫婦が、お行儀よく“いただきます”と手を合わせ合ってからそれぞれに箸を取る。大きな手の中へずっしりとした大振りのお茶碗を持ち上げたのが、旦那様のゾロという男性で。短く刈って撫でつけない髪に、賢そうな額と切れ上がった目許という精悍な面差しがきりりと映える、屈強壮健に鍛え抜かれた体つきをしたなかなかの偉丈夫。そのお向かいにて、まだ時々はお箸の先から煮豆や何やを取り逃す“不器用さん”ながらも…小さめの手に抱えたお茶碗に盛ったご飯だけは、上手に山ほど掬い上げ、揺るぐことなくお口へまで運び入れちゃえる食いしん坊。まとまりは悪いが艶やかな黒髪をふわりと揺らし、きょろんと見張った大きな眸にあふれんばかりの愛嬌をたたえた、柔らかい造作をしたお顔の小さな男の子。名前をルフィといい、ゾロさんとは“従兄弟”同士という間柄なれど、先にご紹介したように“ご夫婦”と言っても過言ではないほどに、もうもうすっかりと相思相愛の間柄。お互いに相手が傍らに居なけりゃあ夜も日も明けないというレベルでの、熱烈な想い想われっぷりで。でもそれって、ちょっとした事情があっての劇的な再会を果たしたからかな…なんて、時々不安になっちゃう奥方を、馬鹿だな、それより前から“大事なルフィ”だったから、も一度 逢えたのがああまで激しく嬉しかったんだぞと、臆面もなく言い切るゾロであったりし。この夏の猛暑とやらも、果たしてそのレベルへ追いつけたのかどうかという、足掛け3年目に入るというのに相変わらずの“おアツイ”ラブラブっぷり。具体的ないちゃつきぶりの詳細をお知りになりたいという奇特な方は、たっぷりUPしております拙作をどぞvv
「PC教室の方は、去年と同じか?」
「うん。今週は“質問教室”態勢だよ。」
 お盆休みは塩竈のゾロの実家へ帰省して、海で泳いだし、花火大会も見に行って、お里の美味しいご飯もたくさん御馳走になったので。今年の“夏の思い出”はすこぶる充実しているルフィであり、
「ただ、今年はヒナ先生への“コンピュータ”関連の質問ばっかりでもなくってね。自由研究のヒントとか、そういう方面の質問も幅広く受けるって事になったから、俺も顔出してほしいって言われてんの。」
 お仕事が増えたというのに、何だか嬉しそうなお顔。現在は教室の補助教員という身の上の彼であり、PC操作というお勉強を通して小さい子たちと接するのが楽しくて仕方がないらしい。
「都会で虫取りなんて無茶な課題はさすがにないけどね。遊びに行った先で拾った貝殻とかさ、摘んで押し花にしたお花とかさ、種類が分からないとか、どういうレポートにすればいいのかとか、そういう相談を一緒に考えたげるの。」
 自分が小学生だった頃は毎年たいそう困った筈なのにね、今だと楽しいんだよねなんて、お兄さんぶって擽ったげに笑う奥方へ、

  “そらそうだろさ。”

 お向かいからゾロがやはり擽ったげに苦笑する。小さなルフィはもっと小さかった頃も遊ぶのが大好きな好奇心旺盛な子だったので、原っぱを駆け回り、海では浅瀬をジ〜〜〜ッと覗き込み、虫取りも貝殻集めもお花摘みも上手だったが、
“肝心な標本作りは俺やエース任せだったんだもんな。”
 あやや、やっぱりそうでしたか。
(笑) 水泳とラジオ体操、自由研究や図画工作は大得意(?)だった彼も、その帳尻を合わせるかのように…算数のドリルや国語の書き取り、読書感想文には毎年泣かされており。彼にべた甘な父兄と、ぶっきらぼうながらやっぱり優しかった従兄の協力なしには、山のような宿題を片付けられなかったというのを思い出し、胸の内にて苦笑が止まらないゾロだったりするのだが。
「だが、教室の子たちならPCを随分と使いこなせるんだろうから。それなり、専門のサイトを回るとかいった“要領”っていうのには、明るい方なんじゃないのか?」
 ほいとお代わりを盛ったお茶碗を返されながら、そんな風に訊いたゾロへ、
「う…ん、そうなんだけどもね。」
 おやおや。小兄ィセンセー、困ったように眉根を下げて見せる。お味噌汁をすすりつつ、どした?と目顔で問うと、
「ヒナ先生とも話してたんだけどサ、そやってレポート書くのは“ご法度”にするように指導しないとねって。」
「? どうして?」
 だからサ、ルフィは“う〜んと”と少し間を置き、適切な言い回しというのを考えて見せてから、
「それだとネ、要領のいい子なんかは、適当に情報を切り張りして“はい一丁上がり”って格好で終わっちゃうじゃない。」
 目の前のアジの開きをお箸の先で少しずつほぐしつつ、
「朝顔の苗を毎日眺めて観察した子と、どこかのサイトで公表されてた観察記録を丸写しした子とがいたとして。狡いのどうのってのも勿論のこと“問題”だけど、それとは別に。丸写しして得たことってホントにその子の“実”になるもんかしらって、ヒナ先生が言ってたんだ。」
 専門的な知識とか、ほら、えっと、あれって何て言ったかしらっていうような、日頃の毎日には必要ないけど突発的に知りたくなるよな“特別なこと”を調べる分にはそれでいい。最新情報があふれてるフレキシブルな辞書みたいな扱いでいい。でもね、子供がその知識の“基礎”の部分を固める段階でそれってのは問題があるんじゃないかしらって、ヒナ先生が言ってたそうで。そして、それには同意見だったらしきルフィとしては、
「柔らかい双葉とかあのスポンジみたいな産毛が生えてる本葉の感触とか触ってみたり、蔓が伸びてくのを“すごいすごい”って思いながら観察してサ。背丈とか蕾の数やつき方とは別に、緑って色んな種類があるんだとかさ、他にもいっぱいのこと、感じ取れる筈なのに。」
 どっかのサイトで、数字だけ、写真画像だけ複写して終しまい、だなんてちょっとね。それじゃあ他のことは何ひとつ拾えない訳でしょ? それって教育者の端くれとしては遺憾に思うのと、口許を尖らせて憂えている様子が、何とも………。

  “ふぅ〜ん、一丁前じゃないかよ。”

 そうか、そりゃもっともだ、うんうん。表向きにはそんな引き締まったお顔を見せつつ、内心では“真剣なお顔も可愛いな〜vv”なんて やにさがってる、相変わらずの旦那様。
「そういう訳だから、俺も一緒になって“宿題”の研究とか考えることになるかも知んないんだ。」
「…大変だな、そりゃ。」
 大丈夫か? 経験浅いのに…なんてことは、口が裂けても言いません。………ちょぉっと危なかったけど。
(笑) 頑張れなと、真面目なお顔でエールを送って、
「商品の流通とか、工業製品の製造過程とかの話なら、俺も少しくらいは協力出来るから。」
 工場見学とか、話を通してやれるトコがあるかもしれないから、そういうジャンルの話ならこっちに振れよなと、頼もしいお言葉を贈って、さて。御馳走様と再度の合掌。それから、手荷物を確かめ、携帯へのメールを確認し、

  「じゃあ、行って来ます。」
  「行ってらっしゃいvv

 玄関先にて“ん〜〜〜vv”っとフレンチキッスをおでこに贈られ、小さな奥方が頬を染めてのお見送り。相変わらずの甘甘な二人の朝は、まま、毎日こんなもんです、今だにvv

  “………さぁ〜ってとvv

 これで夕方まで逢えなくなるけど、そこはさすがにもう平気だもんと。るんたったvvと鼻歌混じり、さあお洗濯だ、お布団も干さなきゃ、お掃除してと。お買い物はチラシ見てからだな、今日は火曜日だから駅前のスーパーで玉子が安いんだったな。あと、サミさんトコでレシピメモの新しいのチェックさせてもらって♪…と。一通りの予定を頭の中で組み立てながら、お台所へスキップで戻る、まだまだ新妻なルフィ奥様でございます。





            ◇



 さすがは夏休みで、日頃よりは子供の姿も多い街中を、いつものコースを巡ってのお買い物。トートバッグを肩から提げて家路につきつつ、元気そうに駆けてく小学生の背中を見送るルフィ奥様。
“そろそろ終盤だから、尚のことなのかもね。”
 帰省先から戻って来てたり、家族旅行もお盆に済ませて、さあ新学期を待つばかりというお家が殆どな時期だから。それでなんだろねと、ついつい“うふふvv”と微笑っていると、
「あ、ルフィ先生だ。」
 背後からお声が掛かって“ぱたた…”という軽快な足音が。おやや?と振り返れば、
「おや、風間くん。」
「こんにちは、センセーvv
 同じマンションの隣りの棟に住んでる男の子。シェルティの“チョビ”くんの飼い主で、ピアノ教室に通ってて。それとそれと、ルフィがお手伝いしているPC教室の、結構“古株くん”でもあったりする。こちらからも“こんにちは”とお返しして、
「ピアノのお稽古?」
 レッスンバッグを提げているのでと訊いてみると、はいvvと良い子のお返事。彼としては…従姉妹がバイオリンを習っているから自分はビオラを習いたかったそうなのだけれど、お母さんが花嫁道具として持って来たピアノがせっかくあるんだからと押し切られたのだそうで。
『…そういうもんなの?』
『いいんです。その代わり、音楽の高校や大学まで進んで良いって。』
 お友達や従姉妹に教わって、少しずつだけど弾き方は随分飲み込めて来てますから、と。本格的な練習はそれから始めても良いんだしと、どっちがちゃっかりしてるやらなことを言ってた今時の子で、ルフィにとってもよく懐いてくれてる気さくな男の子。
「あ、そうだ。センセーに逢ったら訊こうと思ってたんだ。」
 マンションまでの道を並んで戻りつつ、ふと、風間くんが何か思い出した模様。レッスンバッグをごそごそまさぐってから、チョビくんのプリクラシールが貼られた携帯電話を取り出すと、ぱかりと開いてどこやらへと掛けて…というか、i−モードのサイトを呼び出している様子。そしてそして、

  「これ。もしかして ルフィセンセーじゃないんですか?」

 そう言って見せてくれたのは、3D…3頭身風にデフォルメされたポリゴン・キャラクター。アニメチックなデザインをなされた、ピンピンと撥ねた黒い髪の男の子らしいのだが、
「ゲームメーカーのサイトのサービスゲームに設定されてる育成キャラなんですけど、何かセンセーに似てるんです。」
 毎日呼び出して行動させ、話しかけ、それで経験値を積み上げて育てて行くキャラクターだそうで、ある程度のレベルまで育ったら、そこのメーカーのウェブゲームに取り込むことも可能なのだとか。そこまで育てる途中のキャラが、この姿で統一されているのだそうで、
「う〜ん、そっかなぁ。」
 随分小さいし、何よりアニメキャラなんかにはよく居そうな姿だから。
(…苦笑) 自分だとご指名されるほど“似てる”かなぁと小首を傾げるルフィだったが、
「甘いものが大好きだとか、背の高い従兄弟のお兄さんのトコに住んでるとか、そういう肩書きまで。」
 風間くんはそうと付け足して、
「あと、今日は何をする?って選択するコマンドに、バイト先のPC教室に行く、なんていうのもあるんですよ?」

  「………おや?」

 なんか…細かい設定だよね、確かに。待機状態にされてるからか、小さな液晶画面の中のルフィもどきくんは、点で記された眸を時々瞬かせつつ、無表情のままにリズムに乗って踵を上げ下げ、それは大人しく待っていたのだけれど。物言わぬ存在なだけに尚のこと、何を知ってる上で黙っているのかが気になるような、そんな気持ちがしたルフィだった。




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  *本誌がとんでもない展開なのに、
   こんなフニャララなお話、書いてて良いんでしょうかしら。
(笑)
   そんな訳で、いつにも増してのローペースになっておりますが、
   どか、のんびりとお付き合い下さいませです。