蒼夏の螺旋 “待宵無月”A
 

 

          



 大元のゲームというのは『MowMowローディスト』という、Web接続タイプのRPGで。オンライン上に展開されている広大な架空の世界の中で、自分のキャラクターを生活させて、旅に出て魔獣を退治したり難関をクリアしたりすることで経験値を上げ、成長させてゆくというタイプのもの。Web上で出会ったキャラを操作している他の参加者とのチャットも楽しめるし、何も派手に戦わずとも、普通の生活の中で何か発明したりイベントを企画して参加者を募ったりという貢献も、優れた経験として戦闘並みに評価され計上されるというところが、戦闘ものはちょっとという人にも受けていて。毎日チェックする“生活コマンド”の入力程度なら、携帯からでも操作出来るゲームなので、この春頃から少しずつブームになりつつある作品だとか。マンションの中庭、陶器のスツールに腰掛けて、向かい合う小さな肩と肩。おでこ同士がくっつきそうになってる、小さな“可愛いどころ”たちの相談の図に、通りすがりの住人の方々が“くすすvv”と微笑んで下さるが、こちらはご挨拶どころではなくて。
「ゲームの決まりごととか操作とかに慣れるために“準備プレイ”っていうのがあって、その間に使うのがこの子なの。」
 この段階では姿を変えることまでは出来ないのだけれど、名前は好きにつけていい。性格や何やの設定も、ゲームを進めるうちに塗り替えても良いこととなっており、
「レベルが20になったら、PC版のWebサイトのゲームの方に登録出来る。そしたらね、名前と年齢
キャリア以外、姿や能力とか特別な好みとかを、自分の好きなように設定し直せるんだけど。」
 風間くんが育てているのは“ちょび”くんといい、ケーキが大好きという設定を、最近何とか“辛いものも平気になった”へ成長させられたのだとか。
「ね? ルフィ先生、甘いもの大好きでしょ?」
「…うん。」
 それとて偶然と言えなくもない範囲の一致なんだけれど。

  《 ぷりあてぃのミルフィーユなら、1ホール楽勝だぞvv》

 性質を一覧出来るモードにした時に“甘党です”と言わんばかり、オレンジ色の字のスクロールで画面に出てくるランダムな台詞の内のこのお言いようには、ルフィ自身に覚えが重々あって…眸を見張った。
“プリアティって、ゾロの会社の近所にあるパティスリィの名前だのにな。”
 そこのミルフィーユをお土産に買って来てもらったことがあって、最初はカットされたのだったんだけど、
『プリアティのミルフィーユなら、1ホール楽勝だぞvv』
 そんな風におねだりして、1ホール買って来てもらったのが…確か五月のお誕生日前後ではなかったか?
“…ケーキ好きなら、女の子でも攻略出来ない大きさじゃなかったけど。”
 あまりにドンピシャなほど同じ表現なのは、やっぱりちょっと。こんなの気にならないよと、全く放ってもおけないような気分がちょっとだけして、

   「どこのサイトで始められるの?」

 自分なりに調べてみたくなって、風間くんに訊いていたルフィだった。






            ◇



 大元のゲームサイトというのは、かなりメジャーな玩具メーカーの子会社が展開しているサイトで。主にはアニメのスポンサーとなって、登場するキャラクターの小物
アイテムやフィギュア系統の玩具のアイディアを提供し、製作・発売することを主体にして来たものが、この春からの新規開拓分野としてスタートしたのが、オンラインゲームの世界であり、その第一弾がこれだったらしい。
“コンセプトとしては、さほど目新しいって事もないんだけれど。”
 ゲームのジャンルも内容も、既存のものと比べて…飛び抜けて優れているとか、目につくほどの特殊要素があるとかいうような特徴的なところはない。強いて言えば、風間くんが遊んでいるような、テスト用とでもいうのか“お試し用”の携帯用キャラを無料で配布していることで。対象が小学生だと…学校の授業でも取り入れているほどだからPCを使える子は多かろうけれど、ネットカフェにでも行かねば好き勝手には遊べないというような環境の子がまだまだ少なくはない昨今。携帯ならばもっと普及していると目をつけたのはおサスガだ。
“月に200円を加算するだけで、i−モード接続で遊べるんだものね。”
 携帯からの場合、細かい動作には色々とまだ開発中だとかで制約が多いみたいだが、それでも…かつてのタマゴ何とかだの デジタル何とかだのが受けたように、育成ものは代々に代表作を変えながらも息が長いジャンルであり、
“携帯利用者が時々はPCでも参加出来ちゃうっていう、柔軟な対応がウケてるのかもね。”
 モラル的な部分のチェックもよく出来ていて、強引な行動や他のプレイヤーへの迷惑行為には、何と“バスター”という名の絶対的な警察もどきな機構が介入し、対象者へ忠告や警告を与えたりし、改善されない場合やあまりにひどいようならば“分離処理”なども辞さないとする毅然とした姿勢もまた、大人たちに受けているらしく。………まあ、そういった評価はともかくとして。

  “………この会社って。”

 玩具もゲームも嫌いじゃあないけれど、いくらなんでも何とかレンジャーのソードやプラモデルには関心がなかったので、これまでは名前しか知らずにいた。会社の背景、基盤を調べてみると………意外なものが出て来たところで、

  ――― ♪♪♪〜♪

 携帯の着メロが鳴り出したのでタイムアウト。ああ、もうちょっとだったのにと。PCのスイッチを切って、電話に手を伸ばす。今夜のメニューは、メンチカツとナスの揚げびたしに、カボチャとさやいんげんのお味噌汁。マカロニサラダにキャベツの甘酢漬…というラインナップで、ビールのあてにはボイルしたハーブウィンナーとシューストリングス・タイプのフライドポテトを揚げる予定。
「は〜い、もしも〜しvv」
 もう既に甘えた声になってる自分へ苦笑しつつ、ゾロの“今から各駅に乗り換える”という 帰るコールに、飛びっきりの“はいは〜いvv”というワクワクしたお声で応対した若奥様である。





「ゾロの会社でサ、最近、○○○って会社と何かしら提携したことってない?」
「○○○? う〜ん、どうだろな。」
 揚げたてポテトに揚げたてのメンチカツ。どちらも ハフハフ・ホクホクと熱美味しいメニューを、冷たいビールで堪能している旦那様へ。ホントは後で聞くつもりだったものが…やはり気になっているせいか、ついつい食事中なんかに訊いていたルフィであり。
「それって玩具の会社だろ? 縁がない訳じゃあないけど、ウチはどっちかといえば◇◇◇さんとの提携の方が多いからな。」
「あ・そっか。」
 夏場の“冒険なんたら”の企画などで縁が出来たメーカーさんで、それ以前にも何かと協賛しているのはそちらのメーカーさんだった事を思い出す。
“玩具とか試作品とか、よく貰って来てたもんな。”
 よほど小さい子がいる若いパパだと思われていたのかなって笑ったっけと思い出し、またまた小さく笑っていると、
「そこがどうかしたのか?」
 何か気になる玩具かゲームでもあるのかと、関心を寄せてくれた旦那様。濃紺の甚兵衛さんが屈強精悍な肢体にそれは良く似合うゾロで、頼もしい肩から雄々しき胸元にかけての広さや、合わせが少し開いたところから覗く鎖骨と、そこからついつい上へと辿ってしまう首元、おとがいの陰の色香には、

  “…ふにゃんvv ///////

 奥様、見とれて蕩けてる場合ですかい。
(笑)
「ルフィ?」
「あ、えと…ね。」
 我に返って…何をどう話したものかとちょっぴり考えてから、思い切って全部を話すことにした。何だかちょびっと気になるゲーム。自分に何かと共通項の多い設定のキャラクターが扱われていて、
「遊ぶ子が最初に設定するのが“男の子”って限ってないからサ。それで…甘党だとかお料理の勉強中だとかいう設定もついてるんだっていう解釈も出来はするんだけどもね。」
 ただの偶然だよと看過出来なくもないけれど、それでもやっぱり気になった。だって自分は…ちょっぴり特殊な存在だったから。
「俺の情報がどっかから漏れて伝わってるなんて思いたくはないんだけれど、それがホントだとしたなら…そのルートが気になるじゃんか。」
 ちょいと特殊な事情を持つルフィは、実際に接している人々からすれば…見かけより少しは大人だと解釈しても17、8歳、まんまに解釈すれば14、5歳に見えかねない姿をしているが。役所に届け出ている年齢は…24歳。この春先にも海外旅行をしたくらいで、パスポートを取ったり、空港の通関を通る時などに支障があったことは今のところはないのだけれど。そこまで大人だとは到底思えない外見をしており、そこには先天的な個性だとする以上の、特別な“事情”がある。中学生だった頃に欧州で行方不明となってから後の7年間を、まるで“フェアリー・サークル”に攫われたかのように…年齢を重ねないままに過ごしたルフィだったから。最も外見の育つ時期に、全く凍っていた“時間”の流れ。それがために、あちこち点々として過ごし、社会的には死んだものとなっていた。そんな彼が、3年前の夏に、やっと戻って来たのが、この…大好きだった従兄弟の傍ら。忘れないでいてくれた、愛しいと…ずっとずっと想っていてくれた人だったから。それで“生き返る”ことが出来たルフィであって。
「別に後ろめたいところはない。サンジやゾロが手を打ってくれたから、戸籍上の何やかやにも不自然さは少しもない。それでも…隠しといた方がいいって事もなくはないから、自分の情報はあんまりWebの上に残さないようにしてるのにさ。」
 見た目のあまりの幼さを下手に追及されるのは、自分だけでなく…遠くで幸せに暮らしてる、サンジたち家族にも迷惑が及びかねないから。だから、空白の7年のこと、サンジと過ごした日々の話は、封じておいた方がいいと思っているルフィであり。誰かに不用意に辿られないよう、自分のことはあまり触れ回らないようにと心掛けて来たんだのに。
「選りにも選ってWebなんて世界でってのはサ。」
 そこらの近所での話じゃないのがね、却って気になるのと、ルフィは小さな肩をすぼめる。

  「サンジは主に Web世界で活躍してる人でしょう?」

 もしかして。彼への曰くや何かしら、よろしくないもの、含むものとやらがある人が、遠回しに罠を張っているのだとしたら?
“…成程な。”
 そんなのの発端になんかなりたくはないと、そこのところが、その一点が。どうにも気になって落ち着けない彼であるらしく。相変わらずにあの金髪の伊達男を慕っているのが…亭主格としては思うところがなくもなかったけれどでも。
「そか。」
 事情は分かったと頷いて、お茶椀を置いてしまった奥方の小さな肩へと手を伸ばすと“よしよし”と撫でてやる。俺も調べてやるから、な? だからまずは、

  「飯を腹一杯、食おうよな。」
  「うんっ!」

 やっとのこと、ご機嫌が復活した奥方。にっぱり笑ってお箸を取って、まだ辛うじて暖かいご飯とメンチカツに元気よく ぱくついたのだった。





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  *あやや、続いてしまいましたな。
   こんな長い話にするつもりはなかったのに…。