ロロノア家の人々・外伝“月と太陽”より
     
“いつかの夏休み”
 



          



 時折、チチッと短く鳴いたその弾けるような勢いのまま、小鳥が梢の先からばたばたっと飛び立つ気配がする。すぐ近くに海が開けている土地柄のせいか、瑞々
みずみずしいというよりは潮の香りのする爽やかな風がよく吹いて、その風になぶられて滴る緑が優しくそよぐたび、さわさわと涼しげな音を立てるのが何とも心地いい。足元にはちゃんと小道が連なり、頭上からは木洩れ陽が光のモザイクのように降りかかるほどの、何とも明るく過ごしやすい雰囲気で、さして深い森ではない…のだが、


   「…どうやら迷ったみたいだな。」


 そ〜れは真面目に"うんうん"と何度も頷いて見せまでして、鹿爪らしき顔になって納得する緑髪の少年へ、
「ちょ…ちょっと、何よそれっ。冗談じゃないわよっ。」
 突拍子もないお言葉へぎょっとして振り返ったベルが、母親譲りの明るいオレンジの髪を逆立て怒鳴った。才気煥発、元気溌剌、感度良好。闊達さでは同行している男の子たち二人に全く引けを取らない、利発で負けず嫌いな生粋の行動派。こちらは父親譲りの水色の瞳を吊り上げた彼女に真っ向から睨まれて………。武芸者よろしく、背中には長い長い刀を負い、なかなか鍛えられた胸板の前にて腕組みをし、うんうんと唸っていた少年の側も、彼女に負けないくらいに真剣な表情を載せたお顔をきりりと上げると、きっぱりと応酬して見せた。

  「ああ、冗談ごとじゃないぞ。この森にどっちから入ったかさえ、分からねぇ。」
  「大威張りで言うことかっ!」

 まるで打ち合わせのあった漫才よろしくという絶妙のタイミングにて。紛れもなくお母様譲りだろう、必殺の鉄拳が少年の頬にテクニカル・ヒットしたのは言うまでもないことであった。


  ――― 相変わらずなようです、この子たちってば。
(笑)







 ここは別名"魔海"と呼ばれる"偉大なる航路"グランドラインの洋上である。凶暴で巨大な海王類たちの巣でもある"凪の海・カームベルト"に挟まれているがため、ただ突入するだけでも命懸けの大骨を折り。入れば入ったで、航海にはログポースに頼るしかないほどのデタラメで強い磁場と、それはそれはアトランダムで不規則の極みな気候が次々に襲い掛かる独特な海域群という自然環境も、海軍の目が届きにくいあちこちにて、残虐非道な海賊たちが大手を振って闊歩しているという人的環境も、両方揃って最も苛酷で容赦なく。世界中の広い海に数多
あまたある航路の中、謎に満ちたままに前人未踏、その終着点は誰も知らない未開の航路…とまで言われていた、それはそれは恐ろしい航路であったのだが………。

   ――― その伝説はまだ真新しく、ほんの一昔前の実在のお話。

 若くて活きのいい、たいそうお気楽でたいそう無邪気な。まだまだ"少年"と呼んでも十分に通りそうな新米の海賊が、やはり若々しいクルーたちとともに、両手に余るほどという頭数の小規模な陣営で、実にあっけらかんと…この魔海を制覇してしまった。そもそもの"大海賊時代"の幕開けの引き金となった"海賊王"ゴールド・ロジャーの大いなる遺産、一つなぎの秘宝、世に言う"ワンピース"に辿り着き、その名を世界中に轟かせた新しい海賊王。麦ワラ帽子をトレードマークに、様々な国や島で様々な冒険をし、魔物や悪党相手に壮絶な戦いを繰り広げ、彼と関わった全ての人々の心に忘れ難い記憶を残した伝説の英雄。配下ではなく"仲間"にも恵まれていて、世界一の大剣豪や世界一の凄腕シェフ、世界一の航海士に世界一の名医、そして世界一の狙撃手にして世界一のほら吹き男…と、それは頼もしくも個性あふれる仲間たちに囲まれて過ごし、噂では…どこぞの大国の王女や、裏世界の生き字引にして古代史の権威とも浅からぬ伝手があるというから、その技量は半端ではなく。彼らの王者としての歴史が正にこれから語られようとしていたその矢先、

  だがだが………どういう訳なのか。

 その海賊王は、ほんの数ヶ月と経たぬうち、グランドラインから…やはりあっさりとその姿を消してしまった。行方は杳として知れず、だが、死んだという話は全く聞かない。嘘でも噂でも、そんな話は一度も持ち上がらない。まだまだずんと若かったこと。海賊は減るに越したことがないと思っているだろう海軍が嘘でもそれなりの発表をしないことが、彼の生存説を支えながら、だが。これはごくごく限られた筋にだけ伝わった話だが、仲間の内の右腕にして副長でもあった大剣豪が、どういう理由があってか、ほぼ同じ時期に海を見切って陸
おかに上がったという。何があったのかはやっぱり定かではなかったが、新しい海賊王ははやばやと"伝説"になってしまったということだった。

  ――― そして。

 その伝説を残した英雄さんは…本人にはそんなつもりなぞ毛頭なかったのかも知れないが、ここグランドラインに"割と安泰な航路"というものを拓
ひらいてくれもした。好奇心旺盛だったが故に、冒険には目がなくて、余計なことへもいちいち首を突っ込むわ、いかにもな罠や これみよがしな落とし穴にもわざわざはまって下さるわで、仲間たちの苦労も相当なものだったらしいが…その代わり。凶悪な海賊どもやら魔物たちを片っ端から平らげて回り、謎の航路や海域の"謎"の部分を解明し、彼らの通った後は一般の船でも何とか通過出来る、分かりやすい航路として確保されたものだから。結果として、かつての"魔海"は随分と風通しが良くなり、今や人跡未踏とされていた部分の方が少なくなりつつあると言う。




   ――― で。


  「だ〜か〜ら〜っ。
   あの村で衣音くんが迎えに戻って来るのを待った方がいいって言ったのよ!
   あんた、自分が方向音痴だっていう自覚、ないんじゃないの?」


 話の時代と舞台を戻そう。それは涼やかで明るい、心地のいい森の真ん中にて、きっちりと迷子になった少年と少女の二人連れ。年頃は同じくらいの彼らだが、育ちは随分と違うと見えて、少女の方はこれでなかなか、仕草や表情などに高い教育や躾を匂わせる気配の滲む、もしかすると名のある家の令嬢かもしれないような雰囲気があるが、それに対する少年の方は。まだ子供の域を抜け切らない年齢であろう筈なのに、どこか野放図そうな、もしくは気性の芯がなかなかに図太そうな印象を受ける面構えをし。身体さばきも切れがよく、こちらは名のある師範に師事していたろうことを偲ばせる坊やであって。そんな彼らは、だがこれでも、いつかは海賊旗を挙げようと企んでいる"海賊予備軍"でもあったりする。
 そんな彼らが昨日の明け方に到着したこの島は、ログが溜まるのに2日かかるということで。船を人気のない入り江に隠して係留し、町で物資の補給に勤しんでから、久々の陸だからと宿に泊まってさて翌日。航海士の衣音が、船の支度のためにと先に宿を出た。いつもなら全員で向かうところだが、資金の調整のため、前に立ち寄った島で手に入れた珍しい物品や、途中の航路で遭遇して"遊んでもらった"海賊から"ご褒美にもらった"お宝を換金することになっていて。年少さんな子供だからと足元を見られてボラレてはかなわないと、宝石やら何やらの値打ちには目が利くベルが交渉を担当。船長さんはその護衛にと残ったのだが、
『済んだんなら船に戻ろうや。』
 港町を一旦大きく離れて隣村への道筋の途中から入るという、大回りになる愛船までの帰り道。ちょっとばかり順路がややこしいから、昼までにはこちらから迎えに行くよと、先乗りの衣音が言ってくれたのをまさか忘れた訳ではなかろうが、案外と早々に片付いたから手持ち無沙汰になったのは事実。いやに自信満々、歩いてきゃ着くさなんてノリで言うものだから、それを鵜呑みにして従ったところがこの始末。小一時間も同じところをぐるぐると回り続けていた事にやっと気がついての少年のお言葉に、連れの少女の何か…結構太いのが2、3本ほど、どこかでぷっつんと切れたらしい。一応は彼女よりも随分と体格のいい少年船長を、容赦なく思い切り殴りつけて。それだけでは気が済まないのか、明るいオレンジ色の髪を指にからめるようにくしゃくしゃと掻き回し、
「あんたってば、いっつもそうっ。何とかなるさなんて、いい加減な事言っては胸張って行動して。その度にややこしいことに巻き込まれたり、騒ぎを引き起こしたり。」
 ベルはまだお怒りのボルテージが上がったままならしくって、それはお元気に大声を上げて"船長さん"に罵詈雑言を浴びせ続ける所存であるらしい。
「冒険したくて海へ飛び出したにしたってね、物には限度ってものがあるのよ? 特に海ってとこは、何をやっても良いなんていう"破天荒"でいてはいけない世界なの。ただ立ってさえいられない、足元の船底のその下はそのまま墓場も同じな場所なのよ? 過ぎるくらいに慎重に運ばなきゃいけないトコなのよ? ねぇ、判ってる?」
 ちょっとそこへお座りなさいと、小道の真ん中、二人して正座して向かい合い、切々とお説教を繰り出すお嬢さんだが、

  「そんなこと言うけどサ。
   そんじゃあなんでお前は、そんな危険が前提の俺らについて来たんだよ。」

 梳き刈られた前髪の陰から、眦
まなじりが切れ上がった目許に翡翠色の眸をきょろんと瞬かせ、彼らの間柄における初歩段階への疑問を繰り出す少年であり、
「安泰安全、何の不安も心配もなく居たかったんなら、お前が言うところのもっとしっかりした陣営で固めた船を仕立てて、物見遊山の旅でも何でも、好きな航海に繰り出せば良い。頼りにならない俺たちの旅になんぞ、わざわざついて来なくても良かったんだぜ?」
 珍しくも鋭い反論を繰り出して来た船長さんであると来て、
「う…。」
 ベルもその正論には言葉を詰まらせた。確かに彼が言う通り、何も"どうしても一緒に来てくれ"などと懇願されて同行しているベルではない。むしろ彼女の側から無理矢理に、両親の制止の手を振り切るようにして勝手について来たようなもの。自分と変わらない年頃の少年たちがたった二人で経て来たという冒険旅行。運が良いとか悪いとか、そういうことにだけ支えられて来た彼らな訳ではないらしくって。こちらの船長さんに初めて会ったその時も、例えではなく本当に、山ほどの巨体をした海王類をあっさり撃退してしまった見事な剣技を目の当たりにしたベルであり。きっととってもスリリングなんだろうな、何とも楽しそうじゃないかと、うらやましくなって。生まれ育った海域周辺の狭い世界しか知らない我が身をつまらなく思ったその弾み、自分から"混ぜてvv"とついて来た彼女な訳で。
「そ、そりゃそうなんだけど…。」
 これまで、こういう…きちっとしたお説教だの反駁だの、筋の通ったことを言うのは衣音くんの方ばかりだったものだから。どこか呑気でおおらかな性分の、こっちの彼の方が、こうまで辛辣な物言いをしたのは初めてで。どうやら怒らせてしまったらしいと、言われた内容以上にそんな事実こそが堪
こたえたベルだったのだが、

  「…悪りぃ。」

 少年はがりがりと、自分の…緑色の髪の載った頭を、やや節の立ったいかにも男の子の手で掻き回すと、ぼそっと小声で謝って、
「なんか苛々しちまった。八つ当たりだ。心細いトコへ怒って悪かった。」
 気にすんなと付け足して、その場に座ったまんまながら、ふいっとそっぽを向いて見せる。

  "???"

 珍しくも怒って見せたり、そうかと思えばすぐに謝ったり。今日の彼はどうも少々様子がおかしい。
"衣音くんと比べるようなことを言ったからかしら。"
 ベルが、彼女の故郷である海上レストラン『バラティエU』で出逢った時に、既に連れ同士であったこの少年のお仲間。久世衣音という黒髪の男の子。何でも船長さんが育った同じ村出身の幼なじみだそうで、同じ道場で剣術を学び、都会の専門学校にて航海術をきっちりと身につけた聡明な子である。年は同じだというが…日頃の落ち着きぶりやら、知識量、手先の器用さ、機転の利かせよう。どれをとっても向こうの彼の方が上なのに、どういう訳だか、こっちの少年の方が"キャプテン"であり。最初はそれを怪訝に思ったベルだったが、彼らと一緒の航海を半月も続けるうち、何となくながら…そうである理由というか何というか、判って来もした彼女ではあった。

  『何でも卒なくこなせりゃあ良いってもんじゃない。』

 いつだったか衣音本人もそんな風に言っていた。なまじ色々と知っていると先読みの選択肢も増えるから、迷うあまりに慎重になり、その結果として機
タイミングを逃したりしかねない。確かに、たった一つしかない命は大切にするべきだし、多くの知己や親兄弟、あなたを想う人たちのその数だけ、あなたの存在はあなた一人だけのものではなくなる。あなたに災いが降りかかれば、その人たちの皆が皆、それはそれは悲しむのだけれど。

  ………でもね?

 無鉄砲や向こう見ずはあまり褒められることではないけれど、でも。先程の彼からの説教ではないけれど、何をさておいても安全に無難にを優先したいのなら、こんな無謀な旅、最初からやらなきゃ良い。冒険なんて何が楽しいのと、そう思うのならそれでもう主旨が噛み合ってないということだから、船から降りてくれていいんだぜと。そんなことを胸張って言いのける彼こそは、その冒険を目指して海へ出たのであり。そして衣音くんもまた、そんな彼の"冒険大好き"なところが…それがために少々危機感への感覚が鈍い、とことん楽観的なところが好きだと言っていた。足りないところが目に余るなら、自分が手をかければいいと笑って言い、

  『奴といると面白いんだよね。』

 優しい目許をきゅうっと細めて微笑いながら、黒髪の航海士くんはそう言った。
『昔っから無鉄砲で不用心でさ。奴が何か思いつく度に付き合って来て、ドキドキしたりハラハラしたり、冗談抜きに"無事に帰れたらもう関わりたくないから今度こそ絶交してやる"なんて、思ったことだって何度かあったかな。』
 …おおう、それはまた。いくら親友同士な彼であっても腹に据えかねるような、破天荒が凄まじい"やり過ぎ"は多々あったと。
『でもね、物凄い下らないことでの喧嘩で口を利かなかったことはあっても、そういう"冒険"がらみでの絶交は、結局、一度もしたことなかったな。奴が"やってみようか"って持ちかけることってのはさ、心のどこかで自分もやってみたかったことだったのかも知れない。』
 くすくすと微笑って、
『危ないことをして怖い思いをしても、それを思い出す度に"面白かったよな"なんて、大笑いしてたかな。』
 だから。時々は看過するにも限度があるとばかりに説教を垂れつつも、結局のところ、彼を船長だとして したいようにさせているのだし、それがために…どこかで抜け落ちてるところがあるのなら、自分が補填すれば良いってだけのことだと、フォローする側に回っている衣音くんであるのだろう。

  "…男の子って判っかんない。"

 大事な仲間が無謀なことに乗り出せば、見てらんないからって説教だってするけど、でもね。それをどうしてもやりたいって思ってるのへ、手を貸してやりたかったりもするのもホント。お行儀よく大人しく収まってないで、先頭切って冒険したい。ワクワクも友達の無事も、どっちもほしいから。我慢しないで…しょうがないやと2倍頑張るということか。男の子のエナジーというものは、どうしてこうも無尽蔵なんだろうかと、ベルちゃん、呆れたように溜息をついたのだった。………その一方で。

  "う〜。"

 ついつい、口から出るままの憤懣をベルへとぶつけてしまった少年は、そんな自分へもちょっこっとばかり自己嫌悪。それというのも、実を言うと…彼には珍しくも少しばかり苛々しているから。
"…そうなんだろな、やっぱ。"
 この冒険の旅に出てもうどのくらいになるものやら。始終一緒という訳には行かない場面というのも、これで結構乗り越えて来た筈なのに。相棒が居ないまま、それでもその場をしのがねばならないような、スリリングな修羅場も多少は経験したし、それを"もう二度と嫌だ"とか"思い出したくもない"とかいうような、腑抜けた感慨にて記憶している訳でもない。衣音自身がベルに語ったという言葉のように、どんな騒動も冒険も、思い返せばとびっきりのワクワクの塊りだ。怪我くらいじゃ済まないかもという真摯な危機感に、罰当たりなことにもドキドキしたこともあったし、そんな修羅場を見事通り抜けたが故の勝利には、アドレナリン全開なままに大声上げて酔いもした。それとは反対に…頑張ったけれど最上の結果には至らなくって、無くしたものがあったり傷を負ったりという場合も幾度かはあって。それが"自分の身に"ではなかった時は、さすがに胸を痛めたりもしたけれど、善かれ悪しかれ、全部全部飲み込んで体と心の滋養にして来た。

  『どうしても悔いが残るんなら、良いから、気が済むまでやってみ。』

 父と母と、二人ともが。いつも言ってた、体言してたこと。無茶や無謀、命知らず。親としては褒めたり出来ないけど、冒険が好きだと思う気持ちもよくよく解る。お前の身はお前のものなんだから好きにすりゃあいい。全力を突っ込んで、それでも負ければ、死ねば、それはそこまでの腕だったってことだと、きっちり覚悟をしてるんなら、と。

  『それとな、命惜しみをするのは別にカッコ悪かないんだぜ?
   一度目はダメでも、リベンジって形で再戦したって良いんだからさ。』

 母ちゃんもそういうの何度かあった。あの手この手を持ってたワニ野郎とは悔しいながら何遍もやり合うことになっちまったし、クジラのラブーンとも喧嘩の約束したからさ、再戦を構えてきっちり果たしたんだぜと、かかかと笑った母であり、

  『ゾロだって、鷹の目の男には再戦を果たして勝ったんだしさ。』

 先代の世界一の大剣豪、ジェラキュール=ミホークという男。初めて出会った時の父上はまだまだ"未熟者"だったから、奮戦空しく歯が立たなくて。でもでも、数え切れないほどの修羅場をくぐって腕っ節をどんどん鍛えて、その果てにきっちりと方
カタはつけたから良いんだと。

  『あの時に息の根を止めておかないで良かったって。』

 負け惜しみ言ってたくらいだったサなんて母上は笑い、だが、父上は、

  『最期まであんなこと言えるとは、大した余裕だよな。』

 歯ごたえのある挑戦者だと見て、芽を摘まないことで自分でも手をかけて育てた。そこまで余裕があった鷹の目だったと、完璧主義者だからか妙なところへこだわってたようだったけれど。そんな風に気性が違う二人だけれど、信念は同じで、


  ――― 自分に恥じないで力を出し尽くすこと。


 結局のところ、それが全てなんだよなって。一昔前の魔海を制した海賊王は、そんな豪気なことを言っていたし、大剣豪にも異存はなさそうだった。そして、だから。その教えを守って
おいおい、奔放という一言で片付けてはいけないほどに、無謀なことも山ほどやらかして来た。こらこら 未知の島、見通しの悪い海域、先の読めない展開に遇うとワクワクして飛び込みたがり、何だか捨て置けない厄介ごととかにも積極的に首を突っ込んだし。

  ――― ただ。

 それらと真っ向から相対することが出来るまでの、喧嘩や剣の腕には自信があったが、それだけでは何ともしがたいような場面も、当然のように沢山あった。だのにこれまで何とかなって来たのって、相棒さんが…衣音がいてくれたからじゃないのかな。

  『衣音くんが迎えに戻って来るのを待った方がいいって言ったのよ!
   あんた、自分が方向音痴だっていう自覚、ないんじゃないの?』

"そうなんだよな。俺、自分が方向音痴らしいってこと、全然自覚なかったし。"

 だっていつも。頼りになる"羅針盤"役が傍らにいたから。冷静で慎重で、物知りで洞察力があって。少年が振り回さなきゃあ、その彼の父上クラスの沈着冷静ぶりを十分保てていたかも知れないくらいに頼もしい親友。引っ張り回してるこっちの胸の裡
うちをいつだってきちんと把握してくれてて、水も漏らさぬフォローに回ってくれてる、何とも行き届いた相棒で。いつしか…彼がいてくれるのが当たり前という感覚になっているのかも?


  "………俺、またいつもの駄々を捏ねてるのかな。"







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