ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”
    
“思い出、ひとつ”
 

 

          



 うららかな陽光が、地上、いやいや、海上に満遍なく降りそそぐ。藍を含んだ海の面
おもても、綺羅らかな輝きを得たことで心なしか軽やかさが増したような気がして。きらきら反射する光のモザイクを船首が蹴立てるごとに、舞い上がる飛沫が何とも爽快。船の甲板を吹き抜けてゆく潮風が、母親譲りの亜麻色の髪をさわさわと擽ってゆくのへ、娘らしい、細っこくも伸びやかな肢体を深呼吸しながら"う〜ん"っと伸ばして。こちらは父親譲りの水色の瞳を頭上の空へと向け、染みも斑むらも一つもない水色を広々とたたえた青空を見上げたベルちゃんである。

  「やっぱり春島海域って良いわよね〜vv

 春夏秋冬、順序よく並んでいる訳ではないながら、それでもね。直前までは厳寒の冬島海域を震えもって航行していた彼らなものだから。お陽様が明るくて船を運ぶ波も軽やかで、ただそれだけでも気分がまろやかになる。風も随分と甘くなって来たような気がして、この船唯一の女性クルーであるベル嬢のご機嫌の方も、自然と軽やかに浮き立っている様子。
「まったく・もう。寒いのは嫌いよ、大嫌い。」
 彼女が生まれ育った海上レストラン"バラティエ@"が浮かんでいた"オールブルー"は、外世界の東西南北、4つの海の魚たちが一堂に会していたせいか、一年を通じて四季が巡っていたものの、その格差もさほどに大きくはなくて。ここ"グランドライン"でも珍しいくらいに穏やかな海域だったから。身も凍るような厳冬なんて、生まれてこの方、一度だって体験したことがなかった。海面が凍って船ごとその場に閉じ込められちゃうんじゃなかろうかって思ったほどの寒さの中で、絶対絶ぇっ対に二度と冬島海域には近づかないんだからねなんて、無茶苦茶なことを言って、他の仲間にさんざん八つ当たりしたほどだ。だが、
「そうは言うが、寒かったからこそ海軍や海賊どもも寄って来なかったんだぜ?」
「…う。」
 まあね。その辺の理屈は分かってる。冷たい海を凍えながらじりじりと進んだ冬島海域の航海中には、あまり行き交う船を見なかった。たまに、蒸気船らしくて船足の速い貨物輸送船が、海軍の護衛艦だろうか快速艇に守られていたのと擦れ違ったりもしたけれど、わざわざ双方の船足を止めてまでという"臨検"はなかった。誰しもあんな環境下に長居はしたくないという想いは同んなじで。下手に停泊して船の周囲が凍ったりボイラーが冷えたりしては剣呑だったからだろう。甲板に出ていた監視役らしき海兵たちがこちらを瀬踏みするような視線を向けて来たくらいであり、海賊旗をまだ揚げていないせいもあってか、ただの個人の船だと解釈されて見過ごされ続けだった。また、そんな海域だったから実入りも皆無に等しいと来て、そんな場所に徘徊するようなお目出度い海賊も、滅〜っっ多にいない。
「そっか。という事は、これからは過ごしやすくなる分、これまで以上の警戒もしなきゃいけないわけね。」
「そういうことになるかな。」
 同じ船端、テーブルの代用になりそうなほど幅のある、手摺りのようになった船縁
ふなべりに腰掛けて、こちらさんも陽の光を存分に浴びて、山猫みたいに温ぬくもっていた少年船長さんがにっかりと笑う。染めてもいないのに浅い緑色をした ざんばらな髪を、吹き寄せる潮風が好き勝手にもしゃもしゃと弄まさぐるのに任せており、切れ上がった目許が印象的な造作の男っぽい顔立ちも、なかなかにワイルドな気色を帯びつつある今日このごろ。…とはいえど。まだまだ十七歳という年齢なせいか、こんな風に"にひゃっ"と笑うと、いかにもやんちゃそうな 悪戯盛りなお顔になってしまい、
"…これで"海賊志望"だなんてね。"
 自分も…おんば日傘で育てられた箱入り娘だったものだから。海に出てからまだまだ日が浅く、何かというと"お嬢様"なところを露見させてしまっては、ちょくちょくお小言を食っているベルちゃんだが、それを言うならこの船長さんだって。どこまで本気か、お気楽そうな態度のままに、何と"海賊"になりたいだなんて物騒なことをしょっちゅう口にする。何でも彼のご両親は、あの伝説の海賊王とその片腕の大剣豪なのだそうで。どちらも"世界一"の実力者であった親御さんたちを前にして、そんな二人を越えて見せるからと。そりゃもう威勢だけは小気味の良い、ご立派な啖呵を切って海へ出たとかいうから半端じゃない。

  "寝言は寝ている時に言うものよネ。"

 ベルちゃんたら きっつ〜いvv
(笑) やれやれと言いたげなお顔をして息をついたタイミング、

  「お〜い、お昼ご飯が出来たぞ〜。」

 中央の主船室、キッチンキャビンからの伸びやかなお声がかかり、
「ほら、衣音くんが呼んでる。」
 肩を"ぽぽん"とどやされた船長さん、
「おうっ♪」
 お返事も軽やかに船端から飛び降りて出鱈目な鼻歌混じり、美味しい昼食の待つキャビンへと急ぐのであった。





            ◇



 あまりに久し振りすぎて、よくは覚えてらっしゃらない方々も多くいらっしゃるに違いないこのシリーズですが。(自分で言うかい)簡単に浚っておきまするなら…登場人物は、まだ十代の少年少女が たったの3人。格別に体格が良いだの体力が有り余ってるだの、はたまた"悪魔の実"の能力者であるだのという特別な条件づけも持たない彼らそれぞれのご紹介の前に、舞台となっている世界の背景の方を先にご説明致しますと。

 時代背景は、あの"麦ワラ海賊団"が"偉大なる航路
グランドライン"を制覇し、ひとつなぎの秘宝"ワンピース"を手中に収め、文句なしの"海賊王"が誕生してから…10数年後。世界中の海へ陸へ、その偉業が広まって、その時点で既に破格も破格、どこぞの国家予算の数十年分というほどもの懸賞金が懸かっていた"海賊王"と、その腹心にして頼もしき懐ろ刀でもあった世界一の剣士"大剣豪"の二人が、伝説だけを残して海の上から姿を消してから数えても、10数年後。広い広い海はさしたるトップも統率者も現れぬまま、元の混沌に戻ったものか、どうしたもんかという微妙な気配に包まれていた。というのが、あの"麦ワラ海賊団"があらかたの大物海賊たちを叩きのめした後なのと、謎が多くて航海が難しかった魔の海"グランドライン"そのものも、やはり例の彼らが破天荒な航海の傍らに…悪の秘密結社だの悪徳海軍将校だの、凶悪な海獣、難関になっていた急所だのを、片っ端から伸したり畳んだり開いたりしたがため。そして、そこへと人の手もどんどん入り、随分と風通しが良くなった そんなせいで、群雄割拠と言えるほどに名のある海賊たちが今のところはさして存在しないままな状態であり。

  ――― しかもその上、海賊王への"新しい噂"が囁かれ始めてもいた。

 今のところの最後の海賊王は、伝説の"ワンピース"を手中に収めることで覇者の座を得た事実を世界に広く知らしめたのだが、その"ワンピース"に匹敵する"新たなお宝"がこの世のどこかに、このグランドラインのどこかにあるのだという噂が、その筋の人々の間にて 実
まことしやかに取り沙汰されている。謎の秘石というもので、それを2つ揃えることが出来たれば、途轍もない力を自在に扱えるようになるとか、いやいや古代の超兵器が復活して地上最強の帝王になれるのだとか、詳細に関してはまだまだ諸説紛々。秘石そのものからして、宝石なのか はたまたレアメタル? それとも卑金属なのかも一切不明。ただ、世界政府直轄の海軍がわざわざ調査チームを組んでまでして真剣にその噂を追っているということなので、単なるでっちあげでもないらしいと。そんな胎動に世界が震え始めている今日この頃なのではあるが。


  「ふはーっ、食った食ったvv


 今日の昼食は、今朝方船端から仕掛けた網に山のようにかかった白身魚を、衣音くんが見事にさばき、軽くあぶってポアレにしたのとキュウリとトマトの乱切りサラダに、アサリのたっぷり入ったクラムチャウダー、それから焼きたてのはちみつパン。満足そうに腹をさすって一心地ついたぞと笑顔になった船長さんは、お上品に食後のお紅茶を味わっているベルちゃんへ顔を向けると、
「で。今日の午後は何をするって?」
「だから。」
 朝一番に言ったでしょうがと、細い眉をきりきりと吊り上げて、
「冬用の装備、コートや毛布や何やを朝のうちに干し出したでしょ? それを収める箱なり場所なりを確保しなきゃ片付かない。ついでだから、これから使うだろう薄物を出しときましょうかって、言っといた筈だけど?」
「あ、そっか。」
 早い話が"衣替え"ですな。
「そうだね。今、俺たちが辿ってるログの航路だと、これからは暖かくなる一方の海域ばかりを進むことになる。」
 大食漢な船長さんへのお代わりを次々に出すというお給仕があったため、腰にカフェエプロンを巻いたままにて食卓についていた黒髪の航海士くんが、ベルちゃんのお言葉へ柔らかく笑って見せた。彼らの親の世代から少しずつ、このグランドラインの航路も随分と解明されており。何本かあるログの航行海図とやらも、比較的穏やかなものに限ってながら一般に公開されてその攻略図が出回っているほどで。彼らのお船が乗っかっている航路も、今のところはそんな格好で公開されているコースなのだが、
「途中で海王類に追い回されたり、ハリケーンにあって船ごと別のログの航路まで弾き飛ばされたりでもしない限りは、まま大丈夫だろうさ。」
 何しろ俺たち、グランドラインにはこの航路の隣りのから入った筈で。なのに、どうしてだろうか、つながってない筈の"オールブルー"に辿り着いたんだからね。航海士のくせにそんなとんでもないことを、にぃっこりと微笑って言うものだから、
「…そんな恐ろしい目に遭うのはごめんですからね。」
 一見すると誠実そうな、慎重で几帳面そうな見目をしていて、その実は。この航海士くんもまた船長さんと大差ないほどに、破天荒な行動派だったりするから始末に負えない。迷子癖って遺伝するのかなぁ。あ、衣音くんは久世さんチの子なのよねぇ。
(笑) 男の子が二人に女の子が一人。これがこのお船のクルーの全員であり、しかも全員揃ってまだ 17歳と来たもんで。いくら謎が解明されつつあると言っても、そこは天下のグランドラインだ。昔は航路へ入るだけでも半分は弾かれ、入れば入ったで制覇なんてとんでもない。目茶苦茶な磁気嵐に気まぐれな海流と風。それらに良いように翻弄され、それを御せた者たちだけが、まずは此処で生き抜ける資格を得る。そんな荒くれたちでも航路の全てを踏破するのは至難の業であり、已なく…諦めた地点の海域で縄張りを張った輩たちが、訪問者たちに襲い掛かって航路をますますの難路にしていた悪循環。そんな名残りが必ずしも全て払拭された訳ではなく、今でも十分に環境的にも人為的にも危険な"魔の海"には違いないというのに…例えば黒髪の航海士、久世衣音くんは。どんな角度でも視界の中に見えさえすれば、狙った的へは必中という得意の小柄こづか投げで、海賊どもの大きな船の帆を落としたり、舵をあっさりと破壊したこと数え切れずだし。面倒ごとはごめんだからと、愛らしい唇を尖らせるベルちゃんにしても、船長からの許可が下りたランクの相手との乱闘の場では、自慢の三節棍で華麗にも…片っ端からむさ苦しいおじさんたちを薙ぎ倒す、それは見事な戦いぶりを発揮している頼もしさ。日頃から船長さんとの手合わせを積んでもいて、さすがは血統ということか、腕前は日に日にめきめきと上達中でもあるとか。…普段の生活の中では、船長さんや衣音くんでさえ拳骨1つで叩きのめせる腕っ節をしているのに、これ以上強くなってどうすんでしょうか、このお嬢さん。(笑) そしてそして、
「海賊にも遭遇出来る海域だかんな。警戒も始めた方が良いんじゃねぇのか?」
 テーブル用の長椅子の上、胡座をかくように引き上げていた両の足首を手で掴み、何ともお行儀の悪い座り方をして暢気な言いようをしている船長さん。鮮やかな緑色の髪や灰緑の眸という、目立つ容姿要素に負けないくらい、男臭い筈のお顔が"にっこし・ぱきーっ"と ほころんでおり、
「あ、そんなこと言って見張り台へ逃げようったって、そうはいかないんだからね。」
 3人しかいないんだからね、倉庫の整理、ちゃんと手伝ってもらいます。女の子にぴしりと言われて"へぇ〜い"と渋々のお返事を返す彼こそは、先代の海賊王・モンキィ=D=ルフィと大剣豪・ロロノア=ゾロを両親に持つ、とんでもない素養を持つ…筈の、腕白船長、その人である。………あ、名前はまだないので悪しからず。(そうだったんだよねぇ。)

  "もう。ちょっと気を抜くとこれなんだから。"

 彼の剣の腕前はベルとて承知。ただ、ちょっとね。この彼は、どこか…何て言ったら良いのかしら。あまりにも楽天的な、ご陽気にすぎるところがある。

  "自分の腕をそうとうに過信しているからなのかしら。"

 何せ、赤ん坊の時から伝説の覇者二人を双親として育った坊やなものだから。何百キロもの重しつきのマスコットバットを軽々と振るう事が、大人になったら誰にでも出来るもんなんだと本気で思っていたりしたし。
おいおい 良い子でいればいつの日にか、腕や脚が"みにょ〜ん"って伸びて、ゴムゴムのお母さんと"ターザンごっこ"が出来るのかもなんて、可愛らしいことを信じてもいたほどで。こらこら それらはどうやら世間の常識ではないらしいなと朧げながらに判って来た頃、世界一の大剣豪であるお父さんの指導の下に、念願の剣術の修行を始めることとなり、それからの成長ぶりの凄まじかったこと。鋭く鮮やかなその上に、年を重ねるごと…相手を追い詰めたり操ったりと、色々練られてゆく剣さばきにも磨きがかかり。ついて来られたのは親友の衣音くんだけという、飛び抜けた天才剣士ぶりを発揮して。たかだか田舎道場での話だしなぁなんて、ご本人たちは苦笑するものの…とんでもない。お父様への挑戦者たちが、陸おかに上がって10年以上経っても引きも切らないほどの、その世界では名だたるレベルの道場だっただけに、こうやって荒海へと出て来た今でも、戦歴のほどは所謂"百戦百勝"状態で。彼の武器である特別拵えの長い長い大太刀が、一旦鞘から放たれたなら。そこに巻き起こるは疾風怒涛の旋風陣。目にも止まらぬ早業にて、切れのある一撃が狙った相手を叩き伏せ、間近を掠めただけでも剣撃の風圧で人間が吹き飛ばされるというから恐ろしい。そんな彼であるからには、なるほど強気でいられもするのだろうけれど、

  "お父さんやお母さん以外に、負けた経験なんてないんじゃないのかしらね。"

 だからこそ、こうまで能天気で とことん楽天的なのかしらねと、ベルちゃんとしてはそこのところも少々複雑。極端な悲観主義者でも鬱陶しいが、長く挫折を知らない人間は一旦折れると立ち直りにも長く時間が掛かるもんだと知っている。超一流の料理人という父の下には、様々な世界の"一流どころ"が足を運んだから、その栄枯盛衰の様も世間話としてよく耳にした。最初から負け知らずな人間は、こつこつと積み上げて大成した人に比べると打たれ弱く、一度へこたれるとなかなか立ち上がれないのだそうで。

  『次へ、再起へって、立ち上がって、
   頭を素早く切り替えられないようでは、ホントの一流とは言えないんだよ?』

 負けることが死ぬほど恥だと思ってた頑固な石頭を知ってるが、やれる事を出し尽くしたなら、それで本望と思わないとな。それで…命が助かってたなら儲けと思って、も一度やり直せばいいんだ。それが判ってない、ホンットに不器用な奴だったもんな、と。金の髪の陰でくつくつと懐かしそうに笑いながらはなしてくれた父の言葉を思い出し、

  "…あれって、もしかしたら。"

 このお気楽船長さんのお父さんのことなんじゃないのかしら。そんな一本気な人は、ぽっきり折れたらなかなか修復出来ないのにね。今からそんなことを憂慮していたりする、妙なところで心配症なベルちゃんだったりするのである。







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