そういや、結局は聞けずじまいだったよな。

 んん? 何がだ?

 親父のアレ。

 …ああ、アレな。

 海賊だったからって順番じゃない、母さんと知り合うよりもっと前。
 剣士として村から出る前に、もう下げてたって話だけどさ。

 それって、普通に修行してた頃ってことだろ?

 うん。なんかこう、辻褄みたいなもんがピタッと来ないんだがなぁ。

 だよな。
 こつこつと修行してた、今の厳しそうな真面目そうな師範と同じだったんなら、
 そんなこと、まずやらないよな。

 なんでまた、あんなもの下げてたんだろな…。

 

  想いでピアス

        ロロノア家の人々・外伝“月と太陽”より
 


          



  ―――その波間で、水面
みなもで。人が何をし、どう処されようと。
     そんなことには一切お構いなしに、
     海は波打ち、潮騒を運び、空は輝き、潮風に雲を遊ばせる。


 油を塗り込めたような、ぎらぎらとした生気にはちきれそうな、それはそれはエネルギッシュな濃青を一面に滲ませた盛夏の空。照りつける陽射しも力強くて、日向
ひなたに居るとほんの数分で、髪の中から額や首条、背中、膝下…と、いちいち挙げるのも面倒なほど、全身から汗が吹き出し、蒸し焼きの照り焼きにされてしまうほど。だがだが、だからと言ってぐったりと昼寝に勤しんでばかりもいられない。この暑さで自棄やけになったか、それとも実は根っからの"働き者"なのか、いい大人が子供相手に"遊びましょ♪"とちょっかいをかけて来る。
"…おいおい、そんな悠長なもんじゃないんだぜ?"
 あらあら、だって。それじゃあ、あなたたちのそのお顔はなぁに? …筆者との内緒話はともかくも。彼らが立ち向かうは、接舷した船縁からなだれを打って襲い来る海賊ども。それもまたそれなりの余裕の笑みなのか、いい年したオジさんたちがへらへらと笑いながら乗り込んで来たのは、こちらが留守番だろう子供ばかりと甘く見て、一気に船ごと強奪してやろうと強襲して来たらしいから。つまりは"そういう"性根の輩たちだというのはようよう知れるというもので。それを迎え討つのは、
「30人ちょっとか。」
「例の手で遁走しなくても何とかなりそだな。」
 襲い来る輩たちの方へと体を向けたまま、横に並ぶよにして立っている主甲板にて…くすくすと笑い合いつつそんな示し合わせをした少年たちであり、
「ベル、絶対、何があっても出てくんな。」
 緑頭の少年が肩越しに背後へと掛けた声へ、
「あ、うん。」
 あの小生意気さはどこへやら、素直なお返事を返すお嬢ちゃん。相手の船影と進路を察知した途端というノリで、衣音にいち早く放り込まれたキャビンから、ベルの応対の声が何とか届いた。彼女が乗ってから突貫工事で強化された、甲板上の主船室の壁とドア。斧や鉈で穴を空けようとしてもそう簡単には貫通しないよう、鋼板をところどころに埋め込んであるので、自分から出て来ない限りはまあ無事だろう。そうこうする内にも、太鼓の乱打のような乱雑な足音の群れが一気に乗り込んで来て、並んで立っている少年たちの手前、数メートルほどの間合いを残して立ち止まる。
「おい、坊主たち。お父さんやお母さんはいないのかい?」
 頭目らしき、いかにも下卑た笑みを口の端から溢れさせた中年男が訊いてくるのへ、
「故郷
くにに残して来たから此処にはいないよ。」
 鮮やかな緑の髪をぱさりと流したやんちゃそうな面差しの少年が、それはあっさりと応じた。まるで、今は出掛けているから夜まで帰らないよというよなお軽い口調。
「へへぇ〜、そうなのかい。それじゃあ、執事や先生ってな大人はいないのかな?」
 いくら何でも…此処は"グランドライン"の只中だ。そこらの港の沿岸の、遊覧船が周遊しているような穏やかな海域と一緒にしてはいけない、危険で苛酷な海域。まさかとは思うが子供だけでは有るまいから。責任者たちがうっかり座を離れているだけなのだとしたなら、この子供達をさらって身代金をせしめるという甘い話も付いて来ると、そんな算段を踏んだらしいが。
「いないね。」
 こちらはつややかな黒髪でなかなか端正な容貌をした、いやに落ち着き払った少年が短く応じ、
「俺たちこっきり。他には誰も乗ってないぜ。」
 ともすればからかうような言いようをする彼らなものだから、
「………へえぇ〜、そりゃあますます好都合ってもんだ。」
 怖いもの知らずの世間知らずが、小生意気に虚勢を張ってやがる。なぁに、こういう小童(こわっぱ)ほど、ちょいと突々きゃあすぐさまガタガタ怯えて言うことを聞くもんだ…と。彼らなりのセオリーとやらが、わざわざ手繰り寄せるまでもなく腹にはあって、
「じゃあこの船はいただきだ。心配すんな、お前らも一緒に連れてってやるからよ。せいぜい働かせてやんぜ。」
 がははは…とばかり、大口開けて笑い立てた頭目に続き、どっと勢いよく、品のない笑い方をした賊たちであったのだが。
「ははは…、…え?」
 そんな彼らの頭上に、何かの陰がサッとよぎった。こんな大海の真ん中に飛ぶ鳥はそうそうはいない。だが、確かに何かの陰が、それも隼のような素早さで宙空を駆けて陽射しを遮ったのを、少なくとも数人が同時に感知していて、
「???」
 きょろきょろと辺りを見回せば、
「あっ。」
 メインマストを挟んで向かい合う、対面にいた筈の少年たちが一人減っている。居残った緑髪の少年のみがにやにやと笑っていて、
「おい、もう一人はどうした。どこ行ったんだ、ああ"?」
 大人をおちょくるもんじゃねぇぞと、凄みを利かせて問い質
ただしたとほぼ同時、
「あっ、お頭っ!」
 群れなす後方にいた手下が頓狂な声を上げた。それに続いて、何だかざわざわと、ただならない気配も沸き立ったから、
「なんだっ、どうしたっ!」
 少年は後回し、そっちへと先に声を掛ければ、
「船が…俺らの船がっ。」
 おおおっという喚声を上げつつ船端へ片寄る海賊たち。それもその筈、一体いつの間に切られたか、接舷のためにとこの船の船端へ食い込ませた鈎手につながっていた筈の頑丈なロープたちが、1本残らず切断されていて、
「お頭〜っ!」
 わずかだけ居残っていた下っ端たちが、甲板で困ったような情けない顔でいるのが少しずつ遠ざかる。
「な、何してやがんだ、あいつらはっ!」
 こっちとの連結が解けたって、風や海流を読んでそれなりの操船で傍に接
けとくことくらい出来ようにと、手下たちの不手際ぶりへと歯咬みする頭目だったが、
「舵に連結されてる操舵用の軸棒を使えなくしたからな。それで困っているんだと思う。」
「な…。」
 声がした方を見やれば、姿を消していた黒髪の少年が、マストの頂上や帆を張る桁木から何本も下がっている縄ばしご代わりの索具ロープの途中に、片手片足を掛けて掴まっている。空いている右手には、扇のようにも見える何かを持っていて、一番端の先が陽射しを受けて光っているところを見ると、小刀
こづかか棒型手裏剣か、彼の操る得物であるらしい。それを使って接舷ロープを全て断ったその上に、彼らの船の甲板にあった操舵輪の根元、狙い違わず何本かを食い込ませ、制御不能にしてしまった彼らしく、
「くっ!」
 歯咬みしていた頭目殿は、
「何をぼやぼやしてやがるんだっ。何人か早いとこ向こうへ戻って舵を直して来いっ!」
「あ、は、はいっ!」
 頭から舐めてかかっていた"お子ちゃま"たちの先制攻撃に、文字通りの"先手"を取られたことへとどこか筋違いな唸り声を上げて、
「舐められたもんだがな。お子様がどう気張っても、所詮はガキの浅知恵と空元気。どうせ本気で戦ったこともなかろうよ。」
 頭目殿が大きな声をわざわざ張り上げた。声での恫喝もまた、戦いには必須のパワーを放つ手段の一つ。冗談抜きに大きな声を出すと、通常は筋肉が無意識セーブをするために30〜40%しか発揮しない力を、もっと解放させられる効果があるそうで。空手や剣道などの武道で鋭い気合いの声を出すのもその効果を出すためですし、アニメの格闘技ものやスポ根もので特殊な技の名前を大声で宣言するのにも意味があったんですよ、はい。(おいおい/笑)…それはともかく。
「おうさっ!」
「行くぜっ!」
 船へと戻るために慌てて海へ飛び込んだ数人以外は、武器を手に手に二人の少年へと向かってゆく。随分と人数が分かれたとはいえ、向かって来るのは10人ちょっとの大柄で荒くれな男たち。場慣れしていて、ぎらぎら光る剣やナイフを手に手に、物凄い形相で襲い掛かって来た大人たちへ、

  「…っ♪」

 二人の少年たちは、相も変わらぬ余裕の表情。索具にぶら下がっていた衣音の方は、そのままするするっとマストの上の見張り台を目指して登ってゆく。
「待てやっ、小僧っ!」
「くぉらっっ!」
 何だか偉そうに怒鳴りつけながら、あちらも当然こういう足場に離れているのだろう。がしがし登って追って来る怖い怖いおじさんたちを、肩越しにちらっと見やった衣音は、何が可笑しくてか"くすす"と笑い、一等賞で飛び込んだ見張り台からやっとまともに振り返って、
「そらっ!」
 下方に向かってナイフを投げた。銀色の光を凝縮したような塊は、鋭い矢のように後続の海賊たちへと向かって行ったが、
「おっと。」
「へへっ、セーフ。」
「どこ狙ってんだよ、こら。」
 その切っ先は誰にも当たらぬままに、甲板までの空しい道行きを一瞬で終えて。…だがだが、

  「あ"?」

 ナイフがダンッと突き刺さったのは確かに甲板の板敷きだったが、その切っ先はとあるロープを見事に断ち切っていた。そしてそのロープは…といえば、海賊たちが這うように登って来つつある索具綱の片端が、こっそりとひとまとめに括られていた鈎型のフックを固定していたものであるらしくって。

  「………あ。」

 そういえばこの索具綱、妙にピンと張ってるよな。見上げた先の終着点。ロープは全部、帆を張る桁木じゃないもう一本の横木に括られてないか? あれって竹じゃないのか、もしかして。物凄い弓なりに撓
しなってないか…と。気がついた頃にはもう既に、竹の凄まじい瞬発力がそれはそれは勢いよく発動されていて。
「うわあぁぁっっ!」
「どひゃあぁぁっっ!」
「お頭、お助け〜〜〜っっ!」
 人間ロケットたちが見事な弧を描いて宙を舞って行った。…お見事っ!
(笑)
「ちっ、何やってやがるっ!」
 部下たちのあまりにも馬鹿げた不手際へ舌打ちした頭目殿が指揮を執るこちらは、船長さんの方。刀の中で、特に日本刀はその"切れ味の鋭さ"に特長がある。およそ欧州の刀剣の類は、両刃ではあるものの"斬る"のではなく、主に突き刺したり薙ぎ払ったりという戦法で用いられている。前後にしか動かず、相手を"突く"ことを競う"フェンシング"からもお判りだろう。これは頑健な鎧や籠手などの防具もまた開発されたため、白兵戦に於いての"切り倒す"という戦法はあっと言う間に意味をなさなくなったからだろうと思われる。ところで剣というのは見かけを裏切る物凄い重量で、よくよく鍛え上げられた密度の高い練鉄鋼で出来ているせい。無駄な脂肪のついていない身体が見栄え以上に重いのと同じ理屈で、これを思うままにコントロールするためには、その実質の重量の何倍もの重さを制御出来るだけの腕力と握力が必要となる。殊に日本刀の場合、刃の形状と切れ味から、扱いはなかなかに難しい。柄をぎゅうっと絞るように強く握り込んで、思い通りの位置でぴたりと止められなければ、使い手にも危険極まりないのだ。風を切ってぶんっと振り切られた鋭い刃は、勢い余って思わぬところへまですっ飛んでゆく。下手を打てば本人の脚をざっくりと切り落とすことだってあるのだとかで、時代劇などで華奢で可憐なお姫様が、脇差しならともかくも立派な大太刀をがんがん振り回している話は、はっきり言って"大嘘"なので信じないように。
(笑)
………で。そんな日本刀の、しかも馬鹿デカイのを自在に操っている少年であり、自分へと振り下ろされる刃物や棍棒は、長めの柄を手元に引き寄せて、その手元で絶妙に弾き返すから、反射もなかなかに鋭い彼である。
「呀っ!」
 黒山のように集
たかった賊どもを、鋭い刀さばきとその剣撃の勢いで吹き飛ばし、あっと言う間に船端からバチャバチャと叩き落としてゆく様は圧巻でさえあり、
「こんのクソ餓鬼がっ!」
 最後に残っていた頭目が振り上げた大きな蛮刀は、だが、

  ――― っ!

 ちりーんっという涼やかな金属音と共に、把近い根元から見事に寸断されて、刃の部分が宙を飛ぶ。金属で金属を"切る"のは、理論上不可能な筈。ましてや、銘こそないが一応は鍛治師に鍛えられたる鋼鉄の剣。それがすっぱり斬られて吹っ飛んだのだから、一番の間近で目の当たりにした頭目殿の目は、こぼれ落ちないかと心配になるほど大きくひん剥かれた。
「…なっ!」
 反射的に刃の行方を追いかけようとした視線を遮って、彼の視野を寸断したのは、少年がその鼻先へと差し伸べた刀が放つ銀色の光。
「さあどうする。あとはあんただけだぜ? このまま引かなきゃ、俺は子供だ、加減を知らねぇから、海の藻くずになっちまうかもな? つまんない見栄なんか張ってないで、大人しく引き上げな。」

   「う………。」

 粒の大きな脂汗を額にびっしりと浮かべて。進退窮まっているにもかかわらず、まだ何事か虚勢を張れそうな糸口を探しているらしい頭目殿だったが、その背後へと唐突に、
「………っっ!」
 だぁん…っっと。物凄い音と甲板を震わせる気配とがしたものだから、
「どっひゃあぁぁっ!」
 文字通り2メートルほど飛び上がって、そのまま船縁へと駆け去って、得体の知れないものへの恐怖から凍りそうになっている体に鞭打って、もたもた・もたくさ船端に登ると、
「お、おお、覚えてやがれっっ!」
 肩越しにちゃんと捨て台詞を残すところは律義なものだが、声が女の子のそれのように、か細く跳ね上がっているのが可憐。
(笑)
「ホントに覚えててほしいのかな。」
「今度会ったらお手柔らかにしてねって意味じゃないのか?」
 見張り台から降りて来た衣音が、少年の声に返事を寄越す。先程の"だぁんっ"の正体はこの衣音だ。本物の桁木にロープや縄ばしごを張り直し、よじよじ降りて来たのがまだるっこしくなって途中から飛び降りて来た彼の、その故意
わざとらしい大きな着地の物音に、海賊どもの頭目殿は飛び上がったという次第。二人して船端へと歩みを運べば、自分たちの船から降ろされたものだろう、何艘かのボートに収容されている賊たちで。もうこれ以上は向かってくる気もない様子。キャラベルから離れつつあるそのボートの一つにて、
「ああっ、思い出したっ!」
 突然、大きな声を上げた奴がいる。
「なんだ?」
 柄だけとなった剣の残骸を、名残り惜しげに見やっていた頭目殿が注意を向けると、
「あいつらですよ、ほら"海豚のポーネルラ"の一味を平らげたって話に出て来た子供の海賊ハンターっ。」
「………あ。」
「一人は緑の髪に把の長い日本刀、もう一人は黒い髪の小刀
こづか使いで、二人とも見かけによらない凄腕。もしかしたら"悪魔の実"の能力者かも知れないって。」
「ああ、言ってた言ってた。しかもだ、緑頭のガキの方は、昔"大剣豪"として名を馳せた男の息子じゃねぇかって言ってたな。」
「じゃ、じゃあ、あの剣を叩き切ったのも…。」
 まやかしなどではない、正真正銘、彼の腕前によるものだと気づき、

  「……………。」

 言葉を失くした数刻後、全員が"…はぁ〜っ"と胸を撫で下ろす。
「あんな悪魔にかかわって、よく生き延びたな、俺たち。」
「くわばら、くわばら。もう二度会いたくねぇ。」
 吐き出すように言い捨てる者、
「厄落としに酒でも飲みますかい? お頭。」
「それよか近くの祠で祈祷してもらいやすか?」
 宗教に走る者と、なかなかに囂
かまびすしい。まあしばらくは、あのくらいの年頃の少年たちに震え上がる彼らではあろう。一方、
「やれやれ、やっと帰ったか。」
 悪魔とまで呼ばれた少年たちが、屈託のない顔で去って行く船を見送っている。短時間に手際よく片付けたので、船もさして壊されてはいない。
「それにしてもビックリしたぞ。」
「? 何がだ?」
 傍らに立ち戻って来ていた衣音の言葉に、それへこそ怪訝そうに小首を傾げる緑頭の船長さんだが、
「惚けてんじゃねぇよ。いつの間に"斬鉄鋼"の剣を会得してたんだ? お前。」
 先程、相手方の頭目の剣を根元から跳ね飛ばした一太刀こそは、彼らの師匠であり船長の実父・ロロノア=ゾロ氏が会得していた奥義、鉄で鋼を斬る"斬鉄鋼の剣"という術技なのだが、
「何言ってんだ。お前だって知ってるだろう? あの極意には途轍もない集中力が要るんだぜ? 師範代でも、何百回に一度、食い込めば奇跡ってくらいに、まずは至難な技だった。」
 そのくらいの理屈、中等学校は町に通っていたとはいえ、ロロノア流の剣の基本、作法や心得、太刀筋などを、幼い頃からのずっとをかけて、きっちり学んだ衣音もまた、よくよく知っている話。とはいえ、
「でも…。」
 さっきこの目で見たものは、彼の父がごくごくたまに披露してくれた"斬鉄鋼の剣"と同じだった。何より、鋼の剣を宙へと跳ね飛ばしたではないか。そうと言いたげな衣音の視線に、
「…だから、さ。」
 少年船長はくすくすと笑い、
「あいつの剣、手入れが悪くてな。目打ちが随分ゆるんでたんだよ。だから、鍔を思い切り叩いて柄を割ってさ、本身を鯉口のとこで引っかけて引き抜いたら、一本釣りみたいにあっさり飛び出したって訳。」
 専門用語が多い、省略も多い説明ですが、ご理解いただけたでしょうか? 剣は、刀身、刃そのものである"本身"とそれを握るための"柄"と、相手の刃を受け止めて手を守る"鍔
つば"や、それらへ刀身を堅く嵌め込んだり鞘にきっちり収めたりするための"鯉口"などといった部品によって、一振りの刀剣として完成する。刀身を柄へと固定するための小釘やその穴を"目打ち"といい、相手の剣のそこが緩んでいることに素早く気がついた緑髪の少年船長さんは、ほんの一瞬という刹那の間合いに切っ先を絶妙に操ることで…剣を切ったのではなく、実は"引っこ抜いた"のだそうで。
"それにしたって…。"
 口で言うほど簡単なことではない。相変わらず、剣の腕前はなかなかに鋭い彼であり、
"………。"
 同じく刀剣を使う者として、優れ秀でた技の存在は、正直言って…胸にほろ苦いほど口惜しい。それでも大好きな親友の資質、眸を逸らさずに誇りたいと思うのもまた本心だからややこしい。
「お宝を貰うの忘れてたな。」
 複雑な心境をどこか誤魔化すようにそんなことを呟けば、
「あ、いっけね。」
 少年もまたうっかり忘れていたらしく、頓狂な声を上げて見せた。いつもなら何かしら、逃がしてあげるのと引き換えに差し出して貰うのだが、今回はそれを忘れていた彼らであり、
「ベルのこと、一応は気に留めてたからだろうな。」
 衣音がくつくつと笑って見せる。彼女が加わってからまだ日が浅く、心のどこかでついつい意識してしまうのかもしれない。早く終わらせてやらないと怖いだろうとか、万が一にも怪我をさせる訳にはいかないだとか。とはいえ、
「そっかな?」
 ご本人には自覚はないらしく、やたらと首を傾げているばかりなのだが。(こらこら、坊ちゃん)それを見やりつつも、キャビンのドアへと近づいて、
「もう大丈夫だぞ、ベル。」
 衣音が扉を開いてやると、
「………え?」
 そんな彼の傍ら、赤みの強い亜麻色の髪を跳ね上げるようになびかせつつの、風を切るよな勢いで甲板へと出て来るや否や、
「何よっ! 他には誰も乗ってないなんてっ!」
「あだだ…っ☆」
 少年船長の頭を"げいんっ"と思い切り殴りつけている彼女だったりする。頼もしいこと、この上もない。此処に少年の両親が同座していたなら、この思いきりのいい拳の威力は、間違いなく母親譲りだろうと、遠慮なく断言して納得したことだろうて。
(笑)



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