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かつては…人の力量や知恵では歯が立たず、その別称を"魔の海"と呼ばれて、入る者もなく。ただただ恐れられているばかりの、前人未踏な危険地帯だった海域。そこへ、あの伝説の大海賊"ゴール=D=ロジャー"が冒険へと漕ぎ出してあっさり制覇。そんな彼が遺したとされる、ひとつなぎの大秘宝"ワン・ピース"を求める荒くれ共が次々に乗り出して迎えたのが、世に言う"大海賊時代"だ。海賊たちと海軍たちとが鬩せめぎ合い、王下七武海に犯罪結社、賞金稼ぎや隠密、間諜、様々な人々の様々な思惑が入り乱れ、海の魔物よりも性分たちの悪い"謀略の魔窟"と化してさえいた、それが此処"偉大なる航路グランド・ライン"だったのだが、とある年若い海賊がその"一つなぎの秘宝"を発見したとかで。その噂と共に、最初の冒険時代は20年ほど前を境に終息してゆき、今ではすっかりと幕を下ろした感が強い。今でもなかなか手ごわい荒らぶる海には違いないが、沢山の冒険者たちが地道にあるいは大胆に拓いたおかげさまで少しずつ入植が進み、一頃に比べれば随分と…謎のベールとやらは引きはがされて明らかになりつつある様子。
それでもまだまだ海は広い。好奇心旺盛な悪戯っ子を惹きつけてやまない、妖しい魅力をあふれさせながら、新しい"今日"がまた始まった。
「…だから、一体どうやれば、インスタントのスープとオレンジジュース、トーストとハムエッグの朝飯3人分作っただけで、貯蔵淡水、全部使い切っちまうんだよ。」
「知らないわよ。大体、その"貯蔵淡水"って美味しくない。鉱石泉水の備蓄はしてないの?」
「場所塞ぎだから、そんなもんはわざわざ買わねぇんだよ。船の設備ややりように文句あんなら次の港でとっとと降りろよな。そういう約束だった筈だぜ。」
「あら、でも改善策の提案くらいは聞いても良いんじゃないの? それともあんたって、そうまで石頭なのかしら。」
「おうよ。俺の石頭は親父譲りだ。ヘッドバットで負けたこたぁないぜ。」
何だか論点がずれて来そうなので、肩をすくめた衣音がやっと割って入ることにした。
「もうそのくらいにしとけ。」
あの鮮やかな乱闘シーンの緊張感や、惚れ惚れするほど颯爽としていた活躍ぶりはどこへやら。キッチンにて、いかにも子供同士という感の強い"言い争い"を繰り広げているのは、長太刀使いの船長殿と"利かん気では負けないわよ"の強腰ベルちゃんだ。おいおい 船長殿が"口先ばっかり"でないことは重々知っているベルではあるが、だからって何でもかんでも闇雲に"従う"のは、慣れがないというのも手伝ってか、そうそう飲めない彼女ならしい。こればっかりは譲れないぞと、お父さん譲りのアイスブルーの瞳で真っ向から睨みつけてくる彼女だったが………とはいえど。
「あのな、ベルちゃん。海の上での飲み水がどれほど大切なものかは、君にだって分かるだろう? いくら"淡水化装置"があるからったって、例えば…俺やこいつが怪我でもしていて引っ繰り返ってたら? 結構重労働だし、ベルちゃんには到底、一日分さえ作動させられないだろう?」
衣音からの事細かな説明に、
「………うん。」
頭のいい子だ、これでもう"その先"は言わずとも分かっている筈。
「お水についてはごめんなさい。でも…。」
「でも?」
何か言いかけたベルだったが、衣音のやさしい表情と、その向こうできょろんとした眸をこちらに向けている船長殿との顔を見やると………、
「……………なんでもない。」
そのまま口を噤んでしまったのだった。
あの、世界一の海上レストランからの船出に"待った"をかけてくれたのが、この我儘お嬢さんの乱入で。目的あてなぞないも同然な危険な道行きに、どうしても付いて行きたいと駄々をこね続けるものだから、
『じゃあ、こうしよう。自分の力でご両親を説得してみな。きちんと納得させられて、何の問題もなく送り出してもらえるよう運べたなら、連れてってやる。』
見かねた少年船長がつい、そんな条件を出したところが、何をどうやったのか、
『危ない目に遭いそうになったら、迷惑かけるけど、お願い、助けてやってね。でも、我儘を言うようだったら、どんな辺鄙な島でも構わない。引きずり降ろしてちょうだい。どんなに遠かろうが、あの人が迎えに行くから心配は要らないわ。』
『は、はい。』
結構、大胆そうな母上はともかく、あの…まずは折れまいと思えた"娘御・命"な父上が了解の意を示したというから………一体どんな手を使ったやら。
「やっぱ、気にしてんだな。戦力外だったからって"いない"扱いされたこと。」
「だろうなぁ。」
相手は多感な女の子。衣音の言葉に頷首し、
「扱いが難しいよな。気が強いのに、デリケートでもあるんだかんな。」
溜息をつきつつ、テーブルの天板へ突っ伏す緑頭の少年船長さんへ、雑用用の天水の、こちらも最後の桶1杯の水にて洗い物を終えたばかりの流し台を背にした親友が、愉快そうにくすくすと微笑って見せる。話題になっているのは今朝の言い争いのことで、やっぱり悪いことをしたなという反省はあるのだろう。当の本人であるベルは、微力ながらも頑張ってみると言い、只今"人力淡水化装置"を稼働中。無理はするなと言ってはあるが、昼食時までは頑張ると言っていた。…ちなみにというか、ついでにというか、ベルちゃんが言っていた"鉱石泉水"というのは大地から涌き出した泉水のこと。空から降る雨水や、海水を加工して作る淡水、蒸溜水に比べて、長い年月かけて岩の間から涌き上がってくる分、ミネラルをたくさん含んでいるから口当たりもよくて美味しいのだが、海上では当然のことながら入手出来はしない。ベルの生まれ育った『バラティエⅡ』ほどの高級レストラン船ならば、食材同様に仕入れて常備もしていようが、普通一般の船では荷は最低限にが原則だから、淡水化装置の発明と普及によって、まずは積み込まなくなって久しい物品でもある。…閑話休題それはともかく。
「お前の叱り方はベルちゃんには相性的に悪いみたいだ。」
苦笑の滲んだ声で諭す衣音へ、
「って言うか、それ以前の問題だな。」
少年はぼそっと言い返した。
「んん?」
「俺、誰かを説教するのってやっぱ苦手だ。」
淡水槽が空になってたと聞いても、ホントのところは"別に良いじゃん"と笑っていたのだ、この船長は。自分たちがいつもの倍、人力淡水化装置を作動させれば良いだけのことだと。何につけ豪気・豪胆であっけらかんとしているのが、この彼の長所であり、だがだがあまり胸を張れない"短所"でもある。何故ならば、
「けどな、お前が"船長"なんだしさ。甘やかしてたらしまいには3人揃って難破・漂流なんてことにもなりかねんぞ?」
「…う~ん。」
「俺が最初に懇々と説教したとして、それをお前がさっきの俺みたいに制したら、全く反省が促せないだろからな。だから、こういう順番で良い諭すのが一番効果があるんだが。」
…凄いねぇ、衣音くん。そこまで計算したんかい。彼の言う理屈は判る。一応とはいえ"船長"である以上、船団の方針貫徹とそれを守るべきなクルーたちの言動への責任行為とでも言うのだろうか。ぶっちゃけた話、クルーたちを叱るのもまた、船長としての大事な"お役目"だ………というのは判っているのだが、
「面倒臭せぇのな~。」
うんざりという声を上げる少年船長さんへ、
「ま、仕方がないさ。これからもっとクルーは増えるんだし。」
衣音が付け足した途端、彼は"がばっ"と顔を上げて見せる。
「げぇ~~~っ。俺、お前だけで良いよぉ。メシも美味いし、気も合うし。」
こらこら。
「俺はメシ炊きだけしてりゃ良いのかよ。」
「おうっ、俺のためにメシ作ってくれい。」
な、なんかプロポーズみたいね。(笑) 無論、幾ら優しい幼なじみでもこの評価にはムッとしたらしい。
「あ・の・なっ!」
「………あだだっ☆」
しっかり"ごつん"と頭をこづかれている。よほどコツを心得ているのか、石頭を自慢した彼がベンチから転げ落ちるほど痛かったらしく、頭を押さえて転げ回る親友を見下ろしながら、
「大体、たった二人なんて、そんな海賊団があるかい。」
憤然とそんな風に言ってのけた航海士くんだったが。………な、なんか笑えるのは筆者だけでしょうか。先代の海賊王さんの旗揚げの時の話、この子たちったら聞いてないのかなぁ。
『海賊王を目指そうって言うんだ。もうかなりの頭数を揃えているんだろう?』
『いんや。二人だけだ。』
『…はあ?』
海軍基地のあった町で、初めて出会った誰かさんと誰かさん。一騒ぎの後、改めて交わしたやりとりが"これ"であったということを…。
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