ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”
    
“風立ちぬ”
 

 
          



 山野辺の四季は本当にじわりじわりと少しずつ入れ替わるものなんだなと、無邪気な母が殊更に感心していたのを思い出す。ここからここまでが夏とか、こういう状態になったら秋とかいう境が、暦の上に一応ありはするけど、それでもサ。気がついたら虫の声が聞こえてたとか、そういえば朝晩の空気が涼しいとか。うっかりしてると“そうなってた”ってのばっかじゃんかと。何でだか少しばかり癪だというお顔になって言っていた。いつもいつも、子供たちやお手伝いさんの方が先に、新しい季節の来訪を見つけたと教えてくれるのが、実は…負けず嫌いな彼なりに悔しかったのかも知れない。

  『海の上では、こっちから気候を追っかけていたようなもんだったからなぁ。』

 生まれ育ったのは少し南方の小さな島。数値的には寒暖の差もあったのだろうが、それでも…通年のイメージとしては気温差なんてないも同然だったとかで。十代半ばで海に出て、それからずっとを海賊として“グランドライン”という気候の目茶苦茶な航路で過ごしたものだから。季節が移ろいゆくものだというイメージは、母にとっては薄かったらしい。

  「おい。」

 舳先に近い上甲板。大の字になって寝そべっていたらば、降りそそぐ陽光を遮るように陰が立った。

  「こんな陰のないトコでうかうか寝ていると、陽灼けし過ぎて火傷しちまうぞ?」

 素直な黒髪を潮風に散らして、少しばかり上体を傾けて。こちらを覗き込む相棒の姿が陽光の中に逆シルエットになっており。一緒に海に出た身なのだから、経験の蓄積は同じな筈なのにな。いつだってこういう注意なり説教なりをするのは相棒の方。平生はどちらかと言えば…躾けの行き届いた優しい雰囲気が強い奴だから、

  “…口うるさいとこも含めて みおに似てるって言ったら殴られるかな。”

 船ごと大きくゆったりと揺らす、波の揺り籠に身を任せ。うつらうつらしながらそんな勝手なことを思ったと同時、意識がすうっと軽やかに羽ばたいて。そのままどこぞへ吸い込まれていった 少年だった。







            ◇



 作務服にちょっとばかりデザインの似た、道着のような前合わせで腿までの丈の小桂
こうちに黒っぽいワークパンツ。珍しくも洋装でいる父上が、静かに目を伏せ、深呼吸を1つ。それからは正に刹那の早業。素人のお嬢ちゃんには…気まぐれな風が眼前を通り過ぎただけで、お父さんは微動だにしていないようにしか見えなかったことだろうし。道場でそれなり精錬している坊やにしても、腰の刀を抜いたところと収めたところしかその目では捉えられはしなかった、凄まじいまでの瞬技であって。疾風の正体である銀色の刃の軌道を、全てきっちりと把握出来ていたのは母上だけであったらしく、

  「あ………。」

 向かい合っていた緑の木立ちの木々が、ゆさり・さわさわ…涼しげな木葉擦れの音を立て。将棋倒しでも起こすように、一抱えほどもの本数が一気に倒れたのを目撃してからやっと、

  「うわぁ…。」
  「凄い…。」

 二人の子供たちが、思わずの呟きとしての感嘆の声を揃って洩らした。生育中の樹は、思うほど簡単に 一刀の下に切り倒せるものではない。水や養分を循環中の繊維は相当に手ごわく、銃撃や火薬など圧倒的な馬力でもって粉砕して叩き折るというならまだともかくも、刃にて切れ味鋭く斬り倒そうとしても、そうそう歯が立つものではない筈なのだが。
「ま、このっくらいは朝飯前に出来なけりゃあ、世界一の“大剣豪”だなんて、偉そうに名乗ってらんねぇってもんだよな。」
 だから。何でそれを、本人ではなく奥方が自慢げに言うかな。
(笑) 相変わらず低いお鼻をつんと聳そびやかし、どんなもんだいと言ってのけたルフィのお言葉に、
「俺もやるっ!」
 おやおや。両の拳をむんと握って、お父さん譲りの緑の髪を頭に乗っけた腕白さんが、負けるもんかと言い放った。特に険悪な対抗意識が沸いてのものではないらしく、やってみたいようという、そんな雰囲気の“おねだり”にも似た感触があって、
“…ぷふっvv
 ルフィの脳裏に浮かんだのは、もっとずっと小さい時に“お父さんと一緒の大きい竹刀を使いたいよう”と地団駄踏んで駄々を捏ねた時の坊やのお顔で。さほどに欲張りさんでもなく、お菓子やおもちゃには困らなかった環境下。それでも彼がねだったものは…。
“いっつも張り合うみたいに“父ちゃんと たたかうんだ”って力んで言っちゃあ、軽ぁ〜るくあしらわれてたもんな。”
 男の子が最初に“大人って強いんだ、頼もしいんだ”と刷り込まれ、その背中を目指すのが大概は父親で。殊にこのご一家の場合、父上は世界中に名を馳せた“大剣豪”なんていう存在だったものだから。

  “……………。”

 背丈も目線も自分と変わらないほどにも育ったこの彼が、実は…父への敵愾心が盛り上がり過ぎ、気負いが過ぎて少々暴走しかかったこともあり。過去と呼ぶには記憶にまだまだ新しく、真正面から向き合うにはなかなかに辛い騒動だったのだけれども。我の強い子の成長過程には必ずあるもの、乗り越えてしまえば泣いたその分だけ もっともっと、お互いの絆も信頼も強くなると知って。ほろ苦い中にも温かな、そんな想いがしている今日この頃な“ルフィお母さん”であるらしく。
「よ〜し。俺だって このくらいっ。」
 愛用の剣をトレーナーとワークパンツという恰好のその腰に据え、先程のお父さん同様に神経を集中させて呼吸を整え、

  「哈っっ!」

 居合い一閃、なかなかに鋭い切っ先が宙を舞いはしたものの。それへと呼応した相手はといえば………一番手前に立っていた若いのが一本だけ。こういう場合、
「あ…。」
「…まあ、そんなもんじゃないのかな。」
 ギャラリーの反応が、言葉少なでも結構辛い。くどいようだが、本来はこんなやり方でそうそう切り倒せるものではないのだから、一本でも切り倒せるなんて大したものなのだけれども。お手本があんまり凄かっただけに、
「くそ〜〜〜。」
 ちょいと悔しそうなお顔になった長男坊。それへと、お父さんが大きな手のひらで背中をポンポンと叩いてやって、
「刃こぼれはしてないか?」
「え? ………あ、えと。」
 剣の刃を二人で確かめ、何ともないことへ顔を上げた長男へ、
「大したもんだな。いきなり やったことのない無茶をしたのに、刃こぼれもなく、刀に負けることもなく居られようとはな。」
 穏やかそうなお顔で父上がそんなことを言う。和刀のような切れ味鋭い刃物は、一点へと無理な力を強引にかければ歪みから欠けてしまうことだってあるし。逆に、よくよく練られた名剣の場合は、持ち主をも凌駕して言うことを聞かず、この場合だったら…幹に食い込んで勝手に立ち止まり、坊やの方を吹っ飛ばしたかも知れないそうで。そのどちらもないままに済んだとは なかなか見所があると、
「相変わらず、遠回しな褒め方なんだからな。」
 寡黙が高じて なかなか上手くは口の回らぬ夫へと、ルフィが肩をすくめて見せて、そっか褒められたのかと長男坊が照れて見せて。そんな二人にクスクス笑いを向けてつつ、
「それじゃ、設営は任せたからね。」
 そんなお達しを言い置いて、さて。傍らにいるお嬢ちゃんへと声を掛ける。
「じゃあ、俺たちは薪でも拾って来ようか。」
「え?」
 だって、今二人が切り倒したのに?と。愛らしく小首を傾げる みおちゃんだったが、
「ダメなんだって。生木は水分が多いから、なかなか燃えない上に煙ばかりが沢山出て、迂闊に燃やすとえらい目に遭うんだ。」
 意外に物知りなところを披露して、にっぱり屈託なく笑ったお母さんは。これでも昔は野宿やキャンプをし放題な海賊だった。そして、
「あんまり遠くまでは行くなよ?」
 そんな注意の声を掛けたものの、
「そっちこそ。坊主からあんまり離れんなよ?」
 迷子癖はやっぱりまだ治っていないらしいことを揶揄された、緑の髪の大剣豪さんも、実は…母上の率いてた海賊船のクルーだった。大きな野望を抱えての、波瀾万丈な航海の末に、見事、夢を叶えてしまった二人であり。どんな大望だって諦めないままに叶えてしまった強気でご陽気な彼らが、こればっかりは…昔何度か体験した、生命を賭けるよな戦いにも等しい真摯さで立ち向かった“家庭内での戦い”に鳧がつき、ちょっぴり重い空気がわだかまっていたものが、割とあっけらかんと晴れたそのお祝い…というのも何だったが。気持ちの切り替えというか、リセットというか。よくも悪くも意識し合うことで、ぎこちない遠慮や気後れが出ないよう、皆で何かやってみようよということとなり。それでと出て来た山野辺での野遊び。思い返せば…も少し山間の温泉地まで、知り合いのシマさんの民宿目指して出掛けるのと、大町までそこでしか買えないものや楽しめない映画に触れるための遠出をした他には、あまり家族でこういった行楽には出なかったねぇと、子供みたいに一番楽しげにしていた母上に、そういえば…と今更ながら感じ入ってた子供たち。そんなのものを改めて構える必要のないくらい、色んなことがあって毎日が楽しかったからだろうねと、そんなことへも嬉しい感慨を味わい直した、素直でお母さんによく似た 愛らしいお嬢ちゃんは。渦中に遭ったその時は、それはそれは胸を痛めた騒動をふと、今は懐かしいそれとして そぉっと思い出していた。


  「どした?」
  「うん…お父さんとお兄ちゃんが仲直りしてくれて良かったなって。」
  「? 喧嘩してた訳じゃないぞ?」
  「それはそうなんだけどね。」
  「…まあ、あんまり良い空気ではなかったもんな。」
  「うん。
   私ね、二人とも大好きだったから、早く仲直りしてほしかったの。」

    「………………。」

  「あっ、お母さんのことも大好きよっ。」
  「ホントか?」
  「当たり前じゃないの。」


 …だから、木の根元なんかに蹲らないでと。
(笑) ちょっぴり拗ねたお母さんを宥める、やっぱりいい子な みおちゃんでありました。






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    にゃんこ様『ロロノア家Ver.で、家族旅行のお話』