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和国の内陸、山野辺の小さな農村。そこが坊やと双子の妹の育った故郷。生まれたばかりという赤ん坊の自分たちを抱えて、海上での暮らしを捨て、陸おかへと上がった両親は、それまで自由放埒に広い海の上をたかたかと駆けていたものを、一つ所で落ち着くという、恐らくは一番慣れない生活を、自分たちを守るために敢えて選んでくれた訳で。冒険好きでお元気で、好奇心の塊だった母にしてみれば、
『これは人生最大の艱難への挑戦になるんじゃなかろうか』
相変わらずにあっけらかんとしていて…とてもではないがそう見えなかったらしい中、実のところは結構覚悟しての転機としたのだそうで。後々の航海の中で出会った、母をよく知る人々が口を揃えて言うのが、
『あの子が一つ処に何年も落ち着いて暮らしてたなんて信じられない。』
という台詞。そうまで落ち着きがなかった人だというのではなく、それは頼もしかったには違いないながら、いつも新しい冒険や騒動を目指してじっとなんかしていなかった、好奇心旺盛で機動力抜群な、闊達な男の子という印象が抜けないからだとか。そんな人が、それまでいた海を…幼い頃からの念願を叶えるための大舞台であった“グランドライン”を遠くに離れての、陸おかでの定住を選んだのは、
『だってさ、お前たちがあんまり可愛かったから。』
摩訶不思議な経緯で授かった子供。自分の大好きな人に瓜二つな、間違いなく自分たちの子供。何としてでも健やかに大切に育てなければと、それしか頭になかったという判りやすい母は、だったら危険な海からは離れた方がいいのかもと、それまでの彼をよくよく知る仲間たちが思いもよらなかった方向への決断をして、そして。どっちも“片手間”には出来ないことだからだと思っての彼のその決断へ、子供たちのもう片親もそれには十分納得して承諾したため、史上最年少の海賊王と大剣豪は案外とあっさり、その覇権を伝説のものへと置き去りにして姿を消すに至ったらしくて。そんなこんなで“在位期間”があまりに短かった覇王たちだったことが、逆に“ミステリアスな謎”となったのか。特に喧伝した訳でもなかった筈が、皮肉なことに…人々の好奇心をより一層招いてしまったらしく。十年以上経ってもなお、物騒な刺客たちが思い出したように襲撃を掛けてくるような、ちょっぴり奇妙な田舎生活は、それでも穏やかな中につつがなく続き。様々なことを織り込まれつつ、鮮やかに温かに紡がれていたのだが………。
――― そんな尋常ではない事情・背景を、隠しもせずに。
寝る前のおとぎ話のついでみたいに語ってくれた屈託のない母と、
まだまだ若かった筈なのにいやに老成して落ち着き払ってた父と。
二人ともを大好きだった筈なのにね。何時からか何処からか、何かが捩れて、反発を抱えてしまった時期があった。俗に言う“反抗期”という手合いだったにしては、少々 根が深かったそれだった。勝手な思い込みから父に反目し、結果として母や妹を泣かせた親不孝をした自分。今にして思えば…誇らしいまでに素晴らしい彼らを親としながら、けれど自分は片やの血しか継いではいない、中途半端な…本当の子供ではないかも知れないという不安が齎もたらした“疑心”からのものであり。勝手に斜ハスに構えていた態度を妹から叱咤され、彼女までもが同じ不安に胸を痛めていたと知り。そんな諍いを聞いた両親から改めて自分たちの生い立ちを聞かされて。
『到底信じられないことかもしれない。
他でもない“自分たち”の始まりの話だ、
いつもの“冒険話”と一緒にしていいことじゃないと、
お前たちが憤懣を抱えてさえいたのも無理はないことだろうさ。』
男同士の恋人たちへ、神憑りな由縁で授かった双子。そんなことを言われて誰が信じようかと、感情的に暴発した坊やへ。多感な年頃の子らが空しくもやりきれなかった気持ちに気づいてやれなくてごめんと。でも、それが自分たちには唯一の真実だから。それぞれに“よそのお母さん”との間に生まれた別々な子なんだと、お前たちがそう怪しんだ考え方こそが世の常識であったとしても、そっちこそあり得ないと自分たちには判っているから。これ以上の証左がないのが何とも歯痒いが、お願いだから信じてくれないかな? …と。天真爛漫な母が、大きな眸に涙の膜を張り、切々と話してくれて。器用にも辻褄を合わせたままに“嘘”をつき通すことなんて出来る人ではないと、ちゃんと知っている筈だったのにね。信じられずに拗ねていた、そして…大好きな人である筈の妹や母を傷つけた自分をこそ恥ずかしく思い、ごめんなさいと何度も謝った長男坊は…まだちょこっと子供の、当時“中学生”だった。
◇
薪と、ついでに旬の実りの果物・木の実も籠一杯に収穫して戻って来れば、お見事な手際にて、丸太を組んだ“屋根つきウッドデッキ風”の四阿あずまやを組み立て上げていた男衆二人。それじゃあ お次はと、彼らに傍らの渓流にて魚を釣らせている間に、母上とお嬢ちゃんは河原にカマドを築いてご飯を炊く。ツタさんから要領は聞いていたし、この頃になって みおちゃんがお炊事にも関心を持ち始め、お手伝いをするようになっていたので、ご飯のほかに、ふんだんにあったシメジやヒラタケをおダシ代わりに入れてのお味噌汁まで準備オッケー。持って来ていたお釜とお鍋は、ついのこととて…門弟の皆さんのご飯用の大きなそれだったけれど、
「これで足りるのかな?」
「そだな〜。魚がどれだけ捕れるかにかかってるかな?」
たった四人のお食事だけれど、大食漢いるからねぇと。そのご当人が“うんうん”なんて鹿爪らしいお顔で唸ったりしているところがご愛嬌かと。(笑)
「………。」
沢の流れの涼やかな水の音の響く中、ついつい見やった2つの背中。渓流に向かって並んで岩場に腰掛けており、順調に釣れているらしく、楽しげに何かしら語らい合っている横顔がちらちらと、こちらからも見やることが出来るのだが。ああ屈託なく向かい合ってるなと、そうと思うたび ついつい胸を撫で下ろしている自分に気がついて、
“俺も心配症になったかな?”
擽ったげな苦笑混じり、お魚を待って焚き火に薪を足す奥方である。
豊かな緑に囲まれた、沢の近くへというお出掛けは、ルフィが水に弱いからということからこれまで自然と避けていたバカンスで。悪魔の実という不思議なものを小さい頃にうっかり食べてしまったお母さんは、その呪いのため、ゴムのように自在に伸びる体になってしまい、しかもしかも海から嫌われた作用から、水に浸かると体中から力を奪われ溺れてしまうのだとか。それで結構苦労しまくった経験が物を言い、お父さんが池やら沢やらでの遊びを堅く禁じ、どうしても遊びたいならこの私を倒してから…じゃなくて。おいおい 他の大人と一緒に行きなさいと、子供らにもキツく言い置いたものだから。お母さんと遊べないのは詰まらないからと、泳げなくてもいい方を選んで通した良い子たち…なのは偉かったが。
「その反動で、学校に上がるまで泳げなかったんだよな、二人とも。」
自分のせいで要らない苦労や障害を抱えさせるのが一番辛いのは、どの親も同じ。まま、彼らの場合はささやかな代物で、練習すればすぐにもこなせるようになったことなれど、お母さんと一緒が良いからなんて優先してくれた優しい子たちが、ルフィの側からも愛しくてならなくて。そんな想い方が…無邪気なばかりだった“海賊王”を、いつしかちゃんと“お母さん”に育んでもいたりした。
「ああ、ほらほら。汁が膝に垂れてるぞ。」
「熱っちぃ〜。/////」
串代わりの枝に通して塩をまぶし、焚き火の回りに垣根のように巡らせて焼いた、取れたての川魚は絶品で。腕の良い釣り師たちが山のように釣り上げた御馳走は、当然のこととして“子供たちからお食べ”と供される。ゴムの体は栄養が沢山必要なのか、人よりたくさん食べるお母さんなのに、まずは子供たちに、大きい方を子供たちにと、いつの間にか自然とそうするようになって来たことが、見守る大剣豪様にも…その睦まじさが何より微笑ましく幸せな光景であるようで。
「お母さんも沢山食べてよ?」
「そだぞ。足りなかったらもっともっと釣ってくるぞ?」
「ああ。ありがとな。」
ルフィによく似た、されど随分とお淑やかになってきた愛らしい娘と、自分似だがまだ少し線の細いところの強い、利かん気だが気性の幼い坊主と。そして…相変わらず無邪気で相変わらず懐ろの深い最愛の人という“愛しい人たち”が、お膝をくっつけ合い、肘をくっつけ合い、和気藹々(あいあい)と楽しそうに微笑っている、ありふれた、けれど温かな光景に、ついつい黙って見入ってしまうお父さんへ、
「…お父さん?」
景色のように眺めていたその中から、宝物のお嬢ちゃんがこちらへと真っ直ぐな視線を向けて来た。なんだ?と目顔で問えば、
「お酒に強いのは知ってますけど。こんな時くらいはお料理の方を味わってよね。」
せっかくお母さんと作ったのにと、みおちゃんが柔らかそうな頬を膨らませる。日頃は父へは至って大人しい振る舞いを通す子なのだが、開放的な屋外にいて少々テンションが上がってもいるのだろう。それと。いつもなら“材料を切るだけ”とか部分的なお手伝いしかさえてもらえないところ、今日は味付けまでやったのだからと。頑張って作ったんだから…大好きなお父さんにこそもっと堪能してほしいという“娘心”からの言でもあって、
「大体、お酒なんていつだって飲めるじゃないの。」
と言い足したところへは、
「そんなこともないらしいぞ?」
意外なことに、ルフィがそんな風にお嬢ちゃんを窘めた。お酒には…みおちゃんと同じで、飲めないから理解も薄い筈のお母さんなだけに、
「???」×3
みおちゃんのみならず、坊やも父上までもがキョトンとしたが、
「同んなじ銘柄のいつものお酒でも、どんな時に飲むかで味は違うんだって。」
童顔をにっぱりとほころばせて胸を張り、ルフィは言を続けて見せる。
「それを飲むと酔っ払うから余計になのかもしれないけれど、楽しい時とか悲しい時とか、皆で飲むか、独りで飲むか。そんな条件がちょびっと変わるだけで、同じお酒なのに随分と味が違って来るんだって。」
だって、が くっついてるところからして。
“サミさん辺りからの受け売りだな、こりゃ。”
ご近所の居酒屋の気さくな女将さん。美味しい付き出しやお料理をおすそ分けしてくれる、ルフィには此処に来て一番最初に出来た優しいお友達であり、居酒屋さんなだけに、お酒についてのそんなお話も、何かの折りにでも聞いたのだろう。特に言葉を足すこともなく、苦笑だけしたゾロの様子へ、
「同じなのに違う…?」
みおちゃんが“ふ〜ん”というお顔になり、その傍らで坊やもまた、
「………。」
胸の裡うちにて遠く何事をか思うような、そんな眸を静かに瞬かせたのだった。………とはいえ、そんな感慨深げな一時も長くは続かず、
「はやや、イワナがもうないぞ。」
「あ、えと。串に刺したのがまだ此処に…って、きゃっ!」
「どした………。あ。」
まだまだ明るい、晩夏の夕暮れ時で。すぐにも焼けるようにと準備をして、カシワの葉っぱを敷いた岩の上へと並べてあったお魚たちを…………彼らが背を向けていた間に、ちょっくら失敬していた不埒な輩と目が合った。
「い…犬?」
「いや、これは………タヌキじゃないのか?」
「まだ明るいうちから出てくるのは珍しいな。」
「火も炊いてるし、人が居るのにね。」
感心している場合かい。(笑) 何匹か既にいただいたらしき骨の残骸をよそに、かぷっと大きいのへかぶりついたそのまま、こっちのメンツたちと睨めっこになったタヌキくん。これがビジュアル作品だったなら、こめかみ辺りに汗ジトマークをくっつけて、じりじりと後ずさりをし、あっと思った瞬間には…さすが野生の反射は物凄く、
「………あ〜あ。一番大きいの、持ってかれたな。」
すたこらと駆けてった毛玉が思い切りのいいダイビングで茂みへ飛び込んだのを見送って。ルフィがいやにあっけらかんとした言いようをしたものだから、ただただ呆然として呆気に取られていた他の面々もようやっと我に返って…大きな声で爆笑してしまった一幕だった。
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にゃんこ様『ロロノア家Ver.で、家族旅行のお話』
*もうちょっと続きますvv |